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4この気持ちの矛先は

葵翔に言い訳をして別れの挨拶をした後、華はその場から逃げるように教室を飛び出した。いつもならば親しい友人らと共に帰路に着くのだが、今の華には人の相手をする余裕などなかった。生徒らはみな、午後の授業を受けずに帰ることができる嬉しさと、学校に〝負〟の怪物が出現したことによる不安がないまぜになって、良くも悪くも浮き足立っている。華は自分の友人らもまた、そのイレギュラーに気を取られていることを利用して、ひと足さきに学校を後にした。午後の授業を受けずに済むことは華としても嬉しいが、残念ながら今の華はそんな浮かれた気分に身を任せることはできない。


(だって、葵翔くんが蒼太だったんだもん…!)


華は早足で歩を進めながら、心の中でそう叫ぶ。葵翔に想い人がいたことはもちろん華に多大なるショックを与えた。だが、蒼太は葵翔と知り合うよりもずっと前から、気の置けない親友であり、華の心の拠り所だったのだ。そんな蒼太が、自分の心を乱す想い人そのものだったなんて。蒼太があまりにも身近な存在であり過ぎたために、華は親に恋心を知られた羞恥心のようなものを感じていた。この目で確かに見たけれども、どうしても蒼太と葵翔が同一人物だとは信じられない。華の頭の中は修正不可能な程にぐちゃぐちゃだった。例えるならば、幼稚園児が真っ白な白紙を何色ものクレヨンで塗りつぶしたような。


「あ〜…無理、どうしても信じらんない…。」

「何が信じられないのかい?」


上の空だった華は、すぐ近くから聞き慣れた男性の声がして、はっと我に返った。声のした方を振り向くと、そこには華の八つ上の兄・玲が立っていた。上の空で歩を進めているうちに、いつの間にか家の前までやってきていたらしく、花壇の水やりをしていた玲が華の言葉に反応したようだ。


「おかえり、華。」


玲は華が自分の方を向いたので、にこりと微笑む。朗らかに出迎えて首を傾けた拍子に、華と同じ茶色がかかった髪がさらりと揺れる。


華は兄のその朗らかな笑顔を見ただけで、少しだけ気持ちが晴れたようだった。歳の離れた兄・玲は華に対してとても優しく、また誠実で、華はそんな兄が大好きだった。この世で一番信頼している人は誰か尋ねられたら、真っ先に玲と答えるだろう。もちろん両親も信頼しているのだが、歳が近い方が何かと相談しやすいこともある。流行りや恋愛の類がそれだ。


玲は昨年大学を卒業し、現在は華と同じく十歳にデビューした、魔法少年・〝煙硝〟の朝陽(えんしょうのあさひ)としての活動を仕事にしている。それ故基本的に家にいて、こうして華の帰りを待っていてくれる。〝煙硝〟の家系に生まれているので当然も言えるが、彼もまた国民的魔法少年である。〝煙硝〟の燈華よりも活動歴が長いので、〝煙硝〟の朝陽の方が知名度があるし、人気も高い。だが、その実力としては、無論一般的に考えて強いものの、〝煙硝〟の燈華の方がより強力に見える。更に〝聖剣〟の蒼太とのセットで人気が上がっている為、兄を容易く越すだろうと思われたが、彼は妹の輝かしい活躍にも埋もれずにその人気を維持し続けている。その所以は、魔法少年〝煙硝〟の朝陽は、女性に大変ウケの良いキャラをしているからだった。燈華のように万人ウケはしないが、一部の層に根強い人気がある。そのキャラクターについては、機会があればまた後程触れよう。


(それに、私に活躍の機会を持たせようとしてくれてるのか、はたまた趣味の園芸に時間を費やしたいのか知らないけど、最近は昔に比べて活動の頻度が減ってるしな…。)


華は心中でそう呟く。幾度か活動の頻度の減少について理由を尋ねたことがあるが、はぐらかされて終わるので結局その真相はわかっていない。頻度が減ったといっても、決して怠けているわけではないのだが。


ここで〝負〟の怪物の出現頻度等について解説しておくと、〝負〟の怪物は北海道、東北、中部、関東、関西、中国・四国、近畿、九州の七区分において月に五百回ほど現れる。そしてそれらの地域にはそれぞれ十つほどの〝具現化〟能力を持つ家系がある。一つの家系には従兄弟など幾つかの家族が含まれていると考え、それらを全て合わせて各々の家系から十人ほど魔法少女・少年として活躍する道を選ぶ。つまり全国に魔法少女・少年は七百人ほどいる計算になるわけだ。〝具現化〟能力を持って生まれても、時に命の危険に陥る魔法少女・少年という恐ろしい職につかない人も大勢いるため、能力を持つ人口を考えるとその三倍ほどにはなるだろう。それでも日本の人口は一億なので、〝具現化〟能力を持つのは日本人口の五十万分の一である。話を戻すと、七区分のうちの一つの地域に魔法少女・少年がおよそ百人いると考えられ、そこで月に五百回怪物が現れるため、単純に考えると一人当たり一ヶ月に五回活躍する機会があることになる。しかし全ての数字において変動する上に必ず一人が月に五回も戦うとは決まっていないため、その数値は大幅に左右する。これはあくまで理屈上の話である。


それを踏まえた上で兄の活動頻度について触れると、玲はかつて、魔法少女・少年の平均活動五回を大きく上回り、一ヶ月に十回ほど活動していた。しかし最近では平均にまで頻度が減少したのだ。減少したといえども平均なので、生活上に何ら問題はないわけだが。


(また今度、一緒に〝負〟の怪物退治に行こう、って誘ってみよっと。)


華はそんなことを考え、次の機会を少し心待ちにしたところで、ふと気づく。


「ただいま、お兄ちゃん。あれ、私、口に出てた?」


華としては、先ほどの『信じられない』発言は自身の胸の中だけで収めていたつもりだったのだが、どうやら心の声が漏れていたらしい。


「うん、出てた。どうかしたの? ていうか、今日帰ってくるの早いね。」

「そうなの。実はね、学校に〝負〟の怪物が出て、早帰りになったんだ。」


玲は妹の早い帰宅に首を傾げたので、華は事情を説明する。その際に、自分が魔法少女であることを外で漏らすわけにはいかないので、二人は家の中へ入り、リビングに腰掛けて話を続けた。


両親は買い物にでも出かけているのか不在だ。ここで説明をしておくと、父も母も〝煙硝〟の家系であり、同い年の従兄弟同士で結婚した。〝具現化〟能力を持つ魔法少女、魔法少年はその力が弱まるのを恐れ、基本的に一般人とは結婚しない。それ以前に、魔法少女、魔法少年という境遇の中で一般人と結婚しようとする人はそもそも少ないのだが。両親はその例に漏れず、従兄弟同士で愛し合って籍を入れ、玲と華が生まれた。


普通の魔法少女・少年ならば、現役時代の貯金がたんまりあるはずなので、五十歳には引退する。しかし〝煙硝〟は正義のために戦っているので、あまりお金を受け取らない。それ故老後の資金はまだ十分に貯まっておらず、引退にはまだ早いので、両親はまだ現役で戦っている。正義と人々のために。


「学校に〝負〟の怪物が? じゃあ今日も華の出番だったのか。流石だね。」


華の魔法少女としての実力を知って信頼し切っている玲は、華はどんな怪物が襲って来ても倒せるという前提で話す。さらに、彼もまた魔法少年として活躍している故、ちょっとやそっとで妹の身を案じたりはしない。ただ、今回は〝負〟の怪物を倒したのは華ではないのだ。


「違うの。実は…クラスメートが〝聖剣〟の蒼太で、彼が倒してくれたの。」


華は絞り出すようにその言葉を紡いだ。華自身、葵翔が蒼太だと受け付けられないのだ。


「え…それ、ほんと?」


すると、玲は華の言葉を受けて溢れんばかりに目を見開いた。華はこくっと首肯する。


「実は、蒼太の正体っていうのが…葵翔くんだったの。」

「それって…華の好きな人、だよね?」


華は少なくなったトッピングクリームを絞り出すように、なんとか蒼太の正体が葵翔であることを玲に告げる。すると、玲はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る華にそう尋ねた。


華は俯きながら首を縦に振る。華は玲には自分の想い人を以前から伝えており、恋愛相談に乗ってもらっていた。異性の兄妹間で恋愛相談をするという状況は稀だと思う。しかし華の愛する兄・玲は茶化さず真剣に耳を傾けてくれるし、的確なアドバイスをくれる。


「私…蒼太と葵翔くんが同一人物だなんて、どうしても信じられないの。私が言えたことじゃないけど、性格だって全然違うし。何より、今年知り合って好きになったと思ってた人が、五年も前から親友してた人だなんて俄かには受け入れられない…。それにね、葵翔くんにはすでに好きな人がいたの。二重に知っちゃってもう頭の中がぐちゃぐちゃ。」


華はそう吐き出すと、ごちゃごちゃしていた頭が少しだけすっきりした。


「そうか…。確かにそれはすぐには受け付けられないよね。でも、華がどう思ってるかは関係なく、それが事実なんだから、受け入れるしかない。」


玲にそう言われて、自分は詮無いことを考えていたのだと知る。確かに華が受け入れられないと思っていたところで、華の気持ちの持ちようでしかないのだ。冷静になって考えてみれば簡単なことだったのに、どうしようもなく悩んでいたことが馬鹿らしくなってきた。心の中の霧がみるみる晴れていく。華はやはり玲に相談して良かったと思った。玲以外の人だったら気持ちは曇ったままだろう。華にとって玲は、華の話を聞いて肯定や助言をしてくれるだけで、心が晴れる特別な人なのだ。


「そっか…。ありがとう、お兄ちゃん。すごいすっきりした。」


華が帰宅して初めて心からの笑顔を向けると、玲はほっとしたように微笑んだ。そして、


「それは良かった。でもさ、多分華も、心の中ではわかっていたはずだよ。華が悩んでいた根本にあるのは、彼への接し方だと思うんだ。」


と付け足され、華は再び心の中に霧がかかってきた。


「接し方…?」

「うん。接し方っていうか、気持ちの矛先? まぁ、葵翔くんに想い人がいたんだから、ここでスパッと諦めるのも手だと思うけどね。でもどうしても諦められなかったら、華の葵翔くんへの想いはそのままでしょ。すると同時に蒼太くんも好きだということになる。華はそこで戸惑ってるんじゃないかって思うんだ。いや、葵翔くんも蒼太くんも同一人物なんだから、片方が好きだったら必然的にもう片方も好きってことなんだけど。でも、華は心の中で葵翔くんと蒼太くんが同一人物であることを否定してるでしょ? だから華は、これからどうやって蒼太くんに接したら良いのかわからないんじゃない?」


玲は冷静に分析し、華が言語化できない華の心中を考えてくれる。自分では何もわからないのに、華はこれまた玲の言葉がすっと胸の中に入ってきた。


「確かに私、蒼太に手を掴まれてドギマギしちゃって、でも私が好きなのは葵翔くんだから、自分でも自分自身がよくわからなかった…。」


華が思い出してそう言うと、玲はなぜだか意表をつかれたように目を丸くした。


「華、蒼太くんに手を掴まれてドギマギしたの? ていうか、蒼太くんの姿で話す機会があったんだ。」

「うん、まぁ…。でも私、やっぱり蒼太は親友であってそれ以外ではないと思うの…。」


華は両手を胸の前に持ってきて自分の考えを述べる。しかし玲は、


「華はそう思いたいんだね。でも、もう答えは出てるよ。次蒼太くんに会ったら、華はきっと自分の本当の気持ちがわかる。」


と、よくわからないことを言い、穏やかな表情をしていた。だが、玲がそう言うのならそれが答えなのだろう。華はこの世で一番信頼している兄の言葉を信じることにした。すると、まだ問題は解決していないのに、胸の中にかかっていた霧はほとんどなくなった。

最後まで読んでいただいてありがとうございます! 今回はぐちゃぐちゃになった華の感情を整理する回でした。華の戸惑いはしっかり表現すべきだと思ったのと、華の家族構成についても書いておこうと思ったので、こういった話を作りました。今回はほとんど心情の整理なので何も進展はしていないけれど、次回はちゃんと物語が動きます。楽しみながら続きも書いていきますので、この先も読んでいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
それはいきなりは恋心を持ってないはずの蒼太がまさかの、好きな葵翔と同じって、それはたしかに戸惑いますよね〜 華の気持ちがハワハワするのはすごく納得です。 しかし、お兄さんの玲はいいお兄ちゃんしてて達…
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