(13)
『さて、いよいよ最終審査を開始します。エントリーナンバー1番……』
司会者の声がスピーカーから鳴り響いた。予選を勝ち抜いた雪像の数は全部で10個。なんでもすでに朝から審査が行われてて、ここでは最終審査だけがおこなわれるらしい。
ひとつひとつ、きちんと大きなカバーがかけられて、番号を呼ばれた順からお披露目される。カバーが外される度に観衆からわっと大きな声援と拍手が湧き上がる。
どの像も大体五メートルぐらいで、大きなデコレーションケーキを型どったものもあれば『どーやって作ったんだ?』と目を疑うような精巧な作りの氷の馬車やお花畑なんかもあった。
それにしてもフロストさんの雪像はどこだろう? 最終審査に残っているといいけど……もう最後の番号が呼ばれちゃうよ。
「……最後の作品が優勝の有力候補なんですよ」
背後に立つディルクにそっと耳打ちされて、私は『そうなんだ』と納得する。
絶対最後だよアレは……お願い、残っていますように!
最後の番号が読み上げられてカバーが外されると、周囲の歓声がどよめきに変わった。あとに続く歓声と拍手がものすごい……いやホント、冗談じゃなくすごい。来賓席のあちこちからも感嘆の声が聞こえてくる。
「なんと見事な女神像……いや、あれは青年像ですかな?」
「あの美しい青い瞳を見てごらんなさいな」
「優雅なたたずまいですわね」
「はて、どこかで見たことのあるような顔立ちですな」
「わたくしもちょうどそう思っていたところですわ」
審査員席の真ん中に座るコルティ姫の、驚いたように口を開けてる姿が見えた。その顔がゆっくりと私の方へと向けられる。
バチッと目が合って、それからコルティ姫は挑むように笑いかけてきた……『あんたが言ってた正直に審査しろって、この事だったのね』って言わんばっか。そうだよその通りだよ。
「もちろん、わたくしが選ぶのは……大好きなお兄様の像ですわ!」
その一言に、歓声はいっそう高まった。
ところでフリード王子の姿が見えないんだけど、きっと観衆のどこかで様子を見ていると信じたい……てか見てて! せっかくコルティ姫がめずらしく良い事?言ってんだからさ。
こうして優勝作品は見事フロストさんの像に決定し、コンテストは大盛況のうちに幕を下ろしたのだった。
その後に開かれた立食形式の晩餐会で、ようやく楽なドレスに着替えることができた私はたっぷりとごちそうを堪能できた。デザートが入りきらないところまできた時、人の波をかき分けてコオ大臣が現れた。
「姫様、この度は本当にお世話になりました」
「え、何がですか?」
「コルティ様とフリード様の事ですよ。これがきっかけに、あのお二人も歩みよって下さることでしょう」
「いやいや私は何にもしてませんけど……」
「あの雪像は、姫様のお力もあってのことでしょう?」
「あのう、ですから……」
「瞳、ですよ」
私は目を丸くした。コオ大臣が茶目っ気のある笑顔で私にウインクをくれる。
「いけませんね、あんな高価なものをあのように使われるなんて。非常に大胆かつ独創的ですな」
「えええ、な、なんで分かって……」
「あんな青く美しい輝きを持つ宝石は二つとありませんからね。あ、いえ……イヤリングですから二つはあったことになりますな、いやはや」
いやはや、って、こっちこそ! いやはや恐れいりましたよ。まさかアレが私の宝石ってバレるなんて、びっくりだってば……って、待てよ。
ということは、もしかしてディルクも気づいたのかな? 見る人が見れば、私のイヤリングだって分かっちゃうってことだもんねぇ。でも、ディルクは何にも言ってなかったな……どうしてだろ。
首をひねっていたら、今度はフリード王子が現れた。
コオ大臣は驚きもせず、まるで分かっていたかのようにニコニコとフリード王子の登場に目を細めている。なんだ、この空気は……?
「ハナちゃん、これ返すね」
「あ……」
差し出された白い手袋の手のひらには、青いイヤリング。
あれー、どうして王子が持ってるんだろう?
「父上が『ありがとう』って伝えて欲しいって」
「はあっ!?」
誰が、誰の父上、ですって?
「うちの父上はこういう場が合わないみたいで、今ごろ城下町で気の置けない友達と酒でも飲み交わしているよ。僕もしばらくしたらここを抜け出して、コンテスト優勝のお祝いがてら会いに行くつもりなんだ。よかったらハナちゃんも一緒にどう?」
「え、それは……」
――い、行きたい。けど……。
隣のディルクを見やると、その横顔は『絶対ダメ』オーラがはっきりと出ている……そーだよなぁ、無理に決まってるよなぁ。あーあ……ってそんなことより。
「もしかして、フロストさんってフリード王子のお父さんなの!?」
「そうだよ」
うっそぉ~!
「父上はお城暮らしが肌に合わなくてね。だから城に近い崖のふもとで一人暮らししてるんだよ」
だからって、仮にも女王様の旦那さんが、あんな小屋で一人暮らしだなんて……アリュスの国って割と自由なんだなぁ。しかもフロストさん、もともとあの小屋の近くにあるカンテラ村出身らしい。
今は女王様には新しい旦那さんがいて(コルティ姫のお父さんだ)しあわせに暮らしてるみたいだけど……そっかあ、ということはフロストさんってうちの母さんと似たような立場なんだ。
「なんかフロストさんに親近感沸いちゃうなぁ」
「それを言うなら父上よりも僕に親近感沸くって言うものじゃない?」
王子に微笑を向けられ、私は思わず赤面してしまう。本当に綺麗な顔してるお坊ちゃんだなぁ……あんな山男のような(失礼!)フロストさんからこんな繊細息子ができるとは……不思議なこともあるもんだなぁ。
「それにしても、そうか……ハナちゃん一緒に来れないのか。しょうがないなぁ、じゃあ妹姫でも誘ってみようかな」
「えっ……」
それはもっと不可能に近いのでは!?
だって、時期女王様が晩餐会抜け出すなんてもっと無理なんじゃない?
そんな私の心を読んだのか、フリード王子はきらきらと輝くような青い瞳でウインクした。
「なんてね、冗談だよ……でも抜け出す前に、ちょっとだけ妹姫に会っておこうかな。一曲ぐらいダンスお相手してあげてもいいしね」
「……お相手してあげるのは、わたくしの方よ」
そこに銀色に輝くドレス姿のコルティ姫が現れた。
長い銀髪はいくつにも分けて絡ませるように高く結いあげられており、髪のてっぺんには青く輝く髪飾りが留められていた。まさに将来の女王様って風格があるなあ。
「フリードなんかより、わたくしの方がよっぽどダンスが上手なんだから」
「おや、言ってくれるね。もし僕より下手だったら罰ゲームだよ」
「何よその罰ゲームって」
二人とも楽しそうに?喧嘩しつつ、ダンスの輪の中へと消えていった。
その後ろ姿を見送りながらほのぼのした気持になっていたら、隣から不吉な声が……。
「……そう言えば、姫様のダンスの件がありましたね」
「ぎくっ」
「なんなら少し、この場を借りて練習しますか?」
「えぇっ!」
結構ですから、ほらあっちで色目をつかっているご婦人とでも踊ってきて下さい!
さっきからディルクが離れてくれないから、ご婦人方の眼がキビシイんだってば……『あんた何そのイケメン独り占めしてんのよ』って無言の圧力を感じるんだよ。
きっとディルクは、また私が抜け出すんじゃないかって疑っているのだろう……そりゃ一つや二つ前科がありますからね。ええ信用されなくって当然ですけどね……あーあ。
――しょうがないから、私も踊りますか……。
なんて言っても、今日はお祭りだしね。
私は観念して、ディルクの差し出す手を取ったのだった。