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いつか、貴方が心の底から笑う日を(伊勢美灯子&小鳥遊言葉)

「沢山買えて良かったね。でも……流石に暗くなっちゃったな」

「……灯子がカレーのルー買うの忘れてなければ、こんなに遅くならなかった」

「う……ごめん」


 言葉に冷静に指摘され、僕は苦笑いを浮かべながら謝る。別に私は良いけど、と言葉はやはり冷静に告げた。


 空はオレンジ色が埋め尽くしている。道の先では紺色が染み出し始めていて、もうすぐ夜が来る。

 本格的に暗くなる前に帰らないとな、と僕が思うと同時、声が飛んできた。


「あら、言葉ちゃん?」


 僕と言葉は振り返る。するとそこには……1人のおばあさんが立っていた。腰も曲がっていて、かなりお年を召している、という印象だった。

 言葉の名前を呼んだということは、言葉の知り合い? 隣を見ようとしたが、その前におばあさんは続けた。


「あらあら言葉ちゃん、なんだか大きくなった? 確か今は中学生……いや、高校生だったかしら? ごめんなさいねぇ、最近物忘れが酷くて。でも子供の成長って早いものね」


 どこかぼんやりとしたその声に、僕はどうするべきか迷う。だが口を開く前に、言葉が一歩前に出た。そして。


「……そう! 僕、言葉だよ✩ 若葉のおばーちゃん、久しぶりっ! 元気そうで何よりだよ〜!」


 僕は目を見開く。言葉がそう、元気に喋り始めたから。

 その様子は……あの一件を起こす前、生徒会長だった時の言葉と同じで。


 呆然とする僕に構わず、2人は会話を続けた。


「僕、もう高校は卒業したんだっ✩ 晴れて大人だよ〜!」

「そうだったの! 本当に大きくなったわねぇ」

「えへへ、ありがと〜! ほんとに、あっという間って感じだよね。おばあちゃんのお店に通ってた時が懐かしいっていうか」

「そうねぇ。言葉ちゃんは週に1回は絶対に来てくれて、とても楽しみだったわ」

「だって若葉のおばあちゃんの売る文房具使うと、なんだか高得点取れる気がするんだもん! 今も愛用してるよ!」

「あらあら、お世辞が上手ね」

「お世辞なんかじゃないよ〜! ……ねねっ、おばあちゃん。今から久しぶりにお店に行ってもいい? なんだか懐かしくなっちゃったからさ」

「もちろん! それじゃあ、行きましょうか」

「うんっ!」


 一緒に歩こうね、と言葉はおばあさんと手を繋ぐ。そして微かにこちらを振り返った。……その表情はいつも通りの真顔で。


 彼女はすぐに顔を前に戻す。付いてきて、ということかと僕は判断し、歩き出す2人に続いた。





「おばあちゃん!」


 言葉は迷いのない足取りで歩いていっていた。やがて辿り着いたのは、住宅街。ここにお店とやらがあるのか、と僕が考えていると……見知らぬ女性がこちらに駆け寄ってきた。


「あら、千佳ちかちゃん。どうしたの? そんな泣きそうな顔をして」

「それはおばあちゃんが……!! ……ッ、ううん、何でもない」


 千佳、と呼ばれた女性は、おばあさんの肩を掴むと安堵したようにため息を吐く。そして言葉を見上げた。


「……小鳥遊言葉、さん」

「……おばーちゃん、ごめんね。そういえば僕、この後用事があるからもう帰らなきゃだったんだ。また今度会おうね」

「あら……用事なら仕方ないわね。それじゃあ言葉ちゃん、また今度」


 千佳さんにどこか複雑そうな顔で見つめられ、言葉はおばあさんから手を離してそう言った。おばあさんは残念そうにしていたものの、その言い分に納得したようだ。

 ぺこ、と千佳さんは頭を下げ、おばあさんと手を繋いで住宅街を歩いていった。僕たちはその背中を、黙って見守る。


 結局……何もわからないまま事態が進んで、何もわからないまま終わった……。


「……言葉、今の人は?」

「……学校の近くにある文房具屋の店主さんだった人。今は認知症が出たこともあって、店はやってない」


 僕が問いかけると、言葉は淡々とそう答える。喋り方も、いつもの調子に戻っていた。


「そっか……急に前みたいな喋り方になったから、驚いたよ。ああ振る舞って、疲れてはない?」

「……疲れて……」


 僕の問いかけを、言葉は繰り返す。何かが引っかかったらしい。

 とりあえず僕たちも帰るために歩き出す。しばらく無言でそうやって歩いていると、言葉の考えが纏まったらしく、口を開いた。


「別に、無理をしてああいう風に……明るく振る舞ったわけじゃない。おばあちゃんに話しかけられたら、自然とああいう感じになった、から。だから、疲れたとかそういうのは、ない」

「……そっか」


 てっきり、前の明るい喋り方を作って振る舞っていたのかと思っていたが……どうやら短絡的な思考だったらしい。


「教えてくれてありがとう。今の言葉も、明るい言葉も、どっちも〝本当の言葉〟なんだね」

「……うん。そうなんだと思う」


 微笑みながらそう言うと、言葉は相変わらずの無表情で頷く。先程明るくニコニコしていたのが嘘のようだ。


「……明るい方が良い?」

「え?」

「……なんか、嬉しそうだから」


 と考えていると、突然そんなことを言われる。僕はきょとんとしてから、すぐに返した。


「これは、言葉のことがまた1つ知れて嬉しいだけだよ」

「……そう」

「質問の答えだけど……僕はどっちでも良いよ。言葉が振る舞いたいように、振る舞ってほしい。どんな言葉でも、僕の態度は変わらないから」


 僕の答えに、言葉はまた黙ってしまう。僕も黙って待っていると、やがて彼女は口を開いた。


「……今は、貴方の前だと、これが楽」

「うん、分かった」

「……いいの、明るくなくても」

「いいよ。もちろん、いつか言葉が心の底から明るく笑える日が来たらいいなとは思うけど。……無理して作るようなものでもないから。言葉がしたいようにしてくれた方が、僕は嬉しい」

「……そう」


 言葉は短く、そう返事をする。帰ろうか、と言うと、言葉は小さく頷いた。


 どちらからともなく手を繋ぐ。気づけば日が落ち、夜になっていて、頭上では一番星が煌めいていた。

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