千客万来?
ト◯ロいたもん! とメイちゃんが叫びそうですが、主人公の家の裏庭にト◯ロはたぶん不在です。
カッパならいますけど。
●9月△日
早朝、欠伸を噛み殺しながら新聞を取りに行き、ほんの少し開いている座敷の襖をチラ見しながら廊下を歩く。
そんないつも通りの朝を迎えたはずだったのだが……。
今日もドングリがあるのだろうかと勝手口を開けたところで、私はしばらく思考停止する。
「カッカッカッカッ」
目の前では、先日目撃した巨大な黒猫さんが口から奇妙な音をさせながら、地面に降りてきている巨大な鳥と睨み合っている。
黒猫さんの方は、なんかキラキラとした目をしているので、狩りではなく興味津々なだけっぽい。体勢もマジで襲いかかる五秒前って感じではなく、香箱座りしてるし。
さっきの奇妙な声というか音というか、あれはクラッキングってやつか。
まぁ、被捕食者な鳥の方としては気が気じゃない…………ってよく見たら、アレは鳥じゃないな。
丸まってるからわかりにくいけど……。
「あれって、ハーピーだよね? ハーピー予報出てた?」
大きな鳥の正体に気付き、思わずそんな疑問を口にするが、いつかのように答えがあるはずもなく。
そんな混沌した状況の中、ふと思い出すのは昨日の帰り際のきゅうさんの微妙な表情。
「きゅうさーん、こんな事になってたんだけどー?」
聞こえる訳はないだろうが、思わず叫んだ私がいる。
思い出してみれば、昨日の奇妙な声はハーピーの鳴き声だったような気がする。
きゅうさんの微妙な表情は、それに気付いたからの反応なのではと思い、つい叫んでしまった。
そのせいで黒猫さんの興味が私へ移ってしまったのは想定外だったけど、都合がいい。
我が家の庭でスプラッターな光景になる可能性が減った訳だからね。
「んにゃん」
大きさにそぐわない可愛らしい挨拶と共に、私を見つめてゆっくりと瞬きをしてる黒猫さんに「少し待ってて」と声をかけて室内へ戻る。
いつ黒猫さんが来てもいいように用意してあった物を持ってくるために。
「あ、一個じゃ足りないか」
そうひとりごちて手にしたのは、猫まっしぐらなおやつのチュ◯ルだ。
独り言の通り複数個を鷲掴みして、早足で勝手口から再び外へ出る。
幸いにも、見てない間にスプラッターなんて展開はなく、黒猫さんはおすわりの体勢でこちらをじっと見ている。
ピンと立ったしなやかな二又尻尾が愛らしい。
サイズさえ気にしなければ、だが。
「んにゃにゃ」
「ほら、おやつあげるから、もうあの子をいじめないでね?」
「にゃぁ」
話しかけながらチュ◯ルを差し出す。
一心不乱にチュ◯ルを舐める姿は完璧に可愛らしい猫だ。
おやつをあげ終わり、ゴロゴロと喉を鳴らしている黒猫さんを撫で回していると、防御姿勢をとっていたハーピーがおずおずと動き出したのが視界の端に映る。
早速ちょっかいをかけたそうな黒猫さんの尻尾の付け根をポンポンと叩いてなだめていると、ハーピーが顔を上げて周囲を見渡し始める。
黒猫さんの方はというと、その場にころんと転がってもっと無でろと言わんばかりの反応なので、ひとまずハーピーへ襲いかかる心配はなさそうだ。
というか予想外にハーピーの顔に見覚えがある。
私の記憶違いじゃなければ、初ドライブの時に遭遇した、あのハーピーだと思う。
もしかしたら、ハーピーは皆同じ顔してるって可能性もあるので、本当にあのハーピーかはわからないけど。
「ぎゃ……?」
不思議そうに小さく鳴いたハーピーは、地面に転がって私に撫で回されている黒猫さんに目を見張っている。
「怪我はしてない? 飛べそう?」
黒猫さんを撫で回しながら声をかけると、ハーピーはギョッとしたように私を見てくる。
「オ、マエ、マタ……」
ハーピーって普通に喋れるんだーと感心しながら見守っていると、ハーピーの表情が変わる。
緊張と焦りに染まったその表情に、思わず手元の黒猫さんを見やるが、相変わらずゴロゴロいいながら地面をころころしている。
どう見てもただ大きいだけの猫と化しているので、ハーピーの脅威になるとは思えない。
「黒猫さんなら……」
黒猫さんの安全性を訴えるつもりだったのだが、それは叶わなかった。
「………………去れ」
唐突に聞こえたのは、決して大きな声ではなかった。
声を張り上げた訳でもないのに、圧倒的な存在感と威圧感がある…………気がする声音に、私は言葉を途切れさせ、ハーピーはビクッと体を跳ねさせる。
「あ……っ」
怯えなくて大丈夫と声をかける前に、ハーピーは勢い良く飛び立ち、あっという間に見えなくなってしまった。
少しの罪悪感を抱きつつハーピーを見送った私は、声の主を振り返って確認を……。
「…………怪我「きゅわーーーっ!」」
カッパくん、心配してくれたのは嬉しいけれど、美人さんの言葉を遮っちゃ駄目だよ。ただでさえ、言葉少ないのに。
確認するまでもなく、あの声の感じは美人さんだとわかっていたとはいえ、カッパくんのせいでなんか出オチっぽくなってしまった。
「カッパくん、美人さんがしょんぼりしてるよ?」
私に抱きついているカッパくんへ、無表情ながらしょんぼりとしている着流し姿の美人さんを示してみせたのだが、不思議そうな表情で首を傾げられてしまった。
たぶんというか、絶対通じてない。
カッパくんは私の無事を確認した後、とてとてと美人さんの方へと戻っていき、きゅわきゅわと言いながら美人さんの周囲をくるくるして顔を覗き込んで首を傾げてるから。
やってるのがカッパくんじゃなければ、煽ってるようにしか見えない行動だね。
カッパくんがやってるから、ギリ可愛いが勝ってる。
「………………怪我は?」
くるくるしているカッパくんをチラチラと気にしながら、気を取り直したのか改めて美人さんが問いかけてくる。
心配しなくても、さすがにカッパくんも二度目の邪魔はしない……はず。
心配でチラ見していたら、無言でやって来たきゅうさんがカッパくんを回収していき、その場には美人さんだけが残された。
なので、私もやっと落ち着いて状況の説明を始められる。
「あの……誤解させてすみません。あの子は、この黒猫さんにちょっかいを出されてここへ落ちちゃっただけのようでして。なので、私には怪我も何も……」
ゴロゴロと喉を鳴らしている黒猫さんを撫でながら説明していたところ、美人さんの目がスッと細められる。
そのまますたすたと近づいて来た美人さんは、私に撫でられてゴロゴロしていた黒猫さんの首の裏をガシッと掴んだかと思うと、茂みの方へ向けて放り投げる。
ヒョウ並みの巨体を片手で持ち上げるという現実離れした光景な上、あまりに流れるような動きだったので、突っ込む間もなかった。
「あわわ、黒猫さん!?」
かなり遅れて黒猫さんが投げ飛ばされた方を見ると、何事もなかったようにおすわりをしてこちらを見ているので、問題なく着地したらしい。
「にゃっ」
アワアワしているのは私だけで、黒猫さんは短く鳴いて少し不機嫌そうに美人さんを睨んでいる。
なんでぶん投げられたかはわからないが、怪我とかはしていないようで良かった。
「驚かせてごめんね、怪我はない?」
「んにゃん」
心配する私に、黒猫さんは立ち上がってから、またゆっくりと瞬きをして気にするなとばかりに一鳴きし、二又の尻尾をゆらりと揺らす。
「にゃっ」
「またね」
挨拶をして去っていく黒猫さんの揺れる尻尾を見送っていると、頭の上に美人さんの手が置かれた感触がして、うりうりと撫で回される。
本日は帽子を被っていないので、ダイレクトに美人さんの低い体温を感じて、少し気恥ずかしい。
「あの、なんで黒猫さんを投げましたか……?」
気まずさもあるので何か言わないとと悩んだ結果、一番気になった事を訊いてみる事にした。
「………………………なんとなく」
絶対なんとなくじゃないだろうという間の空いた答えが返ってきたが、それ以上は答えてくれないだろう。
「そう、ですか。出来れば次回は止めてあげてくださいね」
あやかし同士のじゃれ合いだったんだろうが、見ている方は肝が冷え冷えだ。
そんな私の言葉に対して美人さんからの答えは────無言の微笑みだった。
それの微笑みはどちら意味なのか。
突っ込むととんでもない大蛇が出そうなので、私も無言で微笑んで返すだけにしておくのだった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
皆様のおかげでランキング入りしております事に感謝申し上げます(*>_<*)
美人さん、美人なのに扱いギャグ枠……。
主人公、猫も可愛いけど、今の一番のお気に入りはカッパくんっす(*´∀`*)