番外 妙なる魅惑に酔い痴れろ
その日、エルザはいつもと同じようにベッドから身を起こした。
「ふわぁ、うんいい天気。何か良いことありそう。」
父親とテーブルに座り、母親の作った朝食を食べる。
「そういえば、昨日は宿屋の方が騒がしかったな、また酔っぱらいが暴れたのか?」
「いいえ、違うそうですよ。なんでもリャスさんが知らない人を連れてきたそうで、しかもリャスさんよりも美人らしくて、娘達が集まっていたそうです。」
母親の噂話を話半分に聞き流しながら、エルザは思う。
(また母さんの噂好きが始まった。リャスさんよりも美人なんてそうそういるわけないし、リャスさんが知らない人といるのが珍しくて出来た噂でしょ。)
食べ終えた後も母親の話は続き、結局、自分で皿洗いをする羽目になった。
(あーあ、せっかく良いことある気がしたのにな。はあ、)
片付けも終わって家族で団欒をしていると扉が叩かれた。
「それでね・・・あら、誰かしら、まあ、リリスちゃんじゃない、どうしたの?」
「おはようございます、エルザのお母さん。今日はエルザと木の実を採りに行く約束をしていたの。」
「そういえば、そういう話を聞いたわ。エルザ、準備は出来たの?行ってらっしゃい。」
「行ってきます。昼には帰ってくるから。」
母親が扉に近付いて行っている間に部屋に戻っていたエルザは直ぐに戻ってくると机に置いていた籠を持って、家を出た。
「エルザ、聞いた?リャスさんの噂?」
「あぁ、聞いたけどきっと嘘よ、リャスさんはエルフ族でも上位の人よ。そんな人よりも美人がこんな村に来ると思って?」
「確かにそうだけど、でも想像するのはタダよ。」
ハイハイと親友を宥めながらもエルザはどうしてリリスの方が自分の母親に思考が似ているのか悩む。
もっとも、母親に言わせればエルザは父親似らしいが。
「それより、今日は籠一杯まで採るわよ。」
手を握り締めて目標達成に燃えるエルザと
「はーい、頑張りまーす。でも昼までだからね?」
気楽に半分以上あればいいかなと思っているリリス。性格は反対だが二人は親友だ。
「これくらい採ったらいいかしら、丁度昼頃だし、リリス、帰りましょう。」
数時間もすれば籠も一杯になり、二人は何時ものところで採ってきた物を売り払った。
「今日は沢山採ってきたね、少し色を付けてやろう。」
「本当に? おじさん、ありがとう。」
「いいってことよ、またよろしく。」
思っていたよりもお金を貰えて二人はご機嫌で歩く。
もうすぐ昼になるという頃で、二人は昼食に間に合うように急いでいると。
「そこの二人、少しいいか?」
内心良くない! と叫んだエルザだったがリリスがはい、と返事をしてしまったので渋々と振り向く。
「この辺りに武器屋を知りませんか?
何分この村に来たのが昨日なもので、土地勘が無いんです。」
そう言った人たちはこの上も無い程の美貌を持っていた。
最初に話しかけてきた人は焔のような髪に深い海のような蒼眼。
質問をした人は月の光を集めたかのような銀髪にアメジストのような眼。
見とれながら、まるで太陽と月のようだとエルザはぼんやりと思った。
「・・・ザ・・・エルザ!
見惚れるのは分かるけど、質問に答えなくちゃ駄目よ。」
(分かってるけど、無理なものは無理なのよ!)
注意を促され、我に返るエルザだったが、驚きすぎて正常に頭が働かない。
スーハー、と深呼吸をしてやっと全力疾走していた心臓が落ち着いた。
「あ、う、うん、大丈夫です。
武器屋は向こうの、いえ、付いて来てください、案内しますから。」
家の近くですからお構いなく、とりリスが補足する。
すると、場所を聞くだけでいいと断っていた二人もそれならとエルザの後について歩く。
「私はリリス、こっちは親友のエルザっていいます。
お二人のお名前をお聞きしてもよろしいですか?
あ、リャスさんといた美人な人たちってお二人のことですか?」
リリスの猛攻撃に引いていた二人だったが、意外にも質問には答えてくれた。
「私はレイ、彼はラスといいます。
リャスと一緒にいたというのは私たちのことだと思いますが、美人かどうかは。」
そう謙遜するが誰が見いてもレイは美人だった。
(ていうか、その顔で美人かどうか分からないって・・・やっぱ毎日見てたら耐性でも付くのかしら?)
「レイは美人だ、オレが保障する。
だからもっと自信もて。」
(ラスさんも美人、いや美形? レイさんは男? 女? 中性的だなあ、話し方とかは女性的だから女性かな。二人とも綺麗だからお似合い、いいなあ。リリスが暴走しないか心配。)
(右目にレイさん、左目にラスさん、目の保養。うわあ、最高の贅沢かも。)
「っと、あ、ここです。
でも、全然武器とか売ってないので期待しないほうがいいですよ。」
和気藹々と話をしている間に武器屋に付いてしまった。
(ああ、もう!
なんでこんなに近いところにあるのよ!)
「ここ? 小さいですね。
ありがとうございました、これではきっと見つけられなかったでしょう。」
レイがそう言うとラスも同意した。
二人が店に入って行ったので、名残惜しみながらもエルザとリリスは家に帰った。
「いつかまたあの人たちに会いたいね、エルザ。」
「当然よ、あんなに目立つんだからきっと噂になる、そこに行けば会えると思うわ。
それに・・・」
「「私たちはエルフなんだから。」」
「人間よりも行動力はあるのよ?
その力を使わずにいつ使うって話ね。」
「お母さんたちがエルフでよかったね、変わり者って呼ばれた甲斐があったわ。」
「ホント、こんな辺鄙な田舎に移り住むくらいだしね。」
「王都に向かうって聞き出しといて良かったわ。」
「ナイスよ、リリス。」
「エルザもね。」
こうして知らぬところで未来のセレス国諜報部のエースたちの腕は磨かれていた。