(7) 公爵様
ふだんこの、城のはしっこに位置する棟にいるのは、私をはじめとする王様の側室の子供たちが数名にお付きの侍女さん、顔なじみの護衛の人たちだけだ。だから突然現れた、見慣れない騎士のおじさんは、めったにないイレギュラーといえる。
そんな騎士のおじさんは、キリッとした表情を少し崩すと、私に親しげな笑顔を向けた。
――えっ、もしかして私の知っている人? でも全然覚えがないっ……困ったな。
あわあわしていると、おじさんはとんでもないことを口にした。
「うちの愚息が、姫様になにか失礼でも?」
「ぐそく?」
愚息。愚かな息子と書く。
「ええっ、もしかしてディルクのお父さんですか!?」
「いかにも。君が噂のハナちゃんだね?」
噂のってなんの?
いやそんなことより、ディルクのお父さんって確か公爵様だったよなぁ。
「ベッセルロイアー公爵様、でしたっけ」
「リヅルで構わないよ」
公爵様はニコニコ笑顔で言った。いやいやそんな、年上の公爵様に向かって、名前を呼びすてなんて無理。
「じゃあ、ディルクのパパさん」
「いやあ、『パパ』っていい響きだねぇ。カワイイカワイイ」
ヨシヨシと頭をなでられてしまった。ディルクの父親にしては、ずいぶんとノリのいい人だなぁ……息子にも、その性格の10分の1でも引き継がれていればと思う。
そんな息子、つまりディルクはと言えば、私たちのやり取りをややあきれたように傍観していたが、すぐ冷静な態度で介入してきた。
「父上、どうしてこのような場所に?」
「ノエミに用があってね。せっかく久しぶりに登城したのだから、是非お前のハナちゃんにご挨拶でもと思ってな……ところで、何やらもめてるようだが?」
そう言ってパパさんはチラリと私に視線を送った。ちなみにノエミさんは、第一王子のお妃様で、ディルクの妹さんでもある。
ディルクは父親の発言を半ば無視するように私に向き直ると、
「とにかく本日は外出してはなりません。バイトに行くのはあきらめてください」
「そんなぁ!」
もーダメだ、こうなってはディルクを説得する術がない。だが肩を落とした私の隣で、なぜかパパさんが静かに口火を切った。
「ハナちゃんがバイトに行きたいと言うのだから、行かせてあげたらどうだ?」
「……父上は余計な口をはさまないでください。無理なものは無理です」
ディルクの絶対零度のオーラもなんのその、パパさんはのん気な調子で続ける。
「姫君の無理な願いをなんとかかなえてあげるのも、騎士の大切な務めだろう、ん?」
パパさんはディルクとさほど変わらない長身の体を折り曲げて、私の顔をおどけたようにのぞきこんだ。
「自分の姫のワガママなら、どんな無茶な願いもかなえてあげたいと思うのが騎士ってものだよ」
「パパさん……」
「なりません。事は姫様の御身に危険が及ぶかもしれないのですから」
ディルクが有無を言わせぬ口調で、パパさんの言葉をキッパリと跳ねつけた。するとパパさんは、
「ならば、私がバイト先まで護衛しよう」
と、思いもよらない提案を口にした。
「えっ、パパさんが?」
「これでも剣の腕がたつ騎士として名が通っている。私がハナちゃんのバイト先まで護衛してあげればいいだろう」
で、でも、公爵様であるパパさんに護衛してもらうなんて、そんなおそれ多い。私が迷っていると、パパさんは、
「ハナちゃんのバイト先は?」
ときいてきた。
「お茶屋さんです。山奥にある村の」
「では、私も美味しいお茶を一杯いただくとしよう」
と楽しそうに付け加えた。
一方、私の騎士様は、ますます機嫌が急降下していくようだ。氷のような表情が、いつものポーカーフェイスではないと物語っていた。ディルクは静かに口を開いた。
「姫様の騎士は私です。父上が護衛につくくらいなら、私自ら護衛につきます」
「えっ、それはヤダ!」
思わず拒絶の言葉が口からついて出てしまい、一瞬その場が凍りついたようになった。
だって、ディルクについてきてもらったら、プレゼントの手袋買うの見られちゃう。せっかくサプライズ・プレゼントにしようと、今まで内緒にしてきたのが水の泡になっちゃうのはヤダ。
「どうやら姫君は、私をご所望みたいだね」
パパさんは勝ち誇ったように笑った。
「では出発することにしよう。ディルク、お前はもう少し騎士としての心得を学んだほうが良さそうだな。でないと自分の主人に愛想つかされるぞ」
高らかな笑い声をあげて私の背中に手を添えるパパさんに、私は先刻とは別の意味であわてた。目の前に立つディルクの表情はポーカーフェイスだけど、誤解されている気がしてならない。
「あの、あのね、ディルクが嫌だって意味じゃないんだよ? ただバイト先に一緒についてきてもらうのが嫌なだけで……」
「そうだろうなぁ。大方ディルクは、バイトも快く思ってないのだろう? そんな理解のない騎士に護衛してもらうのは、気分的にも嫌になるってものだ」
パパさんの火に油を注ぐようなコメントが、この場の空気をさらに悪化させてしまったよーな気がする。ディルクはくるりと踵を返すと、無言でスタスタと立ち去ってしまった……ああ、絶対誤解してるよ!
私はすがるようにパパさんを見上げると、パパさんはしたり顔でうなずいた。
「少しは頭を冷やさせるほうがいいのだよ」
「そんな……」
私はパパさんの隣でぼう然と立ちつくした。
せっかく、ディルクに喜んでもらおうとバイト頑張ってきたのに……だから水仕事だってなんだってやったのに。だんだん期待と裏腹の展開になってきてる。私はほとんど泣きそうな気分だった。
バイト最終日は、客も少ないこともあって、いつもより早めにあがることになった。私が仕事している間、パパさんはお店でお茶を楽しみつつ待っていてくれた。バイトをあがって店を出るときも、パパさんは私に向かって、
「たまにはゆっくりお茶を飲むのも悪くないね。私もひとつ、屋敷に仕入れるお茶を注文してみようかな」
と満足げだった。
「そうですね……」
仕事を最後まで終えて目的のバイト代も受け取ったし、王様にあげるプレゼントのお茶も、店長におまけしてもらって大満足のはずなのに、なぜか私の心は常冬の国アリュス並に冷え込んでいた。
――ディルク、怒っているかな……。
何も言わずに、背を向けて立ち去っていった後ろ姿を思い出すと、それだけでジワッと涙がでそうになる。
きっとディルクの中で、私の印象はサイアクになっていることだろう。ここで逆転ホームランを出すには、手袋にかけるしかない。そう思い直して、気持ち新たにアウトレットの店へと向かう。
……それなのに。
「な……無い、手袋が無い!?」
ショーウィンドウの前で、私は目の前が真っ暗になった。目的の品が、あるべき場所になかったからだ。そ、そんな……!




