第八十一話:寄生虫
地種…それは自身の存在そのものの格を上げるシステム「超醒」の最終段階「天種」と同格の存在でありながら、「天種」とは違う結末を選択したもう一つの最終段階。「天種」が個と言う殻を脱ぎ捨てて単独の世界そのものとなるのに対し、「地種」は個と言う単位を維持したまま更なる発展を遂げた。
しかし個と言う単位は、どれも世界に依存する事を前提とした在り様を模索している。逆に言えば、世界と言う枠組みの中に居る際、世界からその存在を許される必要があるのだ。
しかし、「地種」は個でありながら世界と同格の存在だ。単独で「天種」を打ち滅ぼす事も可能であり、そのような危険分子を自己領域内で野放しに出来る「天種」等存在しない。
だからこそ、「地種」は例に漏れず「宮災認定」の対象になったり、「滅界因子」となったりする訳だ。そしてこれらは総じて、周囲に居るほぼ全ての有象無象から袋叩きに遭うケースが大半で、故に「地種」が誕生してもあまり長生き出来ない事が多かった。
実際、これら「地種」は長い歴史の中で何度かその存在を確認されているが、その大半について「討伐された」と言う記述が残されている。しかしその全員が討伐された訳では無く、中には上手い事生き延びて、他の「天種」も取り込みながらその勢力をジワジワと拡大させる、強者の「地種」も存在した。
そのような「地種」の中の強者が指で数えられる程存在しているのだが、その中でも特に影響力が大きく、ありとあらゆる「天種」を股にかけて強大な縄張りを築く十体の「地種」を「十大天魔」と呼称する。
その「十大天魔」だが、その持ち得る影響力の大きさに準じて、次席による順位付けがなされている。その内第一席と第二席については未だその陣容が明らかにされていないのだが、僕はこの両名について良く知っている。
そもそもの話、その内の片割れ、第一席の方が僕達こと「第一席:セフィロト」なのだから。そして僕が第一席で居られるのは僕達が強いからじゃない、僕達が弱いからに他ならないのだから。
~~~~~
さて、青天の霹靂とも言って差し支えない衝撃発表から一夜明け、讃銃士のギルドホールは殺伐とした雰囲気に包まれていた。
これは僕の銃将星就任が原因では無い、奴がこの場に現れた事が全てであった。
「邪魔するぜ!」
そう言って現れたドスの利いた低音を発する女を先頭に、屈強な体つきをした厳つい男女が揃ってギルドホールの扉を叩いてきた。彼らは皆道着のような動きやすそうな衣装に身を包んでおり、その出で立ちからして武闘家の集団であるように見受けられる。
否、見受けられる等と言うふわふわした表現は正確では無いかもしれない。ここに居合わせていた団員は皆、彼らが皆して名の知れた武闘家である事を知っている。
だからこそ、彼らの間で動揺が広がるのもあっという間だった。
「オイ、何でアイツらが居るんだよ」
「先頭に居る奴は何なんだよ⁉何であいつらが付き従ってんだよォ⁉」
「戦争が…始まると言うのかにゃ⁉」
と言った様子で、団員全員が瞬時にファイティングポーズに移行していた。しかし悲しきかな、彼らの懸念は杞憂である事を僕は知っている。
何故なら彼?彼女達は…なんて勿体ぶるのも束の間。
「これは、全旅団の中でも屈指の勢力を誇る大手旅団「CCC格闘連合」の方々ではありませんか。ボク達のような中小旅団に何か御用向きでも?」
そう言って我らが讃銃士の旅団総領、ユナイテッドが前に出た。まるで警戒心マシマシと言った様子だが、それも相手が相手だけに仕方ない。
何せ連中は、現存する全正規旅団の中でも指折りの大手旅団「CCC(Close Combat Collaboratorの略)格闘連合」のメンバーなのだから。しかも此度現れた連中はその旅団の中でも比較的なの知れたメンツとなっており、そのインパクトは多分僕の想像している以上に凄まじいものとなっている事だろう。
如何せん、僕達が所属している讃銃士とは規模も勢力も桁違いで、最近特待生の補充が為された今でも尚、その戦力差は虚実に存在している。恐らく正面衝突に発展した場合、戦争になるまでも無く蹂躙されるのではないか?と見立てられる程には格の違う相手であると言えた。
ここは一旦、ここは僕が前に出てどうにかしようか。
正直、CCC格闘連合の取り巻き達…彼らは彼らで旅団の幹部級であるとは言え、こちらはさして問題では無い。でもユナイテッド君だと、先頭に立っているあの人を相手にするのは荷が重いだろうし。
そもそも、戦闘のあの人を呼び付けたのは他でもない僕だ。なればこそ、僕が率先してお出迎えを買って出るべきだろう。
そして悲しい事に、ユナイテッド君は目の前の女があの人とは気づいていないようだし、このままだと取り返しのつかない事になりそうだ。
「ようこそ。お待ちしておりましたよー」
「え?ちょっと?」
「呼ばれたから来てやったぜ。にしてもユナイテッドォ、長らくお世話になってる相手に対してそりゃ酷いんじゃねーのか?俺様の顔すら忘れちまう位に耄碌しちまったか?」
「えーと、もしかして?ボクと知り合いだったりー」
「ーアタシは兎も角、今変装してる君を判別出来る人ってそう多く無いから!ユナイテッドさん、この人が試験の協力者のあの人だから」
ここまで言って、漸く得心が言ったご様子。しかし変装して居て判別が付かなかったとは言え、自分の旅団のスポンサーに対して失礼極まりない対応だぞ。
そしてパトちゃんもパトちゃんだ。僕と同様変装してくるんだったら、最初から言ってくれれば良いのに。
「あー、今思えばユナイテッドとはこのビジュで対面した事無かったな。これは失敬、俺様だよ俺様」
「これは失礼致しました。知らなかったとは言え、とんだ御無礼を」
「別に俺様は、その程度の失態にキレ散らかす程器の小せえ漢じゃねぇ。別に資金援助取り止めー、みたいな悪戯はしねーから安心しな」
「…恐悦至極に存じます」
そう言って頭を深々と下げるユナイテッドとは裏腹に、僕はパトちゃんのツッコミどころ満載の格好に衝動を抑えきれなくなってきていた。僕も大分、あの修行の日々を引き摺ってしまっている様だね。
あ。因みにこの人こそが、先日にも出て来た讃銃士のスポンサーにして、マグノリア商会におけるユナイテッド君の上司、パトリシア=リュー=グランヴィスさんです。
僕が言えた口でも無いのだが、敢えて言っておく。一体何をやっているんだ、と。
「確か今の超真名?が「ピンクコーラル」だっけ?相変わらず妙な事やってんのね」
「そう言うお前は羅鋼玉だっけか?相変わらず、奇妙な真似に走ってんな」
何やら似通ったような挨拶を交わす両者。いや、挨拶に限らず、奇妙な位に僕達は何もかもが似通っていた。
そして僕の周囲に居る団員達は、いきなり砕けた挨拶を交わす僕達を見て、目に見えて困惑している様子が伺える。そしてその気持ちは物凄く解る。
だって僕達、外見と言動があまりにもちぐはぐだからね。
「ピンクちゃん。それ、ブーメラン」
「痛いぜ…でも俺様とお前、考える事は一緒みたいだな。今も謎に男装してやがるしよ」
因みに今の僕は、中身が男性で身体が女性。それが男装して、女性寄りの言葉遣いをしている。僕の場合は中華風の装いなので、人によっては男装しているようには見えないかもだけど、パトちゃんは判ってくれたみだいだね。
つまりは、オカマさんって事だ。
そして対するパトちゃん自身は、中身が女性で身体が男性。それが女装して、男性よりの言葉遣いをしている。こちらはフリフリのレースを多用したザ・オカマと言った様相なんだけど、元のビジュアルが中世的なのでボーイッシュな女子にも見えない事は無い。
つまりは、オナベさんって事だね。
確かに似てる、でも一つだけ言い訳させて欲しい。僕はただ男装した方が動きやすいからしてるだけで、このオナベと考えてる事は違うと思ってる。
だって中華服、女性用の衣装って動き辛いのが多いんだもん…
するとここで早速、讃銃士の団員の中から無知蒙昧な声が上がる。しかもその中の一人が、無礼にもパトちゃんを指差して言い放った。
「何なんですか?この変な人」
「『⁉』」
この発言を受けてユナイテッドと、パトちゃんの背後に居た武闘家達が驚愕の表情を浮かべるが、肝心の彼女はこの程度で怒らないと思う。
だけど仮にも讃銃士の団員なら、この人の事は知っておいて貰わないといけない。ここで僕がするまでも無く、ユナイテッド君が説明してくれていた。
「変な人なのは否定しないけど、その言い方は大変失礼に当たるよ」
「ユナイテッド、お前も大概だろうが」
「だってこの人こそが、ウチのスポンサーだからね」
『『⁉』』
「無視かよ。やっぱ資金援助止めるぞコラ」
「ピンクちゃん。さっき言ってた器の大きさ、何処に行った…」
「今捨てた」
「マジか」
信じられない団員も多そうだが、このオカマさんが讃銃士にお金を落としてくれているお陰で、この旅団を存続させる事が出来るのは紛れも無い事実だ。このオカマさん、何でこんな所にノコノコと現れたのかと疑いたくなる程の資産家であり、事実上僕達讃銃士は、この人の意向を無視出来ない状況にある事だけは理解しておかねばならないだろう。
因みにパトちゃんは、この形で独自の財源やら商会やらを持っているやり手の商人だったりする。勿論投資やFXは得意だし、僕とは違ってギャンブルをやらせても強いから、割といろんな方法でお金を稼げるんだよね。
尚この事実は、背後に居るCCC格闘連合の面々でさえも知らなかったようで、見て判る程呆気に取られていた。多分この人、向こうではそんな仕草を微塵も見せて来なかったんだろうね。
だがこれに加えて、ユナイテッドが追撃の一言を放つ。
「後聞いて驚くと良いよ。実はこの人、ボクの銃の師匠だからね」
『『⁉』』
「もっと言うとこの人、ボクよりも銃の扱い上手いから。教えるのも上手だし」
理不尽な事に、天は奴に対して余計な才能まで与えやがった。この人が一番得意なのは近接格闘戦なのだが、これに見劣りしないレベルで銃の扱いにまで長けており、人に教えるのも上手い。
仮にこの人が讃銃士に入ろうものなら、問答無用で銃将星になれるだろう。それで居て得意分野じゃないとか、もう笑うしかない。
そしてユナイテッドも上手い切り返しをする。これでみんなの注目は、一斉にパトちゃんに集中した。
だが、パトちゃんだって甘くは無い。
「まあな。それで俺様の銃の師匠が、そこに居る羅鋼玉ってこったな」
『『「⁉⁉」』』
「ちょっと⁉ここでアタシに飛び火させんの⁉」
「そこのオナベは俺様以上に銃の扱いに長けてて、教えるのも上手いから、お前らマジ恵まれてるよな」
あまり認めたくないが、パトちゃんの言う事は間違っていない。確かに僕は以前、キューティーピンク改めパトちゃんに銃を教えた事があるのだから。
結局本人の才能も相まって、銃将星と同等かそれ以上の腕前になったのも事実だ。僕とはタイプが違うから一様には比べられないけど、僕の同士の一人で遠隔狙撃が得意な奴が他に居るのだが、奴と比べても引けを取らないだけの上前は有して居ると認識している。
でもそんなパトちゃんこそが、ユナイテッド君の銃の師匠だとは思わなかった。まだユナイテッド君の銃撃の様子を見てなかったからってのもあるけど、そこまで思い至らなかったな…
いや。仮にそうであったとしても、その一言は余計だ。
今後、僕が動き辛くなるじゃないか。だからちょっとカウンター。
「でもそれを言うなら、アタシの格闘技の師匠はピンクちゃんでしょ?ピンクちゃんも教えるの上手いよね」
「いやいや、お前が近接格闘に走ったところで、誰にも勝てねえだろ」
「それとこれとは話が別じゃない?アタシの銃の腕前がピンクちゃんだと近接格闘に代わるだけで、内情ややってる事は殆ど一緒でしょ。そっちの団員も恵まれてるね」
「確かに羅紅玉クン、謎に格闘術の適性高かったね」
「ホント、余計な事言いやがって…」
お前もか⁉本当に僕達、仲良しだよね。
でも実際、僕達は総勢二十一人居る同士達の中でも突出して仲が良い組み合わせだから解らなくはない。こうなっても不思議じゃ無いと思えてしまう辺り、僕も毒されていると思う。
だがここでピンクちゃんが僕を恨みがましい表情で睨みつけて来た事で、向こうの取り巻き達を刺激してしまったようで、場がいきなり険悪なムードに様変わりしてしまう。
でも実際、何も知らない人達からすれば、今のパトちゃんに対する僕の対応は失礼極まりないものだと思う。故に咎めようとしたのだろうが、ピンクちゃんが慌ててこれを制止した。
「馬鹿!羅鋼玉は、我がCCC格闘連合のスポンサーなんだよ!間違えても手は出すな!」
『『⁉』』
そう、パトちゃんがCCC格闘連合所属で讃銃士のスポンサーであるのに対し、僕が讃銃士所属でCCC格闘連合のスポンサーと言う、奇妙な事態が発生しているのだ。勿論お互いがお互いの単独スポンサーと言う訳では無いが、少なくない額を投資している事自体は相違ない。
また聞けば、お互いに所属している旅団にて最高幹部を務めているのも同様であるらしい。本当、何処まで境遇を被せれば気が済むのやら…
だがここで、僕の認識が甘かった事を再認識させられる事となる。ユナイテッド君が目を真ん丸にして、声を震わせながら僕に尋ねて来た。
「そ、それ、本当なのかい?」
「一応。でも最近交代したばっかりの旅団総領、名前すら知らないんだよね」
実は僕は僕で、大亜工房法人以外に商会やら財源やら持っているし、投資に関しても初めはマスティファの知己が設立すると言う事で、主に機材やビジネスの方面での援助を行っていた。
ただそれを行っていたのは僕の分身体であり、今の僕自身は一切関与して居ないので、自分をスポンサーだと言い張るのは何か違うような感覚も覚えてしまうこの頃。
でも彼、今はもう旅団総領ですら無いのか。現在でも連絡は通じるので、彼が同旅団に在籍している事だけは知っているのだけど、新たに旅団総領になった人物次第では考え直さないといけないかもしれない。
一応予定では、この後の対談の後で色々と教えてもらう予定である…とそんなこんなで考え事に耽る僕とは裏腹に、パトちゃん達が余計な事を口走ったせいか、CCC格闘連合の連中が興味深そうな視線を僕に向けて来ている。
「え?何?こんな所で試すつもりだったりする?」
「お前らマジ止めろ!つーかこんな茶番を繰り広げる為に来たんじゃねーよ。とっとと本題に入ろうぜ」
「それは良いんだけど、そっちの旅団総領は呼んでないんだね?事が事だけに、幾ら代替わり直後とは言え連れてきた方が良かったんじゃ?」
「おう、ウチの旅団総領は最近就任したばかりだからよ。例の本題にまだ満足に携われていねーんだわ」
「?」
成程ね。まだ満足に足場も固まっていないってか。
「現状俺が責任者兼代理を任されててな。そんで、他にこの件に関係ある最高幹部共を引き連れて来たって了解よ」
「?」
「おーけー、理解した。ウチのギルマスが気密性の高い会議室を用意してくれてるみたいだから、詳しい話はそこでしよっか」
「だな。時間が惜しいし、早速案内してくれや」
実は今回、ユナイテッドら銃将星の連中には、向こう側が持ち込んで来た案件について情報の共有を行っていない。元々僕が個人で対応する想定の事案だったし、ちょっと思う所もあるしで黙っておいたのだが、今後の事を鑑みれば例の件を最高幹部の面々には開示しておいた方が良いと判断した。
それもお互いの旅団に関係する事だし、こうして讃銃士とCCC格闘連合が意外にも身内同然の間柄である事もバレてしまったし、あまり無理して隠し通す理由も無くなってしまったからだ。どうせ何時かはバラす想定だったし、別にこれ自体は然程知られたくない情報でも無かったので、もう別に良いかなと。
「って事でギルマスさん、気密性に関しては力技で何とか出来る想定で、程々の隔離性が確保されてる会議室の身繕いをお願いして宜しい?」
「え?別にそれ位は構わないよ?でも何これ?何かボク、人知れず背徳行為を働かれてる気がするんだけど?」
「別に背徳行為って程のもんじゃねーよ。後でお前らにも開示する、ちっと厄介な事案もあってな…」
「物凄く嫌な予感がしますが、良いでしょう。どのみちボク達にはパ…キューティーピンク氏にそう言われて、その意向を飲む以外の選択肢なんて無いからね」
そこに居た全員の間で不穏な空気が充満し始める。でもその反応は寧ろ助かるぐらいだ。
僕やパトちゃんはあまり大事として捉えて居ないんだけど、一般論に従えば十分に一大事だと想像出来る。となると皆からしたら看過出来ない情報かなとも思ったので、開示するかどうかは悩みつつ最高幹部達に共有する事に決めたのだ。
とは言え、現状確定していないこの懸念…僕達の経験上ほぼ間違いなくその通りになってしまうのだが、これを今の段階で開示する事に対しては若干の躊躇が生じてしまう。またこの懸念通りとなれば大覇闘祭どころでは無くなってしまうのだが、このイベント事態に然したる重要度は感じないし、危惧や激怒も気にしないだろうから大丈夫でしょ。
「その割には、お二方に緊張感が無いような…」
「気の所為じゃない?こうしてぐずぐずしている時間が勿体ないし、サッサと本題入っちゃお」
「だな、とっとと案内してくれや」
「お二方、本当に御仲が宜しいようで」
「「御託はもういいから」」
「おおぅ…」
意図せぬタイミングで芸術的なハミングを見せた僕とパトちゃんにドン引きしながらも、ユナイテッド君は僕達を会議室に案内してくれた。
…と言うか、やけにあの人が静かだね。一体何をやっているんだろう?気になったので、この後隙が出来たタイミングにでも見に行ってみようと思ったのであった。
~~~~~
僕はエルルであり、鬼召柊煉道でもある者。今現在、謎の少女「セフィロト」とやらが僕として活動しており、その際の感覚を共有してくれているようなのだが…
「何で真っ暗なんだ?何も無いじゃないか」
あれから暫くの時間が経ったが、僕は未だに彼女の言っていた意味を理解出来ないでいた。
まず僕の現状。一体何が起こったら、彼女が僕「エルル」として活動すると言った状況になるのか。仮にそれが出来たとして、僕は今どのような状況に置かれているのか?
そして彼女の現状。彼女は「十大天魔:第一席」とやららしいのだが、それがそもそも何なのか?そんな十大天魔:第一席さんは、僕を相手に何をして、何をしようとしているのか?
結局彼女、重要な事は殆どしないまま、僕に「羅神器」と言うこれまで見たことも無いような業物を手渡して居なくなってしまった。この刀ならば斬れぬモノ無しと豪語出来てしまいそうな程の素晴らしい逸品だが、その刀を手にして尚、僕は彼女を斬る事が出来ず、何なら剣撃を当てる事すらままならなかった。
彼女、侍では無いようでその実力を正確に推し量る事は出来なかったが、どうやら僕が思っている以上に出来る人らしい。そして彼女に太刀打ち出来るようになる為には、僕もより一層研鑽を積み重ねる必要があるだろう。
「しかし困った。これだと、脱出?しようにも何も…」
この空間、現実の物とは思えない大樹が根を張っており、それ以外にはだだっ広い草原が広がっているだけであった。他には何もない、ここから別の場所に行こうにも何も手掛かりがつかめなかった。
不思議と疲れも無く、お腹も減らないのでこのままでも死ななさそうな雰囲気は有るが、だとしてもここに取り残されたままだと言うのは僕の性分に合わない。かと言って、今の僕に出来る事は何も無くて…
とその時。
『やっほー!あー、マイテスマイテス~。聞こえてる?』
何度か聞いた、妙に鼻につくあの少女の声が聞こえて来た。でも何処から?
『あれ?聞こえてない?もしかして俺の羅神器、故障した?』
「何だ?いきなり」
『おー聞こえてるね。でもその感じ、未だアプリは使いこなせてなさそうかな?』
「アプリ?」
問い返すと、少女は懇切丁寧にその使い方を教えてくれた。どうやら彼女が以前羅神器と言って手渡してきたあの武器、通信用端末としても利用可能なのだそう…もうこの時点で意味が解らなかった。
でも使ってみれば、意外と使えそうだし、何より便利な道具だとは思った。しかしこれがあの刀の形状をしているというのが、僕の中で強い違和感として残ったままである。
『これで良いのか』
『そっそっそ!今後俺に何か話したい事が合ったら、これで話しかけてね』
『ふむ、折角だし教えて欲しい。今お前は、僕と「感覚共有」なる事をしているんだよね?』
『そだよん。だから表の様子、くっきりはっきり判るでしょ?』
『真っ暗なのだが?』
『へ?』
僕の指摘を受けて、面白い程に彼女は動揺していた。そして暫くの硬直を経て、彼女は何かに思い当ったらしい。
『失念してた!今の俺、「超覚醒直感」以外の全部の感覚器切ってるんだった!』
『は?』
『ゴメンゴメン。今のままだと、そっち視点表の様子が何も伺えないよね。でも俺はそれしたくないし、ちょっと設定し直すか』
彼女曰く、今の彼女は五感を含めた全ての感覚器が機能していない状態で日常生活を送っているらしい。即ち、外の様子を把握する方法が一切ない状態で過ごしているのだそうだ。
何故そのような状態で過ごせるのか、そもそも過ごそうと思ったのかは不明だが…なんて疑問を抱くのも束の間、途端に僕の視界が開け、外の様子が確認出来るようになった。
今はどうやら何かの会議に参加しているらしく、僕も時たま発言しているようだ。それで居て、僕とも会話しているのか、彼女はどうやら僕が思っている以上に変な人らしい。
『変で片づけるのはちょっと気に食わない。でもそっちの端末で、俺の普段のモードと、常人レベルの感覚器を使えるようにしたモードを切り替えられるように調整してみた。これで見えるようになったでしょ?』
『ああ…でもその言い方』
『勿論、俺は前のモードのままだぞ。「超覚醒直感」だけで過ごすようにしないと、後々困っちゃうから』
いや、普通に意味が解らない。感覚器って、そもそも使うかどうか選べるものだったっけ?
そして知覚出来るようになった表の様子だが、どうやら僕の視点で見れるようになっているらしく、他でも無い僕が会議に参加している最中であるようだ。だがしかし、周囲の人々は僕の事を「羅紅玉」等と呼んで来る。そしてそれに答えるのは、僕では無い何者か。
『これさ、本当に僕視点になってるんだよね?』
『勿論』
『ならこれはどう言う事なのかな?』
『ふぅ。やっとここまで理解が追い付いてくれたか』
まるで故意に何かを仕出かしているかのような物言い。僕は思わず身構える。
『今君が見ている光景は、間違いなくエルル視点のものだ。そしてそのエルルは、今現在羅紅玉として活動してる』
『いや、そんなの僕何も聞かされて無いんだけど』
『そう、そのエルル本人には何も話してない。俺が独断で、エルルを羅鋼玉に仕立て上げた。そして羅紅玉自身は、俺の自意識の元で活動を行っている』
『…はい?』
意味が解らなさ過ぎて、僕は混乱の極みの中にあった。その言い方からして、まるで今現在、セフィロトがエルルとして活動しているようにしか聞こえないのだけど…
『その認識で正しいよん』
『⁉』
『さぁ、ネタ晴らしだ。今俺はエルルの身体を乗っ取って、羅紅玉として活動してる』
『は⁉』
『ファーストコンタクトの際、正確にはエルルの意識が落ちた後で俺はとある仕掛けを行った。それ以降、俺がエルルとして活動出来るようになったって訳。そして君が今居るここは、君の中の心象風景。大分俺の要素が強いけど、今の君の意識は俺の意識に押し退けられて、ここに追いやられてるって事だね』
『何を言ってるんだよ…』
もう右も左も判らない僕だったが、これに追い打ちをかけるようにセフィロトが言葉を続ける。
『これこそが、十大天魔:第一席が補足されず、ここまで生き残れた最大の理由』
『?』
『十大天魔:第一席はムーバーって言う魔物の最上位種。言い換えれば「寄生生物の地種」。他者に寄生する事で、その身体や魂魄を支配下に置く事が出来る』
『寄生…生物⁉』
『そ、今俺はエルルに寄生した挙句、その身体を乗っ取って我が物顔で界隈を闊歩してる。君の身体の性能があまり高く無かったから、容易に乗っ取れたよ。ありがと』
セフィロトの計らいで目の前の視界が開けたと同時に、衝撃の事実を聞かされて再び目の前が真っ暗になった。僕は今、十大天魔とか言う凄そうな何かに寄生、されてるの…か⁉
『だからそうだって。しかも寄生して身体を乗っ取れば、一時的に俺の階級を「地種」から「星種」に弱体化させられる。寄生中は「地種」になれないってのもあるけど、宿主の口封じも出来るし、お陰で上手く敵の補足を掻い潜れるのは大きいよね』
『さっきから何を言って』
『ああ、心配しなくても、寄生されてる宿主は君以外にも数えきれない程に存在してる。って言うのも直接寄生せずとも、俺達には寿命が無いから、母体を通じて文体をその血縁に寄生させ続けられるってのもあるね…ああ、君は直接寄生された組だよ。でも君だけが特別不幸って訳じゃ無いから、そこは安心すると良い』
何に安心すれば良いのか。却って不安になる他無い。
と言うかセフィロト、外で会議に参加しながら僕との会話に興じているのか。自然過ぎて気にならなかったけど、今思えば頭のおかしい事をやってるよね。
しかも今思えばこの女、割と口が軽いと言うか…人に話してはいけなさそうな重要そうな情報を、ベラベラと口走っているよね。強者の余裕なのか知らないけど、案外隙はあるのかも?と言うか何を考えているんだろう?
『何かを考えているんだよ、でも教えな~い』
『心の内呼んで煽って来るの、止めて欲しいな…』
『…止めな~い』
本当に腹が立ってきたな。何より、表では僕の身体を乗っ取っておきながら、それを一切表に出さずに会議に集中しているのも併せて腹が立つ。
『そんな君に朗報。実は俺の寄生、俺を切り離す事は出来ないけど、こうして俺の影響を受けている状況を打開する事なら可能だ』
『は?本気で言ってる?』
『うん、そうやって俺の呪縛から逃れる事に成功した者も少なくない数居るから。でもその詳しい方法は教えな~い』
『だからそれ何なんだよ⁉』
意図せず僕は声を荒げてしまった。しかしそんな僕にお構いなしと言った様子で、飄々とした態度のまま勝手に話を進めやがる。
『だんだんと本性が滲み出て来~る。もう少し君弄りを楽しみたい所だけど、流石に会議の方が盛り上がって来たからそっちに集中しようかな』
『おい、逃げるな!』
『戦略的撤退~でも無いけど、君に構って居られる暇も無くてね。そっちはそっちでいろいろと試してみると良いよ!それじゃ、またね~』
『またね~じゃない!オイ!ちょっと!』
僕の念話?はまだ切って居ないので、セフィロトにも聞こえている筈なのだが、呼びかけても一向に反応が無い。表の光景を見る限り、僕の声が聞こえている筈なのにも拘らず、それを一切表に出さず会議に興じている事が伺えた。
その澄ました様子が腹が立つ。でも隙があるように見えて、意外にも今の僕に出来る事が何もない状況が出来上がっていた。
…悔しいけど、今はあのセフィロトとやらの方が上だと思う。奴の言動はさて置き、どう足掻いても今の僕に敵う相手では無いのだろう。
だけど諦めない。状況は理解した。
絶対に奴の鼻を明かして、僕の身体を取り戻してやる。絶賛調子に乗っている奴を、何としてでも叩きのめしてやる。
僕は今ここに決意を固めた。




