李下で冠を正すな
キィ……パタン……
「う……朝、か。
む……あれはレイ?」
ガリオスが何者かの気配が遠ざかるのを感じて目を覚ますと、朝霧の立つ中、レイがしゃがみ込んで露に濡れるにも関わらず、手をついているのが目に入った。
ガリオスからは詳細が見えなかったが
レイは昨日摘もうと決めていたパシエンシアの花や、リアルではお目にかかれないような珍しい種類の花を摘んでいた。
「何をやって、おるのだ……?」
そのことを知らないガリオスは、手をついているので、もしや体調でも悪いのかと心配した。
後に誤解は解けるのだが、この時のガリオスはレイがエルフだと思っていたのだ。
いくら魔力が強かろうとも、レイの身体つきはまだリャスのように大人ではなかったこと、また、エルフが他の種族より身体が弱いことを思い出し、あわてて服装を整えると部屋を出て、小屋から出ていったレイに近付いた。
花に夢中になっていたレイが足音に気付いて振り返ると、ガリオスが走り寄って来るところだった。
何故、走っているのだろうか、とぼんやり見ていると、おもむろに腕を掴まれ、そのまま詰問するかのように問われた。
「レイ、この辺りは朝冷えするのに、どうして出てきておるのだ。
ぼんやりとしていたが、もしやどこか体調が悪いのか?
あいにく我は回復系の魔法が不得手なのだ、リャスを呼んでこよう。
いや、運んだ方がよいのか? 失礼する。」
そのまま、ガリオスはレイを抱えあげようとして腕を伸ばした。
ガリオスの焦ったような顔に驚き、唖然として聞いていたが、どこも悪くないレイは慌ててガリオスの腕から逃れようと身体を捩った。
しかし、ガリオスの反射神経はさすが、すばらしい物で、たやすくレイの抵抗を封じると身体に負担を掛けないように、首と膝の下に手を回してヒョイッと横抱きに抱き上げた。
レイはまさかこうされるとは思ってもいなかったので、顔を赤く染めた。
『ガルッ、ガリオス! 誤解です、違います。私は別にどこも悪いところなんてありません。
薬草を摘んでいただけです。』
「摘んでいた? うずくまっていたのではないのか?」
『はい、そうです、ガル、誤解なのです。
だから、どうか私を降ろしてください。この格好は、少々恥ずかしいです。』
誤解を解くためにガリオスの鍛えられた腕をペシペシと叩きながら必死に言うと、なおも納得がいかないように渋りながらもゆっくりとガリオスは地面に降ろした。
レイは近くに生えていた薬草を手早く十本ほど摘むと、それを黙って見ながら所在なさそうに佇んでいたガリオスに薬草を見せた。
色とりどりの草花だが、その全てが魔法薬の材料になるものだった。
「ほう、薬草学に精通しておるのだな、我にはよく分からぬが、かろうじて、分かるのはそれくらいか。」
と、ガリオスが指差したのは薬草の中でもわりとポピュラーなもので、おもに初級から中級の調合に使われることが多い。
「騎士団に入隊すると、礼儀作法や学問などのものはだいたい全てに関する基礎を学ばされるのだ。
我はとある事情で文官も武官も兼ねておるから、初めは慣れるのには苦労した。
その時の知識からすると、これは確か、毒消し、だったか?」
『ええ、正解です。
より詳しく言うと、この薬草は毒消しの中でも特に、動物性の毒によく効きます。そして、植物性の毒にはこちらの……』
その後もレイは薬草を摘み、ガリオスはそれを持ったりして手伝っていたが
朝霧も次第に晴れてきたので、キリのいいところで二人は山小屋の中に入っていった。
『朝はパンになりますけど、よろしいですか?
お嫌なら、なにか作りますけど。』
レイが焼きたてのパンを釜から取り出し、大きめの竹籠に入れながら尋ねた。
小さめの竹籠には数種類のジャムとバター、マーガリンも出していた。
「ワイはオートミールがええなぁ、なんて言ってみたりして。」
すると、レイは出て行ったがすぐに戻ってきた、手にオートミールの入った皿を持って。どうやら先に用意していたようだ。
「あー、美味かった、ごちそうさん。ホンマ、レイは料理上手いな、ええ嫁さんになるわぁ。」
『嫁、ですか?』
「せや、嫁や!
っと、今日から一週間はずっと野宿になると思うで、ずーっと山、山々なんやねん。
食料はセレス国に近いんやから、豊富にあるとこやから心配せえへんでええんけどな。
ん、なんや、どないしたラス。」
「山ばっかりで何もないんだったら、人目も気にせずにいられるんだから飛んでいけばいいんじゃないか?」
「飛ぶ? あかんあかん、そんなちっぽけな距離やないんや。」
「竜族はそんなに長時間飛行が可能なのか?」
「や、確かに竜族はエルフやダークエルフより長時間飛行が出来るけど。
オレが言いたいの自前のそっちじゃなくて、召喚獣とかさ。」
「「召喚獣!?」」
「レイ、オレ、おかしいこと言ったか?」
『さぁ、私には別になにも。』
「だよなぁ。」
幼馴染の少年二人は大人二人が絶句する中仲良く首を傾げていたのであった。