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13旺司の想い

その後、無事にクラスメート全員分の体育祭の種目が決定し、終礼が行われた。クラスメートが散っていき、華も葵翔に手を振って友人らと帰っていった。やがて、ふるいにかけられた砂のように、クラスメートがほとんどいなくなり、残ったのは葵翔と旺司だけになった。その間、葵翔は読書をしていたのだが、旺司の様子を頻繁にチラチラと伺っていたため、あまり集中ができなかった。


最後のクラスメートがいなくなると、旺司は葵翔の元へゆっくりと近づいてきた。


「大花、待たせてごめん」

「い、いや、全然大丈夫……」


口を開いてすぐに謝罪する旺司に、葵翔はぶんぶんと手を振る。すると、


「あのさ……」


と一言口にして、旺司はそれきり黙ってしまう。葵翔は呼び出された用もわからないのでただただ困惑しながら、気のせいか頰が紅潮している旺司の顔を見つめる。夕焼けのせいではない。今は七月中旬だから、まだ十六時は十分に太陽の日がさしている。


(え、え? 何これ、僕どうしたらいいの?)


なんだか嫌な予感を覚えた葵翔は思わず後退りをする。しかし、次に発せられた言葉は予想外のものだった。



「……俺、七瀬のこと好きなんだけど」



一瞬耳を疑った。衝撃すぎて言葉が出なかった。


「えっ……華ちゃんのことが?」


慌てて返した言葉は裏返っていた。旺司が華に好意を寄せているという事実はひとまず理解したものの、いや、理解しているよりも、ついさっき暗記した英単語を一定期間だけ覚えているような感覚。


「は、華ちゃんが好きなら、なんで僕に……」


華のことが好きなのに、華ではなく葵翔に自分の想いを教える意図が読み取れない。


「だからさ、正直お前のこと気に入らなかったんだ」


葵翔はほんの少し、胸にちくっとした痛みを覚える。人から好かれることは少ないけれど、だからといって人から嫌われることはない。好きの反対は無関心だと言うように。だからこんなふうに面と向かって気に入らない、と言われるのは初めてだった。


「お前が七瀬と仲良くなる前はさ、男子の中で俺が一番七瀬と仲良かったんだ。自惚れなんかじゃない。周囲の認識もそうだった。だけどお前が仲良くなってからは、みんな七瀬は女友達か大花といるイメージだって言うし、俺としても、なんだか七瀬がそっけなくなったような気がするんだよな」

「華ちゃんがそっけなくするなんてこと……っ」


たった一人の友人を悪く言われ、葵翔はムッとなって言い返す。


「そっけないってのは言いすぎたかもな。だけど、できるだけお前と話していたいのか、会話を早く切り上げられるような気がして。いや、そんなの全部俺の勘違いなのかもしれないけど……。まぁ、とりあえずお前が七瀬と仲良くなってから、俺が七瀬と会話する時間が短くなったのは事実だ」


すると、旺司はあっさり自分の非を認めた。


「前までは俺が男子で一番仲良かったし、正直安心してたんだ。恋愛面でも、ワンチャンあるかもって思ってた。だけど違った」


旺司はそこで一旦言葉を切って、はぁ、とため息をついた。


「そんで、俺思ったんだ。どうしたら七瀬が俺にもっと興味もってくれるかなって。お前のこと観察してて俺思ったんだけど、もしかして七瀬って、大花みたいな可愛い男子が好きなのかなって。馬鹿らしいだろ。そんな単純な話じゃないって、自分でもわかってるけどさ。そんで……俺もそうなったら七瀬が俺に興味抱いてくれるかなって思って」


(それでさっき、僕になんでそんな可愛いの、って訊いてきたのか……)


葵翔はようやく旺司の言動が腑に落ちた。


「ごめん、話したこともないのに気に入らないとか言っちゃって」


デレの代わりに謝罪が来た。しかしその後、


「……でも、これは個人の性格だから仕方ない話なんだけど、俺、お前みたいにいつも黙って愛想笑いしてるような奴と相性悪いんだよな」


と、しっかり相手の不快感を少しでも軽減するように前置きをした後で、自分の気持ちをはっきりと口にした。


「お前だってさ、俺に一方的に言われるままで返してこないけど、本当は心の中で思ってることあるんだろ。それなのに、なんでそれを口にしないんだよ」


少々イラついたよう口調の旺司にそう言われるが、葵翔も葵翔とて、黙りたくて黙っているわけではない。旺司のように話すのが上手いわけではないし、相手を不快にさせるのが嫌で黙っているのだ。葵翔は口を尖らせた。すると、


「ほら、俺に今言われたことに対して、不満に思うことがあるんだろ。なら何か言い返せよ。相手に嫌な思いさせるとか思って黙ってるんだろうけど、俺だって今、お前に酷いこと言ってるんだからお互い様だ。俺、何言われても平気だから。むしろこの状況で、お前が言い返してこない方が不快だ」


と、葵翔の気持ちを見透かしたようにそう言った。圧倒的な一軍である旺司に、三軍の葵翔の気持ちなんて分かりやしないだろうと思っていた。葵翔は旺司や華のような人は昔から、空気を読んで正しい発言ができていて、人との会話において負の感情なんて抱いたことがないのだろうと思い込んでいた。しかし、もしかすると旺司は違うのかもしれない。


葵翔は何か言い返せ、という旺司に、旺司なら自分の気持ちをわかってくれるのではないかという淡い期待を込めて口を開く。


「……ぼ、僕だって、本当はもっと話したいよ。だけどダメなんだ。天城くんもわかってるように、僕は口下手だ。相手を不快にさせてしまう。……その上、人を疑ってしまう。あんなに親切にしてくれた華ちゃんのことも、初めは疑ってた」


口下手なだけでなく、長年染み付けられたきた教訓は呪いのように葵翔にのしかかってくる。母親の経験からなるこの教訓は間違ったものではないと思うけれど、どうしても人間関係において弊害になってしまう。


「ふぅん。なるほど。相手が信じられないから、話す内容も薄っぺらいし、愛想笑いばっかりしてんだな。それでもっと口下手が進んだってことか」


葵翔が正直に自分の思いを口に出したことを早々に後悔し始めていると、旺司は葵翔の気持ちを正確に汲み取ってそう言った。葵翔はその返事を聞いて、目を見開きながらパッと顔を上げる。


「じゃあさ、これからとりあえあず俺に本音で話してくれよ。俺のこと不快にさせるとか、そんなことは考えなくていい。とにかく心に浮かんだことをそのまま俺に言え。そうしたらきっと、俺のこと信じられるようになるだろ? 更に、俺との経験で口下手も少しは解消されるし、人のこと今よりは信じられるようになる。よし、完璧だな!」


突然そう言い出し、旺司は名案を思いついた、というように手を打ったので、葵翔は慌てて言い返す。


「え、ちょ、ちょっと何?」

「そう、今後はそんなふうに俺に話してくれよ」


上手にできました、という様ににんまりと笑う旺司に、葵翔は困惑しながら尋ねる。


「は、話についていけないんだけど……。つまり天城くんは、僕と今後も仲良くしようとしてくれてる、ってこと? そんでもって、僕の口下手を解消しようと?」

「そう言ってるだろ。おせっかい焼いてるわけじゃないぜ。迷惑でもない。俺自身がお前の性格嫌いをだから直したいだけだ」


葵翔が申し訳なさを覚えないようにするために、旺司はそんな言い方をしてくれる。葵翔は旺司の優しさがじんわりと胸に響いた。


「……ありがとう、天城くん」

「おうよ。それからさ、俺、これから七瀬にアプローチしていくつもりだから。そこんとこよろしくな」

「あ、アプローチ?」


お礼を言うと、またしても驚くべきことを言われ、葵翔は瞠目する。大切な友人である華との時間を取られることは葵翔としては遺憾なのだが−―。


「お、今不満そうな顔したな。なんだよ、はっきり言えよ」


旺司はまるで葵翔が不満に思うことを予想していた様な口調で、目を細めながらそう言う。葵翔は一瞬唇をつぐんだが、先ほどの旺司の言葉を重だし、勇気を出して口を開く。


「……僕は別に、華ちゃんのことを恋愛的に好きなわけじゃないけど、たった一人の友達との時間を、天城くんに取られるのは嫌だなって、思ったんだ」

「だろうな。大花にとって、七瀬が唯一の友達なんだもんな。でも、俺は遠慮しないぜ。だからお前も遠慮せず俺に対抗して、七瀬を取り合うんだぞ」

「と、取り合うって、言い方!」

「間違ってないだろ」


旺司の表現に引っかかって思わず声を荒らげる葵翔に、旺司はケラケラと笑う。あまりに楽しそうに笑うものだから、葵翔もつられてしまう。ククク、と小さく笑い声を漏らしていたのだが、堪えきれずに声に出して笑い出す。しまいには両者ともが、自分がなぜ笑っているのかわからなくなる。二人して声を上げて笑っているのがおかしくて、葵翔と旺司はしばらく笑い転げていた。やがて笑いの潮が引いてから、葵翔は旺司に問うた。


「そういや、天城くんはどうして華ちゃんのことが好きなの?」


(急にでしゃばりすぎたかな……? 思ったことは素直に口に出せ、って言われたから、そのまま聞いたんだけど……)


葵翔が少々不安になって旺司の顔をチラッと見ると、彼は少し目を見開いた後、だんだんと頰を赤らめていった。照れているが、不快には思っていなさそうでひとまず安心した。旺司は暫時口を開いたり閉じたりを繰り返した後、


「実は俺、七瀬と小学生の頃からの知り合いなんだ。小学校が同じだったわけじゃなくて、同じ中学受験専門塾でな。まぁ、あの頃は全然話してなかったけど。小四の時だったかな、七瀬に救われたことがあって。それ以来、気になってる」


と、落ち着いた静かな口調でそう言った。しかし華に救われたという肝心の内容については、語りたくないのか、一切情報を口にしなかった。


「七瀬ってすごいよな。自分には関係ないことなのに、持ち前の正義感で、ほぼ無意識的に人のこと助けようとするんだから」


葵翔は華の正義感の強さには大いに同意した。

もしかすると、華が葵翔と仲良くしようとしたきっかけも、葵翔がずっと一人ぼっちでいて、助けてあげないといけない、という華の無意識的な正義感が働いたことだったのかもしれない。


「そうだね」


葵翔が大きく頷くと、


「大花も七瀬のいいとこよく知ってるみたいだけど、大花は七瀬に惚れないの?」


と、旺司は首を傾げながらさも不思議そうに尋ねてきた。


「えぇ? 自分の好みと人の好みは違うでしょ。華ちゃんがいい人だってことは知ってるけど、それだけで恋愛的に好きにはならないよ」


旺司の問いかけはツッコミどころが満載だったとはいえ、普段だったら華以外の相手に、こんなにすらすらと言葉が出てこない。旺司に思ったことを素直に口に出すべきだ、と言われ、また、それを実行しても彼が不快の感情を見せなかったからだろうか。それ故、自分はほぼ無意識的に、旺司になら本音で話しても大丈夫だと思っているのだろうか。葵翔は自分自身のことがわからず、同時に驚いていた。


「そうか。まぁ、お前が七瀬に惚れたら俺が困るし、そのままでいて欲しいけど」

「……何が言いたいの?」


葵翔は旺司の煮え切らない言動に、何か真意があるのではないかと疑う。


「いや、お前は好きな人いないのかなって、ちょっと気になっただけ」

「え⁉︎」


あっさり吐いた旺司の本心を受けて、頭の中に〝煙硝〟の燈華の花のかんばせが思い浮かんだ葵翔は、思わずドキッとする。すると、その反応で意中の人がいることが旺司にバレたようで、彼はニヤリと笑った。


「ヘぇ〜、好きな人いるのか。え、誰?」

「あ、天城くんは知らない人だよ」

「なんだ、つまんね」


ニヤニヤとした顔つきで、前屈みになって意中の人を尋ねてくる旺司に、葵翔は慌てて誤魔化す。国民的人気のある、かの有名な〝煙硝〟の燈華を旺司が知らないはずはないが、旺司の〝知っている〟と葵翔〝知っている〟は訳が違う。葵翔の返答に、一瞬つまらなそうに唇を尖らせたものの、


「じゃ、どんな人なのか教えてくれよ」


と、さらに食い下がってきた。


「ど、どんな人か……。まず、正義感が強いでしょ。あとは、しっかりしてるように見えて、実は抜けてて大雑把」

「え、それって七瀬の特徴そのままじゃないか? 大花、やっぱ好きな人って七瀬なんだろ?」

「え⁉︎」


別に燈華の特徴を述べるだけなら構わないか、と思って説明すると、旺司に思いもよらないことを言われ、葵翔は瞠目した。


「い、言われてみれば確かに……。でも、華ちゃんの〝しっかりしてる〟と、僕の好きな人の〝しっかりしてる〟は意味が違うかな。普段、華ちゃんは溌剌としていて元気いっぱいだけど、僕の好きな人は従容としていて静かだよ」

「ふーん。まぁ確かに、七瀬の場合は〝実は〟抜けてて大雑把なんじゃなくて、誰の目から見ても抜けてて大雑把だよな」


旺司はそれを聞いて、どこかつまらなそうに頷いた。そんな旺司の態度とは裏腹に、葵翔は内心ドキドキしていた。


(華ちゃんと燈華が似てる⁉︎ でも、言われてみればそんな気がしないでもない……。あんなに正義感が強い人って滅多にいないし、華ちゃんは普段から結構大雑把だけど、注意すればある程度までは丁寧にできるかもしれない。性格だって、僕が魔法少年の時は変えてるように、意識すれば変えることができる。燈華の過去の出現場所から、この近くに住んでるんだろうな、とは思ってたけど、まさか……)


葵翔はそこまで妄想して、頭をぶんぶんと振った。いやまさか、そんな偶然がある訳ない。昔からの唯一の親友且つ意中の人である燈華と、最近できた友人の華が同一人物だなんて。魔法少女ならば正義感は強くあるべきだし、普段がそうであるとも限らない。性格に共通点があるからといって、同一人物だと結びつけるのはあまりに安易だろう。


その時、下校時刻のチャイムが鳴った。


「あー、もうそんな時間か。大花、帰り道どっち? 俺、電車通学なんだけど」

「あっ、うん。僕は歩いて通ってるけど、同じ方向だよ」

「おー、じゃあ一緒に帰るか」


七月中旬なので五時半はまだまだ明るい。葵翔は旺司と共に校門を出た。


「そういや、もうすぐ夏休みだな」

「うん。あと一週間くらいだよね」

「だな。うちの学校は夏休み短くてひどいよなー。ま、教える側もそう思ってるだろうけど。生徒ばっかりが文句言ってちゃダメだよな」


息をするように自然と出てきた、そんな旺司らしい言葉に、葵翔はふっと嬉しくなった。旺司は思ったことをはっきりと口にするけれど、客観的に物事を見ることができる。だから相手の気持ちに寄り添って、他人のことを思いやることができる。体育祭の種目決めで初めて旺司と会話をした時は、彼のことをツンデレだと思ったが、実際には人のことを思い遣った上での言動をとることができる、ただただ優しい人だった。


「あ。僕、そこの角で曲がるよ。駅はこのまま直進だよね」

「じゃあここでお別れか。ほとんど一緒に帰れなかったな」


しばらく二人で夏休みの予定や宿題について話していたら、いつの間にか駅との分かれ道までやってきていた。旺司は名残惜しそうな顔つきをしてくれる。


「……天城くん、今日はありがとう」


葵翔が心を込めてお礼を述べると、旺司は顔をくしゃっとして笑った。


「いや、俺、別に何もしてないよ。むしろ、理不尽にお前のこと気に入らないとか、もっと喋れとか言っちゃって悪かったな」


葵翔はそんな葵翔の返答に目尻を下げる。確実に葵翔は旺司に救われたのに。彼が謝る筋合いなんてないのに。どこまでも、旺司は旺司だった。


「それじゃあ、また明日」

「おう。またな。忘れんなよ、明日から七瀬取り合うんだからな!」

「だから言い方!」


旺司は右手を挙げて手を振った後、葵翔に背を向け、笑いながら去っていった。

最後まで読んでいただいてありがとうございました!! いつもナイスしてくださってありがとうございます。もし宜しければ、ブックマーク、感想や助言等もくださると大変嬉しいです。

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