いかのおすし(食べる方ではありません)
皆様はよく知らない相手の車に乗らないように……。
●10月◯日
色々悩んだが、カッパのおそろしさは可愛い事かもしれないという結論に達したのでそれ以上は悩まず、一応少年から貰った紙は冷蔵庫を定位置にした。
友人から何処かのお土産で貰った、デフォルメされた宇宙服姿の人間のフィギュアの付いたマグネットで留めてある。
こうやって色々冷蔵庫に貼ると運気が下がるとか聞いた気もするけれど、幸いにも貼ってからお世話になったりするなんて事はなく日常を過ごしている。
それ以前にレシピとか、クリーン作戦とかのご近所の連絡事項とか書かれた紙も貼られているんだから今さらだ。
というか、そもそも私はあまり風水みたいなのには興味がなかったりする。
日課の家庭菜園の手入れ……というか、生えた物をいただく作業を終えた私は、にこにこきゅわきゅわなカッパくんを見送る。
キュウリ、もう露地で生る時期じゃないのに、まだまだ青々しているんだよね。
私が「キュウリ枯れたら、カッパくん悲しむよね」と呟いたのが原因……とかじゃないとは思いたい。
けど、カッパくんが喜ぶならそれでもいいかと思ったりしている私がいる。
しかし、うちの家庭菜園については、一度「何者じゃ!?」とかやらないといけない案件かもしれない。
色々スルーしている私が言えた義理じゃないか。
私としては便利で助かってるから、何が原因だろうとどうでもいいんだけど……結局いつも気にしなくていいって結論で落ち着く。
うむうむと頷きながら冷蔵庫を開ける私。
喉が渇いたから麦茶を飲もうと思ったのだが、そういえば朝飲んだので終わりだった事を開けた瞬間思い出す。
作らないといけないと思っていたのに、つい忘れてしまっていた事に苦笑いをしていると、てまりさんから心配されてしまった。
また忘れないうちに麦茶を作ってから、飲み物を買いに自動販売機まで行く事にする。
温かい麦茶もいいが、今は冷たい物が飲みたい気分なのだ。
そういえば初めてこの世界へ来た日、こんな感じで自動販売機へ飲み物買いに出ようとしたなぁと思いながら、ペタペタとサンダル履きで道路を歩いていく。
あの時とは違って防災無線は鳴っていない。
なので、会う訳なんてないと思っていたのに。
赤い缶の炭酸飲料を二本買って帰る途中、道路を挟んで我が家の斜め前にある空き地に見覚えのある人影を見つけてしまった。
空き地に停めてある車に寄りかかり、何故か真顔で道路の向こう側──つまり私の家のある方向を見つめている。
話しかけにくい雰囲気なので、気付かないフリをして家の中へ入ろうとしてみたが、気付かれてしまった。
「おかえり〜、それ好きだねぇ」
ふりふりと手を振って近寄ってきたゆるいお兄さんは、私の手に握られた特徴的な赤い缶を見て、からかうようにふふっと笑いながら声をかけてくる。
これだからコミュ力の強い陽キャは困る。
あと近所のおばさまあるあるかもしれないが、いきなり「おかえり」と言われると何と返していいかわからないので止めて欲しい。
私は元気よく「ただいま!」とか返せるキャラじゃないから。
いつも、曖昧に笑ってこう言って誤魔化していた日々を懐かしく思い出しつつ、口を開く。
「……どうも?」
「あはは、いきなりおかえりとか言われても困るよねぇ」
わかっていたなら、止めて欲しかったよ、ゆるいお兄さん。
そして、黒塗りのセダンは、なんかちょっと、色々まぁ想像してしまう。
いつも通りのゆるい笑顔が怖く見えてきちゃうよねぇ。
なんか脳内の口調、うつっちゃってきた気がする。
「この間は、うちの後輩がお世話になったみたいで、ごめんねぇ」
色々身構えていた私は、一番平穏な話題が出て来た事により、無駄に緊張してしまっていた体から力を抜いて微笑みながら首を縦に振る。で、目を丸くしたゆるいお兄さんの表情で、自分が首を振る方向を間違えた事に気付き、慌てて首を横へ振り直す。
それこそもげそうな勢いでぶんぶんと。
「ぜんっぜん、気にしてないんで! 今のは、間違えただけなんで、お気になさらずに!」
そう息切れしながら必死に言い募ると、目を丸くしていたゆるいお兄さんがぷっと吹き出し、お腹を抱えて笑い出す。
失敗した時は笑ってもらった方が気が楽だが、さすがに笑い過ぎじゃないかな、これは。
私は少し怒ってもいいだろうか。
しばらく笑い続けたゆるいお兄さんは、生理的なものであろう涙を拭ってから顔の前でパチンと手を合わせて拝むようなポーズをとる。
「いやー、笑ってごめんねぇ」
絶対に悪いと思っていないであろうゆるいお兄さんの謝罪だが、私は大人なので許してあげる事にする。
無言で睨んでいるのは、特に意味はない。
「……笑って申し訳ありませんでした」
なんか笑顔がなくなったゆるいお兄さんから、丁寧な謝罪をされたのはなんでだろう。
「上がっていきます? お茶と蒸かし芋ぐらいなら出せますよ」
ちゃんとした謝罪も受けたので気が晴れた私は、玄関の引き戸を開けながらゆるいお兄さんへ声をかける。
「んー、そうだねぇ。ここのサツマイモ、美味しかったから……」
明らかにゆるいお兄さんは、お邪魔しようかなと言おうとしていたと思うのだけど、我が家の玄関へ近寄るとその足はぴたりと止まってしまう。
「何か用事でもありました?」
「んーん? 君に一言お礼と謝罪をしに来たんだから用事はないよぉ? ただ……」
「ただ?」
「とーっても歓迎されてないみたいだから、敷地に入った瞬間、俺は叩き出されちゃうかもね?」
キャハという擬音がつきそうなゆるい笑顔のまま、ゆるいお兄さんはそんな言葉を口にして我が家をじっと見つめている。
そういえば少年も「歓迎されていないような感じ」みたいな事を言っていた気がする。
私の陰キャの引きこもり体質が我が家にもうつったんだろうか。
「それはなんか……ごめんなさい? あ、蒸かし芋だけ持ってくるんで、待っててもらえます?」
他に言うべき台詞が思いつかなかったので、とりあえず謝罪をしてから、お土産として持って帰ってもらえばいいのだと気付く。
踵を返して屋内へとパタパタと駆け込むと、蒸かし芋を使い捨ての透明なタッパー容器へ詰めて、コンビニ袋へ入れて戻る。
途中、顔だけを出して玄関を睨んでいるてまりさんを見かけた。
うん、確かに歓迎されてないね。
可愛い顔が台無しだったので、通りすがりにぐりぐりと頭を撫でておいた。
雑に撫で過ぎててまりさんの髪をボサボサにしてしまい、もうっ! とばかりに怒られたが、可愛かった。
そんなほのぼのしたやり取りを開けっ放しだった玄関からゆるいお兄さんが覗いていて、なんともいえない笑顔のゆるいお兄さんと目が合う。
そういえば待たせていたんだと思い出して、早足でゆるいお兄さんの元へと向かう。
「一番隊の皆さんでどうぞ」
たぶんクマの時にテレビで見た面々が一番隊の皆さんだろうから、タッパーにみちみちに詰めた分で足りると思う。
正確な人数までは覚えてないが、十人以上はいなかった。
なので足りる……はず。
「……」
だけど、ゆるいお兄さんが無言で私を見てくるのは、足りないというアピールだろうか。
「もしかして、足りません?」
「いや、足りると思うが……誰から聞いた?」
ゆるいお兄さんからゆるさの消えた口調で問われ、私は困惑しながら、
「少年が自己紹介で……」
と答える。
別に隠すような事でもないし、鈍感系主人公みたいに「何を?」とかやるほど察しが悪いつもりはない。
どう考えても『一番隊』という単語が原因だ。
普通に「皆さんで」だけで良かったかと後悔する私の前で、ゆるいお兄さんは深々とため息を吐く。
「まったく……。それ、あんまり他で言わないでよねぇ」
ゆるさの戻ったゆるいお兄さんにちょっと安心するけど、少年は叱られそうだ。
格好良いけど部外者には言っちゃいけないやつだったか、あれは。
「守秘義務とかですね。大丈夫、私友人少ないんで!」
無理矢理連れ込んだ私のせいでもあるし、少年があまり叱られないよう力いっぱい宣言しておこう。
「そっかぁ、うん、そっかぁ」
何故、二回言われたんだろうね。
何故、なまあたたかい眼差しで見られているだろうね。
そして、会話が途切れて、沈黙が落ちる。
「……一番隊って響き、格好良いですよね!」
会話が途切れてしまったので、当たり障りのない話題を探した結果、思い切り地雷原へ足を踏み入れてしまった気もするが、ゆるいお兄さんなら何とか繋いでくれるだろうと視線を向ける。
その結果、返って来たのは困ったような苦笑いだった。
「あの、私、何かやっちゃいました?」
「……やっぱり知らなかったんだね〜。そうだよねぇ、知らずにここへ越して来て、防災無線の意味も、ハーピー予報も知らなかったぐらいだもんねぇ」
「えぇと、その通りなのでぐうの音も出ませんが……」
一歩間違えば嫌味だけども、ゆるいお兄さんの表情は困ったような苦笑いのままなので、私もなんだか困った表情になっているであろう顔で困惑気味に返すしか出来ず。
「防衛隊の隊の番号はねぇ、若い方から危険な前線に向かわされるんだよ〜」
さらに、ゆるいお兄さんの次の言葉を聞いてしまうと、完全に言葉を失ってしまった。
「私、そんな事知らなくて……」
思わず言い訳を紡ごうとしてしまい、唇を噛んで口を噤む。
知らなかったから。
だからなんだと言うんだ。
一番隊になるという事は、一番危険で死に近づくという事なんだ。
それを格好良いなんて……言葉選びを間違えたとしか言いようがない。
「……あなた方が一番私達を守ってくれてたんですね」
それでも一度口から出した言葉は消えないから。
「ありがとうございます」
感謝を伝えて、ゆっくりと頭を下げる。
──誤魔化した訳じゃないよ? これは私の素直な気持ちだ。
「こちらこそ、いつも『ありがとう』。君達がここにいてくれないと……」
ゆるりと微笑んだゆるいお兄さんから、またお礼を言われてしまった。
「でも直接お礼を言われるのってなんかほわほわするね〜」
まるで君みたいだと謎の口説き文句のような冗談を言われて、私とゆるいお兄さんの間に流れていたシリアルな雰囲気は掻き消える。
うん? なんか微妙に脳内のモノローグに間違いがあった気がするけど、気のせいか。
ま、そんな空気が私には似合わないから、違和感あっただけか。
それより、せっかくだからゆるいお兄さんに会えたんだから、聞きたい事を聞いとかないとね。
「あの! ちょっとおたずね申す! 少年がくれた紙に書いてあった脅威度レベル? について聞きたいんですけど」
「何その口調〜? 武士なのぉ? 質問は答えられる事なら答えてあげるよぉ」
勢い余っておかしな口調になってしまっていたようだが、ゆるいお兄さんはゆるく笑って頷いてくれたので問題無しだ。
立ち話もなんなのでとゆるいお兄さんに手を引かれ、黒塗りセダンの後部座席へと案内される。
乗るのにちょっとためらう見た目だったが、乗ってみると座席がふかふかで快適だ。
落ち着いた色味の車内は、カーコロンなのかゆるいお兄さんの香水なのかわからないけれど、高そうないい匂いがしている。
高そうな布っぽいシートの手触りも最高だ。
ぺたぺたと触りまくっていたら、外に立ったままのゆるいお兄さんから笑われてしまった。
一緒に車内へ入る事はなく、後部座席のドアを開けたままゆるいお兄さんは外に立っているつもりらしい。
ゆるいお兄さんの気配りに感動しつつ、私は先ほどの行動は自分でも子供っぽかったと反省して居住まいを正す。
「それでなに〜? 誤植でもあったぁ?」
「そうか、誤植って可能性もありか。……あの、カッパの危険度の件なんですけど、あんなに高いのって間違ってません? カッパなんて、相撲したり、尻子玉取ったり、キュウリ掲げて踊るぐらいですよね?」
ゆるいお兄さんの言葉でハッとした私は、ひっそりと安堵しながら先日から気になっていた件をドバッと吐き出してみる。
「うん……? 前二つは知ってるけど、キュウリを掲げて踊るの……?」
私が一気に色々喋ったせいか、ゆるいお兄さんは首を傾げて訝しげに小声で何か呟いて悩み始めてしまった。
「あ、っと、えぇと、つまり、カッパはそこまでおそろしい存在じゃないですよねと言いたい訳でして……」
私が簡潔に問い直すと、ゆるいお兄さんは納得した様子でニコニコと笑いながら頷いてみせる。
「あぁ、そういう事か〜。そうだね〜、確かにカッパは水辺にさえ近づかなければそこまで危険じゃないよ〜」
「なら……」
なんであんなに脅威度が高いのかと言いかけた私の言葉を、やんわりとしながらも有無を言わせぬ強さの声音でゆるいお兄さんが遮る。
「でもここの地域ではそれで合ってるよ〜。ここの地域のカッパは、とてもおそろしい存在を喚ぶって言われてるからねぇ。だから、その脅威度なんだよ〜?」
「つまり、カッパ自体の脅威度だけじゃなくて、その呼ぶ相手の脅威度が足されてるから、あの脅威度?」
「んー、そうだね〜。ほぼ、喚ぶ相手の脅威度かもねぇ? ──あれは、人が手を出してはいけないモノだから」
なんかゆるいお兄さんが重々しく何かを付け足した気もしたが、カッパが危険じゃないと安堵で胸を撫で下ろしていた私の耳にはほとんど届いていなかった。
サツマイモありがとうね〜と立ち去っていったゆるいお兄さんの車を見送ってから、
「…………ん? ゆるいお兄さん、重要そうな事を言ったような?」
とか思ったりもしたが、ぬるくなってしまっていた炭酸飲料の存在ですぐ忘れてしまうのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
感想などなど反応ありがとうございます(^^)
相変わらず危機感を何処かに置き忘れている主人公です。
誰か取りに行ってあげてください(他人事)
追伸
誤字脱字報告、大変助かっております!抜けている私なので、とても有難いですm(_ _)m
誤字っぽいですが、今回のシリアルに関しては主人公の脳内モノローグが間違っているだけなので、スルーしていただけると幸いです。
私の筆力不足で、申し訳ありません。




