(3) バイト
「二番テーブル、頼むよ」
「ハイッ!」
元気よく返事して、私はお茶のカップが並べられたお盆を両手で抱えた。
――いーち、にー、さん……おお、四つもカップがある。ひっくり返さないように気をつけねば。
ここは、お城の裏手にそびえる山の中腹に位置する小さな村だ。この村にたった一軒しかないお茶屋さんで私はバイトを始めた。テラスからの見晴らしは、とにかく絶景の一言につきる。ささやかな店ながらも、旅の中継地点として客足は絶えないそうだ。
お茶の良い香りにつつまれた店内はわりと広くて、店長はおだやかな人好きのするおじさんだから居心地はバツグン。間違いなく理想的な職場……なんだけど。
「ほら坊主、こぼすんじゃないぞ」
「あ、はーい……」
私はちょっと引きつった笑顔を店長にむけた。フッ……『坊主』ね。うんうん、まさかこーゆー展開になろうとは、さすがの私も思いつかなかったよ。
なんと私の騎士様は、自分の主である姫を男の子に変装させたのだった! しかもご丁寧に茶髪のカツラ付き。私の黒髪は珍しいってほどじゃないけど、この地方じゃあまり見かけないから目立つんだって。
ディルクが説明するには、私は背が低いし、十二、三歳の少年に見えなくもないって……ふんだ、どーせ子供っぽいですよ。でも私は成長期だし、背だってこれからどんどん伸びてく予定なんだからね。今に見てろぉ……絶対ディルクに追いついてやる。あ、そこまで伸びなくてもいいか。
「お待たせしました~、こちら林檎茶に白樺茶になります」
テラス席の丸いテーブルを囲んだおじさん達は、この村の大工さんだ。めいめい大きな道具箱を椅子の下に置き、その上に長い足袋に包まれた足を放りだしてくつろいでいる。どうやらこの店の常連さんらしい。
「ちっこいのに働いてエライなぁ、坊主。そこノコギリ置いてあるからな、つまずいて転ぶんじゃねーぞ?」
「はーい、じゃあごゆっくり……」
慎重に足を運びながらテラス席を抜けると、その向こうに広がる眩しい緑の山々をあらためて眺めた。
――良い天気だあ。
野鳥ののどかな鳴き声が聞こえてくる。さわやかな風が、まるで山々の呼吸のようにリズムよく頬に吹きつける。私は久しぶりに、故郷の町での暮らしを思い出した。ちっとも似てないのに、どうしてだろう……あの町はここよりもっと人がいて、山なんかなくって、畑ばかりで……でも、なつかしい。
――洗濯物も乾きそうだし、大工仕事もはかどるだろうなぁ……ん?
大きな手で器用にお茶ポットを操るおじさんが、
「ん? どうした坊主」
と顔を上げた。私がテラスの横から見える通りの向こう側を指差して、
「あの店って、何の店ですか?」
と、真っ黒に日焼けしたおじさんにたずねた。それはこじんまりとしたブティックのような店で、ウインドウには雑貨らしきものが陳列しているのが見えた。
「ああ、アレな。最近オープンしたばかりの、アウトレットの店だそうだ」
「あうとれっと??」
初めて耳にする単語に首をひねっていたら、おじさん達が口々に説明してくれた。
「お高くて売れ残っちまった品物を、安い値で売ってるのさ。でも中古じゃなくて新品でさあ」
「うちの女房は、へんてこな帽子買ってきやがってなぁ~」
「俺っちのとこの娘だって、皮の鞄を買ってきたぜ。なんでもすごく安かったとよ」
それはすごい、と私は身を乗り出した。あまった高い物を安く売ってくれるなんて、庶民の味方なんだなぁと考えたところで、ふと思いついた。
――もしかして、手袋とかも売ってたりする?
休憩時間になったら訪ねてみよう。私は期待に胸をふくらませた。
アウトレットの店は、お茶屋さんから通りをはさんだ斜め向かいにあった。
テラス席からは少ししか見えなかったショーウインドウも、正面から見るとそれは結構大きくて、なかなか素敵な光景だ。いろんな雑貨が所せましと並べられ、あちこちに『●パーセント引き』という赤い札がついていた。
……その中に、私は幸運にも手袋を見つけた。
しかもただの手袋じゃない。ちゃんと騎士が着ける礼装用の、なかなか立派な手袋だ。白地に銀色の刺繍が施されていた。私はさっそく店に入ると、奥のカウンターで退屈そうにあくびをかみ殺している中年のおばさんに声をかけた。
「すいません、あそこに飾られてる手袋って、おいくらですか?」
「手袋? 手袋なら色々あるけど、どれのこと言ってるんだい?」
「えっと、白くて銀の刺繍がしてあるやつです」
おばさんはケバケバしい、ガウンのようなドレスを引きずりながらショーウインドウへと歩いていった。しばらくゴソゴソしてたと思ったら、後ろで所在無げに突っ立ってる私に突然振り返り、手にした手袋をずいっと差し出した。
「コレのことかい?」
「あ、えーと……コレって女性用ですか?」
「アンタが使うんだろう?」
「いやその、私のじゃないんです。プレゼント用でして……男の人に」
なぜか最後のセリフは言いにくかった。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ガウン姿のおばさんはニンマリ意味深な笑いを浮かべる。ああ、何か誤解されているよーな気がする……恥ずかしい。
「そうかい、じゃあこっちだね」
「はい……それです」
「プレゼントにするなら、それ用に包んであげようか」
私はあわてて首を振った。
「今日はちょっと、持ち合わせがなくって……バイト代が入ったらってことで」
「ああ、そうなんだ」
「ちなみにそれ、おいくらですか?」
「2万ゼニーだよ」
2万ゼニー!? 高っ!
「値切り交渉はできないよ。もともと6万ゼニーだったヤツなんだからね」
「ろ、6万……ですか」
「ああ、由緒正しき高品質のソードマスター製だからね、そのくらいはするさ。これでも破格で出してるんだよ?」
てことは60パーセント引きかぁ。確かに破格っちゃ破格だけど……それでも高いことには変わりない。
目の前のおばさんは、かったるそうに赤く染めたらしき頭をかきつつ、私の様子をジロジロ見た。まるで値踏みでもしていそーな視線である。
「……いくらなら出せるんだい?」
その言葉に、私はうつむきかけていた顔を上げた。え、もしかして値引きしてくれたりする? それならすっごくありがたいんだけど……。
「1万……ぐらいでしょーか」
「1万だって!?」
「いや、どうにかして1万5千ゼニ―ぐらいなら……なんとか」
おばさんは『お話にならないね』と言わんばかりに首をふると、手袋をショーウインドウにさっさと戻してしまった。ガッカリして肩を落とす私に、おばさんは背を向けたままボソリと「一週間なら待っててやるよ」とつぶやいたのだった。
「本当ですか!? あ、ありがとうございますっ!」
「せいぜいバイト頑張るんだね、お嬢ちゃん」
「はいっ!」
足取り軽く店を後にした私は、なんとか休憩時間内ギリギリに戻ることができた。
――よかったー、じゃあバイト頑張らなくちゃね……。
意気揚々と仕事に戻りつつも、だけど、なにかが頭に引っかかる。
「坊主、こっちは四番テーブルね」
店のおじさんに呼ばれた。
「はーい……あっ」
と、そこで私は気がついた。あのおばさん……私を『お嬢ちゃん』って呼んでた! 女の子ってバレてたんだ!