第11話「崩れゆく故郷と皇帝の決意」
重厚な雲が空を覆い、帝都の空を鉛色に染め上げていた。
マルコは執務室の窓辺に立ち、腕を組んだまま外の景色を冷ややかな目で見下ろしていた。彼の背後には、黒い外套に身を包んだ男が、片膝をついて深く頭を下げていた。
「報告を続けよ」
「はっ。エルメリア王国は現在、深刻な混乱の渦中にあります。数ヶ月前にルシアン様を追放して以降、他国から送られてくる外交文書の翻訳が完全に滞っており、条約の更新や貿易の調整が一切機能しておりません」
マルコの唇の端がわずかに吊り上がった。嘲笑だった。
「第一王子のジュリアスはどう動いている」
「ジュリアス殿下は、自力で他国の親書を解読しようと試みているようですが、専門的な古語や隠語を理解できず、誤訳による外交問題を引き起こしています」
「ミハイルという男爵令息はどうした。殿下の寵愛を一身に受けていたのだろう」
「ミハイル殿には翻訳の知識など皆無であり、ただ泣き言を言って殿下の機嫌を取ろうとするばかりのようです。近々、他国への支援を求める使節団を編成し、自ら出向く準備を進めているようです」
マルコはゆっくりと窓際から離れ、執務机へと歩み寄った。
「ご苦労だった。引き続きエルメリアの動向を監視せよ」
マルコは執務室を出ると、真っ直ぐに城の南棟へと向かった。そこには、ルシアンが好んで時間を過ごすガラス張りの温室があった。
緑の葉の隙間を縫って歩いていくと、奥に置かれた白い藤椅子の前で、マルコの足が止まった。ルシアンが、膝の上に分厚い古書を広げたまま、静かな寝息を立てて眠っていた。
マルコは音を立てないように膝まずき、ルシアンの頬にかかった髪を指先でそっと払った。そのわずかな感触で、ルシアンのまぶたがゆっくりと開いた。
「……マルコ、様?」
「起こしてしまったか」
マルコが低く優しい声で問いかけると、ルシアンは慌てて体を起こそうとした。
「すみません、いつの間にか眠ってしまって……。お見苦しいところを」
恥ずかしそうに頬を赤らめるルシアンの顔を見つめながら、マルコは彼の細い手をそっと握り込んだ。
「謝る必要はない。お前がここで安心して眠れるようになったことが、私は嬉しいのだ」
マルコの親指が、ルシアンの手の甲を優しくなでる。マルコは心の中で固く誓った。エルメリアの愚か者どもが、どのような手段でルシアンを取り戻そうと足掻こうとも、決して指一本触れさせはしない。
「お前は、ずっと私のそばにいろ」
その言葉の重みに、ルシアンは不思議そうな顔をしながらも、安心しきったような柔らかい微笑みを返した。




