(10) 再会と別れ
ディルクとエミリア先生が出て行った扉に向かうと、給仕の人がどどっと流れ出てきた。
「わわ、ごめんなさい!」
たくさんの料理がのったお盆を手に、給仕さんが切れ目なく出てくる……その流れに逆らって進むには、私は背が低すぎる。うう……待って。
――先生とディルクはどこだろう……?
扉をくぐると狭い廊下は二手にわかれていた。どうやら給仕の人が通る専用の通路とは別に、もうひとつ細く狭い非常通路みたいものがのびている。そっちに二人の姿が小さく見えたから、私はダッシュで追いかけた。
――まさか、まさかまさか……向こうに牢屋があったりして!?
昔オイゲンに、遠い外国の城には罪人を捕えておく牢屋があるって聞いた。まさかエミリア先生を牢屋に入れるんじゃないでしょうね!?
廊下を曲がった先には、扉がたったひとつだけ。私は無我夢中でその部屋に飛び込んだ。
「エミリアせんせ―――」
言いかけた言葉を途中で飲みこんだのは、先生の行く手を遮るようにディルクが現れたから。すると次に、部屋の奥から大きな声が響いた。
「エミリアお姉様!」
そこにはなんとエミリア先生にそっくりの女の人がいた。だが先生とは対照的に、華やかで美しいドレスを身にまとっていた。灰色ドレスの背中を向けている先生が、ふらつくように手を伸ばす。
「ミザリア……どうしてあなたがここに!?」
エミリア先生は青ざめた顔でつぶやいた。伸ばされた手は、女の人の細い手でしっかりと握られた。
「こちらの騎士様に助けてもらったの。見張りの目を盗んで、あいつらのアジトから脱出できたのよ! おかげで後からやってきた警察隊に捕まらずに済んだわ……お姉様、私たち一緒に国へ帰れるのよ!」
ぼうぜんと立ちつくす私に、隣に立つディルクが静かに口を開いた。
「……そういうわけです、姫様」
ディルクの短い言葉に、二人の姉妹が同時にふりかえった。
「ハンナ姫様!?」
「まあ、あなたが……!」
同じ顔を向けられて、私はその場でヘラリと力なく笑うしかなかった。
ディルクは昨日、山腹に潜んでいる悪党のアジトに潜入したらしい。どんな方法で見張りの目を盗んで、先生の妹さんを連れ出せたのか知らないけど……。とにかく朝になって警察隊長に通達したことで、アジトにいた連中は警察隊に一斉検挙されたそうな。
妹さんは人質だったけど、事情聴取受けるとお姉さんである先生の立場が不利になる。いくら妹を人質に取られて脅されていたからって、一国の王を暗殺する計画に協力したとなったらただじゃ済まされないだろう。
私は姉妹の様子を黙って見つめているディルクの横顔を見上げた。昨夜は徹夜で悪党のアジトの捜索し、妹さんを救出をしたに違いない。それなのに疲れたそぶりも見せないなんて……すごすぎる、うちの騎士様。
「とにかくエミリアお姉様、いまのうちに入れかわりましょう。国王様のパーティーで踊るのは私が引き受けるわ。だってお姉さま、いくら多少ダンスの経験があっても、さすがにあんな大勢の前で踊るなんて慣れてないでしょう? あがり症のお姉さまだから、もしかしたらボロが出ちゃうかもしれないわ。安心して、ここはプロの私に任せて!」
すると先生は、とたんに枯れかけた花のように首をもたげてしまう。そんな様子に妹さんが心配そうに「どうなさったの」と両手をにぎりしめた。
「ごめんなさい、ミザリア……わたし、ずっとあなたのこと嫌いだった」
「お姉様……」
エミリア先生は力なく話始めた。
「宮廷の舞姫として皆の注目を浴びるあなたのこと、少なからず嫉妬していたの。人質に取られたあなたを助けたいと思いながら、きっと本心では見捨てて逃げ出したくてたまらなかったのだわ……」
「私だって、ずっとお姉さまに嫉妬してた。宮廷でも誉れ高い考古学者であるお姉さまの影で、踊るしか能のない自分にいつも引け目を感じてたわ。だからおあいこよ。それに……けっきょく私のこと見捨てなかったじゃない。だから、だから……こんな大変なことに……」
「ミザリア……」
「お姉様……」
そこで騎士様の冷静な声が割って入った。
「姉妹の和解はかまわないが、後にしてくれないか。そろそろ時間だ」
「そうだったわ、お姉様はここから表へ逃げて。この奥にある階段で地下水路へ出れば、脱出用の小舟があるわ。それで先に港へ向かって。私は踊り終わったら、すぐに追いかける……だから」
「ええ……」
そこでエミリア先生は初めて私に向き直った。深々と頭を垂れる。
「ハンナ姫様……誠に申し訳ありませんでした。きっといくらあやまっても済まされることではないのでしょうが……」
「いい、いいですから! 早く逃げてください! 船が待っているんですよね!?」
先生は顔をあげると、私をじっと見つめる。その瞳は困惑と後悔と、懺悔の色が浮かんでいた……いや、そんな顔をさせたかったわけじゃない、ちがうんだよ先生。
「先生、笑ってよ。出来の悪い生徒だったけど、笑顔でさよならしたい」
「ハンナ姫様……」
先生は初めて、花のほころぶような綺麗な笑顔を見せてくれた。
「先生……さようなら。お元気で」
「ありがとうございます、ハンナ姫様もお元気で……!」
こうして先生は地下室へと続く階段を駆け下りていった。その後ろ姿を、私は手を振って見送った。
すると騎士様の冷静な声が、妹さんに向かってテキパキと指示を出し始めた。
「さあ、ここからはあなたがエミリア先生となります。まずは先に控室へ行ってください。姫様と私は後から参ります」
「ええ、分かりましたわ」
そこで妹さんは、初めて私を見つめて華やかに笑った。先生よりずっと濃いお化粧しているのは、踊るための衣装と合わせてのことだろう。先生もお化粧したら、こんな風になるのかな。
――いや。先生は先生だな、きっと。
妹さんが「ではお先に」と部屋を走り出ていくと、後には騎士様と私が残された。
「ドレス、よくお似合いですよ」
「……へ?」
不可解な言葉が聞こえ、私は目を丸くして隣を見上げた。そこにはちょっと困ったような、でも苦笑を浮かべる端正な顔があった。
「あの二人についてはご安心ください。ちゃんと国へ帰してやります」
「え……」
「港には私の信頼置ける部下が待機しておりますので、後のことは任せておけば大丈夫です」
そっか、それを聞いて安心した。よかった……。
「……ようやく笑いましたね」
顔をあげると微笑んでいる騎士様と目が合った。めずらしい。いつももっとこんな風に笑えばいいのに。
「さあ、では我々もパーティーへ戻りましょうか」
「あ、そうだったね」
「あまり長いこと会場から姿を消していたら、ヨリたちも心配しますよ」
そうそう、そうだった。ヨリもだし、リーザちゃんも、クラウスさんも……とにかく戻らなくっちゃ。
「ハナちゃん、ずいぶん遅かったね! どこ行ってたの?」
「ごめんごめん、なに食べようか迷っててね」
リーザちゃんたちと合流した私たちは、広間の奥にあるに目を向けた。すでにプレゼントと称する余興が始まっており、今は手品師がその技を披露しているところだった。
「こんにちは、ハナちゃん」
「クラウスさん。それから……そちらの人は?」
「ああ、うちの姉だよ」
紹介されたのは、にこやかにお辞儀をする華やかかつ美人な女性だった。きれいにまとめた亜麻色の髪と、モスグリーンのシンプルなドレスが明るい笑顔を引き立てていた。
「ジルダです。ようやくお会いできてうれしいですわ、ハナちゃん」
「こんにちは。リーザちゃんからお話しをきいて、お会いするのを楽しみにしてました」
「まー、なんてカッワイイの!」
ムギュッと強く抱かれて、私は目を白黒させた。そんな様子にクラウスさんは「こらこら、ハナちゃんがつぶれる」と助け舟を出してくれた。
ようやく解放されると、隣にいたディルクが「姫様」と切り出した。
「私は用事がありますので、少々失礼します」
「え?」
「すぐに戻ってまいります……ヨリ、姫様を頼む」
「かしこまりましたわ」
いつの間にかヨリがそばにひかえていて、そっと私の帽子を直す。
「少々曲がってましたわ」
「あ、ありがと……」
ヨリはくったくない様子だから、このぶんじゃ何も気づいてないに違いない。ちょっとホッとした。
するととつぜん部屋の奥から「ワッ」と歓声が聞こえてきた。振り返ると、きれいな踊り子装束を身につけたエミリア先生の妹さんが、深々とおじぎをするところだった。
「あ、ハナちゃんの踊りの先生よ」
「……うん」
本物の先生は、今頃きっと小舟で港へ向かっているに違いない。妹さんも、このダンスが終わったら港へ行って……それで先生と一緒に国に帰れるんだね。
妹さんは羽のように薄い布を手に、クルクルと流れるように舞う。観客がうっとりと見とれていると……まさかのディルクが現れた。
「……うっそ!?」
なんでディルクが!? リーザちゃんは私の腕をつかんで、興奮したように「すごい!」と弾んだ声をあげた。私もその光景に、あんぐりと口をあけてしまう。
それもそのはず、私たちの視線の先には……真っ白い騎士装束も艶やかなディルクが、ちょうどポーズを取った踊り子さんの前で優美に頭を下げたところだったのだ。




