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光の中の少女たち(小鳥遊言葉)

 今日、私は、とある場所へと来ていた。


「……」


 何も言わない石を、見下ろす。


 ──一星ののか。灯子の親友だった少女のお墓だ。





 行こうと思ったのは、気まぐれだった。


 灯子はよく、一星ののかの所へ向かっていた。私が行かないでと頼んだ日には、行かないこともあったけれど。仕事もそこまでなくて、私が止めなかった日は、大概彼女の所へ出向いていた。

 ……私にはそれが、あまり面白くなかった。


 自分が面倒くさいという自覚はある。でも、どうしてもモヤモヤするのだ。灯子は、私のことを愛していると言ってくれた。ずっと私のことを見てると言ってくれた。……なのに、灯子が私じゃない、別の人間を見ている時間がある。それが……嫌だ。

 だけど灯子にそれを言うことも出来ない。私は、意気地なしだから。……だから、何も言い返してこない方に言おうと思ったのだ。八つ当たりだね、自覚はあるよ。


 彼女の居場所を聞くと、灯子は喜んでいた。自分の親友に興味を持ってもらったのが嬉しかったらしい。一緒に行く? と聞かれたが、1人がいい、と答えると、相槌を打ってそれ以上は何も言わなかった。

 その場所まで灯子に連れてきてもらって、あとは1人で行動。まあ私が1人で遠出すると、問題になるから。


 ……そういうわけで、私は墓地までやって来ていた。



 当たり前だが、見つめていても石は何も言わない。語り掛けても何も返してこない。


 蹴り飛ばしてしまいたい衝動にかられたが、その後を考えると面倒だったのでやめておいた。私が人に怒られて、何故か灯子が謝る構図が見える。そうして灯子にも悲し気に怒られるので……それは避けたい。だからやめておく。


 何もしない。分かりやすい八つ当たりをしない代わりに、掃除をすることも花を手向けることもしない。ただそこにいるだけ。ただ見つめるだけ。


 ……一星ののかは私のこと、どう思うんだろう。

 灯子はいつか言っていた。私と彼女は似ていると。そして最近言っていた。きっと私と彼女は気が合うと思うと。


 ……双方を知っている灯子が言うのなら、そうなのかもしれないけど……本当なのかな。


 彼女は、怒るのではないか。私は灯子に、自分勝手な気持ちを押し付けた。そうして灯子を傷つけた。心を殺そうとした、物理的にも殺そうとした。そうしないと気が済まなかったから。

 一星ののかの親友を、私は殺そうとしたのだ。もし怒らなければ、彼女は灯子のことを親友などとは思っていないだろう。


 はぁ、とため息を吐く。……答えが出ないことを考えても、仕方がない。馬鹿馬鹿しい。言いたいことをとっとと言って、それで早く帰ろう。



 ──一星ののか。初めまして。私は小鳥遊言葉。

 貴方が大好きな伊勢美灯子を、私は殺そうとした。でも灯子は、私といてくれることを選んだ。

 それなのに、灯子はいつも貴方の話ばかり。……死人は口を挟まないでくれるかな。間に割って入られてるみたいで、腹が立つ。

 私は貴方のことを慮ったりしない。……そんな余裕はない。だからここに来るのは、今日が最初で最後。……まあそういうことだから。じゃあね。



 目を閉じ、心の中でそう唱えた私は、ゆっくりと目を開け──。



 目を見開く。



 目の前に、見知らぬ少女の顔があったから。



「……は?」

「あ、言葉ちゃん。やっほ~」


 戸惑う私に構わず、その少女はひらひらと手を振った。


 幼い少女だ。中学生くらいだろうか。くすんだ茶髪を……熊の耳のようなお団子にしていて、そこに入っていない髪は下ろしている。深緑色のパーカーに白のショートパンツを履いていて……服装が、私に似ている。


「……誰?」


 そう尋ねてから気づく。私は先程まで墓地にいたはずだが、今は……薄暗い空間の中にいた。でも何故か、目の前にいる少女の顔ははっきり見える。


 ……まさか、幽霊? なんて思う。私は墓地に来ていたわけだし、あり得ない話ではないかも……。

 思わず青ざめる。恐怖から逃れるため、思わず一歩下がって。


「私? 私は、貴方が望む者だよ。だから、貴方が誰か選べばいい」


 すると少女が天真爛漫な笑みを浮かべながら、そう答える。私が望む、者? 一体何を言っているんだ、と思ったが、私の中でその答えは決まっていた。


「……一星、ののか……」

「ふふっ、会えて嬉しいな、言葉ちゃんっ!!」


 少女──恐らく一星ののか──が、心底嬉しそうに笑いながら、私の名を呼ぶ。ぞっ、と、背筋が震えた。


 会えて嬉しい……だって? ……あり得ない。あんたがそれを言うだなんて。


「……何。私をこんなところに閉じ込めて、それで、復讐でもするつもり?」

「……?」

「……そうだよね。私は、貴方が大好きな灯子を殺そうとした。恨むのも当然でしょ。そんな相手がこうしてのこのこと来てくれて、良かったね」


 冷や汗が流れる。でも心に反し、声も、口も、私は笑っていて。きっと引きつった笑みになっている。


 ……だがそんな私とは裏腹に、一星ののかは……何と形容すべきか、きょとん、という顔をしていた。不思議なことを聞いた、とでも言いたげな表情だ。


 私が彼女の出方を窺っていると、一星ののかは口を開く。


「うーん、何か勘違いしてるみたいだけど……私は別に、言葉ちゃんを恨んでないよ?」

「……は?」

「言葉ちゃんの怒りも、苦しみも……全部、尤もなものだったと思う。ていうか悪いのは全般的に灯子だしね。それに……その場にいない私には、どうこう言う資格はないよ。生きている人にしか、それは許されない」

「……」


 開いた口が塞がらない、と言うべきか。思った以上に達観したその言い様に、私は思わず驚いてしまった。


 ……そう言われてしまったら……本当に、馬鹿みたいじゃないか。

 自覚させられる。私は幼いのだと。……人間として、未熟だ。人を許せなくて、自分には非がない、悪いのは周囲だと当たり散らす。理由を並べて、それが正当なことだと言い張る。

 ……私は……。


「それに……なんというか、復讐されるのを望んでいるのは、言葉ちゃんだよね?」

「……」

「言葉ちゃんは今でも、罰を望んでいる。誰かに裁かれることを願っている。……今、私がそうしてくれたらいいって思ったでしょ?」

「……」


 何も、言い返せない。


「残念だけど、それは出来ないな。そもそも、私にそんな力はないし……さっきも言ったように、私は言葉ちゃんを恨んでないからさ!!」

「……どうして」

「ん?」

「どうして、私を恨まないでいられるの。私は、貴方の大事な人を殺そうとした。必要以上に傷つけた!! ……それなのに、どうして……!!」


 怒ってよ。恨んでよ。私は、そうされるべきだ。

 私に関わる全てが、消えてしまえばいい。最初から存在していなかったら良かった。それが出来ないのなら、いることを責めてほしかった。


 それなのに。


「私が嫌だから?」

「……え?」

「いや、ほら、人を恨むって、疲れるじゃん。だったら、許して楽になっちゃお~! ……みたいな?」


 いや、みたいな? とこちらに聞かれても。


「それに、貴方は灯子の大切な人だもん。……そんな人に酷いことしたら、灯子に怒られちゃう」

「……そうかな」

「そうだよ~。だって灯子、私のために復讐しようとしてたんだよ? そんな灯子が、言葉ちゃんのために動かないわけないって!!」


 それは、相手が貴方だったからであって。私が相手だったら……どうなるんだろう。


 私は、一星ののかのように……出来た人間ではない。私は灯子に何もあげられない。いや、迷惑と面倒ならあげられる。……うん、受け取る価値もないものだ。そんなものしか生み出せない私のために、灯子が動いてくれることがあるのかな。


「も~~~~分かってないなぁ言葉ちゃんは!!」

「……」

「灯子のあの目!! あの態度!! その全てが言葉ちゃんへの愛を物語っているというのに!? そして灯子の口から発せられる言葉は、聞いているこっちが恥ずかしくなっちゃうくらい……」

「……それは私も恥ずかしい」


 とにかく灯子は、ストレートに伝えてくるのだ。大好きも愛してるも、全て恥ずかしがることなく、微笑みながら真っ直ぐに伝えてくる。……そして私は、なんと返せばいいのか、分からない。


 一度、恥ずかしいからやめて、と言ったが、聞き入れられなかった。だって、はっきり伝えないと伝わらないでしょ? だそうだ。

 私が頼んでも灯子が許してくれないのは、これと私が死ぬことだけだ。


「信じてあげてほしいな。灯子のこと」


 目の前で微笑む一星ののかが、私に向けてそう告げる。それを見つめ返し、私は……。


「……信じてる、と、思う」

「うん」

「でも、やっぱり思うの。灯子は、私じゃなくて……私から見える、貴方を、見ているんじゃないかって。だから、その態度も、言葉も……本当は、貴方に向けたかったものなんじゃないかって……」

「……うん」

「私に向けられているものだと……思いたい。でも……怖い。その気持ちを、私へのものとして、受け取るのが……」


 灯子は、私を愛して、大事にしてくれている。……頭では、分かってる。

 でも、心が。信じていいの? と足を止めさせる。


「そっか。言葉ちゃんが信じられないのは、自分なんだね」

「……え?」


 私は顔を上げる。一星ののかは、優しく微笑みながら続けた。


「自分は、灯子に愛される価値がないって。……言葉ちゃん、そう思ってるんじゃないかなぁ。違う?」

「……」


 思わず黙ってしまう。その言葉が……図星だと思ったのだ。


 愛される価値がない。だって、そうだ。いつも死にたがっていて、何も、頑張れなくて。やったとしても、余計なことしか出来なくて。生きている価値なんてない。ましてや、誰かの人生に関わるだなんて。


 そうだ、分かってる。私に価値がないことなど。……でも、願ってしまうんだ。

 彼女が自分のことを、ずっと手放さないでくれたら。何もなくていいから、ずっと傍にいてほしいと、そう言い続けてくれたら。

 ……私は、何もしない大義名分が出来る。


 そんな自分が醜くて……嫌い。

 彼女はあんなにも、こんな自分を愛してくれているのに。


「自分を信じるのって、すごく、難しいよね」

「……」

「自分のことは、自分が一番知ってる。……だから、嫌なところばかり見える。例え誰かにそんなことないと言われても、いいところを提示されたところで、それを凌駕するほどの嫌な部分が目に写る」

「……うん」

「でも、だからこそね、私は思うんだ」


 一星ののかはそう言うと、私に近づき……両手を包み込むように握って来た。


「貴方が大事だと思う人の言葉を、どうか信じようとしてみて」

「……言葉を……?」

「うん。……自分が信じられなくても、人の言うことが信じられなくても……大事だと思う人の言葉なら、少しは信じられるんじゃないかな。もちろん、すぐには難しいと思う。でも、やってみてほしいな。灯子の思いを、大事にしたいと思うのなら」

「……」


 私は言われたその言葉を、心の中で噛み締める。……確かに、すぐには難しい、けど……。


「……分かった。……ちゃんと出来るかは分からない、けど……」

「!! うんっ」


 私がそう返事をすると、何故か一星ののかが心底嬉しそうに頷く。……人のことなのに、そんなに嬉しそうに……。


「……ごめんなさい」

「……え?」

「……私、貴方に……八つ当たりをしに来たのに。貴方は私に、そんな……優しい言葉を掛けてくれて」


 私がそう言うと、一星ののかはキョトンとした後、にっこりと笑う。


「大事な人の大事な人なんだから、大事にするのはとーぜんだよっ!!」

「……なんかそれ、大事のゲシュタルト崩壊してない?」

「あははっ、そうだね~!! でもそれだけ言葉ちゃんが大事ってこと!!」


 ……なるほど。今の灯子の真っ直ぐな言葉は、この子からの影響か。なんて思った。


「私と言葉ちゃんは、タイミングが合わなくて巡り合えなかったけど……でもこうして会えたんだから、それはすごく素敵なことだよねっ!!」

「……そう、かな。そう……思ってくれてるんだね」


 というかそもそも結局、ここはどこなんだろう。この子は本当に一星ののかなのか。……疑問は尽きない。


 考え込みそうになっていると、一星ののかが私の顔を覗き込んできた。


「……な、何」

「……ねぇ、私たちって、きっと別の世界では友達だったよ」

「……は?」


 突然何を言うんだろう。私が戸惑っていると、彼女は笑いながら続けた。


「私たちは、恋敵だった時もある。街中ですれ違っただけのすぐに忘れる他人だったこともある。一緒にアイドルをしていたこともある。同級生として勉強で分からないことを教え合っていたこともある。姉妹とか、親子だったこともある」

「……見てきたように言うね」

「きっとそうだったと思うんだ」


 一星ののかは、私に手を差し出す。輝かしい笑みで。


「この世界で、私たちは、友達になれるかな?」

「……貴方は、死んでいるのに」

「そう。この私は、本物でもないかもしれない」

「……貴方は、願うの?」

「祈るよ。この世は少しずつでも、いい方向に向かっているようにって」


 これはその第一歩。一星ののかは、そう告げた。

 その手を見つめる。……私は……。


 手を、差し出す。その手に触れて、温かい、触れる、絡める、繋ぐ。


「ありがとう。……言葉ちゃん、灯子のことを──」





 光の中に、私たちは確かにいた。





「──お嬢さん、お嬢さん」

「……え……?」


 声が聞こえ、私は目を開く。……すると正面に、見知らぬおばあさんの顔があった。


「ああ良かった。いくら春といえど、こんなところで寝続けたら風邪引いちゃうからね」

「……」


 私が起きたのを見て安心したのか、おばあさんは小さく会釈をして去っていった。本当に起こしてくれただけらしい。


 私は、ベンチに座っていた。それはおかしい。だって私は、一星ののかのお墓の前にいたはずだ。見渡すと、ここは一応墓地の敷地内みたいだけど。いつの間に移動した?

 しばらくその場でボーっとしていたが、ふと自分の手を見つめる。……まだ、ほんのり温かい気がする。


 ──あの時、私たちは、手を繋いだ。


「あたたかかった、な」


 小さく呟く。目を閉じて。


 私はお墓のある方を向く。しかしすぐに目を反らすと、ベンチから立ち上がって反対方向に歩き出した。灯子が私のことを、待っていてくれているから。

 ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

「明け星学園 Star Tails」はこれで完結です。「明け星学園」完結後の後日談、という風に銘打って書き始めましたが、たくさんの人のエピソードが書けて良かったです。

「明け星学園」を経て、誰もが皆思うところや考えることがありました。前を向いて生き始める人もいれば、思い出に囚われたままの人も、未来が見えなくなった人もいます。「明け星学園」は、なんだかいい感じの雰囲気(※ハッピーエンドではない)で終わっていましたが、そうなれない人の方が多いと思うので、そういう人たちを取りこぼしたくないと感じました。

 この世界は大団円で皆幸せなハッピーエンドで終わるものじゃないと思います。誰かは必ず悲しむし、誰かが誰かを憎むのでしょう。そんな時に、誰かと手を繋いだ時の温かさを思い出してくれたらいいなと思います。「明け星学園」は私のそんな祈りのお話ですし、「明け星学園 Star Tails」では彼女たちの温かさを描けたのではないかと思います。

 ……ほとんどとーことじゃなかったか、だって? それはそう!!!!!!!!!! (おい)


 というわけで、「明け星学園 Star Tails」をお読みくださり、本当にありがとうございました。

 もしかしたらお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、なんと明け学、2期の方を鋭意執筆中でございます!

 散々匂わせている千馬茜の存在……彼女がどうなっていくのか、そして灯子はどうするのか、ぜひ見届けてくださればと思います。


 それではまた、貴方とどこかで出会える日を楽しみにしております。

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