血に依りて獣を喚び出せ
数ある副業の一つに《猛獣遣い》をもつラスは最高レベルまで錬度を上げている。
たとえ、Sクラスの幻獣であるヴリトラなどのドラゴンでさえ、周囲への被害を考えなければ乗りこなして見せるだろう。
常に一緒にいるレイもけっして少なくない経験値を与えられていたのでBクラスくらいまでなら大丈夫であるが、同じなのは面白くないとレイは似たような副業の《調教師》を最高レベルまで上げたというのは余談だ。
ちなみに、《猛獣遣い》と《調教師》のちがいはラス曰く、“倒して従わせるか、誑して従えるか”らしい。
ゲームでは、自分だけのモンスターを持つことはさほど珍しくなく、一種のステータスとなっていたため、二人にはどうしてそこまで驚くのかが分からない。
しかし、ガリオスとリャスには召喚獣を持つことの稀少性が十分過ぎるほど分かっていた。
手紙を運べるほどの大きさの鳥型モンスターなら要職についている人物などはよく愛用しているが、人を運べるほどの大型になると数は激減する。
大型でなければならない、殺してはいけない、人に慣らさなければならない、などの三重苦となるため、必然的に国に二人、三人、セレス国でさえ十人に満たない。
それなのに四人も乗せられるようなモンスターを喚ぶつもりなのか、この非常識が!
という念を込めた目でガリオスとリャスの二人はラスを睨み付けた。
睨み付けられた方のラスとしては、何故? と思い当たることもなく困惑した。
相互理解が深まるには、まだ早いようだ。
「で、どうするんだ?」
「ええい、ままよ、好きにすれば良い。我はもう何も言わぬ。」
「ワイももうそれでええわ、召喚獣でひとっ飛び、わーい……はぁ。」
『……何となく非常識なことを言ったのだと分かりました。そんなに召喚獣は珍しいのですか。』
「手紙を運ぶんとかはけっこーおるんやけどな、といってもやっぱり少ないんやけど、人を運べるとなるとこらもう珍しいな。」
そんな、この世界では当たり前のことをまるで幼子のように不思議そうに聞いてくる二人に、ガリオスは前々から疑問に思っていたことを問いかけた。
「前から思っていたのだが、二人は記憶喪失か何かか?」
『それは、「そんなもんや、悪いけど、あまり深く突っ込まんといたって。」あ、リャス。』
「そうか、すまない。」
『いえ、大丈夫です。言葉は通じますし、これからです。
ラス、出来た?』
ラスは話が自分の興味が無さそうなものだったので途中で外に出て、剣で大きな円を土に書いていた。
ラスが正式な召喚術の手順を踏んでみると前もって伝えてきたのでレイは二人を急かして荷物を纏め上げさせた。
ラスは巨大な魔法陣をスラスラと手馴れたように一寸のブレも無く完成に近づけていった。
レイとラスにしか見えていなかったが、この魔法陣を書く地面には不可視の、しかし二人には視える薄いラインが引かれていて、ラスはそれをなぞっているにすぎなかった。
しかし、書いているラスも、一瞥しただけのレイも、魔法陣に書かれているルーン文字の一つ一つの象徴が当たり前のように理解できた。
「……どういうことだ?」
魔法陣が完成した後もラスの思考は止まらない。
二人の脳裏に浮かび上がるは、まったく覚えた記憶の無い膨大な量の知識、いったいこれは何を意味しているのか、ラスには見当もつかなかった。
『グリフォンを喚ぶのか?』
いつの間にか仕度を整えたレイが隣に並び魔法陣を覗き込んでいた。あとは魔力を流し、詠唱するだけである。
「グリフォン!?またどえらいの喚ぶんやな、確かグリフォンを召喚獣にしとるんは北の国の竜騎士隊の隊長だけやで。」
「ああ、あの堅気な奴か、奴とは真面目すぎて話が合わぬゆえ、あまり好かぬ。」
「ガリオスが言うか、まあ、ワイもちょっと苦手やわ。
そう言えば、ガリオスの召喚獣は何なん?ワイは黒梟と銀鷹や。」
「ふむ、情報系だな、我は銀狼と白燕だ。
どちらもよく尽くしてくれている。」
やはり、ガリオスやリャスほどの者になると複数の召喚獣を使役しているようだ。
ラスが召喚術の本格的なものを行おうと構えると、否応なしに辺りの空気は緊張し、圧力は高まっていった。
「我が汝の同胞を倒しし時、汝は我に膝を折り、血の盟約を結びぬ。
我の名はラースフル・ドリューエンス・ハイエンド。汝が種族はグリフォン。
応え、我の声が聞こえしなら、応え、黄金を護りし知恵ある獣よ、応え、血の盟約に従いて、此処に顕現せよ!」