(1) お誕生日
「ギョクロ?」
「ええ。ご存じの通り、お茶には紅茶、青茶、白茶、黒茶、緑茶とさまざまございますが、一番高価で美味と言われているのがギョクロという名のお茶だそうです」
夜、寝る前にお茶を飲む習慣が、このお城に住む王族の間にはある。飲みたくなくても王族は全員飲まなきゃなんないんだって。
こんなふうにお城に住むって、いろいろ『しきたり』が多くてたいへんだ。かくいう私も、これでも王族のはしくれ。ちゃんと『しきたり』に則ってヨリがいれてくれたお茶を飲む。
ヨリは私付きの侍女さんで、東の国からやってきた異国の人なんだけど、私と年も近いから仲が良くっておしゃべりもはずむ。だから夜のティータイムはけっこう楽しみのひとつだ。
今夜もいつものようにヨリにお茶を用意してもらった。そこで話題に出たのが、いよいよ来週と迫った『王様の誕生日パーティー』についてだった。
王様の誕生日は、外向けのかたくるしい式典みたいなのもあるけれど、内輪のパーティーはとってもささやか。出席する人は王様の親族とそのお付きの人だけで、形式ばった挨拶とかも一切ない。その代わり、出席者はめいめい特別な『プレゼント』を用意することになっている。
びっくりするほど豪華なプレゼントだったり、あっと驚くような見世物を用意する人もいるけれど、たいていは手作り感満載のかわいいプレゼントが多い。小さな子どもたちは折り紙を折ってプレゼントしたりする。
去年のパーティーでは、私はリーザちゃんをはじめとする側室の子供たちと一緒に歌をプレゼントした。あんまり全員集まって練習できなかったから、ハモるとことかそろってなかったけれど、王様は手をたたいて喜んでくれたっけ。思えばその前の年も、さらにその前の前の年も、やっぱり歌を歌った気がする。
でも私ももう十五だし、そろそろ歌ばっかで誤魔化してないで、ちゃんとした贈り物をあげるべきなんじゃないかなって思ったのが事の発端。お城にあがって早三年……こうして何不自由ない生活できるのも、すべて王様のおかげなんだから。ちゃんと日頃の感謝の気持ちを表したい。
「さいしょは王様が大好きな、お酒をプレゼントしたらどうかなーって思ったんだけどねぇ……」
なんでも王様は不摂生がたたって、ドクターストップかかっちゃってお酒が飲めないらしい。しかたないから、さいきんはお茶ばかり飲んでると聞いたのだけど。
「そしたらさ、お茶に目覚めたらしいんだよ。だから、おいしいお茶をプレゼントしたらどうかなって思ったんだ」
「それは素敵なアイデアですね。ではさっそく、例のギョクロを手配致しましょう」
「あ、それはダメ」
私はあわててとめた。
「どうしてです?」
と、ヨリが不思議そうに首を傾げた。
「だってさ、ヨリに手配してもらうってことは、お城で取り寄せるって意味でしょ? それじゃ、けっきょく王様のお金で買ってるようなものだもん。王様へのプレゼントだから、私は自分のお金で買いたいんだよね」
「それはますます素敵なアイデアかと思いますけど……つまり、姫様のおこづかいを私がおあずかりして、それでお茶を購入すればよろしいのでしょうか?」
「私のおこづかいは王様からもらったものだから、やっぱり同じことになっちゃうよ」
「では……他にアイデアでも?」
「うん、実はバイトしてみようかなって思って」
「ば、バイトですか!?」
ヨリがもう少しで熱いポットをひっくり返しそうになり、私はあわててその手を支えた……間一髪、だった。
「も、申し訳ございません、姫様! やけどされませんでしたかっ!?」
「大丈夫。ね、それよりバイト、どう思う?」
「そうですねえ……良いアイデアかどうか、私には分かりかねますわ。王族の方がバイトなんて、前例がございませんし……」
「プレゼント代を稼ぐだけの、ほんの短い間だけ、どうにかならないかな。ディルクは許してくれると思う?」
ヨリと私は顔を見合わせた。ディルクは私付きの騎士なんだけど、ときどき頭が固くて困る。
ディルクは騎士の中でも最高位の黒サッシュで、私みたいなランクの姫にはもったいない騎士様だ。しかも金色の長髪に翡翠の瞳を持つ、男性という種の中でも最高位のランクであろう容姿の持ち主である。
まさに文句のつけようのない、最高の騎士なんだけど……ただ性格が真面目すぎるのだ。自分にもだろうけど、他人に対してもかなり厳しい。私なんかいつも姫らしくするようにって、おこられてばっかりだ。
そんな頭の固い騎士様が、はたして自分のつかえる主である姫に、バイトすることを許してくれるだろうか? 仮に許してくれたとしても、自分もついていきますって言いだしそうだ……護衛つきのバイトなんて、そんなの目立ち過ぎるからぜったい嫌だ。
「そういえば姫様、王様へのプレゼントも結構ですけれど、ディルク様へのプレゼントはいかがされますの?」
「へ? ディルクへのプレゼント? なんで?」
ヨリは「まあ!」と、さっきポットひっくり返しそうになった時よりも大きな声をあげた。
「王様のお誕生日の翌日が、ディルク様のお誕生日ではありませんか!」
「えっ、そうなの!? 知らなかった……」
ヨリがあきれた顔をしている。だって本当に知らなかったんだもん!
「きっとたくさんのご令嬢や姫君が、こぞってプレゼントが贈られますわよ。だから姫様も負けてられませんわっ!」
「負けてられませんわって……どこらへんで勝たなくちゃなんないの?」
「ディルク様は姫様の騎士ですわ! 誰よりも素敵なプレゼントをご用意して、誰よりもディルク様に近いことを皆さまにアピールする必要があると思いますわ」
「えー……」
そんな面倒なことをやる必要あるの?
そもそも他の姫君たちも、自分の騎士にお誕生日プレゼントってあげているのだろうか?
「もちろん、毎年あげてるわよ」
リーザちゃんの言葉に、私は「そうなんだ」と椅子の上でひざを抱え込んだ。
今日は天気が良い秋晴れだから、リーザちゃんの部屋のベランダにテーブルを出して、二人で宿題に取り組んでいた。そう、こんな天気の良い日でも宿題はある……ふう。
「オイゲンの誕生日はどうだったの?」
「オイゲンの?」
去年まで私付きだった老騎士オイゲンは、残念ながら今年の春に他界してしまった。その代わりにディルクが私付きの騎士になって今に至るのだ。
たしかオイゲンの誕生日は皆でお祝いしたんだっけ。私の部屋で『鍋パーティー』を開催した。オイゲンが海の幸だか山の幸だか、たくさん食材を調達してきて、その場にいた侍女さんや女官さんたちも加わって、皆でワイワイと鍋囲んだっけ。
「あれは楽しかったなぁ……鍋こそ冬の醍醐味だよね」
「鍋?」
「でも、プレゼントは渡した記憶ないなぁ」
リーザちゃんは何か思いついたように手にしたペンを放り出すと、部屋の奥へ入って何やら物色し始めた。やがて戻ってきた彼女の手には一冊の雑誌があった。差し出されて表紙のタイトルを読み上げる……『キャッスル・ライフ』?
「城内でも人気の通販カタログよ。年頃の王族の姫君ならほとんど購読しているわ」
「へえ、そうなんだ」
「ほら、このページに『あなたの騎士をより魅力的に! ナイトグッズ特集』ってのがあるでしょ」
差し出されたページには、騎士用の色とりどりのマントから礼服、果ては羽飾りまで多岐にわたって紹介されていた。なるほど、こーゆーので皆プレゼント用意してるんだ……そうだよなぁ、王族だとなかなか自分一人で街へ買い物に出掛けるなんてこと、そうできないからなぁ。通販とは考えたものだ。
「ちなみにリーザちゃんは、クラウスさんに何あげたの?」
「いろいろ、ね」
リーザちゃん付きの騎士クラウスさんは、ちょっと軽いけどハンサムでお洒落な人だ。さぞかしプレゼントを決めるのは大変だろう。
「クラウスは好みがはっきりしてるから毎年悩むけど、でも今まで私があげたものは大抵、どんなものでも喜んでくれたわよ」
ディルクはどうなんだろ? 何あげても単純に喜んでくれるといーけど(希望)
「でも、そんなに高いものはあげられないよ。ほらこのマントなんか、えらい金額だし……」
「それなら無難なところで手袋とかどう? 騎士なら何組あっても困らないでしょ。一口に手袋といっても色々なメーカーのがあるけど、中でも『ソードマスター』の手袋は老舗ブランドだし品質も確かよ」
手袋かぁ。それならちょっとしたバイト料でも買えるかな……あれ、でも……。
「五万ゼニーって……たかが手袋でぇ!?」
「なあにそれ、高いの?」
無邪気に聞き返すリーザちゃんに、私は改めて金銭感覚の違いを思い知らされた。生まれたときからお城育ちのリーザちゃんとちがい、私は十三の年まで田舎の小さな町で育ったもんだから、わりと現実的にお金の価値も分かる。五万ゼニーといえば、四人家族だった我が家の約一カ月分の食費じゃないか!
「……なんか、別の考えとく」
「そお?」
リーザちゃんは腑に落ちない顔してたけど、王様の誕生日まで正確に数えてあと八日。プラスうちの騎士様の誕生日まで九日。明日から毎日バイトしたって、稼げる金額はたかがしれている。
うーん、どうするべきか……悩む。