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影屋  作者: tiki
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3章

 牧師がメアリーの家に行くことはなかった。

 彼はそのまま保安官事務所に連絡を取った。その後、何本もの電話が取り次がれ、最終的には大統領の下まで話が伝わった。

 もっとも、その時にはすでに様々な国からも情報が入ってきていた。どこも状況は一緒らしい。

 この事態を公にすべきか否か、一応政府では話し合われたが、もはや気付いていないものはいないこの状況の中では愚問でしかなかった。メアリーの電話から2時間後にはアメリカ合衆国大統領が国民へ向けて、いや全世界へ向けて演説を行っていた。

 しかし、影がない、この事実以外に分かっていたこともなく、その演説の大半はパニックを起さないように落ち着いて行動すること、と言う内容だった。

大統領の演説中の汗は凄まじく、彼には「スプリンクラー」というあだ名が付いたが、今思えば彼の任期中にこの出来事が起こったのは不幸なことこの上ない。彼はその後退陣したが、誰が演説しても結果は同じだったような気がする。

この演説が功を奏したかは分からないが、世界で大きな暴動が発生するということはなかった。人々が各々不安を抱えていたせいで団結しなかったのが原因かもしれない。


それから、世界中の学者たちがこの原因を突き止めようとした。

しかし、いっこうに原因は解明できなかった。今までの理論からすれば当然に影は出来る。今までの常識を捨て去り、新たな理論で全ての物事を正す必要があった。

 しかし、それはもはや不可能なことであった。人間が数千年の間構築してきた壮大な知識体系を書き直すことは、またしても同じような天才・時間が必要であるし、そもそも原因が分からないので、動きようがなかったのだ。

 

そうこうしているうちに、いつの間にか

影はないもの―――そういうものだ

ということが、いつの間にか人々の間に常識として根付いた。人々は各々自分なりに納得して新たな一歩を踏み出したのだ。

 

 大統領の演説後に新たな問題が起こった。

人々が不眠を訴えだしたのだ。

政府は当初、皆感情が高ぶって一時的に眠れないだけだ、そう考えていたが、大統領をはじめ、政府高官も皆眠りにつくことはできなかった。

電気を消し、ベッドに入り、目を閉じる、、、。

そうすると様々な、イメージが不安により増大されて頭の中でグルグルと回り始める。心なしか動悸が早く感じられ、いやな汗をかき始め、寝返りをうっているうちに夜が開け、空が白み始める。人々は24時間、不安と共に寄り添って生きていかねばならなかった。片時も忘れることもなく、、、。

影が睡眠を司っていたのか、影がなくなった不安が睡眠を妨害するのか、それも今となっては分からない。


社会は不眠に対しても、適応していった。

24時間活動し始めたのだ。

それまでの生活スタイルは没却され、24時間、昼も夜も社会は同じように機能し始めた。夜は暗いだけで、それ以外の差はなくなってしまった。これにより文明は加速度的に進歩していった。

世界が同じような状況なので時差により相手国との取引が制限されることもなくなった。銀行も24時間開きっぱなし、スーパーも病院も、学校も全て24時間営業になった。

別に働かなくても余暇にすればよいではないか、そう思われるかもしれない。しかし、不安が―――この忌々しい絶対的心の不安が、何かさせずにはいられなくするのだ。

労働が嫌いで「苦役」と考える欧米人ですら、24時間働き出した。

こうして人々は寝る間を惜しんで、いや、寝る間と余暇を奪われて、働いた。


こうして、いつしか「夢」という言葉は、「将来の現実の夢」の一義となった。


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