雪路を抜けて春を告げろ
「それにしても、このあたりの魔物は強いな。
北国はよくやっていける。」
思わず、というようにガリオスが呟くと、皆、程度は違えど同意した。
そのくらいこの辺りに棲む魔物は強く、この四人でなければ旅人たちには脅威となったであろう。
現れる魔物は大きく、強力な爪や牙、毒を持っているのが大半だ。
皮膚も硬かったり、厚い毛で覆われていたり、防御力もハンパ無い。魔法に若干弱いというのが唯一の救いである。
「そりゃあな、北国の住民らはよう考えてはるで、家は堅牢に、守りが堅い。
何より国に住んどる奴の半分が戦う術を持っとるってことがこの国に住める要因やろな。
すごいで、この国の住民は、包丁で戦うおばさんとかな。
ただ、その包丁がどうなったんかは知らへんけど、知りとうないけど。」
そう言うのも、以前、リャスが視察で訪れた際に、偶然滞在していた村が魔物に襲撃され、村人たちが応戦、リャスも援護をと手助けを申し出、詠唱中に護衛をしてくれていたのが泊まっていた宿屋のお上さん、笑顔で寄ってきた魔物を切り裂く姿はリャスにトラウマに近いものを与えた。
そのおかげで一時期、リャスは女性恐怖症に陥った。
曰く、
「全ての女性には二面性があり、その仮面が剥がれると怖い。」
あながち間違いではないかもしれない。
『ところで、グリムリ国ってどういうところなんですか、書物で読んでもイマイチ想像がつかなくて。』
「あぁ、ダークエルフと魔族は好戦的だ、セレス国を狙ってる、とかばっかだな。実際はどうなんだ?」
グリムリ国のことを載せている書物では、グリムリ国の成り立ちが悪かったことから印象が悪い。
「ふむ、そのように言われておるのか。そうだな、好戦的というよりは血の気の多い奴らだな、殺戮が好きというわけではない。セレス国を狙ってるというのは間違いだ、いや、間違いになったというのが正しいか。」
ガリオスはセレス国の辺りについては真剣に話した。
「どういうこっちゃ、ワイが知っとるんはグリムリ国王がセレス国に執心っちゅう話やで、そんな、諦めるとは思えへん。」
慌てたようにリャスが割り込む、よほどの自信があるようだ。しかし、レイには何となく事情が読めてきた。
突然のグリムリ国からセレス国への使者、先ほどのガリオスの物言い。つまり、それが示すこととは。
『つまり、グリムリ国王は。』
「御崩御なされた。もともと高齢であられたからだろうか、風邪であっさりと。
そういうわけで王の長子が王位を継ぎ、反国王派だったこともあり、これを期に陛下はセレス国と友好関係を結びたいと和平の使者を出すことになったのだ。」
言い終わるとガリオスは誇らしげに左胸の辺りを手でなぞった。おそらくそこに和平のことを記した封書があるのだろう。
ガリオスのような者が誇らしげにするのだから新しい国王はきっと素晴らしい人物なのだろうとレイは漠然と思った。
いろいろとガリオスからグリムリ国について話を聞きながら歩いていると、足元の雪道に所々土が現れてきた。とうとう雪山を抜けるようだ。心なしか出没する魔物も少なくなってきて、その毛の厚みも薄れ、剣での攻撃が効くようになってきた。
さらに歩いていくと、無数の雪解け水の小川が出来たりしていて、草も少々生えている。風も先ほどまでは吹雪だったのに今では嘘のように春風を届けている。
花々の中に一際異彩を放つ花があった。
「このような草花はグリムリ国では見たことがない。」
「セレス国では北の方で群生しとるで。確か優れた薬になって、ハイポーションにも使われとるよ。そんな理由かは知らんけどセイレーンの王城にも春を告げる花として北方花壇に植わっとるし、北玄騎士団の隊花がその花や。花言葉が忍耐やからその名の通り防御力が一番高い隊や。花の名前はパシエンシア。綺麗やろ。」
パシエンシア、パシィとも略される花は、一見儚げであるにも関わらず、触ってみると意外に硬く、引っこぬくのに力がかかる。根っこが三メートル以上というのには開いた口が塞がらない。
「もうちょい行ったり山を越えて来る人のために山小屋があるはずやから、そこまで頑張ってくれや。」
「山小屋、やっと休めるんだな、日も暮れそうだし、急ごうぜ!」