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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第一部 春
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1. はじめまして、新しい騎士様

「私に、新しい騎士!?」


 【謁見の間】に呼び出された私は、玉座に座る王様の前で、すっとんきょうな声を上げた。


「オイゲンが亡くなって、まだ十日しか経ってないのに……」

「気持ちはよく分かるがな、姫に騎士無しではまずいのだ」


 王様は人の良さそうな男前の顔に、困った表情を浮かべていた。


「昔からの伝統と習慣で、姫には必ず騎士をつけなくてはならん。今回みたいに、十日も専属騎士無しで暮らした姫の前例なんて、一度もなかったのに……! だが、これでも大急ぎで適任者を探していたのだよ、ハナちゃん」


 『ハナちゃん』とは私のあだ名で、なんでもどこかの国の言葉で『花』を意味するらしい。今では王様をはじめ、お妃様や周囲の人たちの間では、この呼び名がすっかり定着していた。


 それはともかく、問題は専属騎士の件だ。

 お城に上がった三年前、私の専属騎士に付いたのが、オイゲンと呼ばれる齢七十五のご老人だった。本当は適任者が見つかるまでの、仮の騎士のつもりだったそうだけど、幼かった私がすっかりオイゲンに懐いてしまい、離れたくないと駄々をこねた。

 そうしてオイゲンは、晴れて私の正式な専属騎士となり、つい十日前に肺炎をこじらせて亡くなるまで、ずっと傍にいてくれた。


 オイゲンはとても優しいおじいちゃん騎士で、家族を亡くした私を大層かわいがってくれた。だから亡くなった時は本当に悲しくて、せめて今月一杯は喪に服そうと心に決めた。なぜ今月一杯かと言うと、来月からは春のお祭りやらイベントやらが盛りだくさんで、喪服など絶対禁止だそうだ。

 本当はお姫様だから、身内の不幸でもない限り、喪に服すことは『前例がない』から駄目だって言われた。でも、ここでも私は駄々をこねて、特別に喪服姿でいることを許してもらってる。

 そんな状況下で、いきなり新しい騎士を付ける、なんて言われても困る。


「新しい騎士なんて、まだ考えられないよ……」


 私が小さく呟くと、王様は玉座から立ち上がらんばかりに身を乗り出した。


「でもね、ハナちゃん。彼はとても優秀な騎士だよ? なんといっても、亡くなったオイゲンの親戚だからね」

「え、そうなの?」


 オイゲンの親戚……。


「そうそう、オイゲンの親戚なんだよ……とっても遠い親戚だけどね。ハナちゃんの話を聞いて是非に、と向こうから立候補してきたんだ。今年二十五になる男で、名は……」

「今年二十五!?」


 オイゲンと五十歳も違うじゃないの。


「絶対イヤ」

「まあ、そう言わずに」

「そんな若い男の人と、しゃべったことないもの。きっと仲良くなれないよ」

「そうはいっても、王族につく騎士は、そのくらいの年齢が一番多いのだよ? ハナちゃんの姉姫も妹姫も、皆こぞって若い騎士を取りっこしてるじゃないか」

「せめて、もう少し年上のおじさん騎士とかいないの?」


 四、五十ぐらいのおじさんだったら、昔住んでいた家のご近所だった行きつけのパン屋さんや、お世話になってた雑貨屋さんで免疫があるんだけど。

 王様はうーん、と顎に手を当てると、悩む様子で天井を見上げている。その姿に、私も少しばかり気が悪くなってきた。


「……じゃあ、とりあえず会うだけ会ってみよっかな」

「本当かい!? そうしてくれると助かるよ、ハナちゃん!」

「あっ、王様、立っちゃダメだよ! 謁見の間では、相手が退出の礼をするまで、王様は玉座から立ち上がっちゃいけない『しきたり』なんでしょ?」

「おおそうだった。いかんいかん、今度立ったら『しきたり』を破ったのが、四十五度目になってしまうところだった……おおいディルク!」


 王様が声を張り上げると、奥の控えの間から、スラリと背の高い男の人が現れた。その姿に、私はびっくりして棒立ちになってしまう。

 腰まである、はちみつ色した長い髪に、新緑を思わせる緑の切れ長の瞳。スッと通った鼻筋と弓なりの眉は、間違いなく美形のそれだった。

 だが、それ以上に目を引くのは、腰に巻いた黒いサッシュ・ベルト――黒サッシュは、トップクラスの騎士だけが身につけることを許される。つまりこの人、超エリート騎士だ。


「さすが、王様の騎士様はすごいなあ……」


 私の言葉に、王様が「違う、違う」と首を振った。


「彼が、ハナちゃんの新しい騎士だよ」

「ええっ、この人が?」

「なにか問題でもあるのかい?」

「問題って別に……ただ、こんな急だと思ってなかったから」

「問題なければ、さっそく本日、いや今からディルクがハナちゃんの専属騎士だ……さあディルク、主に誓いの言葉を」


 ディルクと呼ばれた騎士様は、ブーツの踵を響かせながら私に近づくと、目の前でうやうやしく膝を折った。


「ディルク・ベッセルロイアーと申します。この命を懸けて、我が主ハンナ姫をお守りすることを、ここに誓います」

「ええっ、命なんて懸けなくてもいいよ!」


 私はあわてて手を振りながら後退ったら、ゆっくりと立ち上がったディルクが、硬い表情でスッと目を細めた。


「そういうわけには参りません。これも『しきたり』です」

「『しきたり』? あ、そっか。決まり文句だもんね」


 えへへと笑う私に、ディルクはとっても不機嫌そうに眉を顰める。


「ただの『決まり文句』ではありません。騎士は己の忠誠を誓った主を、命懸けでお守りするものです。そうでなければ騎士道精神に反します」


 真顔でキッパリ言いきったエリート騎士様に、私の笑いは凍りついた。


(おカタイ人だなぁ……)


 それがディルクの第一印象だった。







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