(14)
翌朝。
昨日の重いドレスが堪えたのか、ベッドから起きあがれなかった……うう、全身筋肉痛だ。
仕方がないのでヨリに朝食を運んでもらい、ベッドで食べることに。そこへディルクがやってきて、ミルク粥のスプーンをくわえた私の前に新聞をバサリと広げてみせた。
「『仲良きことは美しきかな』……何コレ」
トップ記事は当然ながら昨日の雪の祭典について。それは分かるけど、この訳の分からない見出しとともにでかでかと飾られた写真……それはコンテストの時に撮ったらしいコルティ姫と私の姿だった。
「えーと、何なに……『かの大国から訪れたのは……のような』……えーと……『ハンナ姫であり、雪の……』うーんと、この単語何て読むんだっけ……」
アリュス語で書かれているからうまく読めない。ディルクは新聞を私の手から受け取ると、代わりに読み上げてくれた。
「『かの大国から訪れたのは、雪を照りつける太陽のように輝いているハンナ姫であり、雪の祭典を明るく照らした。毎年恒例の一大イベント雪像コンテストでは、メイン審査員のコルティ王女と笑顔をかわす微笑ましい一場面もあり、来場していた多くの観客を魅了した。幼い二人の王女の麗しき友情は、この大陸における二つの大国の外交関係において明るい未来を約束するであろう』」
「うっわ……『明るい未来』って、そんな大げさな」
この写真って、例の雪像を見た時にコルティ姫が私に向って『この事だったのね』って含み笑いを向けた瞬間じゃないの? 私もしてやったり、って感じでニヤッとしたと思うけどさ。それがなんでまた『微笑ましい一場面』だの『麗しき友情』だのってなるんだ?
改めて記事をよく見ると、他にも私の写真が載ってて、あの例のめちゃめちゃ重たいドレスを着た私がカメラ目線(に見える。カメラの存在なんて全然気が付いて無かったケド)で笑って手を振っている姿が映ってた。
――ふっ……この時だって、どんだけ無理してたか。
それなのに、なぜだろう……隣に立つディルクが騎士様本領発揮!って具合の、ありえないくらい綺麗な微笑みは。なにこの写真うつりの良さは。
これじゃすっごいやさしい騎士様に見えちゃうじゃないか……こんなの詐欺だ、絶対……そう思いつつディルクの顔を見上げたら。
「おめでとうございます、姫様」
「えっ、何が?」
ディルクの言葉に、私は本気で首をかしげた。
「今回のご公務が、大成功をおさめたからです」
「え……」
「本当によく頑張りましたね。その過程では、まあ感心できない部分も多々ありましたが、最終的には良い結果となりました。お父上の国王様も大変よろこばれることでしょう」
「そ、そうなの?」
なんだかなぁ……私が大きなため息とともに背中からぼすん、とベッドに倒れると、そばに控えていたヨリが不思議そうに私の横でおずおずとささやいた。
「嬉しくないのですか、姫様?」
「んー、なんか気が抜けちゃったというか……複雑」
まあ結果オーライだからいっかな……私はやけに眩しい光が差し込む窓辺に目をやった。遠くにはすっかり雪化粧した山々が、先ほど降り出した粉雪のせいで霞んで見える。寒そう。
――やっぱ、夏が恋しいや……。
「いろいろとお世話になりました」
「こちらこそ……楽しかったですわ」
可笑しそうに笑ってくれる女王様は、今日帰国の途につく私達のために、忙しい合間を縫ってわざわざ私の部屋まで挨拶に来てくれたのだ。本来ならこっちからご挨拶に伺わなくちゃならないってのにさ。
「せっかくコルティやフリードとも仲良くなってくださったことですし、またいつでも遊びにいらしてくださいね」
そうなのだ、せっかく仲良く(コルティ姫に関してはビミョーな感じもするけど)なったのに、あまり一緒に遊べなかったのが残念。なんでもブリザードが迫っているらしく、帰路に差し障りがあるから早く出発しなくちゃダメなんだって。
女王様とのお別れも済んだので手持ちぶさたの私は、荷造りに奔走する侍女さんらや護衛の人たちの邪魔にならないよう、そっと部屋を抜け出た。
――最後にお城の中を少し探検しよう……外は無理、だって寒いもんね。
広い踊り場のある階段を降りながら、改めてゆっくりと辺りを見回す。
透明感のある壁や床がまるで氷のようで、確かにきれーだなぁ……でもちょっぴり寒々としていて、やっぱり私はうちの国のお城の方がずっと温かみがあって好きだなって思う。
サンルームに通りかかると、中では数人の年老いたご婦人たちがカードゲームして遊んでいた。しばらくその様子を眺めて、それから向いの広間をのぞいてみる。ここは初日に舞踏会が開かれた場所だ……あの時はよく分からなかったけど、改めて見ると結構広い。
人気のない広間はシンと静まりかえっていて、つい息をひそめてしまう。
なぜか足音を抑えて部屋の中央へ進むと、立ち止まってほっと息を吐く。
「……確かここでチャンチャーン、って音楽が鳴ってさ……」
そっと一歩、ステップを踏み出す。
両手はあたかもパートナーがいるように、空中でポーズを取って……いち、に、さん。
調子に乗ってくるくると回ってみたら、思いのほか目が回ってバランスを崩すとそのまま床に尻もちをついた。はー、やっぱりダンスの練習しなくっちゃ駄目かな。
大理石が敷かれた床の模様をぼんやりと眺めていたら、見慣れたブーツが視界に飛び込んできた。顔を上げると目の前に差し出される白い手袋の手。
「一曲踊っていただけますか」
「……ヤダって言ったら?」
濃紺の騎士装束を身にまとい、洗練した立ち居で私を見下ろすディルクがフッと笑った。