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確かな悠久を刻んで(鷲牙宗士)

 私は今まで生きてきた中で、「悩み」というものを持ったことはない。

 自らの進むべき道を知覚していれば、悩む必要などないからだ。歩むべき道は、自らの意志が勝手に決定付ける。



 だがそんな私は、生まれてこの方初めて「悩み」というものに煩わされていた。



「あっ、あぁぁっ、あかっ、ちがう、おっ、おぉぉお疲れ様ですっ、ししし失礼しますっ!!!!!!」

「……」


 私の返答を待たず、1人の少女が疾風の如く部屋から去っていく。バタン! と扉が閉まり、私はため息を吐いた。


 元対異能力者特別警察警視総監、鷲牙わしが宗士そうし。明け星学園の理事長になったはいいものの、生徒との距離感が全く分からなかった。





「簡潔に言うと、明け星学園の理事長になってくれませんか?」


 突然私の家まで来た青柳泉がそう言い放ったのは、春の気配が迫りつつある冬の昼下がりのことだった。


 青柳泉。私が目にかけていた部下であった。可能性の塊であったが、同時に潰れやすいか弱き存在。だから遠ざけて自由にさせた。……予想通り、功を奏したらしい。彼は彼らしい強さを私に示してくれた。


 愚息である貴由の責任を取り、私は辞職をした。誰に促されたわけではなく、私が私の意志で決めたことだ。年齢のことも考えると、次の世代に継ぐのが妥当だと元から考えていたこともあり、いい機会であったと思う。

 仕事から手を引けば、次に待つのは余暇生活。今まで仕事一筋であったこともあり、今後は何をして暮らしていくか。そんなことを考え始めていた矢先だった。


 もはや関わりなどない元部下がこのようなところまで来るとは、かつそのようなことを言い出すとは思っておらず、少々驚いてしまった。


「……明け星学園と言うと、お前の母校か」

「はい。先日の小鳥遊言葉の件、貴方もご存じでしょう。()()明け星学園ですよ」


 もちろん知っている。あの1週間は、異常なほどの緊張状態だった。異能力者も無能力者も、等しく1人の存在に憤り、そして恐れ戦いていた。

 小鳥遊言葉。確か、この男の直下の後輩だった記憶があるが。


 だが目の前にいるこの男は特に気に病んでいる様子はなく、むしろ清々しい様子で笑っている。


「俺、そっちの方で今後忙しくなることが予測されるので、ちょっと明け星学園の方に構う余裕がなくなるんじゃないかな、って思うんですよね。明け星学園は現場であることもあって、今後は本当に大変だと思うし……俺が本職のせいでそっちに手が回らなくなって、母校が潰れるとか……俺絶対嫌なんですよね。本当に、心底」

「……」


 そう告げる青柳泉の様子には、どこか気迫迫るものがある。それだけ本気で私に打診しに来た、ということか。


 気に入っている茶を啜る。苦みが口の中に広がり、私は小さく息を吐いた。


「現時点でのお前の主張は、自己中心的なものだ。私に利はない」

「わ~、毎度のことだけど超合理主義。もう少し感情に動かされても良いのでは?」

「感情に振り回されたがゆえの人間の末路を、私は幾人も見ている」

「言葉、おも……」


 相変わらずですねぇ、と青柳泉はヘラヘラと笑う。飄々とした、どちらかと言えば相手の意を逆撫でするような笑い方だが、私がそれを咎めることは無かった。

 これが彼なりの心の開き方だと、知っているからだ。


 初めに会った時は、本当に酷かった。荒み、疑い、明らかにこちらに対し敵意を向け、上っ面の笑みを浮かべる。確かに初対面の人間を警戒するに越したことは無いが、それにしても壁を張りすぎだと呆れたものだ。


 だが今は、こうして素で笑っている。時折敬語が崩れるのは気になるが。


「ま、貴方を動かす言葉はちゃんと持ってきましたよ」


 私は目線を彼に向ける。青柳泉は、ニヤリと笑い。


「このまま大人しく慎ましく隠居生活するのがお望みで? ……俺は貴方がそれで満足するとは思いませんがね」


 私は湯呑を机の上に戻す。そして再び彼を見据えると。


「……詳しい話くらいは聞いてやろう」


 私の返答に、そうこなくっちゃ、と彼は笑った。





 そうして私は、明け星学園の理事長に就任した。たまには若者の言うことに転がされても良いだろう。


「僕は明け星学園の生徒会長、伊勢美灯子です。これからよろしくお願いします、鷲牙理事長」


 学校で初めて会ったのは、新生徒会長だという少女だった。小柄で細く、このようなか弱き少女が学校を統べることが出来るのか、と疑問を抱いたが……一方で彼女の放つ威圧感を私は感じていた。

 あの時、小鳥遊言葉を止めたという話は、どうやら真実であるらしい。


 一通り学内を巡り、彼女の案内を聞く。最後に理事長室に辿り着き、目的地がここになるよう歩いていたのだと気づいた。


「まあここはこれから貴方の自由にしていいので。じゃ」

「待て。ここの説明はそれだけか」

「そうです。僕、言うてこの部屋のことはよく知りませんし、それより行かなきゃいけないとこあるんで」


 理事長に関することは泉さんにでも聞いてください、と彼女は真顔で言い放ち、理事長室を颯爽と去っていく。理事長室に取り残された私は、まさに「立ち尽くす」という表現がお似合いだったであろう。





 伊勢美灯子は元よりそのような素っ気ない態度を取る少女であるようだった。彼女は仕事でたびたびこちらに顔を出すが、仕事以外の話をすることは無く、必要最低限の会話しかすることはなかった。否、それは理想の仕事の姿であるのだが。

 それでも、彼女たちは社会人ではなく、まだ公的責任を持たない子供だ。もっと砕けた態度で、気を抜いても良いと思うのだが。気を引き締め、過ちがないようにすること。それは大人の仕事なのだから。


 ……だがそう考えようと、彼女は年齢の割に大人びた態度であり、それは今まで彼女が歩んできた人生を自然と想起させた。これでも元対異能力者特別警察警視総監だ。目立つ異能力者がいれば名前や経歴を記憶する。

 無論、そのことを本人に告げるつもりは毛頭ないが。


 その内季節は流れ、また春が来た。明け星学園には例年とほぼ変わらない数の生徒が入学し、新生活を不安に思いそれに苛まれている生徒が多い様子だった。

 それは無理もないだろう。なんせここは、()()明け星学園だ。当時ほどの騒ぎは落ち着いたものの、それでも色目で見られることは間違いないのだから。


 そこまではまだいい。問題は、伊勢美灯子が新しく生徒会に入れた新入生の少女だった。


「理事長、紹介します。新しく生徒会書記兼会計を任せた、1年生の千馬茜さんです」


 挨拶してください、と伊勢美灯子はとある少女の背中を押して促す。すると明るい赤色の髪をした少女は、震える脚で一歩前に出て。


「あっ、あぁぁぁっ、あのっ……」

「……」

「あ、茜は、ッ、ぇぁ、その……」

「……」

「ひっ、すっ、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」


 自己紹介を待ってその少女を見つめていると、その少女は急に瞳に涙を浮かべる。そして素早く踵を返すと、理事長室から出て行ってしまった。


「あー、まあ予想はしていましたが」

「……生徒会長、今の生徒は」

「先程も言った通り、新しく生徒会書記兼会計に任命した新入生です。ですがあの通り、少しパニックになりやすい子でして」

「少しどころではなかった気がするのだが」

「否定はしません」


 私の言葉を、伊勢美灯子は軽い調子で流す。その様子を見て、私は問いを投げかけた。


「言いたいことが2つある」

「なんでしょう」

「1つ。未だこの学園のシステムに慣れていない新入生に会計を任せるのは、少々早計ではないか」

「彼女は将来的に学園を背負うことになると思いますから、むしろそういうシステムを知ってくのは早いくらいが丁度いいと、僕は考えています。ご心配なく、前任の墓前が手厚く仕事を引き継ぐ予定ですから」

「そうか。生徒会長がそれで納得をしているのなら私が口を挟むことはない。……ではもう1つ。あのような少女に生徒会が務まると、君は思っているのか」


 あの少女が出て行った先を、私は見つめる。伊勢美灯子も同じように、目線の先を追った。


 少し見ただけで分かる。あの少女は弱く、いかにその場を早く抜け出すか──そればかりを考えている。最終的に走って逃げだしたのが、それを裏付けている。

 責任1つ果たせず逃げる少女に、到底生徒会などという学園の運営を担う役職が務まるとは考えにくい。


 ──そして、何より。


「言わんとすることは分かりますよ。別に僕だって、彼女にこのような役職が向いているとは思っていません」

「……では何故」

「そうですね、彼女を近くに置く必要があると感じたから、でしょうか」


 彼女は私に目線を戻す。その瞳は聡明で……とても美しい。


「とてもおこがましい考えですが、僕が近くにいることで、何か彼女に響くものがあればいいなと思いまして」


 先見の瞳だ、そう感じた。

 ああ、しっかりと分かっているのか、この少女は。そして、そのうえで。


「……ならば、私から言うことは何もない」

「結構言ったじゃないですか」

「憂いを持ち、石橋を叩いておくのに越したことは無い。それだけの話だ」

「……そうですね、その意見に賛同します」


 伊勢美灯子は苦笑いを浮かべる。それを見て、私も小さく微笑むのだった。





 それ以降、千馬茜はよく仕事を提出に理事長室を訪れていた。どうやら伊勢美灯子が赴かせているらしい。恐らくこちらに気を遣って──否、やはり違うか。彼女は小鳥遊言葉を第一にしているだけだろう。


 とにかく、千馬茜は酷く委縮した様子で扉を叩き、言葉を発し、最後には逃げるように去っていく。意思疎通が出来るようになっただけ成長だとは思うが、やはり適切な会話が出来ている気がしない。


「生徒会長、君は千馬茜とどのような話をしている」

「え、藪から棒」


 久方ぶりに理事長室を訪れた彼女にそう尋ねると、彼女は驚いたらしい。しかし律儀に考え始め、そして。


「仕事の話ですね」

「……もっと他に話すことは無いのか」

「話す必要もありませんし」

「親睦を深めたいと思うことは、ないのか」

「仕事の話をすることも、僕は立派な『親睦を深めること』だと思いますけどね」


 何を気にしてるか知りませんが、と彼女は真顔でそう告げてから。


「そもそもあの子、まともなコミュニケーションが取れる方が珍しいので」

「随分容赦のない言い様だな」

「一応、僕がどうにか出来たらと思っていますので。どっしりと構えて待っていてくださればいいですよ、貴方は」


 じゃ、僕は急ぐんで。と伊勢美灯子は理事長室を去っていく。やはり私は1人理事長室に取り残された。


 ……待つ。


 待つことは本来得意ではない。青柳泉に指摘されたように、私は自らで動くことを好む傾向にあるし、そうするべきだと考えている。

 しかし。


 子供の成長を見守り長い目で待つのも、立派な役目であるか。


 私は心の中でそう結論付ける。そして颯爽と駆けていくあの少女の姿を脳裏に浮かべるのだった。

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