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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第三部
31/76

(5) あと二日

「姫様、お顔の色がすぐれませんわ」

「ホントっ!?」

 バイト五日目の夜のこと。寝る前のお茶を差し出すヨリにそう言われ、思わず両手で自分の顔をなでた。

「どんな感じ? くまとかある?」

「いえ、頬の感じがちょっと青いと申しますか、白いと申しますか……」

「叩いたら赤くなるかな」

「何おっしゃるのですか! ダメですよ、そんなことしては!」

 ヨリがあわてて私の両手を取った。

「このままじゃ、まずいよ……」

「たしかにディルク様がご覧になられたら、まずいかもしれませんわね……」

「どうしよう? さいきん寝る前になると、かならず部屋に退出のあいさつしに来るんだよね。あれは絶対、私の様子を確認してるに違いない」

 確かにバイトで疲れているけど、それがバレたらバイト禁止になってしまうかもしれない。いや、絶対そうなる。でも今ここでバイト辞めるわけにはいかないんだ。だってまだ目標額を達成してないんだから。

「お化粧でなんとかごまかせるかもしれませんわ。頬紅を少しだけつければ……」

「じゃあ急いでお願いっ……バレる前にどーにかしないと」

 ヨリに手伝ってもらって化粧をし、急いで道具を片付けたところでディルクが現れた

 ――ふう、間一髪。

「少々お時間よろしいですか。姫様にお話があります」

「話?」

 ギクッと固まって、つい身構えてしまう。隣に控えているヨリも、ハラハラしているようだけど、ディルクに「下がっていい」と言われれば従うしかない。ヨリは何度もふり返りながら、心配そうな表情を浮かべて部屋を後にした。

 扉が閉められると、ディルクは改めてベッドの上に正座する私に向き直った。

「明日のダンスのレッスンですが、お休みしていただきます」

「え、いいの?」

 つい笑顔を浮かべてしまった。目の前に立つ騎士様は、弓なりの眉をひそめると、あきれたように腕を組んだ。私は笑い顔を引っこめると、申し訳なさそうに頭をかくしかなかった。

「姫様が喜ばれることについては少々複雑な気もいたしますが、とにかく明日は仮病を使っていただきます。そうですね、腹痛などいかがでしょう。最近あまりお腹の調子がよろしくないようですし?」

 チラッと意味深な視線を向けられ、私はぐっと返答につまる。そうなのだ、最近あまりお腹の調子はよろしくない……エポック先生の授業中も、ダンスの時も、何度か胃の具合が悪くなって周りの人たちに心配かけている。たぶん食欲無いのに、無理やり食事を詰め込むからだ。でもちゃんと食事をとらないと、バイトやめさせられちゃうもの。

「ところでバイトの件ですが、まだお続けになられますか?」

「と、当然だよ! 一週間の約束だったじゃん。あと二日残ってるよ」

「そうですか……」

 困りましたね、と言うようにディルクは金色の髪を軽くかきあげた。こんなフツーにくだけた仕草は、この騎士様にしては珍しい。

「料理長には私から話しておきましたので、明日からは消化の良いものを召し上がってください」

「へ?」

「ご無理をされていたのでしょう。私が初日に、あんなことを申し上げたせいですね」

「……」

 どうやら無理して食べてたのがバレたようだ。罪悪感でうつむくと、なぜかフワリと頭をなでられた。顔をあげると、思いがけず困ったような、やさしい笑みを浮かべたディルクの視線とぶつかった。

「私のせいですね、本当に申し訳ありませんでした」

「……」

「もう無理はなさらないでください。バイトもあと二日、最後まで続けられるのですから」

 予想外の言葉に私はぼんやりとディルクの顔を見つめた。思えば初日の夜に、気まずい会話を交わして以来、まともに話してなかった気がする。

「お仕事、頑張っておられるようですね」

 やわらかい視線が私の両手に注がれた。

「店長から報告を受けております。『よく働いてくれる男の子』だと。一週間のバイトじゃ惜しい、できればもっと長くいてもらいたい、とまで申しておりました」

「へ、へえ……そーなんだ」

 なんだか、くすぐったかった。手はすでにガサガサで、予想通りあかぎれも出来始めていたけど、その努力がディルクの一言で一気に報われたような気がした。

 その夜ディルクは初日以来はじめて、また丁寧に私の両手にクリームを塗ってくれた。クリームはしみて痛いけれど、それでもなんだかくすぐったかった。


 そして翌日。

 バイトでお茶運びをしてると、奥のテーブルの二人連れに気がついた私は、お茶を運ぶ足をとめた。

 ――あれ、この前薬局にいた人達じゃあ……。

 旅人風のオジサンたちは、たしかに薬局で見かけた二人だ。私はお茶を運びながら、聞くともなしに会話が耳にとびこんできた。

「今日のダンスのレッスンは休みだとよ。なんでも病気だそうだ」

「仮病なんじゃねーの?」

 ――レッスンは休み? 仮病? なんか身に覚えがあるな……って、すっごく身に覚えがある。というか、もしかして私のことだったりする? まさか、ねぇ……。

「それともあの女、休みってのは嘘で、今さら裏切るつもりじゃねえだろうな」

「心配するな。こっちにはあいつの妹がいるんだ。いくらなんでも実の妹を見捨てることはできないだろうよ」

「ただあの女の報告じゃ、姫の方はぼんやりしてるみたいだから何も気づいてない様子だが、お付きの騎士がどうも何か感づいているらしいぜ」

 今、姫って言った!? しかもお付きの騎士って……まさかコレ、私のこと?

「とはいっても、あと二日だからな……計画決行まで、なんとかごまかせるだろ」

 計画決行? なんの計画なの!? よくみると悪そうな顔つきしてるオジサンたちだ。これは油断ならない。しかも『あと二日』って、王様の誕生日じゃん!

 ――あれまてよ、ということは……このあいだ言ってた『壊滅的にダンスが下手』って……私のこと!?

 がーん……って、今はそんなこと考えている場合じゃないかも?

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