ただそれだけの話(伊勢美灯子)
「生徒会長……好きです、僕と付き合ってください!」
「……」
差し出された手を、思わずジッと見てしまう。そして貰った言葉を噛み締める。好きです、僕と付き合ってください。あ、左様ですか……。ところで言葉をあげる相手を間違ってないか? 本当に僕であってるのか?
心の中でツッコミを入れるが、まあ間違ってないのだろうなと思う。まさか自分にこんな日が来るなんて全く思っていなかった。
さて、どう言おうか。申し訳ないが、返事は初めから決まっていた。
「すみません、お付き合いすることは出来ません」
「ッ……そう、ですか。理由を聞いても?」
「普通に貴方のことが好きじゃないので……」
「超ドストレートじゃないですか。いや会長らしいですけど。……じゃあこれから好きにさせます!! 付き合ってください!!」
「おー告白第2弾。めげませんね。すみませんが、付き合わないです」
「くっ……駄目だったか……」
ワンチャンいけると思われていたのだろうか。目の前にいる男子生徒は悔しそうに拳を握りしめる。本当に僕のこと好きなんだ。へぇ、びっくり。
そんなことを考えていると、男子生徒は僕のことをジッと見つめる。
「……元生徒会長と付き合ってるから、ですか」
そして何を思ったのか、そんなことを尋ねてきた。また軽く返そうかと思ったが、その視線は真剣で。本気でそう考えているのが伝わった。
だから僕は腕を組み、頭の中で慎重に言葉を選ぶ。やがて口を開いて。
「付き合ってませんよ」
「ないん、ですか」
「ないです。……確かに人生を掛けたい人だとは思っていますが、恋愛感情は特にないです」
「重……」
「自覚はあります。……とにかく、付き合ってはないのでいわゆる『フリー』という状態ではありますが、貴方と付き合う時間があるなら言葉に時間を注ぎたいので、付き合えないです」
「……付き合ってないんですか?」
「付き合ってないです」
そんな奇妙なものでも見るような目を向けられても、付き合ってないものは付き合ってない。
「……元生徒会長に時間を使って、ご自身のことは良いんですか?」
「はい?」
「それって今後、誰とも付き合うつもりがないってことですよね」
まだこの話続けなきゃ駄目なのか? 流石に少しイライラし始めるのを自覚しつつ、僕は口を開く。
「そうなりますね。まあ生まれて16年と少し経ちましたが、恋愛ごとに全く興味がないので問題はありません」
「今後は分からないじゃないですか」
「そうかもしれませんけど、言葉以上の人に出会う気はしません」
「……付き合ってないんですか?」
「そもそも、誰かと交際関係に至ることが人類の幸福の全てのように語るのはやめてもらってもいいですか?」
そこまで言って、ようやく僕が苛立っていることを悟ったのだろう。途端に男子生徒はきまりの悪そうな顔をして、すみません、と小さな声で謝ってきた。そういう顔をするくらいなら初めから言わなければいいのに。
そしてそそくさと男子生徒は僕の前から去っていく。僕は思わず深々とため息を吐いた。なんか……なんか、疲れた。
この後生徒会室に戻ってまた仕事だし、と踵を返し……思わず思いっきり肩を震わす。
だってそこには、言葉が立っていたから。
気配がなかった。本当に、全く。いつからそこにいた? どこから話を聞いていた。というか、顔に影が落ちていて表情が全く見えない。何を考えているんだ? 怖すぎる。
何が怖いって、なんか……嫌な予感がする!!!!
「……めんなさい」
「えっ」
「ごめんなさい、私が、わたしがいる、から、灯子が」
あ~~~~やっぱり始まった~~~~。
悲鳴は心の中に押し留めておく。そのまま僕が黙っていると、言葉はつらつらと続けた。
「私のせいで灯子が、私に縛られて、私のせいで自分の時間が取れなくて、それで灯子の時間使っちゃって、私がいるから、変なことに、灯子が怒って、しあ、幸せに、私が奪って」
ようやく表情が見える。言葉の深紅の瞳から涙がぽろぽろと零れ、大きく肩を震わせていた。そしてうわごとのように纏まりのない言葉を吐き出している。頭の中で考えていることをそのまま口にしているのだ。本人も何を言っているかよく分かっていないのだろうな、と思う。
そして言っている内容は、どう考えても先程の会話を気にしてのことだろう。あの恋愛至上主義男子生徒め……。いや、悪口はよそう。今は言葉のことだ。
「言葉といるのを選んだのは僕だよ。時間が取られてるなんて思ってない」
「うそだ、本当は灯子だって私のこと鬱陶しく……!! おも、ッ、うざいって」
「思ってないよ。思ってたらここで言葉のこと放っておいてるって」
「わたしが、灯子の自由をうばってるのにっ……!!」
「そんなことないよ。奪われてなんてない」
「なんでそんな私に都合のいいこと言うの!!!!」
「僕の都合のいいことなんだけどなぁ」
手を握ろうとしても振り払われるので、無理矢理抱きしめてしまうことにする。いざ触れられると動けなくなることを、僕は知っている。
案の定彼女は手の動きを止め、ただ泣き喚くだけになった。
「いつか灯子に良い人が現れたらっ……」
「そんな人、言葉以外にいないよ」
「そんなわけないでしょっ!!!! 私なんて、めんどくさいだけで、何も出来なくて、そんな、価値ないのに」
「居てくれるだけで僕は幸せだよ」
「そんなわけない、許してくれない、誰も許してくれない」
「僕は許すよ。大丈夫だよ、いいんだよ、言葉のままで」
「いつか灯子は私を捨てる」
「捨てないよ。絶対に離れてあげないから」
僕の口から出る言葉は、全て真実だ。心の底から思っている、正真正銘、心の底から出た言葉。
確かに言葉やこの態度を見れば、僕たちの間には恋愛感情があるように見えるのかもしれない。でもそんな短絡的なものではないのだ……と言うと、誰かに恋愛感情を抱いている人に失礼かもしれないけど……とにかく、これは恋愛感情なんてものじゃない。
ただの、愛だ。何の変哲もない、小難しい定義も哲学も思考もいらない、ただの愛。
僕が貴方のことが好きだという、ただそれだけの話。
……やっぱり言葉にするとこれ、恋愛感情みたいだな。違うんだけどさ。
「愛してるよ。貴方のことを、ずっと」
抱きしめる。失いたくない温もりが、確かにここにある。
「……疲れた。寝る」
「うん、おやすみなさい」
一通り泣いて喚いたらスッキリしたのだろう。言葉はいつも通りの無表情になると、ふらふらと自室に入って行った。僕はその後に続き、彼女が毛布を被るのを見届ける。
泣き疲れたのもあってかすぐに寝息を立て始めた彼女を見て、僕はホッと息を吐く。穏やかな顔だ、良かった。
様子が変わらないか確認するため、少しだけその場で時間を過ごす。……が、特に悪い方に変わることはなさそうなので、僕は生徒会室に戻ることにした。
「お疲れ様です」
「ああ、会長。お疲れ」
生徒会室に戻ると、そこにいたのは墓前先輩。頼れる副会長だ。
「なんか告られたみたいだな」
「うわ、情報早いですね」
「まあな。……生徒会長になるとモテるって法則でもあるのか?」
「僕に聞かないでくださいよ……」
確かに、言葉も泉さんも愛さんも人気があった印象だ。ライトなものからヘビーなものまで。……えー、僕もああいう風に好かれるようになるのか……? 勘弁してほしいのだけれど。
ため息を吐きたいのを堪え、僕は墓前先輩にあることを聞いてみる。
「先輩」
「どうした?」
「自分のことは二の次で言葉に人生を捧げようとしている僕は、可哀想に見えますか」
先輩は表情を変えない。何を言うかと思えば、とでも言うように手を軽く振ると。
「可哀想だとは思う。お前はそういう選択を取らざるを得なかった人だから」
「……」
「でも、お前がその選択をすることもお前の人生の一部で、誰に強制されたものでもない。……何よりお前がそれに納得をしているのなら、俺がそれに口を挟むのは野暮だ」
「……墓前先輩なら、そう言ってくれると思っていました」
その返答に、僕は笑う。すると彼は頬杖を付き、にっと笑った。
「この答えはお気に召したか?」
「ええ、かなり」
「それなら良かった。……では生徒会長、仕事を再開しますよ」
「……」
「早く片付けて、小鳥遊さんに会いに行ってあげてくださいよ」
「……仕方ないですね。頑張りましょう」
「はい、付き合いますよ」
僕は覚悟を決めると、墓前先輩と視線を交わす。彼が頷いてくれたのを見て、僕は生徒会長の席に腰かけた。




