(12) 思いがけないプレゼント
「それでは、私はこれで失礼いたします」
「ちょっと待って!」
けげんな表情を浮かべるディルクをなんとか引きとめると、そこから動かないように念を押しつつ急いで隣の寝室へと走った。目指すはベッドのサイドテーブル。そこには私の『宝物』と称する、ささやかだが愛すべきガラクタが詰まっているのだ。
引き出しを開けると、お城で暮らすようになってから集めた物たちが、よりそうように仲良く無秩序に眠っていた。オイゲンにもらった釣りのルアーとか、ヨリにもらった指抜きとか、リーザちゃんにもらったお手製の指輪入れとか……みんなもらったものばかり。私は皆にいろいろなものをもらっていた。
その中でも『新入り』といえる、小さなプレゼントの包みがあった。そおっと持ち上げる。軽い。しかし私の思いはたくさん詰まっているのだ……この一週間の汗と涙の結晶とかいうやつだ。これだけは、もらったものではなくあげるものだ。ささやかだけど、ちょっと嬉しかった。あげるって嬉しいものなんだな。
ディルクの待つ部屋に戻ると、ちょっとドキドキする。よろこんでくれるかな。
「……はい、これ」
赤いリボンの包みを前に、騎士様は無反応だった。どうやら意味をつかみかねているらしく、私は気恥かしいながらも「誕生日のプレゼントだよ」と付け加えた。
だがディルクは無言で、私の手の中にある包みをただじっと見つめているばかりだ。仕方ないので包みを無理やり押しつけてみると、今度は少し眉をよせてボソリと一言「開けてみてもいいですか」とのたまう。いいに決まってるじゃん、それディルクのプレゼントなんだからさ。
包みが開かれる瞬間を見まもりながら、ディルクの予想外のあいまいな反応に、私もなんだかとまどってしまう。こころの中の『なんでだろ?』といったつぶやきが口からついて出そうなぐらい。
やがて包みの中から出てきた手袋を見たディルクは、傍目でみてもわかるくらい、がっくりと肩を落とした。私はますます心配になってしまい、おそるおそる口を開く。
「あのう、明日でいいんだよね? ディルクの誕生日……」
「……申し訳ありません、大変失礼いたしました……私の大きな勘違いだったのですね」「かんちがい?」
説明を求めると、ディルクは最初から話してくれた。バイト先には、ディルクに指示された護衛の人が毎日私の様子を見守っていたこと。その護衛の人が、アウトレットの店先で物欲しそうにショーケースをながめていた私の姿を確認したこと。
「私はてっきり、姫様には何か欲しい物があって、それでいっそうバイトに力を入れられてると思ってました。ご希望の物をお申し付けいただければ、大抵の物はこちらでご用意できますのにと、複雑な気持ちにすらなりました」
「ふくざつ?」
「ええ。ご自分の欲しい物を、ご自身の力で手に入れようと頑張っていらっしゃる姫様の行動をご立派だと感心する半面、国王様のお気持ちを考えればもっと甘えてもいいのではと……もそうすれば国王様もうれしいでしょうから」
「私が甘えると、王様はうれしいの? プレゼントを渡すんじゃなくって?」
「両方です。姫様からのプレゼントがうれしくないわけありません。でも姫様が甘えることも、国王様にとっては同じくらいうれしいことなのですよ」
やわらかいディルクの微笑に、私こそ複雑な気持ちになってしまう。するとディルクが目の前でひざを折り、渡した手袋を掲げながら私の顔をのぞきこんだ。
「この手袋は、私へのプレゼントだったのですか」
「……まあ、そういうことだね……」
「私も姫様にプレゼントがあります」
「へ?」
思ってもみない言葉だった。騎士様は優雅な所作でマントの内ポケットをさぐり、小さく簡素な包みを取り出した。
「まさかお渡しすることになるとは思わなかったので、あまり包みに凝ってないのですが」
手渡された袋をそうっと開いてみると……中から華奢な作りの白い手袋が現れた。
「護衛の者からは『姫様はソードマスター製をご所望のようです』という報告を受けておりましたが……ごらんの通り女性用です」
「……なんで……」
なんでディルクが、手袋を?
「バイトの最終日は休んでいただくつもりでしたので、きっとご所望の品物を購入なさることができないと思い、僭越ながら私自ら買ってまいりました」
けっきょく姫様はバイトに向かわれてしまわれましたが、と騎士様は苦笑いを漏らす。私は思わずごめんなさい、と頭を下げた。
「あやまらないでください。あやまるのは私の方です」
「なんで? わがまま言ったのに」
「姫のわがままをかなえられない騎士である私に非がありました。父の申し上げた通りです……もっと姫様のお気持ちを汲んで差し上げるべきでした」
深々と頭を下げられ、私はあわててしまう。いやいや、こんなことされても困る! だって私が悪かったんだよ、きっと……なのになんで。やさしすぎるじゃん、こんなの!
「後から護衛の者に『姫は手袋を買われた』と聞き、もう私が買った手袋は用済みと思いました。本当に後悔しました……お許しください」
私は手袋を見下ろした。まさか自分も手袋をもらうことになるなんて、しかもディルクとおそろいなんて!
一瞬ディルクと顔を見合わせ、そしてとうとう……吹き出した。するとディルクもつられて笑い出す。
私はそれこそ長椅子に転がって、体をよじりながらゲラゲラ笑うしかなかった……あーこんなおかしいのは久しぶりだ。なんてこった、なんてすれ違いに勘違い!
一緒に笑い合いながら気づいたんだけど、ディルクが普通に声に出して笑ってる。それはすごく新鮮で、意外なほどに自然だった。もったいないので、私は気づかないふりして笑っていた……ディルクがなるべく長くこんな風に笑っているように。
ひとしきり笑ったあと、ソファに仰向けになったままもらった手袋をながめた。
「でもおかげでおそろいになったし、いいじゃん」
「いいのですか」
「えっ、いいんじゃないの? だって姫と騎士のペアだよ。ディルクはうれしくないの?」
首を横に向けて、いまだ膝を折っているディルクの顔をのぞきこむと、彼の口元にはやわらかい微笑が残っていた。
「もちろん……うれしいですよ、とても」
その言葉に、私の心がじわじわと満たされていくのを感じた。すべての苦労が……あの水仕事とか、すれちがいとか、険悪なムードとか、エミリア先生のことも、みんなみんなひっくるめて一気に報われたような気がするから不思議だ。
「大切に使わせていただきます」
そう言って騎士様は……私のあげた手袋に唇を押し当てる仕草をした。うわっ、なにこれ恥ずかしい!
「ちょっ……いいよ、そんな別に。フツーに使ってくれれば」
私は火照ってしまった顔に風をあてたくなり、あわてて起き上がるとバルコニーへと出た。後ろから当然のようにディルクがついてきた。
外はとても寒かった。でも日の落ちたばかりの空は紫色で美しく、小さな星が瞬きはじめていた。外気にさらされて震える中、私は天に向かって指をのばすと、照れ隠しもあってわざと大きな声で話しだした。
「ほら一番星だよ。誕生日の前の夜に、あれに向かって願いごとをするとかなうんだよ。ディルクも祈ってみなよ」
隣に並んだディルクはそっと瞳を閉じた。その整った横顔は、おだやかで優しげだった。やがてそっと瞳を開くと、隣の私に向き直った。
「なにを祈ったの?」
「それは秘密です……ところで、どこの言い伝えでしょう?」
「私がたった今、考えたの」
(おわり)
エピローグ
数日後のこと。私は国王様のお部屋に招かれた。
目の前には湯気が立つ、どんより緑色にゆらぐ不気味な液体が……。
「さあさあ、遠慮なくお飲み」
「……コレ、王様が煎れたんですか」
「そうとも。ヨリにも指導されて、ちゃあんと腕を磨いたのだよ?」
「色が、ヘン……」
こんな変な色のお茶、見たことないんですが。そもそもお茶って茶色か赤、もしくは黄色なんじゃないの? こんな魔女の薬みたいな飲み物、本当においしいのかなぁ。
「ハナちゃんがプレゼントしてくれた、最高級の緑茶だよ。私はもうすっかり、このシブ味とニガ味のとりこでな」
「シブ味? ニガ味? やだっ、飲みたくないっ」
「そんな!」
ごめん、王様! やっぱひとりで飲んでくださいっ!!
(エピローグおわり)




