(9) パーティー会場
翌朝、つまり王様のお誕生パーティーの当日。目が覚めて一番に頭に浮かんだのはエミリア先生のことだった。
昨日あれからバイトやプレゼントのことで頭がいっぱいだったけど、けっきょくエミリア先生の件がうやむやのままだった。
先生ともう一度話したいけど、部屋に閉じこめられている。その証拠に、朝食のあと廊下をのぞいたら数人の衛兵が扉の前に立っているのを発見した。
目が合って「何かありましたか?」ってきかれたから、あわてて部屋にひっこんだ。本気でパーティーまで私を部屋に閉じこめておくつもりだ、あの騎士様。
「姫様、お仕度のお時間ですわ」
ヨリが数人の侍女さんたちと部屋にやってきた。
「それよりヨリ、ディルクはどこ? もう登城してる?」
私の問いに、ヨリは大きな箱を抱えたままきょとん、とした。
「ディルク様なら、昨日から外出されてますわよ? 本日の正午から始まるパーティーまでにはお戻りになられるそうですわ」
「え、外出ってどこに?」
「存じませんわ。 ただディルク様からは、姫様がお部屋でごゆっくりされるようにと承っております。ほらディルク様、バイトの件をずいぶん気になされてたでしょう? きっとパーティーまで、姫様にはゆっくりと休んでいただきたいのですわ。きっと姫様を心配されているのでしょうね、うふふ」
――心配って……まあ、そーゆー解釈もアリだろうけどさ……。
きっとこれ以上、私にこの事件に首つっこんでもらいたくないからに違いない。昨日バイトに行くのもさんざん反対されたし、きっとエミリア先生が巻き込まれている陰謀についてなにか知ってるに違いない。
あれこれ考えをめぐらせている私の横で、ヨリや侍女さん達がドレスの準備を始めた。ああ、のん気にドレスの着付けしてもらってる場合じゃないのに。でもヨリも他の侍女さんたちも、私が喜ぶだろうと思って楽しそうに準備してくれるから、無下にその好意を断れないよ。断れないというか、パーティーには出席するんだからドレスに着がえなくっちゃならないんだけどさ。
「アリュス産の、最高級の絹糸で織られたドレスですわ。赤の染めですが、渋めの色合いですので落ち着いて見えますでしょう。まるで東洋の国のモミジのようですわ」
「モミジ?」
ヨリは東の国の出身だから、向こうの事情に詳しいのだ。
「モミジは秋に赤く色づく、とても美しいのにどこか控えめで繊細な低木ですわ。葉が赤子の手のひらのような形をしていますのよ」
赤子の手のひらみたいな赤い葉っぱ……? なんか聞いた限りじゃ、だいぶ薄気味悪いけどなぁ。
「姫様の髪はまだ短いし、癖がないので髪飾りをつけてもすべり落ちてしまうと思いまして、代わりに帽子をご用意しましたの」
「へー、赤くてかわいいね」
ドレスとマッチした赤い帽子は、少しくすんだ金色のリボンがあしらわれていた。昼間のパーティーなので、あまり仰々しいドレスじゃなくてオーケーなのがうれしい。これなら何があっても走りまわれる。
私はどうしても、エミリア先生を見つけたかった。できれば、ディルクが先に見つけてしまう前に。
「では、王様のお誕生日を祝して……乾杯!」
ポン、ポンと、クラッカーが軽快にはじける音がした。飲み物は一貫してお茶で、お酒は一切ない。当然これは王様の健康を気づかってのことだ。
そのかわりにお茶の種類は豊富で、二部屋続きの会場のあちこちに設置されたテーブルには、お茶のポットがズラリと並んでいる。またテーブルには、お茶にマッチする食べ物がところ狭しと並べらべられており、どれにしようか皆楽しげに迷っている様子だ。
「去年よりも、ずっと人が多いみたいだね」
「なんでも今年から、騎士や従者の親類縁者まで呼んでいいことになったそうよ。クラウスのお姉さんも来てるんだけど、すっごくきれいで楽しい人なの。あとでハナちゃんにも紹介するわね」
空色のドレス姿のリーザちゃんと腕を組んで、広いパーティー会場をブラブラ歩いた。ヨリの話によれば、エミリア先生も特別に招待されているらしい。私はどこかに先生の姿が見えないか、そればかり気にしていた。
「ハナちゃん、お腹すいてるの?」
キョロキョロ落ち着きなくあたりを見回していたら、リーザちゃんに勘違いされたようだ。
「お茶菓子じゃなくて、ちゃんとした食べ物探しているのなら、左の続き部屋にローストチキンがあったわよ。私は部屋を出る前に軽く食べてきたからお腹空いてないけれど、ハナちゃんが取りにいくなら一緒に行こうか?」
「あ、いいよ。ひとりで行ってくる」
そのときタイミングよく、リーザちゃんの騎士クラウスさんが現れた。
「じゃあ、ここでクラウスと待っているわね」
リーザちゃんと別れ、とりあえずローストチキンがある部屋へと向かった。中はたくさんの給仕さんと侍女さん、それに出席者でごったがえしていた。やっぱりお茶よりまず腹ごしらえだよね。
……そんな人ごみに混じって、エミリア先生の姿を見つけた。
エミリア先生は会場の隅にひっそりとたたずんでいた。地味な灰色のドレスを着ているから、給仕さんのグレーの制服とまぎれてしまう。
先生の視線は落ち着きがなく、どこか警戒するようにキョロキョロとあたりを見回しているのがわかった。声を掛けようと、先生の方へ歩き始めたそのとき……。
「ハナちゃん、かわいいドレスだねえ」
「……パパさん!」
目の前に立ちはだかるように現れたパパさんに、私は足をとめるしかなかった。少し白髪交じりの金髪をきっちりと後ろになでつけ、深みのあるブルーの騎士装束をまとったその姿はとても若々しく、だが気品と威厳にあふれていた。金色の短い口髭がチャームポイントだが、同時に有無を言わせぬ強い意思を感じた。
「あの女のことは、うちの息子にまかせておくがいい」
「!」
真摯な瞳を向けられて、私は言葉に詰まってしまった。どこか、なだめるような口調に、私は自然とうなだれてしまった。
「あの女は君に近づいて、陛下に毒を盛って暗殺しようと企てている」
やっぱり、王様がかかわっていたんだ! でも……。
「でもパパさん、先生は脅されているんだよ? 妹さんを人質にとられて、しかたなく協力させられているんだよ……先生は悪い人じゃないよ」
パパさんはなにもこたえなかった。代わりに私の頭を軽く撫でた。
「あとは君の騎士に任せるといい」
「でも」
「こういった事は、しかるべき対応を取らなくてはならない。話し合いで済むような問題ではないのだよ。分かるね?」
「でも、ディルクに任せたら先生が……」
先生が、犯罪者として捕まっちゃう。先生とは短い付き合いだったけど、ダンスのレッスンでは苦労ばっかりかけて、気を使わせちゃったけど、でも私がうまく踊れるとうれしそうに笑ってくれた。だから……。
「先生が捕まっちゃったら……私……」
「ハナちゃんが悲しむようなことにはならないよ。気のきかないヤツだが、どうか信じてやって欲しい」
私が泣きそうな気持でパパさんを見上げると、困ったような表情で見つめ返された。なにか反論しようとして、口を開きかけたその時……ディルクの姿が視界に入った。
ディルクは一言、二言、エミリア先生になにか言うと、そのまま二人は連れ立って奥の扉へ向かう。ディルクの後ろについていく先生の横顔は真っ青だ。
「ハナちゃん!?」
「ごめん、パパさん!」
私はパパさんのわきをすり抜けると、ディルクとエミリア先生の後を追った。