郷に入っては郷に従え
途中で休憩を挿みながら歩くと昼を過ぎた頃には街の外壁が見えてきた。魔物除けの祝福の魔法が掛かった城壁の下に兵士が十数人並んで歩哨している。
その兵士の中に交じって数人ローブを着た魔術師と思われる人たちが書類のような紙の束を抱えてこちらを向いて立っていた。
「この門の先はサンサーラの街である。貴殿らは何用で参ったか?」
槍の石突を地面にカツン! と打ち付けてから門番の兵士が尋ねた。
四人は目を見合わせるとリャスが代表して前に出て答えた。
「ワイらはこの先のセイレーンに向かう途中や。今晩の寝床と食料の補給の為に立ち寄らせていただきたい。」
すると、魔術師が兵士の前に出てきて羊皮紙と羽ペンを差し出した。受け取ったリャスは慣れたように全員の名前を書き込んで返した。
「はい、どうぞ行ってよろしいですよ。」
一通りサラリと羊皮紙に目を通した魔術師はにっこり笑って城門を手で示すと指輪の填まった指を振った。
すると、城門が独りでに開きだした。
おそらくなんらかの魔法が掛かっている指輪だったのだろう。
「「ようこそ学問の街サンサーラへ。」」
奇しくもリャスと魔術師の声がそろった。
学術都市サンサーラ、まるで、中世のヨーロッパに迷い込んだかのような、荘厳な造りの建物。
いたる所に図書館や古書店、杖を売る専門店が立ち並び、軒を連ねている。広場などの開けた場所では数名が集まっては手に魔術書を持ち、何かを白熱して議論している。
そして、それらの人物は皆が皆、黒が圧倒的に多いのだが、白、緑、青など思い思いに鮮やかな様々な色のローブを着ているのに、何故か不思議と赤やオレンジ、紫のローブを着ている者はいなかった。いや、何人かいるにはいるのだが一様に奇抜な格好をしている者ばかりだった。
「ふむ、古文書や魔術書のようなものが大量に売られておるな。」
『ええ、目移りして大変です。つい足が止まりそうになって困りますよ。』
「オレは興味ないから平気だぜ。」
「アホッ、そんなこと聞こえたら睨まれるで!」
ラスがそう言うと同時にリャスがラスのマント、ラスとガリオスはローブを持っていなかったのでマントを代用している、を引っ張って小声で注意した。
基本的に、ローブは魔術師の証明証のようなものであり、またローブ、もしくは装飾品は術者のステータスも表している。
だから、魔術師は魔力の低い者を表すような赤やオレンジのローブは着ないし、最高位の紫を身にまとう者もいない。装飾品もまた同様に。
そのため、シンプルながら最上級の素材だけをふんだんに使って作られたと分かるレイの、白地に金糸と銀糸を編み込んだローブに、銀糸の髪を瞳と同じ色の、強力かつ高価すぎて滅多に出回らないアメジスト色の魔石を付けた髪飾りで一纏めにして束ねている姿や
一見黒いローブだが、よく見れば藍糸で縁取り、胸元をラピスラズリのような輝きを放つ、高品質の魔石で飾っているリャスは、二人とも大物の風格を漂わせていて、図らずとも、尊敬の念を含んだ視線を独占していた。
一方、ラスとガリオスは、一旦はその見た目の魅力から人目を集めるのだが、纏っているもの、マントを見ると二人の護衛だと思うのか、すぐに興味を失ったように視線を逸らされた。その様子にラスは気を悪くしてしまった。
「むなしい。全然愛想無い。レイ、オレこの街ヤダ。」
『はいはい。ガマンガマン。』
しばらくはレイとリャスに付き合い書店めぐりに精を出していたのだが。
「・・・・・・これは・・・何かよく分からんが、来るものがあるな。
静かなる熱気、狂気とでも言うべきか。」
『ええ、そうですね、早く宿屋を探しましょう。あまりこの空気は好ましくないです。』
ガリオスは先ほどから人混みに酔ったようにグッタリしている。
レイは言わずもがなだが、ラスも珍しいことに少々辛そうだ。
なぜかリャスだけは平気そうにしていた。
小声で、同行者同士以外には聞こえないようにしながら道を急いだ。
その間も周囲の視線は釘づけだ。人目を集めるカリスマも考えものである。