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貴方に溺れる、パーティの夜(伊勢美灯子&小鳥遊言葉)

「とっ、おっ、こっ、ちゃ~~~~んっ!!!!」


 後ろから聞き慣れた声が響いた。私はとても、心底、振り返りたくなかったが……振り返らないと後がめんどくさいのは分かっている。だから私は振り返った。


 そこにいるのは、案の定言葉ちゃん。何かを持って、ブンブンと大腕を振っている。恥ずかしいからやめてほしい。何より、周りの生徒が「また会長と転校生か……」と言わんばかりの視線を送っているのがより恥ずかしい。


「なんですか……私、急いでるんですけど」

「またまたぁ、どうせ次の授業まで図書館で時間潰すだけでしょ? 取り急ぎの用事がないのは知ってるよ~っ」


 そうだ、この人私のストーカーなんだった。


 私は深々とため息を吐く。本当に迷惑な話だ。確かに用事はないけれど、何かに付き合わされるのは面倒だから避けたいのに。

 ただ、だからといって全力で拒絶することも出来ないのだけれど。


「ちょっと付き合ってよ。試したいことがあるんだ!!」


 言葉ちゃんはそう言って、持っていたものを私の顔の前に掲げる。何か……箱?

 首を傾げる私に、言葉ちゃんはニッと笑った。



「わっ、やっぱり思った通り! 灯子ちゃん、すっごく似合ってるよ~!」

「……まあ、目の錯覚を利用した結果なので、確かにより良い顔になっているかと思います」

「いや言い方。……っていうか、ちょっと意外かも。自分みたいな顔の人間にメイクしたって無駄、とか言うと思ってた」

「……確かに私にメイクをしても、とは思いますが、親から貰った顔を軽率に貶すようなことはしません」

「ん、それはそうだね」


 私の言い分に、言葉ちゃんは納得したらしい。可愛らしいカラーリングの箱──バニティポーチというらしい──の蓋をぱたんと閉じた。


 私が言葉ちゃんに連れて来られたのは、とある空き教室。椅子に座らせられると、言葉ちゃんはバニティポーチを開けて勝手にメイクをし始めた。よく分からないシートで顔を拭かれ、よく分からないものを塗られ、よく分からない道具をいくつも駆使し、言葉ちゃんは私の顔を仕上げてしまった。


 渡された鏡を覗き込むと、確かに……肌も明るいし、目元に色が乗り、なんだかはっきりしている。特に整形などしていないのに目も大きくなっている気がする。唇も血色良く見えるようになっていた。

 まあ、どこにでもいる平凡な顔が少しだけ良くなった気がする。


「で、なんで急に」

「商店街のくじでバニティポーチ当てちゃってさ~。しかも中身付き。でも僕は使わないし、でも使わないともったいないし? じゃあ灯子ちゃんに使っちゃおう! って思ってさ」

「なるほど、全然理由になっていませんが」


 えー、と唇を尖らせる言葉ちゃんを、僕は冷静に見つめる。


「……自分には使わないんですか」

「え」

「言葉ちゃん、普通に可愛いから似合いそうなのに」

「……え、何、僕口説かれてる?」

「何馬鹿なこと言ってるんですか。ただ思ったことを言ってるだけですけど」

「それが口説いてるって言ってるんじゃないかな……」


 事実を言って何が悪い。そんなことを思いながら見つめていると、彼女はバニティポーチを抱える力を、微かに強くするのが見て取れた。


「……私は、いいよ。こういうの、似合わないから」


 その言い方に、私は眉をひそめる。なんだか、なんだろう、歯切れが悪い。

 そう思ったものの、やはり私に指摘できるはずもなく。


「……とにかく! その顔で廊下を歩いたら、きっと灯子ちゃんの可愛さに皆気絶しちゃうよ! あっ、灯子ちゃんは元々可愛いけどね?」

「テロじゃないですか。なんか落ち着かないので、メイク落とし貸してください」

「え~!? もう取っちゃうの!?」


 いいけどさぁ、と手を差し出す私の手に、言葉ちゃんが白いメイク落としシートを1枚、落とした。


 ──────────


 窓から強い風が吹く。冬を抜けたばかりの春風はまだ冷たくて、その感覚に目を見開くと同時、カーテンのレースが目の前で踊った。

 手を止めた僕に気が付いたのだろう。視界の片隅で墓前先輩が顔を上げて。


「……会長、どうかしましたか?」

「いえ……ちょっと、思い出したことがあって」


 僕はそのまま視線を墓前先輩に向ける。彼なら、こういうことは大得意だろう。


「メイクの仕方、教えてくれませんか?」


 僕はそう言って笑う。墓前先輩は真顔で動きを止めて──1秒後には、パァァァァッ、という効果音が付くくらい表情を輝かせた。

 彼の張り切りようが本当にすごかった──。後に僕はそう振り返ることになる。



 基本的な手順とか、メイク道具の選び方とか、ドラッグストアに連行された僕は墓前先輩に叩き込まれた。


 伊勢美にはこの色が似合いそう、と言われた時は、流石に口を挟んだけれど。

 そして僕の真意を話すと、そういうこと。と墓前先輩は頷いたうえで。


「にしても、お前のやつがあってもいいと思うぞ。それこそ向こうはメイクできるんだから、お互いにやりやった方が面白いだろうし……いや、だったら色絞るんじゃなくて、無造作に沢山買った方が良いか……? 色選びから一緒にやった方が楽しいよな……」

「え、えーっと、あの、墓前先輩……」

「よし、全部買おう。金は俺が出す」

「えぇぇぇぇ」


 本当に無造作にカゴに入れまくる墓前先輩を、僕は呆然と見るしかなかった。


「でも、なんかいいな、そういうの」

「え?」

「だって顔って、頭に近いところだろ? 一番薄い皮膚──瞼も、顔にある。そういうところを人に預けてメイクしてもらうってさ、信頼関係がないと出来ないことだと、俺は思うよ。だからなんか、素敵だなって」


 会計を終え、商品をエコバッグに突っ込んでいきながら、墓前先輩はそんなことを語る。

 信頼関係か、と僕は心の中でそれを繰り返していた。





「言葉、クリスマスパーティをしよう」


 帰って来ていの一番にそう言う僕に、言葉は顔を上げる。そしてその顔には、「何言ってんだコイツ」と書いてあった。


「ほら、僕たち、クリスマスどころじゃなかったじゃん」


 あえてなんでかは言わずそう言うと、言葉は目を逸らして俯き、その表情に影を落とす。まあ言葉が理由だから、仕方ないんだけど。


 言葉があのこと──全校生徒を人質に取り学校に籠城したのは、クリスマスのことだったから。

 だから当たり前だけど、クリスマスムードになる人なんて誰一人いなくて、気づいたら年を越してしまっていた。そしてもう春になろうとしている。


 でも別に、クリスマス当日にクリスマスをやらなくたっていいじゃないか。……なんて、無理矢理かな。


「っていうのはまあ、名義上と言うか」

「……」

「僕が言葉に、これをあげたいだけ」


 そう言って僕は、背中に隠し持っていたものを言葉に差し出す。彼女は微かに目を見開いた。

 僕が差し出すそれは、バニティボックスだったから。


 化粧品は色んな店で頑張って選んで、バニティボックスも結構いいものを買った、と思う。まあクリスマスなので。


 言葉は戸惑ったようにこちらを見つめていたので、僕は彼女の隣に座り、その膝の上にバニティボックスを置く。するとようやく彼女は箱に触れてくれて、おずおずとファスナーを開けた。


「……かわいい」

「そっか、好みに合ったなら良かった」

「……灯子が選んだの?」

「まあ……僕のセンスだけだと不安だから、墓前先輩にアドバイスを仰ぎながら、になったけど……」


 一応僕が選びました、と頷く。言葉は僕を見つめた後、箱の中に視線を戻した。

 だけど、中にあるものに触れようとしない。


「……ねぇ言葉、化粧品、まだいっぱいあるんだけど」

「……いっぱい」

「そう、いっぱい。……僕に似合うの、言葉が選んでくれない?」

「……私が?」

「うん、言葉に選んでほしいんだ」


 僕はそう言うと、エコバックと大量の化粧品を「Z→A」で生成する。ずん、と腕に重さがのしかかり、言葉はあからさまに引いていた。


「……ありすぎじゃない?」

「墓前先輩が調子乗るから……」


 でも選び放題だから、ほら、と僕は促す。言葉はやはりどこか居心地悪そうな表情をしていたけれど、恐る恐るという様子で手を伸ばした。





 その後は2人で色々話しながら吟味していって、最終的に僕の化粧品が決まった。


「ありがとう。すごく嬉しいよ」

「……うん」

「ねぇ、もし良ければなんだけど……これ使って、お互いにメイクし合わない?」

「……え?」


 言葉は驚いたように目を見開き、そんな風に聞き返してくる。僕は微笑みながら続けた。


「ほら、せっかく選んだなら使いたいし……何より、パーティだからおめかししないと」

「……パーティ設定、まだ続いてたの」

「うん、ケーキとかも買ってるから、一応本格的だよ」

「……」


 言葉は俯く。やっぱり、暗い。

 さて、どう言えば気持ちが前向きになってくれるかな、と僕は考え始める。だが考え付くより先に、言葉が口を開いた。


「……灯子、メイクできるの?」

「え。あぁ、墓前先輩から習ったから大丈夫だよ。出来る……はず」

「……歯切れ悪い」

「ご、ごめん。初心者だからさ……」


 僕が冷や汗を流しながら正直に答えると、言葉がようやく……少しだけ、笑ってくれた。


「……不安だな」

「うっ」

「……でも、私……灯子にメイクしてもらうの、ちょっと、興味ある……かも」

「え、本当?」


 不安がらせるくらいなら今回は諦めるか、と思った矢先、意外にも言葉から好感触な答えが返ってくる。思わず聞き返すと、彼女は小さく頷いた。


「自分にメイク、したことないから。……初めては、灯子にあげたい」

「なんかその言い方ちょっとあれだけど……そう思ってもらえるのは、嬉しいな」


 頑張るね、と僕は微笑む。彼女も微笑んで頷いた。





 ──時が止まっているようだった。


 手を動かして、互いの呼吸の音だけが鼓膜を揺らして、なんだか、ドキドキする。

 何より、愛おしい人が目の前で、僕に身を預けてくれている。それがすごく……嬉しい。

 こうしてくれているということは、やはり僕を信用してくれている……と思ってもいいのだろうか。分からないけれど……。


 でも、こんな穏やかで綺麗な顔を見てるのが、今僕しかいないと思うと、少し優越感を覚えてしまう。許してくれているんだと、そう思うから。


 溺れている、と思う。こんなにも見惚れて、目が離せなくて、僕の、最愛の人。

 これを溺れている以外に、どう言えばいいのか。


「──出来たよ」


 僕がそう言うと、言葉はゆっくり口を開く。その深紅の瞳に、彼女を愛おしそうに見つめる僕がいる。

 言葉は少しだけ恥ずかしそうに頬を赤く染め、目を逸らした。そしてそらした先にあった鏡を手に取る。


「……どうかな。可愛く出来たと思うんだけど」

「……うん、上手いと思う」

「本当? ……良かったぁ」


 一応練習はしていたものの、やはり不安だった。本人のお墨付きが出たのなら、まあ合格ラインは越えたのだろう。


 彼女の隣に並んで、僕も鏡を覗き込む。鏡に映る僕は先にメイクをしてもらったので、やはり華やかになっていた。


「やっぱり言葉は可愛いね」

「……灯子も、かわいい、と、思うよ」

「そう? ありがとう」


 少し恥ずかし気にそう言ってくれる言葉に、僕は素直にお礼を言う。言葉は頬を赤く染めていて、僕が選んだ薄ピンクのラメによく似合っている。


「……すごく、似合ってるよ。本当に。本当に可愛い」


 思わず念を押すようにそう言うと、言葉はふるふると瞳を震わせ、僕を見上げた。どこか泣きそうなその瞳には確かな熱が溶けていて、少し言い過ぎたか、と僕は反省した。


 まあ反省したところで、後悔はしてないしこれからもやめる気はないんだけど。


「言葉、大好きだよ。ずっと、愛してる」


 更に念を押すと、ばか、と言葉が小さく呟く。それから、ケーキたべる、とも。


 僕は苦笑いを浮かべると、言葉に手を差し出す。彼女はすぐに僕の手を取り、一緒に立ち上がった。



 さあ、楽しいパーティにしよう。寂しい夜に、彼女が1人じゃないように。澄んだ朝を、共に迎えられるように。

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