第12話「近づく足音と揺るぎない居場所」
帝都に冬の足音が本格的に近づいていた。
ルシアンの部屋に、帝都で最も腕が良いとされる専属の仕立て屋が呼ばれていた。マルコからの直接の命令により、皇帝の隣に立つ者にふさわしい、最高級の冬用礼服を新調するためだった。
部屋の中央に立たされたルシアンの周りを、仕立て屋が手際よく巻き尺を這わせながら動き回っている。
「素晴らしいプロポーションでございます。このしなやかなお体に、帝国の威信を示す群青色の生地がどれほど映えることか……」
不意に、部屋の扉が開かれ、マルコが姿を現した。
「陛下、ちょうど採寸が終わるところでございます」
「ご苦労。ルシアンに一番似合うものを作れ。費用は一切気にしなくていい」
マルコが鷹揚に頷くと、仕立て屋は何度もお辞儀をしながら部屋を後にした。
「あの、マルコ様……。私には、あのような高価な衣服はもったいないです。今着ているもので十分に温かいですし……」
「お前は、私の隣に立つ人間だ。皇帝の伴侶にふさわしい装いをするのは、当然の義務だろう」
伴侶。その言葉が、ルシアンの心臓を大きく跳ねさせた。
「それに、お前には美しいものがよく似合う。私がそうしたいだけだ」
数日後、完成したばかりの豪奢な礼服に袖を通し、ルシアンはマルコの執務室で温かい紅茶を楽しんでいた。
平和で穏やかな時間が流れていた。だが、その静寂は、慌ただしい足音とともに飛び込んできた伝令の兵士によって破られた。
「陛下! 急ぎのご報告がございます。エルメリア王国からの外交使節団が、国境を越えて帝都に向かっております。使節の代表は、第一王子ジュリアス殿下とのことです」
その名前を聞いた瞬間、ルシアンの体が反射的に激しくこわばった。
抑え込んでいた過去の恐怖が、黒い泥のように心の底から湧き上がってくる。その異変にいち早く気づいたのは、マルコだった。彼は素早くルシアンのそばに歩み寄り、震えるその手を両手で力強く握り込んだ。
「恐れるな、ルシアン」
マルコの声は、どこまでも深く、そして力強かった。
「お前を傷つけた愚か者が、どの面を下げてやって来たのか。帝国皇帝の隣に立つお前の姿を見せつけてやればいい」
マルコの言葉には、一抹の不安もなかった。ルシアンはゆっくりと深呼吸をし、冷たくなっていた指先に力を込めて、マルコの手を握り返した。
「……はい。私はもう、逃げません」
ルシアンの紫水晶の瞳に、強い光が宿った。




