(11) ダンス・ダンス
踊り子さんはほんの一瞬ディルクと視線を交わすと、いざなうように差し出された白い手袋の手に細い指先をすべりこませた。その絵のような二人のやりとりに、会場中があっという間に魅了されてしまう。そのまま二人は音楽に合わせ、すべるように軽やかなワルツのステップで踊りだした。
「……ステキねぇ」
隣のリーザちゃんがウットリとつぶやいている。たしかに、きれいだな……あんな風に私も踊れたらなぁ。
蝶のように舞う二人をながめながら、どういうわけか私の心はざわざわして落ち着かなかった。それはなかなか踊りが上達しない自分へのあせりなのか、普段見慣れない騎士様の姿にとまどっているのかわからない。だって、あんなディルク知らない。
――あれじゃ騎士っていうより、王子だよ……。
ワルツはあっという間に終わり、人垣から再び歓声があがる。なんだか沈んだ気持ちになってしまった私は、にぎわう広間に背を向けた。いいや、お茶でも飲もう……。
――そういえば、ずっとお茶屋さんでバイトしてたけど、けっきょく一度もお茶飲まなかったなぁ。
熱々のお茶をカップにそそぎながら、湯気でかすむ目をこすった。良い香りを放つカップを手に取ろうとしたけど、後ろからのびてきた手にあっさりと取り上げられてしまった。
……目の前には、取り上げたカップを手にした騎士様の姿。
「さあ姫様、練習の成果をお見せください」
「えっ!?」
ディルクはカップを近くのテーブルに押しやると、やや強引ともいえる仕草で私の手をつかんだ。そのままダンスのステップに入ってしまう……うそだ!
「ちょ、ちょっと、待っ……」
「右、左、右……次ターンしますよ」
くるん、と手を回されて、そのままターンができた。どうしてこんな場所で踊っているんだ私は。まわりの様子を見たくても、ステップについていくのにいっぱいいっぱいで余裕なし。うわーん、速いよう……。
「はい、ターン……もう一回」
「はわわ……」
「お上手ですよ、姫様」
その言葉とともに、ふわりと体を放された。そのまま目の前でひざを折ったディルクは、優美な所作で私の手に軽いキスを落とす……ひええ、恥ずかしいってば!
ふと周囲を見やると、私たちを取り囲むようにして様子を眺めている人・人・人……いつの間にか音楽もとまっているじゃん!
と、そこで誰かのパン、パンと大きな拍手が聞こえた。
「いやあ見事見事。上手になったねえ、ハナちゃん」
「王様……」
満面の笑みを浮かべながら近づいてきたのは、このパーティーの主賓である王様だった。固まっている私の前にやってきた王様は、いそいそと重たそうな毛皮のマントを外した。
「さあて、ディルクの相手ばかりじゃなく、わしの相手もお願いできるかな」
「えっ?」
「さ、ハナちゃん」
私に手を差しのべた王様は、楽団の指揮者に向かって「ワルツを」と短い指示を出した。
こうして向かい合ってみると、王様って結構大柄なんだなぁ……恰幅いいっていうと太ってるみたいで語弊があるけど、威風堂々っていうのかな。うん、王様らしくって、威厳がある。
「そんなに緊張しなくてもいいんだよ」
「うっ、でも……」
「父親と踊るのに、なにも緊張する必要ないだろう?」
――いや、でもやっぱ王様だし!
多少ぎくしゃくしながらワルツを踊った。王様はディルクに負けず劣らず上手にリードしてくれるので、なんとか一曲踊り切ることができた。
パーティーは、実は踊りの余興が終わったあとのほうが大変だった。
再びディルクのパパさんが現れると、とたんに王様が面白くなさそうに「なんで公爵をパパって呼んでいるのだ」と文句を言いだしたのだ。
確かにディルクのパパさんを「パパさん」と呼んで、まがりなりにも実の父親である王様を「王様」と呼ぶのはアレかもしれない。でも王様は王様だし、パパさんはパパさんなんだもん。急に王様のこと、パパなんて呼べないよ。
そう言うと王様は「じゃあお父さんでいい」と言いだした。そういう問題じゃないってば……。
私が困っていたら、王様の侍従さんがやってきて「こういうことに無理強いしては、よくありませんよ」と王様をたしなめてくれた。その代わり(?)ということで、今度二人でお茶を飲む約束をした。
「美味しいお菓子を用意させるからね」
「はい、王様」
王様はちょっとうれしそうだった。
パーティーがお開きになった後、部屋までエスコートしてくれる騎士様にお茶の一件を話した。
「というわけで、今度王様とお茶することになったよ……」
浮かない口ぶりの私に、扉に手をかけるディルクが眉をあげた。
「お嫌なのですか」
「嫌ってわけじゃないけど、王様と二人っきりって緊張する」
ため息まじりにフワフワの長椅子にゴロリと転がった。この長椅子はうたたねにピッタリのお気に入りスポットで、こうやってダラダラするにはうってつけである。
「姫様、ドレスのまま寝ないでください」
「んー……」
ウトウトし始めたその時、ぱっと突然ひらめいた私はガバリと半身を起こす。
――そうだ、今プレゼントを渡しちゃおう!