2 一人になって仕舞った
私は、必死に逃げた。
怖くて怖くて、震えながら、何処に走ったかも分らない。日本にオオカミは居ないと思っていた。
しかも大きかった。ニホンオオカミは小さかったような気がする。図鑑で見ただけだけど。
気がつくと、周りは雪山ではなくなっていた。
『此処は、何処かしら。』いくら目もくれずに走ったからって季節が変わるほど走った覚えはない。
端に疎らに木の生えた道の中程に私は立っている。
雪が沢山降っていたはずなのに、其処は、雪など全くないところだった。
『彼も、逃げたかしら。ビックリして慌てていて、彼のことをすっかり忘れて居た。食べられていないわよね。』
どうしよう、戻った方が良いかしら。でも、何処に?見まわしてみても、何処にも雪がない。クルリとその場で見まわしたけれど、見晴らしは良いはずなのにあの雪山は見えなかった。
途方に暮れていると、向こうから人が歩いてくる。
随分背の高い人だ。走り寄って声を掛けた。助けて欲しい、ここは何処か教えて欲しい。
「ミャーオ。!!」
「おや、可愛い。子猫ちゃん、迷子かい?」
ねこちゃんですって!どうなっているの!
☆
私は猫になって仕舞った。
どういうこと?相手の言っていることは理解できる。でも、私の言葉は通じない。八方塞がり。
あの、怪しげな招待状のせいだと分るが、何故こんなことになって仕舞うのか、理解できない。
こんなファンタジーみたいなことが現実にあるなんて。
トイレは、その辺で済ませることができる。ご飯は貰えている。今のところ、不自由はないが、情けない気持ちになって仕舞う。
「ティモちゃん。可愛いな。抱っこしてあげマチュ。チュチュ。」
辞めて貰いたい。いい大人の男が、幼児言葉で話しかけ、べっちょりキスをしてくるのは。気持ち悪いではないか。だから私は、得意の猫パンチをお見舞いしてあげる。すると何故か、益々喜ぶのだ。
「おおー。猫パンチ!可愛いちっちゃな足で、プニュ、プニュしてる!」
未だ子猫なので威力は落ちるらしい。爪も未だ小さい。はあー!
私の名前は、ティモと付けられた。こいつは、私の事をベタかわいがりする。38歳の独身。
寂しい、一人暮らしだから、相棒が出来て嬉しいのだろう。イケメンで背が高く、女遊びも良くしているのに、何故結婚しないのだ?寂しいなら、サッサと遊んでいる女の中から選んでしまえば良いのに。
私がここに来てからは、遊びは控えているらしい。
この国は何処だろう。皆西洋風の見目形だ。建物は昔の西洋のようだ。強いて言えばイタリア風か。
石造りの重厚な建物が多い。フランスのような華美さに欠けている。
しかし、古めかしさはなく、まるでローマ時代にタイムスリップしたように感じる。
私のご主人様?の名前は、セバスチャン・ディーンと言って、この世界では貴族のようなものだが、彼は家督を継げない5男坊で、平民と同じ暮らしをしている。
職業は、冒険者だと聞いた。
冒険をしに行っているようには見えない。何時も、定時に帰ってくるのに何処に冒険する余地があるのだろうか。
彼が出かける服装は冒険者と言うより兵士に近い。大きな剣を背中にくくりつけ、ゴツイブーツを履き堅い革で出来た防具を装備する。腰には色んなものが入るバッグをぶら下げていた。
この格好で冒険して、おかしくないだろうか。
私のイメージでは、ハットをかぶり鞭を持った、あの映画の主人公なのだが。
何時も何処に行っているのだろう。
お土産だと言って食べたことがない美味しいお肉をくれる。
生肉はいやだったが、これを食べないと、他に食べるものがないので仕方なく食べてみたが、とても美味しかった。生肉がこんなに美味しく感じるなんて、もうすっかり猫の味覚になって仕舞ったのだろうか。
私はこのまま、猫で生きて行かなければならないのだろうか?