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令嬢は聖女と入れ替わる──婚約者が浮気しているようなので詰め寄った結果

作者: 深澄 明
掲載日:2026/01/09

2026-01-10

短編ランキング276 位でランクインさせて頂きました。有難うございます!


「ティアリスさん、であってますわね?」

「……えーっと、はい、あっていますが……」


 魔法学園の昼休み。いつもなら人気のある庭園には、二人の女性しかいなかった。

 扇子を手に挨拶も無しに詰め寄る女生徒に、茶髪の女生徒は狼狽えた。助けを求めるように周囲へと視線を彷徨わせ、人の影が一つもないことを確認すると眉を下げた。諦めて向き直ることにしたらしい。


「貴女、わたくしの立場を知っていらっしゃいます?」

「その、アルト王子の婚約者さまですよね。アデールさま」


 茶髪の女生徒──ティアリスが、恐る恐るというように告げた言葉にアデールは一つ頷いてみせる。

 王子の婚約者。つまり時期王妃が確約されている人物だ。校内で知名度も有り、むしろ知らない人間の方が居ないだろう。

 ティアリスも、直接言葉を交わしたことはなかったが知っていたために素直に口にすれば。アデールは更にその表情を鋭くさせた。

 

「ならば、どうしてわたくしの婚約者に色目を使うのです。お前」


 アデールが手にしていた扇子をティアリスの目前にずい、と近付けて睨みつけてくる。それに慌てて首を横に一生懸命に振る。


「アルト王子はあの,多分。わたしが聖女だから。気を遣ってくれて来てくれているだけで、やましいことは本当かに、何にも、何にもないです!」

「何かがある人間はみなそういうのですわ。お前だけですよ。何もないと思っているのは」

「誤解です〜!」

「昨日もその前も、二人でいるのを見かけた者がいるのです! その前は街でも! 校内はまだしも学外で表立った護衛も付けなかったなんて! やましい証拠ですわ!」

 

 言われた言葉に、心当たりはあった。というより、二人でのやり取りがないわけではなかった。

 だが、アデールが想定しているものではない。と、ティアリスが主張しても信じてもらえるかどうかは分からない。

 酷く困った様子でティアリスが言葉を探す。

「で、出かけたのはそうですが。別に、あの、そういう意図があったわけではなく」

「婚約者のいる殿方と出かけて、ではどういう意図があると?」


 やましい感情とかは本当に一切なく。校内でも別に話しかけられたから応えているだけで。等と告げたら、更に逆上させるのではないだろうか。そういった感情が一切無い為、アデールを怒らせるのは本意ではない。

「あの、アデールさまさえよければ。落ち着いて話をさせて頂きたいのですが」

「……わかりましたわ。お前の言い分も聞かねば。場合によっては王子を呼び出して──」


 アデールが扇子を引く。腕を組んで、少し考えた後に口にした言葉にティアリスは安心したように息を吐いた。

 取り合えず、落ち着いて話が出来そうだと思った瞬間。

 ティアリスの視界の隅で──遠く、校内の建物の方から。なにかが、きらり。と光った。

 

 魔法だ。なんの魔法かは分からないが、少なくとも。高速で此方に、魔力を帯びた光が向かってきている。

 瞬時に其れに気が付いたティアリスは、目の前で何処で落ち着いて話をするべきか。と考え始めたアデールの方に向かって。

 

「アデールさま、あぶない!」

「えっ、な、おまえ、なにを」


 咄嗟にティアリスは、目前のアデールを押す。

 そのまま地面に二人で倒れるように。

 正確には、向けられた敵意から身を守るように。


「──守護」

 ティアリスが咄嗟に結界を張るのと。爆発音が響くのは、殆ど同じタイミングであった。


 ***


 アデールには幼い頃に決められた婚約者が居た。

 自国の第一王子。周囲の反対等も無く、王と宰相である父同士で決められた婚約者。

 それは大変名誉なことであり、同時に──父と家柄以外には何も持っていないアデールにとってはハリボテの恐ろしい立場に見えた。

 だからこそ、幼いころから努力をしてきた。王妃になるため、求められた以上のものを返せるように勤勉に動いた。知識だけではなく、立ち振る舞いもふさわしいものを。上に立つ者として付き合う人は見極めなければいけない。そうやって、何年も何年も過ごしてきた。

 王子との仲だって深めようと努力をした。決められた婚約者ではあったけれど、お互いを尊重し合って生きていければいい。そう思って、出来ることは何でもした。茶会などでの交流も決して手を抜かなかったし、実りある時間になればいいと思い討論を交わしたりもした。王子はそれほど表情豊かな方ではなかったが、少なくとも。嫌悪されることはなかったし、順調であったとアデールはそう思っていた。

 

 そうして、学園に通うようになった。魔法適性のある者が義務付けられている魔法学校へと。

 アデールは火属性の魔法に適性があった。王子は聖属性に。

 そうしてその学園に──滅多に適性のない、回復魔法と聖属性の魔法を扱える平民が入学する事になった。


 名を、ティアリス。家名を持たない教会の孤児院出身の娘は、国からの支援を受けて。

 アデールの目の前に姿を現したのだ。


 ***


 目を覚ます。辺りを見渡して、ずきり、と小さな痛みが身体に走ったことに思わず小さな悲鳴を上げる。

 学校の保健室だろう。見慣れた場所であることに安堵の息を吐いた。ひとまず、無事ではあるらしい。

 

「……襲撃された、のよね」


 口に出した声は、少し違和感があった。喉がやられたかと思って、喉に手を当ててみるが痛みなどはなかった。先ほどの痛みは身体全体であったし、打撲的なものだけだろうか。となると、眠っていたから喉に違和感があったのかもしれない。そう整理しながら、先ほど何があったのかを改めて確認する。


 アデールの最後の記憶は、己の婚約者であるアルト王子と馴れ馴れしく過ごす姿が目立ったティアリスという女生徒を詰め寄ったところまで。

 突如響いた爆音と、己を押し倒すティアリスの姿はかろうじて記憶に残っている。が、それ以外には何も覚えていないし意識はばっさりとそこで途切れてしまったのだろう。

 

 大きくため息を吐く。あれぐらいで気を失うとは、自分が情けなかった。火属性は攻撃に長けていて、防御する術は少ないが何の役にも立てなかった自分が情けない。

 ──最後に聞こえたティアリスから発せられた「守護」の魔法は、明らかに自分に向けられたものであった。


 「……わたくしは、守られたのよね……? なんのメリットもないというのに?」


 そもそも直前まで詰め寄られていた相手を、まあ良くも庇おうなどと思ったものだ。そう思いながら、自分が眠っていたベッドから体を起こす。

 何時もより何処となく身体が軽い。痛みがあるというのに、身体が軽いのは不思議だ。そう思いながら、誰かを呼ぼうと立ち上がる。貴族の立場ではあるが、学園内では皆平等を掲げており、呼んでも誰かが来ることはない。

 それは全然良いのだが突然の襲撃で怪我をした生徒を一人放置するのもどうなのだろうか。せめて、教師の一人や二人いても良いのでは。いや、少し節々が痛む程度で怪我などはしていないのか。なんて考えながら、保健室に備え付けられている鏡へと視線を向ける。

 ――アデールが、鏡に映っているはずだった。

「……は?」

 鏡の中に、アデールはいなかった。

 代わりに、ここ最近で見慣れてしまったはずの女が、そこに立っていた。

 茶色く短い髪は、長さがまばらであった。──教会には散髪士などいないから、大人が切るのだと言っていた。

 その肌は、小麦色をしていた。──貴族と違い、幼少期から外を走り回っていたが故によく焼けたのだと言っていた。

 体格、瞳。服装。何もかもが違って──何もかもに、見覚えがあった。


「……な、なんでわたくしがあのちんちくりんになっていますの!?」


 その姿はどこからどう見ても、ティアリスのものであった。

 自身が磨き上げた、王子の婚約者であるアデールのものとは全く違う。

 思わず大声を出せば、聞こえた声も己のものではなく幻覚などでもないことを悟る。

 だとしたら、自分の身体にはティアリスが入っているのだろうか。そして、ティアリスはどこにいるのだろうか。そもそもこれは、どういう現象なのだろうか。

 人を頼るべきか、まずは自分の身体を探すべきか。鏡の前に立ち尽くして動揺で働かない頭を必死で動かそうとすれば保健室の扉がガチャリ、と開いた。

「──起きたのか」

「ひゃっ」

 急に掛けられた声に思わず小さく声をあげる。自分の喉を通って出る声がまた違う事にも動揺し。否、この身体は別に自分のものではないのだと、自分に突っ込みを入れたくなるような。そんなことを考えている場合ではない、とまた叱咤したくなるような。


「怪我は? 異常はないか?」


 そんな混乱なんて知る由も無いであろうアデールに対して、優しげに声掛ける声の主へと静かに視線を向ける。

「……アルト王子」

 ほっ、と安堵の息を吐いて此方へと駆け寄ってきたのは先ほどティアリスが揉める原因となった、アデールの婚約者であるアルトだった。急いできたのか、少し息が乱れている。

 何時も完璧であろうとするアルトの乱れている姿など滅多に見ることがない。ぱちくり、とアデールが目を瞬かせて意外な婚約者の姿を見上げていれば、アルトは上から下まで確認するように視線を動かした。

「気分が悪いとかはないか?」

 労わるような、優しげな声。向けられる視線は、本当にアデールを──否、ティアリスを気遣っているように見えた。

 するり、とその手が頬に触れる。返事をしないアデールを不審に思ったのか顔を覗き込んで「おい」と不思議そうに首を傾げられた。

 それは、婚約者として考えれば大層甘い対応に見える。事実、鏡を見る前であればアデールは「アルト王子」と声をかけ、それに甘えた上で何があったのかを聞いていただろう。


 だが、今はティアリスの身体なのだ。

 覗き込むアルトの蒼い瞳にも、ティアリスが映っている。

 つまりこれは、アデールではなくティアリスに向けられているもので。

 

「おうじ、はなれてください」

「ん? あ、ああ。無事ならいいんだ」

 かろうじてひねり出した言葉はアルトにしっかりと届いたらしい。ぱちくり、と目を何度か瞬いたアルトは数歩後ろに下がった。それを見て息を吐く。

 人に触れられた感触もある。話もできる。どうやら夢ではないらしい。

 残った理性で現状を分析して、改めて目の前の婚約者を見上げる。


 己は襲われ──気を失い、目が覚めたらティアリスになっていた。

 ならば、次にすることは何だろうか。目の前の人に現状を伝える事だろうか。

 アデールは口を開き……しばし考えて、一度閉じる。

 敵が誰だかも分からないのに? もちろん。目前の人物は婚約者として信用している。だがこの場所が今完全に信用できるのか。危険がない状態なのかは分からない。先ほどの襲撃も、平民で聖女と持て囃されたティアリスを狙ったものなのか。次期王妃であるアデールを狙ったものなのか。断言ができない時点では、どちらの身の安全を保障した方がいいのかが分からない。

 迂闊なことを口にする前に、まずは己の身体の無事を確認したほうがいいかもしれない。少し考え込んだアデールがそう結論付けて顔を上げて。

「アルト王子。アデール……さま、は? 今どこに?」

 自分に様を付けるのは少々慣れない。少し挙動不審になっているかもしれない。と思いつつも、まずは自身の中にいるであろうティアリスも連携を図るのを優先するために口にした言葉にアルトはその瞳を柔らかく細めて。

「ああ、彼女のことなら気にしなくていいよ」

 なんて続けられ、アデールは思わず固まった。


 いや、気にしなくていいとかではなく己の身体なのだ。とか。

 その中にいるティアリスだって戸惑っているであろうから取り敢えず同じ現状の自分達で確認をしたい。とか。

 襲撃された者同士、今は気にする気にしないとかではないのだ、とか。


 言いたいことは沢山生まれたが、一度飲み込んで。アデールは「なぜですか?」と困惑したように、アルトに問いかけた。


「ん、ああ。…………怪我もなく彼女は授業に戻ったから」

「襲撃のあとに!?」

 告げられた言葉に思わず大きな声が出た。

 否、自分の身体に怪我がないのは助かる情報であった。何をどうすれば自分の身体に戻れるのかは分からないが、戻る先もこの身体の中身も無事らしいことは確かと思えた。

 が、この状態で何事もなく授業に戻ったと言われても安心できるはずがない。アデールが詰め寄れば、アルトは少し悩んだように視線を彷徨わせた。

「戻すのは流石にまずいのではなくて!? そもそも犯人は捕まりましたの!?」

 うっかり素で語ってしまったアデールに一瞬目を瞬かせたアルトは眉を下げて「まあまあ」とアデールを宥めた。のんきな声色である。仮にも婚約者の危機である筈なのだが。


「警戒も続けている。何よりも、アデールたっての希望であった。だから安心してほしい」

「わた……あのおん……、あでーる、さまの!?」

 

 あの女何やってますの!?


 中に入っているのがティアリスと確定したわけではないが十中八九そうであろう。そもそもそういう時は状況確認が先ではないのだろうか。否、直前まで詰め寄られていたのだからいざ、アデールと会え。と言われたら気まずく感じるだろうか。いや、でもその身体の持ち主が相手であるわけだし、今はその範疇を超えた事態ではないか?

 色々思考を巡らせつつ、必死に取り繕いながらアルトを攻め立てるアデールにアルトは安心させるように笑みを浮かべた。


「色々聞きたいことはあるだろう。だが、今は私の顔を立てるつもりでおとなしくしてくれないだろうか。一日で良いんだ」

「できるわけないでしょう! 当事者ですのよ。とりあえずわたくしはアデールに会いに行きますわ。おどきになって!」


 あ、取り繕うのも忘れた。そう思いつつ、らちが明かない。というようにアデールが王子を押しのけて出ていこうとすれば。腕をぱしり、と取られて。


「ティアリス。頼むよ。この通りだ」


 抱き留められ、頼み込むように願われる。

 ──それは、アルトの頼みを聞くときによくアデールがされていたことだ。

 優しく触れ、普段隙を見せないようにしている男が甘えるように強請る。──君だけが、頼りなのだと。

 それに、アデールは弱かった。王子という立場だ。頼れる相手が自分であるというのならば、答えようといつも張り切っていた。

 だが、今。アルトが触れる女は”ティアリス”のはずで。


 その向けられた眼差しは、わたくしに向けられた者ではない。

 大事だと、優しく触れるその長い指も。

 その唇も。

 すべて、違う女に向けたもの。


 ──今まで、ティアリスが聖女であるという不確かな立場でアルトを頼っているのだと思っていた。

 アデールを大事にしてくれるアルト自身が、ティアリスにこのように触れるとはずっと。

 ずっと、思っていなかったのに。


「……ティアリス?」

 返事も反応もないアデールに、アルトは不思議そうに呼びかけた。

 違う女の名前で。


「…………ふ、」

「ふ?」

「ふざけるんじゃありませんわよ! この浮気者! 信じられませんわ! もう二度と、話しかけて来ないで――!」


 その叫びはもはやティアリスを装ったものではなかったが。流石に限界であった。

 両手で力一杯にアルトの身体を押し飛ばしたティアリスは、アルトの様子を伺うことなく保健室を飛び出した。


「――ま、時間は稼いだし。あとはなんとかするか……」


――


 親同士の決めた結婚相手だった。

 けれど、アデールはアデールなりにアルトに好感を抱いていたしアルトもそうであると思っていた。

 始まり方が、一般的な市勢の民とは違うだけ。王族と高位貴族ともなれば、それも別に不自然なものでもない。

 二人の気持ちが最終的に通い合えさえすれば。それころ恋愛でなくとも、友愛でも。政治的なパートナーとしてでも。なんとでも良いと。そう思っていたのに。


「あんな男だと思いませんでしたわっ!」


 だまされた気分だ。否、騙されていたのだろうか。十余年。アルトとともに国を支えるために生きていこうと思っていた自分は、一生騙され続けていたのだろうか。

 否──さすがに、幼少期のころからはないだろう。と極端な思考を排除する。少なくとも、一緒により良き国を。と誓い合った頃までなかったことにするのは暴論かもしれない。では、本当に聖女と言われるティアリス自身に惹かれてしまった。とかだったのだろうか。

 ──先ほど詰め寄ったティアリスはもしかしたら、アルトに言い寄られていただけなのかもしれない。と考えるのは人が好過ぎるだろうか。もう分からない。

「ティアリス? あら、今日は早退じゃなかったの?」

「事故は……? 怪我はしなかった……?」

 廊下を歩いていれば、制服を身に纏った女生徒二人が、教科書をもって声を掛けてくる。

「……ミィルと、エマ」

 だったかしら。

 違うクラス故にアデールは名前しか把握していなかったが、口にした名前は間違っていなかったのだろう。ぱたぱた、と駆け寄ってきた女生徒二人は代わる代わる話しかけてきた。恐らくティアリスの友人なのだろう。

「アデールさまとのお話……へいきだった?」

「アンタ失礼なことしたんじゃないでしょうね。だから爆発なんかに巻き込まれたんじゃないの?」

「怒らせた……とか」

 一体平民のこの二人からの評価はどうなっているのだろうか。もしかして爆発事故は怒ったアデールが起こしたものと思われているんじゃないだろうか。思わず引き攣りそうになる表情筋を一生懸命に抑え込んで。ティアリスとして笑顔を向ける。アルトにも気の抜けたような笑みを向けていたから、よく笑う女であったはずだ。違和感のないように情報が収集できたら丁度いい。

「実は爆発に巻き込まれちゃって……アデール、さまの、話何か知らない?」

「アンタ以上にアデールさまの事で知ってることなんてなくない?」

 ねえ。と、ミィルがエマに向かって話しかける。それにうなずく様子を見て、アデールは少し困惑した。言葉の意図がつかめなかったのだ。


「庭園の方だったから、先生の校内放送があるまで爆発があったことも知らなかったのよね。それも、アルト王子たち生徒会が対処してくれたらしいし。平民クラスまで下りてきてないわよ」

「貴族クラスの情報も流れてきてない……。でも、アデールさまはみた」

「ついさっき、寮のある方へと歩いていくのを二人で見たわよ。それで、巻き込まれたアンタも早退だと思ったのよ」


 違ったの? と不思議そうに聞かれて、どうしたものか迷い頷いておく。アデールの身体が寮に向かったというのなら、追いかけるなら午後の授業はない方がいい。このまま休ませてもらうとしよう。


「……あ。そもそも、爆発は何だと処理されたの?」

「えっ、訓練魔法の許可を得た生徒の魔力暴走って聞いてるけど」

 ばたばたとしていて、肝心のことを聞くのを忘れていた。そう思い口にした言葉に、ミィルがなんでお前が知らないのだ。という怪訝そうな表情を浮かべながら答えてくれた。

 あの場に、二人しかいなかったのに? 他の生徒がパニックにならないよう処理したのだろうが、それは随分と甘くないだろうか。

 納得がいかず考え込んで。

 ──取り敢えずは、まあ。ティアリスと共有するべきだろう。と一度思考を中断して。


「二人とも、ありがとう。それじゃ、寮に行ってくる」

 これ以上の会話は不要だ。そう思い切り上げれば、目の前の二人は一瞬きょとん。とした表情を浮かべた後、何故かめちゃくちゃ苦い顔をした。


「えっ、アンタ。アデールさまを追いかけるの?」

「……もっと、怒らせるんじゃ…………」

「アンタ、呼び出された時はあんなに興奮してたのに。落ち着いてるのが怖いのよね」

「何かしちゃダメだよ……貴族様に……」


 二人とも何なんですの。その反応は。

 謎の反応に問いただすべきか否かを一瞬考え──否、まずは自分の身体の確保が先だ。とアデールは二人に背を向け、寮の方へと向かった。

 

──


 爆発音が二つ。

 寮の敷地内から聞こえた爆音に、アデールは思わず身を震わせる。


「……さっきと同じ……? 襲撃されてる……?」

 同じ日に校内で爆音が響くことがあるだろうか。否、あるわけがない。

 それが、アデールの身体がある場所から聞こえてくるということは。狙われていたのはティアリスではなく、アデールであったことを確信して。慌てて走る。寮のある方からした音ではあるが、建物ではなさそうだ。

 本来なら授業中に当たるこの時間に、悲鳴などは聞こえない。人がいないから襲われているのか。それとも人が居ないところに呼び出されたのか。何が理由であるのか、後手に回り続けているアデールにはまだ思考を巡らせることしかできないが。少なくとも。

 アデールの身体の中にいるティアリスは、巻き込まれた方に違いはないだろう。


 アデールにとって、ティアリスにまだ良い感情はない。

 ないが、それはそれとして本来負うべきではない危機を負っているのだとしたら。

 ──いち早く救わねばならない。と意気込んで。

 自分に何ができるか分からなくとも。それでも。と。

 ただ、足を動かして。急いで。


 開けた先に見えたのは。



「このわたくしに手を出すなんて一億年早いですわ〜! 二度と顔見せるんじゃありませんわよ〜!」


 おほほほほ。と。扇子を開いて高笑いするアデールの身体と。

 そんなアデールが踏みつけている、数多の人間の山だった。



「…………は?」

 十数秒。数えていないから、本当はもっと経っていたかもしれない。

 時間をたっぷりかけてようやく我に帰ったアデールが小さく呆けた声を漏らす。それで、有頂天であった彼女はようやく気がついたらしい。

 視線をティアリスの身体に向けて、固まった。

 かちん、という音が聞こえてきそうだった。扇子を口元に当てて見事に固まっている。


「…………おほほほほ」

「失礼。その中にいるのは、ティアリスさんで宜しくて?」


 脳が理解を拒もうとするのを必死に堪えて。一つ一つ、疑問を解消していこうと。頭を抱えながら、口にする。

 それに目の前のアデールの身体をしたものは、一度にこり。と笑って。自分が踏みつける人間の山から軽く飛び降りた。

 そのあと、人間の山の周囲を一周したかと思えば、意識があった人間を思い切り踏みつけた。

「……ご、豪快ですわね……」

「聞かれない方が良いかと思いまして……」

 どうやら襲撃者らしき人物達の意識の有無を確認していたらしい。ヒールで思い切り踏みつけられた襲撃者は完全に伸びていた。

 数にして五人。黒装束を身に纏ったいかにも、な其れらは恐らく時期王妃に向けて差し向けられた襲撃者だったのだろう。伸びているのを見れば分かるが、何故こんなところで。こんなことに。みたいな感情は無くもない。


「よし。大丈夫そうですね!」

「そ、そう……」


 確認を終え満足そうに告げるアデールの身体をしたものに、思わず口元が引き攣りそうになる。

 まあ、取り敢えず確認が終わったのなら安心しても良いのだろうか。息を吐いて、それでは改めて目の前の女を問いただそうと口を開いて。

「お、なんだ。もう終わったのか」

 アデールが何かを口にするよりも先に、後ろから声が掛けられる。慌てて振り返れば、警備隊を引き連れたアルトが其処に立っていた。


 その後、その場にあった襲撃者の身体を警備隊が慌ただしく回収していった。

 貴族であり王子の婚約者であるアデールを狙ったのだ。厳重に処罰をするし首謀者を割り出すらしい。といっても、アルトは大体の目星がついているのかそれほど重々しい空気ではなかった。

 アデールとて、命を狙われる事が無いわけではない。騒ぎ立てるつもりはなかったし、今のところ異論はない。

 襲撃者については。


 問題は、アデールとティアリスの現状だ。

 アルトと襲撃の詳細について語るティアリスの姿を見つめる。アデールは身体が入れ替わってしまった事に困惑をしていたというのに、同じく当事者であるティアリスはそんな様子もない。気安くアルトと言葉を交わすところを見ていると、やはり仲は良いらしい。

 となると、入れ替わり自体は想定の自体と思えた。

 襲撃され、気を失った時に入れ替わられた。そして、そのままティアリスがアデールの身体を好きにしている。そのメリットはなんだろうか。そもそも、この入れ替わりの要因はなんなのだろうか。魔法なのだろうか。まで考え。

 ──聖属性の魔法は、精神や身体に直接効能のあるものが多い。攻撃力を上げるなど、支援魔法に特化している。

 故に、この精神の入れ替わりは聖魔法の一種と仮定する。

 精神を入れ替えるとなると、それはとんでもなく高レベルの魔法だろう。つまり、魔力の高い者。成績優秀な者しか使えない。

 

 一つの結論に辿り着く。なるほど。そんなの、聖女と呼ばれる女しか使えないではないか。


「……わたくし、自分の身体の無事を確認すると同時にティアリスさんに助けて頂いた礼を告げねばならないと思っていたのですが……どうやら、必要なさそうですわね」

「へ?」

 報告がおわったティアリスが、きょとん。と首を傾げる。気の抜けた表情を浮かべる姿に、自分はそんな顔も出来たのか。と他人事のように思う。

 否、でも関係ない。それはもう、わたくしの身体ではないのだ。身体を入れ替えられた時点で。アデールの敗北は決定していたのだろう。


「貴女、わたくしの身体と入れ替わって──そのまま、アルト王子と一緒になる計画でしたのね!」


 ぶは。と笑う声と「ええええええ!?」と叫ぶティアリスの声が響いた。

 

──


「王子! 王子! アデールさまが勘違いなさっています! どうしましょう」

「いや、随分と面白い解釈だったな」

「面白くないですよ! わたし王子なんかと一緒になりたくないです!」

「俺もなりたくないぞ」

「うわっ、失礼」

「お前の方が失礼だろう」

「というか、勘違いに勘違いを重ねないように王子が時間稼いでくれる予定だったじゃないですか!」

「浮気者だと叫ばれたらちょっと傷つくだろう」


 渾身の結論を叩きつけたつもりのアデールの目の前で、焦った様子のティアリスと半笑いのアルトが会話を続ける。

 それにアデールは何度か目を瞬く。てっきり、ティアリスの事が好きらしいアルトと入れ替わりまでしたティアリスは「よく分かりましたね」なんて返してくると思っていたのだ。

 なのに。なんか想定と違う。勘違いとまで言われている。

 じゃあどういう事なのだと。アデールが首を傾げ。

「入れ替わりは?」

「あ、入れ替わりは正解です!」

「入れ替わりするなんて、わたくしの立場が欲しかったのでは?」

「違いますよう!?」

 わたくしの身体で情けない声を出さないでほしい。長い髪を振り回してティアリスはアデールに駆け寄ってきたかと思えば、肩を掴んで身体を揺らしてくる。

 不敬とか言おうとしたのに、あまりの必死さと身体の揺さぶられ方に止めようもなく。されるがままになるアデールに、ティアリスは一生懸命に叫ぶ。


「わたし、わたしは、アデールさまの親衛隊で聖女の力も授かったアデールさま命ですよお〜! アデールさまが狙われているから、尻尾を出させたい。その為にアデールさまを囮にするから仕留めてほしい。とかあのばか王子がいうから! アデールさまを危険な目に合わせるならわたしが、わたしが囮になってぼこぼこにしてきますって! それだけなんですよう〜! こんなばか王子どうでもいいんですよアデールさまあ!」


「は?」

「全部話すな。馬鹿はお前だろう」

 ──なんて?


──

 

 聖属性というのは、使い道が未知数だ。

 自分の身体に戻ったのを確認したアデールは一つ息を吐く。初めての経験であったが、やはり自分の身体が一番いい。

 目を閉じて、ティアリスが呪文を唱えて、一瞬意識が途切れたかと思えば次の瞬間には自分の身体に戻っていた。こんなの誰にでも使えたら犯罪も何もかも好き放題に出来てしまう。公にしない方がいいかもしれないが、悪用されないように対策をしなければいけないな。などと考えながらアデールがティアリスに声を掛けようとすれば。ティアリスはアデールの足元に土下座をしていた。

「アデールさまあ。信じてくださいました?」

「…………取り敢えず身体を戻してくれたのは事実なので、この点に関しては疑いはしませんわよ」

「アデールさま!」

「でもお前。わたくしの親衛隊ってなんですの」

 初耳すぎる。息を吐いて問い掛ければ、ああ。それは。とティアリスは照れた様子で話す。


 その昔、孤児であったティアリスが生活をしていた教会にアデールの家は寄付をしていた。その関係で教会にアデールは訪ねることもあったし、子ども達と遊ぶこともあった。

 その時、直接的なやり取りをしたわけではなかったが。子ども達と遊ぶアデールを見たティアリスはすっかり惹かれてしまったという。なんて素敵な貴族さまなんだと。──そんな馬鹿な。

 ただその時は貴族と孤児。やり取りなんてあるわけもない。と思っていたが、婚約者の生活を見にきていた王子と偶々出会ったティアリスは、そのまま魔法の才を買われ、序でにアデールに純粋な好感を持っている事も買われ。そのままアデールの校内での護衛として抜擢されたらしい。


「だから王子とやり取りがあったのも全部事実なんですが、本当に! 誓って! やましい感情などは一切有りませんので安心して頂きたいんですけど!」

 ね。ね。とアデールの周りを駆け回る。まるで子犬のようだ。

 ──鬱陶しい方の。

 アデールは深々と息を吐き。納得するべきか、否か。頭を抱えながらふと今までのやり取りを思い返していれば。

「そもそも、勘違いされる王子がいけなくないですか! アデールさまへの愛が伝わっていないんですよ。やーい!」

「お前もう黙れ」

 駆け回るティアリスの襟をひょい、と掴み上げたアルトがそのままぺい。とどかす。

 ──それぐらい女性を乱雑に扱うアルトは初めて見た。少し驚いてアデールが目を瞬いていれば、アルトはにこり。と笑ってアデールの頬に手を当てる。

「……な、なんですの」

「悪戯心が沸いたのは本当だが。浮気者だと思われるのは癪だと思ってね」

「……ティアリスさんの身体にちょっかいかけるからですわよ!?」

 保健室でのことだろう。あの時にはすでに入れ替わりが分かっていたのだとしたら、性格が悪すぎる。思わず噛み付くように叫べば、横からティアリスの「そうだそうだー!」と気安い声がかかる。

「混乱してる君が可愛くてつい」

「誤魔化されませんわよ!? 取り敢えず、あの。ティアリスさんが見ているので離れて頂いても!?」

 まあまあ。と側で笑われる。いつの間にか腰に手が回っている。それどころではなくないか? 今は。

 場の雰囲気に流されないために必死に声をあげるアデールの目の前で、アルトはくすくすと笑って。


「取り敢えず、君を騙したお詫びに。俺の愛がちゃんと伝わるように話をしようかな」

「それよりももっと話すべきことがあるはずですわ──!?」

「そうだそうだー!」


 ──彼女を呼び出した時、まさかこんな騒がしい結末が待っているとは思わなかっただろう。

 昼休みの自分を思い返し、嬉しそうに笑う婚約者と。辺りで婚約者を威嚇する子犬へと視線を向けて。

 ──どうしてこうなった。とアデールは肩を落とした。


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