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5〝煙硝〟の朝陽

それから一週間後、玲の助言を受けてから、待ちに待っていた蒼太と会う機会がやってきた。


現在の時刻十七時。華が下校して自室でおやつにアイスを食べていると、ピロンとスマホから通知音が鳴った。華は机の上に投げ出されていたスマホを手に取り、通知を確認する。


(隣の市で〝負〟の怪物が現れたって? レベル5か…結構強いな…。でも私の実力はトップレベルなんだから、私がビビって行かなかったら誰も行かないよなー。それに蒼太とも会えるかもしれないし、これは行くっきゃないなー。)


液晶画面には、〝負〟の怪物が隣の市で出現したという内容が書かれていた。それは〝負〟の怪物の出現を察知し、出現場所を示してくれるサイトだった。


実は〝負〟の怪物と魔法少女・少年の所有する〝具現化〟能力は、それを行使すると、特有の物質が放出されるのだが、全国にそれを察知する機械が散りばめられているのだ。名付けて〝具現化〟能力探知機。ただ反応を察知するだけでなく、その強さも読み取ることができる。そのため、10段階ある〝負〟の怪物の強さや、どの魔法少女・少年が退治にやってきたのかもわかる。


この〝具現化〟能力探知機やサイトを作り出したのは、関東地域を担当している、今現在も魔法少女・少年として活躍している〝神弓〟という家系の人々。彼らは国民的でありながらも、他の国民的魔法少女・少年とは一線を画していた。なんせ、KAMIYUMIグループとして魔法少女・少年をまとめ上げ、今の退治のシステムを生み出したのだから。日本に住んでいて、この会社の名前を聞いたことがない人はいないだろう。


魔法少女・少年の過去について触れておくと、今は昔、魔法少女・少年は人々から恐れられていた、けれども人々の生活に欠かせない存在だった。そこで恐れられていることを利用して、魔法少女・少年らは〝負〟の怪物を退治する代わりに、巨額の退治費を要求していた。それを見兼ねた〝神弓〟の家系の人々は、全国の誰もがいつでも安心して魔法少女・少年に助けを求められる仕組みを作ることを考えた。それが始まりだった。〝神弓〟の人々はまず、〝具現化〟能力探知機を作り、それを全国に配置した。そしてサイトを作り、現れた〝負〟の怪物の出現場所がすぐに見てわかるようにした。その後、活躍するすべての魔法少女・少年を記録し、日本の七区分の地域ごとに分けて、そのサイトに魔法少女・少年一覧を載せたのだ。


人々が困り果てていた巨額の退治費だが、これは〝神弓〟の人々が負担した。また同時に、〝負〟の怪物を退治しに行った魔法少女・少年にも。このままだと〝神弓〟は大赤字だが、彼らは考えた。魔法少女・少年らにグッズを売り出す許可をもらい、それを売り出したことでKAMIYUMIグループは反対に利益を莫大な利益を得たのだ。今では誰でも一度は耳にしたことはあるであろう大企業だ。


魔法少女・少年は人気になればなるほど給料が上がると説明したが、これはこの仕組みに関係している。そう、人気になればなるほどグッズが売れるため、魔法少女・少年が所属しているKAMIYUMIグループからより多くのお金が受け取れるのだ。もし人気でなくても、人々の平和の為に日々戦っている魔法少女・少年はみな、国から特別に給料が配布される。


ここまで基本的な魔法少女・少年の仕組みについて説明したところで、ようやく以前に書いた〝煙硝〟の家系はお金を半額以上受け取らない、という説明ができる。


そう、〝煙硝〟の家系は国からの給料しか受け取っていないのだ。KAMIYUMIから受け取るお金はグッズの利益に関係しているので、正義の報酬とは言い難い。そこで、正義感の強かった先祖は、KAMIYUMIからのお金を受け取らないことに決めた。〝煙硝〟の家系は代々その風習を受け継いでおり、同様に皆正義感が強く育った。


話を戻そう。


華が〝負〟の怪物を退治に行くために自室を出ると、ちょうど二階へ上がってきていた玲と出くわした。華と玲の部屋は二階にあるのだ。


「あれ、華、どっかに行くの?」

「うん。ちょっと隣の市まで、〝負〟の怪物退治に。レベル5だから、ちょっと本気出して頑張ってくるー。」


華が玲の質問にそう答えると、玲は目を丸くした。


「レベル5? 結構強いね。それでも華なら余裕だろうけど、念の為僕も行こうか?」


普段華の絶対的な実力を信じ切っている故、あまり妹の身を案じない玲だが、あまり耳にしない大きな数字を言われ、華を心配してそんな事を言ってくれる。華はちょうど玲と〝負〟の怪物退治に行きたいと思っていたので、目を輝かせて首を大きく縦に振った。


「久々にお兄ちゃんと一緒に行けるなんて嬉しい! うん、一緒に行こう!」

「了解。でも隣の市だったら、蒼太くんとも会えるかもしれないよね。それなら僕はお邪魔虫じゃない?」

「そんな事ないよ! 退治も恋愛も、お兄ちゃんがいれば百人力なんだから!」


妹の恋路を邪魔してしまうのではないかという兄の気遣いに、華はぶんぶんと首を横に振る。しかし玲に絶対的な信頼を置いている華が、せっかく兄と共に退治に行けるチャンスを逃すわけがなかった。玲は華の爛々と輝く瞳を見て、妹からの強い愛情を感じ、くすぐったそうに微笑んだ。


「それじゃあ、行こうか。」


そして各々最低限の準備としてポケットにスマホを忍ばせ、両親に事情を話して家を出た。


玄関の扉を閉めると、華と玲は木々の影に隠れて周囲に人がいないことを注意深く確認してから、〝煙硝〟の燈華、そして〝煙硝〟の朝陽に変身した。燈華へ姿を変えた華は、茶色がかかったセミロングの髪は縁なすロングの黒髪になり、ぱっちりとした大きな瞳は切れ長の凛とした瞳へと変化した。その顔立ちも、活発で溌剌とした印象を受ける華とは打って変わり、大和撫子で冷静且つ大人しそうな印象を受ける燈華へと変わる。


幼児アニメの代表例として知られるプリキュアは変身しても髪色や瞳の色が変化するのみで顔立ちは変わらないが、魔法少女・少年の場合はもはや元の面影すらない。


そして〝煙硝〟の朝陽は妹の変身後の姿と似ており、いや、〝煙硝〟の家系は先代に容姿を合わせるので、言うならば燈華が朝陽と似ていると描写するのが正しい。そんな朝陽は華同様、二人の母親から受け継いだ茶色がかった髪が黒髪へと変化する。同時に髪が伸び、身体の前に持ってこられて結われている。柔和な印象を抱かせる双眸は変身前とさほど変化がなかったが、どことなく色っぽい雰囲気を漂わせている。見る人を安心させる穏やかな表情も変わらないが、やはりドキッとさせるような色気を含んでいる。蒼太はヒーロースーツを着用していたが、朝陽は中世の王子様のような服装を身につけていた。これは派手にアレンジされた軍服の名残だそう。燈華のドレス同様に、炎の印象を与える色合いをしていた。


兄妹揃って絶世の美形へと変化した二人は、顔を見合わせて頷き合うと、力強く地面を蹴って空へと飛び上がった。そのまま空中から街を見下ろしながら、目的地へスピードを出して飛んでゆく。


燈華は蒼太に会えるかもしれないという下心はもちろん抱いていたが、あくまで魔法少女は人を助けるために在るのだから、そこを履き違えてはいけない。〝煙硝〟の家系に生まれた燈華と朝陽は、常日頃からその正義感をより強く覚えている。


そうして一分ほどで隣の市にある目的地、大型ショッピングモールへ辿り着いた。サイトにはショッピングモールの中に〝負〟の怪物はいると書かれていたので、燈華と朝陽は駐車場になっている屋上へ降り、中へと急ぐ。


すると中へ入った途端、幼稚園児と同じくらいの背丈の、黒いどろどろした容姿を持つ〝負〟の怪物が見渡す限りうじゃうじゃ蔓延っていた。レベル5までくると意思を持って攻撃性してくる怪物も出てくるが、今回の場合はひたすらに量が多くて退治が厄介なパターンだろう。二人はすぐさま拳銃を作り出し、行く手に現れる怪物を射殺しながら進んだ。吹き抜けになっている真ん中を覗くと、すでに二名の魔法少女が到着しており、皆が協力して退治をしていた。それでもとにかく量が多い。だが幸いにも一般人の避難は済んでいるのか、人の姿は見えない。


(ショッピングモールって色んな人が行き交うし、負の感情が蓄積する回数も多いんだろうな…。)


燈華はそんなことを考えながら、玲と背中合わせにして最上階である五階にいた〝負〟の怪物を全て倒し終えた。かと思いきや、どこから現れるのか、再び〝負〟の怪物でいっぱいになってしまう。これではキリがない。


「ねぇ燈華。さっきから思ってたんだけどさ、もしかしたらどこかに本体がいるかもしれない。こんなにどんどん出てくるのはおかしいと思う。本体を探してそれを倒せば、こいつらも全部消えるんじゃないかな。」


流石は経験値の高い朝陽だ。朝陽がそう感ずるならばきっとそうなのだろう。燈華はただひたすらに現れる小さな〝負〟の怪物を倒そうとしていた。


「流石お兄ちゃん! 確かに! でも、その本体はどこにいるのかな?」

「本体がいるって決まったわけじゃないけどね。でもいるとすれば、きっとすぐに倒されないような場所。これまでの経験上、レベル5くらいなら、本体は他のものと大きさもしくは形が違うと思うんだ。もう少しレベルが上がってくると、巧妙な手口に気づいて全く同じ形に変えてきたりするんだけど…。で、これは手分けして探した方が得策かな。集まってる魔法少女たちにも声をかけよう。」


朝陽はそう言うと吹き抜けから飛び降り、まず三階にいた魔法少女の元へ向かった。彼女は忍者のような格好をしており、手裏剣を武器にしてたかってくる〝負〟の怪物と戦っていた。朝陽が四階と三階の間まで落下してきた時、彼女は正面から向かってくる三体の〝負〟の怪物に気を取られ、背後から近づいてきた〝負〟の怪物に気づいていなかった。直後、〝負〟の怪物が真っ黒な口を開き、頭を齧られそうになるくのいち(以下、くのいちと呼ぶ)。朝陽は空中から拳銃を取り出し、狙いを定めて〝負〟の怪物に向かって撃った。見事命中し、また、背後で銃声がしたことに驚いたくのいちが後ろを振り向く。吹き飛んだ〝負〟の怪物と拳銃を構えている朝陽を見て、彼女は状況を理解したようだ。


「あ、ありがとうございます!」


朝陽が三階の手すりに足を乗せると、彼女はペコペコと何度も頭を下げた。そして顔を上げた時、ようやく朝陽の顔をまじまじと見た彼女は、


「えっ、え、ええ…⁉︎ も、もしかして、〝煙硝〟の朝陽様…⁉︎」


と、声にならない声をあげて思わず後ずさった。ちなみに話している間にも〝負〟の怪物が足音を忍ばせて接近してくるので、その度に朝陽が対処していた。


「お初にお目にかかります。僕のことご存知なんですか? 嬉しいな。」


穏やかで落ち着いたトーンの朝陽の低い声は、くのいちに大人の魅力を感じさせた。朝陽が自分を〝負〟の怪物から守ってくれるという、絶対的な安心感から覚える頼もしさに、その余裕。そして心が落ち着く、知性を感じる丁寧な話し方や柔らかい物腰。その言葉を紡ぐぷっくりとした唇は艶やかで、どこか色っぽい魅力を感じてしまう。くのいちはもう既に、朝陽本来の力で作り出される魔力にいざなわれていた。これは〝具現化〟能力でもなんでもない。朝陽が生まれながらにして持っている、天性の色気である。


「もっ、もちろん…! 朝陽様は有名人じゃないですか…!」


頬を赤らめた彼女が興奮した顔つきで両手を握りしめていると、朝陽はそんな彼女の顔に、スッと自身の顔を近づけた。するとくのいちの鼻に、ふわっと爽快感のある香りが届く。普通ならこんなことをされたらキモいだの変態だの思うだろうが、朝陽の魔法にかかった女性たちはより一層朝陽への魅力を覚えてしまう。朝陽は驚きで声も出なくなった彼女の顎にそっと優しく手を添えて、


「ありがとうございます。それにしても…あなたは魅力的ですね。まるで、夜の帳が降りかけた夕焼け空の中に煌めく、たった一つの星のようだ。」


と、掠れているせいでどこか色っぽく囁いた。途端に彼女の顔は茹蛸のように真っ赤になる。原因は顔の接近だけでなく、ミステリアスでつかみどころがない表現もまた、彼女の胸にグサリと刺さった。朝陽がそっと添えていた手を離すと、彼女はぽーっと宙を眺めたのちに、どこか残念そうな、物足りなそうな顔つきになる。


「そんなあなたにお願いがあるのです。」


そんな彼女に向けて、朝陽が切実そうな声色でそう告げると、くのいちはすぐさま耳を傾けた。そしてこの建物内にいる〝負〟の怪物には本体があるかもしれないという推測を伝え、手分けしてそれを探そうとしていることを話す。


「え、朝陽様だけでなく、燈華様もいらっしゃるんですか? うわぁ…私、すごいところに遭遇した…。あとでサインもらお…。手分けして探すこと、心得ました! 私はこの三階を探します! 必ずや見つけて見せます!」


このモール内に〝煙硝〟兄妹が揃っている事実を知ったくのいちはあんぐりと口を開け、その後、盛大に作戦に同意してくれた。朝陽に絆された彼女は頼もしい後ろ姿を見せて、本体が隠れていそうな物陰などへ駆けて行った。


その後、朝陽は同様にして二階にいた魔法少女を魅了してから要件を伝え、二階の捜索を任せた。燈華の元から離れて十分ほど経ち、ようやく朝陽が帰ってくる。


「お兄ちゃん、また女の人口説いてきたの?」


燈華はケラケラと笑って兄を揶揄いつつ、最上階での本体の捜索を続ける。今の所、本体が隠れている気配はない。


「口説いたんじゃない。キャラの再認識をさせてきただけ。」

「一緒だ。」

「断じて違う。」


燈華とそんなふざけた会話を続けながら、二人で最上階を探し回る。しかし最上階には隠れるほどの物という物がないので、そろそろ四階の捜索へ向かうべきだろう。


「てかさ、いつも思うけど、お兄ちゃんの色気は生来のものなんだから、日常から本気出したらいいのに。妹の贔屓目も入ってるかもしれないけど、お兄ちゃんは元の姿もイケメンなんだしさ。同じように女の人をメロメロにできると思うけど。そうしたら市内の女の人全員口説けるよ。」

「無理だよ。あれは魔法少年というフィルターがかかっているから格好良く見えるのであって、普通の成人男性がやったらただの変態だ。そもそも、僕も元の姿であれをやれって言われたら恥ずか死ぬ。なんで八年前の僕は、あんな馬鹿げたキャラを演じちゃったんだろう…。」


燈華が揶揄いを続けると、朝陽は珍しく赤面して早口でそう返してきた。確かに魔法少年という仮面を被っていないと、女性たちを口説くのは難しいか。加えてなるほど、恥ずかしいという認識はあったらしい。


「お兄ちゃんに会った女性は、一目見ただけでハートを撃ち抜かれるって言われてるもんね。」

「ほんと誰なんだよ、そんなふざけた噂流したやつ…。噂されたからには裏切れなくて毎回苦労してんじゃん…。」


燈華がくくくと笑って噂の内容を口にすると、朝陽は顔を両手で覆った。そうは言っても、朝陽だって本当にやりたくなければやめているはずだ。確かに毎度毎度女性を口説きに、いや、キャラ認識させに行くのは面倒くさいだろうが、きっと心のどこかでそれを楽しんでいるのだろう。


そんな馬鹿げた会話の応酬をしているうちに最上階の捜索を終えたので、今度こそ三階と四階は分かれて捜索することにした。燈華は四階、朝陽は三階だ。


燈華が撃っても撃っても次々と現れる〝負〟の怪物を撃ちまくりながら、サイズの大きい怪物を探した。専門店の中や、普段は店員しか入れない場所も隅々まで探したが、一向に見つかる気配がない。そもそも広すぎて全て捜索し終える自信がない。その上、先ほど見た場所に移動でもされたらどうしようもない。


「よう、燈華。何やってんだ?」


するとその時、背後から聞き慣れた男性の声がして、燈華はビクッと体を震わせた。その声の主は言うまでもない。

最後まで読んでいただいてありがとう御座います!

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お兄さんいいキャラしてますね〜私では書けないわ いや、逆に真似したくなるかもしれないぐらい濃いキャラで良かったです とりあえず爆笑してました さて、正体を知ってしまってからの蒼太と初対面はこれから気に…
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