2. 新しい騎士様は有名人で人気者
「ハナちゃん、新しい専属騎士が決まったってホント?」
私の一個上で、姉姫にあたる仲良しのリーザちゃんが、わくわくしながら身を乗り出してきた。
今日はリーザちゃんのお部屋に、お茶にお呼ばれしている。小さな丸いティーテーブルを囲みながら、紅茶とお菓子をいただいている真っ最中だ。
リーザちゃんの母親は王様の側室なので、リーザちゃんは私と同じく王位継承問題には無縁の、気楽な立場のお姫様だ。ただしお城で生まれ育ったから、町育ちの私よりよっぽどお姫様らしい。
そんなリーザちゃんは、私の新しい騎士様に興味しんしん。綺麗な青い目をきらきらさせて、私にあれこれ聞いてくる。
「しかも、ベッセルロイアー家のディルク様でしょ? すごいわぁ」
「なにがすごいの?」
私がクッキーを手に首を傾げると、リーザちゃんは驚いたように長いまつ毛をパチパチさせた。
「ハナちゃん知らないのね。ディルク様は有名よ。優秀で、あの麗しさだもん。お城の誰もが、こぞって自分の専属騎士にしようとやっきになっても、これまで誰にもなびかなかったのよ。それなのに突然、ハナちゃんの騎士になったっていうじゃない。驚いちゃった」
「なんかね、オイゲンの遠縁なんだって。オイゲンが亡くなったから、代わりに私の騎士になったらしいよ」
「ええっ、ラッキー……って、ごめん。オイゲンのことは残念だったわね」
「ううん、気にしなくていいよ」
オイゲンの皺がよった、やさしい顔を思い出して、私はちょっと悲しくなった。オイゲンがもう少し若かったら、もっと長く一緒にいられたかもしれないのに。
(いかんいかん、暗くなってしまった)
お葬式の後、オイゲンのお墓の前で誓ったんだ……一人になっても、明るく生きてくってさ。暗くなんかなってたら、天国のオイゲンが心配しちゃうよ。
(それにしても、ディルクがそんなに人気者だなんて、知らなかったなあ)
どうやらお城のお姫様たちは、お付きの騎士が多くいることに、ある種のステータスを感じるみたい。正室様のお姫様たちなんて、多いところじゃ五人の騎士がいるって話だ。
(ところで五人もいて、うるさくないのかなあ?)
リーザちゃんに聞いてみると「五人はさすがにね、三人ぐらいならわかるけど」なんて言われた。
「私なんて、一人でも持てあましているのに……」
私は新しい騎士様の、生真面目な横顔を思い出してため息をつく。
「たとえ騎士が何人集まっても、ディルク様には敵わないわよ。姫君たちどころか、あのカリスティ宰相も夢中だそうよ?」
「え、あのカリスティ宰相が!?」
カリスティ宰相と言えば、美人だけどいつも無表情な為『鉄面皮』と呼ばれる、とっても怖そうな人だ……まさかその宰相様にまで気に入られてるのか。
逆にそんなエリート騎士が、本当に私の専属騎士でいいものか悩んじゃうよ。
「とにかく、ハナちゃんはこれから大変よ」
「え、どうして」
腕組みしたリーザちゃんは、神妙な顔で語り始めた。
「私たちのような側室の姫はさておき、正妻の姫たちは黙ってないわよ、きっと。あんなにディルク様を欲しがっていたもの。やっかみは避けられないわ」
「え、私いじめられるの?」
正室のお姫様たちとは、住む宮殿がちがうから、これまで滅多に会うこともなかったのに。
「いじめられるってレベルで済めばいいけど。でも大丈夫。何かあったら、ディルク様に守
ってもらえばいいわ」
「そ、そうだね……」
ディルクのせいでいじめられるのを、ディルクに守ってもらうのか……なんか複雑な気分だなぁ。
リーザちゃんとのお茶を終えて、自分の部屋に戻ってくると、そこには怒った顔のディルクが待ち構えていた。
「お出掛けになるなんて、私はうかがっておりませんが?」
「え」
「なぜ黙って、お部屋を出ていかれたのです?」
詰問口調のディルクに、私はびっくりした。
「だって、リーザちゃんのとこへ、お茶しにいっただけだし」
「私は、うかがっておりません」
「ちょこっとだから……」
「そういう問題ではありません」
びしっと言われて、私はぶすくれてしまう。
だってオイゲンには、そんなうるさいこと言われなかったもの。私はいつでも一人で自由気ままに、城内を歩き回れたもの。
「オイゲンは、そんなこと言わなかったよ」
「私はオイゲンとは違います。私は私のやり方で、あなたの騎士を務めます」
私は膨れっ面のまま、そっぽを向いてソファーに座った。もう聞きたくないのに、ディルクのお小言は続く。
「もう少し、姫であるという自覚をお持ちください。これからは、朝食の後のご予定については、前日までに私に直接お話しいただくか、さもなければ当日の朝に、使いの者をよこしてお知らせください。いつの間にか、お部屋はもぬけの殻だったなんてこと、今後一切まかり通りませんよ」
「わかった、わかったから……もういいよ」
私は降参とばかり手を上げて、なんとかディルクの話を打ち切った。
あーあ、こんなうるさい人がお付きの騎士になっちゃったなんて……誰か取りかえてくれるものなら、取りかえて欲しいくらい。
(そうだ……ディルクを自分の騎士にしたい姫様たちが、大勢いるんだったな)
他の姫様に聞いてみようかな、と考えていたら、頭上から影が落ちてハッとする。恐る恐る顔を上げると、怖い顔をしたディルクがこちらを見下ろしていた。
「姫様……何をお考えです?」
「え、べ、別に……」
「まさか、この私を厄介払いしようなどと、お考えではないでしょうね?」
ぎくっ。
「よろしいですか、私はあなたの騎士であると同時に、この国に仕える騎士でもあります。私は王の御前で、あなたの騎士になると誓ったのですから、今更それを覆そうとしても『しきたり』上、許されませんよ」
「えっ、そうなの!?」
「やはり私を、厄介払いしようとお考えだったのですね……」
その冷たい物言いに、私は冷や汗を流した。なまじ綺麗で整った顔だから、怒ると迫力が半端ない。チキンな私は平謝りするしかなかった……情けないけど。
「それで、この後のご予定はいかがされますか?」
言われてみれば、もうすぐお昼近くだ。今日は週末だから勉強もお休みだし、裏の森へ遠乗りに出かけてもいいなぁ。
「じゃあ、西の森へ遠乗りに出かけるよ」
「かしこまりました。さっそく馬の手配をいたしましょう。姫様はダイニングで、昼食をお召し上がりください」
「あ、いいよ。お弁当を持ってく。出掛ける前に厨房に寄って、何か適当なものを籠に詰めてもらうよ」
「では、私もお供しましょう」
そんなわけで、ディルクは厨房までついてきた。あーあ、まるで見張られているみたいで息苦しいよう……。
「ところで……その格好はどうかと」
「え、何が」
「服装ですよ。姫君のなさる格好とは思えませんね」
私は自分の服を見下ろした。一応喪に服しているから、黒いひざ丈のズボンに黒の上着を着ている。
「馬に乗るなら、スカートよりこの方がいいかと思う」
「……まあ、今日のところは大目に見るとしましょう」
ディルクの言葉に、私はそっと肩で息をつく。第一印象を裏切らず、ディルクは相当堅物のようだ。
(ホント、やっかいな騎士様をしょいこんじゃったなぁ……)