6定まった気持ちの矛先
「そ、蒼太…。ご、ご機嫌よう…。」
燈華に突然声をかけてきたその人物とは、無論、〝聖剣〟の蒼太である。
(蒼太が葵翔くんだって知る前はわからなかったけど、確かに声が同じだ…。)
葵翔の声は高くて可愛らしいと思っていたが、それは見た目フィルターがかかっていたようだ。尻窄まりになるしハキハキ喋らないので気がつかなかったが、はっきり力強く喋るとなかなかの高音イケボだった。これまで声変わりした後の蒼太の声は散々聞いてきたが、彼の声を格好良いと感じたのは今が初めてである。
「何してるかって…? え、えっと、この〝負〟の怪物たち、倒しても倒しても湧いてきてキリがないの。だからお兄ちゃんが、どこかに本体がいるんじゃないかって予想したから、四人で探してるのよ。」
燈華の口からは、自分でも驚くほどの早口言葉が飛び出した。蒼太はいつもと様子のおかしい燈華に対し、怪訝そうな顔つきになる。
(だ、だって、仕方ないじゃん…!)
燈華は彼の声が聞こえた途端、胸が高鳴って仕方がなかった。今でも胸が苦しい。燈華はドレスの上からギュッと心臓の上を抑える。まともに蒼太の顔が見えない。それにしてもおかしいのだ。燈華が好きなのは葵翔のはず。いや、葵翔と蒼太が同一人物であることは燈華の意思関係なくそうであるのだから、受け入れる他ない。だから葵翔=蒼太であることは理解している。それでも、性格も関係性も燈華と過ごしてきた年月も、何もかもが違うように見える二人に対し、燈華はどうしたって葵翔に覚える感情を蒼太に抱けないと思っていた。だから悩んでいた。そしてそれは今も同じだ。
「燈華、どうしたんだ? 体調でも悪い?」
「い、いいえっ。大丈夫よ…。それより、蒼太も協力してくれる?」
蒼太に心配されて顔を覗き込まれ、燈華はたまらずに後ずさった。
(なんで…私、手を掴まれて緊張しちゃったのは、まだ戸惑っていたからで、それ以外ではないはずなのに…。これじゃあまるで、蒼太のことも好きみたいじゃない…。)
燈華が顔を両手で覆って自分でもわからない感情に悶えていると、
「燈華っ! 危ない!」
と、蒼太の叫び声が耳に届いた。我に返ると、燈華の背後から〝負〟の怪物が襲いかかってくるところだった。蒼太はぼうっとしていた燈華の両手を掴み、自身の方へ近づける。
「あ、ありがとう…。」
まさか自分が戦場で気を抜くなんて。危うく襲い掛かられるところだった。燈華はこれまでに起こしたことのない失態に呆然とし、自分自身にショックを受けた。
「燈華、本当にどうしたんだよ。やっぱり体調悪いんじゃないか。」
頭の上から蒼太の心配するような声が降ってきて、燈華は顔を上げた。葵翔の時は自分とほぼ背丈が同じであるはずなのに、蒼太に変身すると頭一つ分大きい。そしてぱっちりと目があって、互いに気づく。蒼太が燈華の両手をまだ握りしめていたことに。
燈華はそれを認識すると、途端に心臓がバクバクと鳴り始め、慌てて手を離した。明らかに顔が熱っているので、きっと顔中が真っ赤だろう。心臓もうるさくて仕方がない。こんな様子を蒼太に見られるのは絶対に嫌だ。燈華は自分の顔を両手で隠しながら、横目でちらりと彼の様子を伺う。その直後、燈華は言葉を失った。
なぜなら、照れくさそうに頰を掻く蒼太の顔がりんごのように赤く染まっていたからだ。
それは鏡に写った自分の姿を見ているようだった。燈華は赤面したまま、あんぐりと口を開き、誤って顔に当てていた両手を離してしまう。しかし時既に遅し。紅潮した燈華の顔を目にして、蒼太が瞠目した。
(ど、ど、どういうこと…? この間、華の姿で蒼太が私の手を握った時は、あんな反応してなかったよね…? ってことは、もしかして蒼太の想い人って…?)
私?と内心で続けそうになって、何を舞い上がってるんだと自分で自分を制した。そんな簡単に決めつけられないというのに。蒼太とは長年の付き合いだとはいえ、燈華は彼の何も知らない。それに好きな人がどうこうではなく、華の姿よりも燈華の姿の方が何倍も美人なのだから、誤って手を握ってしまった場合、照れるのは明らかに後者だろう。
(蒼太、いや、葵翔くんって、意外にも面食いだったりするのかな? そういえばこの間も、ファンから恋人繋ぎして、って言われた時、蒼太、明らかに顔赤くなったよね。あれって…もしかして、私が好きだったりする…から? それとも…やっぱり美人の方が良いから?)
頭の中をぐるぐると、そんな浮かれた思考が巡りめぐる。
その時、ふと目をやると、燈華と蒼太との間に〝負〟の怪物が割り込んでいた。その怪物は他のように幼稚園児くらいの背丈ではなく、向こう側にいる蒼太の顔が隠れるくらいの背丈だった。
燈華は数秒の思考停止の後にハッとし、慌てて拳銃を構えたのだが、向こう側に蒼太がいることを思い出して撃つのをやめた。そして、
「蒼太! 私が拳銃撃ったらあなたにも当たるかもしれないから、ここは蒼太にお願いする! 私下がるから、剣で倒してちょうだい!」
と叫んで、後ろに弾みをつけて大きくジャンプをして下がった。
「了解!」
蒼太は頷くと、光に反射して銀色に輝く剣を、〝負〟の怪物の心臓に向けて振り翳した。その直後、耳をつんざくような唸り声をあげて、〝負〟の怪物がシュワシュワと溶けるように姿を消した。途端に、周囲にうじゃうじゃと蔓延っていた幼稚園生サイズの〝負〟の怪物が同様にシュワシュワと消え出した。
燈華は本体を倒した蒼太の元に駆け寄り、二人でハイタッチをした。
(今ハイタッチしたのも、葵翔くんなんだよね…。なんか不思議な感覚…。)
チグハグな感情を噛み締めながら、お疲れ様の意味を込め、蒼太に満面の笑顔を向ける。
「蒼太ナイス!」
「お前らさっきのビックサイズ探してたんだろ? なのに突然ひょいと現れたな…。タイミングいいんだか悪いんだか…。あ。」
燈華と蒼太はいつものように笑顔を交わし合っていたが、蒼太が先ほど両者とも赤面してしまうという気まずい状況を思い返してしまい、二人は再び見つめ合った。またもや二人して紅潮し、いたたまれない空気に包まれるかと思ったら、
「燈華! 本体見つけられたんだね! 下の階にいた魔法少女の二人も喜んで帰って行ったよ。…って、あれ、蒼太くんじゃないか。」
と、その空気を打ち破るように、実にベストなタイミングで朝陽がやってきた。しかし彼は燈華が蒼太と二人きりという状況にあったことを確認し、少々やってしまった、というような顔つきになる。燈華としては、ナイス!としか言いようがないのだが。
「は、初めまして。〝聖剣〟の蒼太です。えっと、いつも燈華さんとは仲良くさせてもらっています。」
蒼太から簡単な紹介を受けた朝陽は、〝煙硝〟の朝陽として話すか、燈華の兄として話すかどうかという数秒の逡巡の末、
「お初にお目にかかります。僕は燈華の兄の朝陽です。いつも妹と仲良くしてもらってありがとうね。」
と、慇懃丁寧に挨拶し、燈華の兄として全く色気を漂わせず、朗らかに微笑んだ。
「あれ、朝陽さんって言ったら、めっちゃ色っぽくて女性に人気があるって聞いてたけど…結構普通の、丁寧な人なんだな。」
すると、蒼太は耳にしていた風の便りと異なる朝陽の様子を見て瞠目していた。
「いや、普段の〝煙硝〟の朝陽はもっと色気があるわ。今のは私の兄としての態度。」
燈華が訂正すると、蒼太は妹の友達として特別扱いされたと思ったのか、嬉しそうに頰を緩ませた。その後、朝陽に〝負〟の怪物の本体はどこにいたのかと尋ねられ、のこのこと普通に歩いて現れたと伝えた。また、怪物を倒したのは蒼太だということも。
「そうなんだね。ありがとう、蒼太くん。それじゃあ、燈華、そろそろ帰るか。」
「ええ。蒼太、また会いましょうね!」
そして、朝陽と燈華は蒼太に手を振って先にショッピングモールを出て行った。蒼太に正体を知られるわけにはいかないし、蒼太もまた燈華に正体を知られたくないだろう。
「華、蒼太くんのことどう思ってる?」
あとは帰るだけなので、のんびりと空中散歩を楽しみながら帰っていた時、玲は突然ぽつりとこぼすようにそう尋ねた。華は兄の質問を受けて、じっくりと考えてみる。葵翔のようにはっきりと好きだ、とは言い切れない。けれど蒼太と会うと、二人が同一人物であると受け入れたからか、蒼太=葵翔とワンクッション挟んで考えなくとも、自然と胸が高鳴ったし、顔が真っ赤に染まった。これはもう〝恋〟としか言いようがないのではないか。
「うん…やっぱり、好きかな。お兄ちゃんの言う通りだよ。蒼太に会ったら分かった。」
「そっか、よかった。今はまだはっきりとは分からないかもしれないけど、段々と頭が気持ちに追いついてくると思うよ。」
玲はそう言って、いつものように華を安心させる朗らかな笑顔を向けてくれる。
「あとね、お兄ちゃん。今日戦ってて私がヘマした時に、蒼太に手を握られたの。それで私、真っ赤になったから自分の気持ちがわかってきたんだけどね。その時にさ、私の手を握った蒼太までもが真っ赤になってたんだ。これってどういうことだと思う? 前に蒼太が華の姿の私の手を握った時があったんだけど、その時は平然としてたんだよね…。やっぱり、燈華の姿の方が美人だからかなぁ。」
「どうだろう…。でも蒼太くんが面食いかどうかなんて、長年一緒に戦ってる華の方がよく知ってるでしょ。五年前からの親友はどう思うの?」
華がもう一つ気がかりなことについて玲に意見を求めると、玲は逆に華に質問をした。
「それもそっか…。うーん、正直、あんまり美人好きっていう印象はないなぁ。魔法少女ってみんな美人だけど、顔真っ赤にしてるとこなんて、この間私と手を繋いだ時に初めて見たよ。」
「そうか…。でもなぁ、蒼太くんにとって燈華は昔からの親友だから、恥ずかしかったっていう可能性もあるんだよな…。こればかりは本人に聞かないと分からないよ。」
「そうだよね…。」
いつも的確なアドバイスをくれる玲でさえも、流石に今回の相談は無理難題すぎた。それから二人は話題を切り替えて、家に到着するまで他愛もない話を続けていた。しかし華の頭の片隅には、やはり蒼太の赤面の光景が残っている。
そして玲と詮無い会話を続けながらも、頭の三分の一ほどで蒼太の想い人を探る方法はないかと頭を捻っていた華は、帰宅して玄関の扉を開けた時、電球が光ったようにパッとある考えを思いついた。
「お兄ちゃん! 私わかったよ! 蒼太が面食いかどうか調べるために、明日、燈華みたいな黒髪美人に変身して葵翔くんの前に行ってみる! それで手を触れさせて照れたら、蒼太はただの面食いってことになる。けど、もしも照れなかったら、蒼太の好きな人は私かもしれない! よし、これでいこう!」
そうなれば、明日までに燈華ではない黒髪美少女について詳細に考えなければならない。〝具現化〟能力は一日二日のイメージ作りでは、その後ずっと維持することはできないのだが、黒髪美少女は明日活躍したらその後出る幕がないので、さほど難しくはない。華が新しいおもちゃを見つけたようにわくわくし始めると、玲は少し苦笑いを含めたような微笑みを浮かべ、
「うまくいくといいね。」
と、言ってくれた。
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