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9葵翔のこゝろ(下)

「ええ? それ、やらなくていいって言ったのに。刺激になっちゃうよ。」


葵翔は渋面を作った。具現化症候群では、普段とは異なることをしただけで刺激になる。だから日葵はベッドの上で編み物をしたりハンドメイドをしたりして、毎日同じような日々を過ごしている。外に出ることは刺激が強すぎるので不可能。また、たとえオンラインだったとしても、個人面談は相当の刺激だ。


(それに、刺激どうこうの前に、学校での様子を、母さんに知られたくなかったな…。)


もちろん母親の体調は心配であったが、どちらかというとこちらが本音だった。日葵はこれまで、葵翔の学校生活を知る機会がなかった。小学校の頃からずっと授業参観に来ることはできなかったし、家庭訪問なんて今時なくて面談も当然の如く行けなかった。しかし、今年から面談がオンラインで可能になったのだ。葵翔にとっては、〝なってしまった〟と表現した方が正しい。


「知ってたけれど、相変わらず勉強頑張ってるのね。先生も褒めてたわ。えらいわねぇ。」


日葵は息子が褒められ、嬉しそうに顔を綻ばせた。葵翔も信頼する母親に褒められ、胸が温かくなる。しかしその後、でも、と続いたことにより、その温かみは一気に冷めた。


(あぁ、やっぱり…。)


「…葵翔、ずっと一人でいるらしいじゃない。聞いたところによると、中一の頃からそうだって言ってたわ。だけど、母さんには友達いる、って言ってたわよね。ねぇ葵翔…もしかして嘘をついてたの?」


日葵はそう言ってみるみる案じ顔になる。これだから、そう、日葵を心配させることが目に見えているから、学校での様子を知られたくなかったのだ。


「ねぇ、どうなの?」


葵翔が黙っていると、日葵が追い打ちをかけるようにそう尋ねてくる。葵翔は観念して、こくっと頷いた。そして、葵翔は日葵が言葉を発する前に、言い分を口に出す。


「でも…母さんはこれまでずっと、人を簡単に信用するな、って僕に言ってたじゃん。」


そう言うと、日葵は唖然とした顔つきになった。そしてあんぐり口を開けてから喋り出す。


「…ええ、確かに言ってきたわ。その考えは今も変わらない。けれど、この人なら大丈夫、って思った人には心を開いたらいいのよ。私、ずっと誤解させてたのかしら。本当にごめんね。」

「それが一番難しいよ。母さんは婚約者っていう、最も信頼してた人に裏切られたって言うんだから、もう誰も信じられないじゃないか。それに、母さんは心を開かずに友達になれるかもしれないけど、僕はただでさえ口下手だから、口先だけで話しててもみんなすぐ飽きてどっかに行っちゃう。結局一人になるんだよ。」


日葵は葵翔がずっと意味を勘違いしていたのか、と蒼白になって謝るが、別に勘違いをしていたわけではない。葵翔には心を開かずに友達になる、という行為ができないのだ。葵翔は思わず吐き出すようにそう言ってしまい、言い終わってからハッとした。慌てて日葵の顔を見ると、彼女は泣き出しそうな位に、悲しそうな顔で葵翔をじっと見つめていた。


「そうだったの…。母さんのせいでごめんなさい、でも…どうしてこれまで、友達はいるって嘘をついてきたの?」

「ただでさえ病気なのに、母さんを心配させたくなかった。それに、これは僕自身の問題だから。僕が口下手なのが悪いんだ。母さんのせいじゃない。それに、別に僕は友達がいなくても平気だよ。これまでずっとそうだったんだから。一人の方が気楽だし。人に合わせる必要もないしね。」


葵翔がそう述べると、日葵は複雑な顔つきになった。息子にずっと話してきた忠告が、こんな形で効果を表すとは思ってもみなかったのだろう。葵翔はずっと日葵を心配させまいと、仲の良い友達がいると嘘をついてきた。しかし、葵翔はできるだけ愛する日葵に嘘をつきたくなかったので、友人関係について聞かれなければ話すことはなかった。だから嘘を重ねた回数はそれほど多くないはずだ。


一人で平気、と言った点に関してはそれほど嘘をついているわけでもない。複数人で行動を共にしていると、一人に合わせてむしろ足を引っ張られる場合もあるし、人と話したくない気分の時や興味のない話題でも相手に合わせて会話をしなければならない。そういう面倒がないのは楽だった。


「そう…。でもそれは、葵翔のせいだけじゃないわよ。母さんの言葉があったからこそ、友達ができなかったんだわ。ごめんね…。それから、母さんを想ってくれたのは嬉しいけれど、これからはちゃんと話してね。一人で抱え込んで葵翔が傷ついたら、悔やんでも悔やみきれないわ。」


日葵は嘘をついてきた葵翔を責めることなく、ただひたすらに息子を想う優しい言葉を投げた。葵翔は日葵を傷つけてしまった悲しさで胸を一杯にしながら、こくっと首肯する。


「あと、先生からもう一つ聞いたんだけど、一ヶ月前から隣の席になった女の子が、最近話しかけてくれるんですってね。」

「ああ、うん…。七瀬華さん。でも…どうせ、僕のことなんかすぐに飽きるよ。七瀬さんはクラスの人気者なんだ。クラスメイト全員と友達になろうとしてるから、僕のこともこんなに構ってくれているんだよ。僕自身にはきっと、そんなに興味ないよ。」


先ほど教室から葵翔を見送ってくれた、華の屈託ない笑顔が頭の中でフラッシュバックする。彼女は葵翔にこんなにも親切にしてくれているというのに、自分で母親に伝えた酷い物言いに、胸がちくりと痛んだ。


「本当に? 葵翔がそう思い込んでるだけなんじゃないの?」


すると、日葵が思いもよらない発言をした。葵翔は顔を上げる。


「葵翔は心を開くどころか、心に鍵をかけてる。それじゃあ、誰だって葵翔と仲良くしてはくれないわ。確かに私は人を簡単に信用しちゃいけない、って教えてきた。だけど、自分の心に鍵をかけるんじゃない。だってこっちが心を開かなかったら、向こうが心を開いてくれることはないんだもの。信用する・しないは、相手のことをより知ってからじゃないと判断できないわ。」


日葵の言葉に、葵翔は意表を突かれた。葵翔が一言も発せずに母親を見つめていると、


「やっぱり私の忠告のせいで、葵翔の友人関係を阻害してしまっていたようね。本当に申し訳ないわ。」


と、日葵は深々とお辞儀をした。葵翔は日葵に責任を感じさせてしまったことに慌て、別に怒ってないし謝る必要もない、と述べようとした。しかし、続いた日葵の言葉でそれが遮られた。


「…ねぇ葵翔、さっきは一人が気楽、って言ってたけど、本当はどう思ってるの? …ううん、葵翔のことだから、気楽っていうのは本当に思ってることなのかしらね。でも…一人で寂しくなることはない? もしも葵翔が心のどこかで友達を欲していて、その気持ちが一人でいることよりも強いなら、心の鍵を開けて話してみる事が重要なんじゃないかと思うわ。中学、高校で作った友達って、この先の人生でも結構長く続くものよ。一人もいないっていうのは、私なら少し寂しいかな。」


日葵は世間一般の人がそうであるように、無理に友達作りを葵翔に勧めることなく、自分の考えを述べた上で、あくまで葵翔の気持ちを優先して考えてくれる。そういうところが、葵翔は大好きだった。葵翔は日葵にそう言われ、改めて友達について考えてみる。


すると、頭の中で〝煙硝〟の燈華の顔が思い浮かんだ。肉親である母親を除いて、燈華は葵翔が心を許せるただ一人の相手だった。恋愛どうこうを抜きにしても、確かに学校でも燈華のような相手がいたら、学校生活が楽しくなるかもしれない。


別に葵翔は、休み時間には読書をする、という生活も悪くないと思って生きてきた。なぜなら、本はここではない別の世界へ行けるからだ。パラリとページを開くだけで、日常から異世界へと一瞬で行くことができる。ここでいう異世界とは、魔法が使えるような世界線という意味ではなく、本の中に広がる世界という意味である。


(でも…よく考えるとそれって、日常に満足していないから、本の世界に浸りたいってことなんだろうな。)


葵翔はこの時、改めて自分の趣味の薄暗さに気がついた。別に読書家を否定しているわけではない。葵翔が読書をする理由が、どんよりとした分厚い雲のように仄暗いものだと気がついただけだ。


そういう観点から考えても、やはり葵翔は心のどこかで日常に不満を抱いていて、それこそが不足した友情だったのかもしれない。


「うん…燈華みたいな相手がいたら素敵だなって思うよ。」


口に出してみると、なんだか本当に学校で友達が欲しいような気がしてきた。口に出したものは力を持つ、言霊になる、なんてよく言われるが、それは誠かもしれない。


「でも…これまで友達ができなかったのに、急に友達を作れるようにはなれないよ。心を開いて話してみるって、よくわからない。」


葵翔は少し胸を躍らせていたが、すぐにその気持ちはふっと薄れる。別に、葵翔はそもそも友達が欲しくなかったわけではないのだ。日葵からの忠告の真の意味を理解していなかったから友達作りが難儀になっていたとはいえど、口下手すぎて友達作りに失敗したからこのような状態になっているのに。友達作りに多少前向きなったからといって、そう簡単に対処できる問題ではない。


「自分から話に行かなくてもいいじゃない。せっかく隣の席の女の子が話しかけてくれるんだから。これまではその子にちょっと疑いの気持ちを持っていたでしょう。だから、その気持ちを取り除いて彼女に向き合ってみるの。あ、でも勘違いしないでね。さっきと矛盾したことを言っていてややこしいかもしれないけど、人を疑うことは大切よ。でも、彼女は話し下手の葵翔にずっと話しかけてくれているんでしょう。それだけでまずは信頼できるじゃない。とりあえず信じてみないと人間関係は進まないからね。」


日葵はしっかり自分が経験してきた人生の教訓を挟みながら、華に心を開いて話してみろ、と葵翔にそう言う。友人関係を結ぶことを苦手としてきた葵翔からすればよくわからない話だったが、日葵がそう言うのならばそうなんだろう。葵翔はうん、と首肯した。


(七瀬さんに心を開く…。よくわからないけど、でも…なんでだろう。なんだかワクワクする。)


葵翔は少し新しい気持ちで向かう、明日からの学校生活に胸を躍らせた。

最後まで読んでいただいてありがとうございます!! 葵翔が友人関係に前向きになる回でした。葵翔と華の関係性はいかに…? 今後も読んでいただけると嬉しいです!! リアクションもとても嬉しいです。いつもありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
葵翔の家族関係が見えてきましたね 具現化症候群不可思議な単語がいろいろと 母親の言葉で華との仲も進みそうです 葵翔も真面目そうですから、なんだかギクシャクしそうです笑笑
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