第七十四話:審査
~羅黄玉サイド~
一方その頃、私は気が付いたら、何処とも知らない真っ白な空間の中で目を覚ましていた。
周りにあるのは純白のみ、他にめぼしいものが何も無く、ここに取り残されれば何れ時間間隔や方向感覚を失ってしまいそうであった。
だが、そんな真っ白な空間の中に、明らかに浮いた色調の何かが佇んでいる事が伺えた。
私には直感で判る、アレこそが小紅の言っていた、天使徒なんだと思う。
そしてそれは私視点、思わずハッとさせられるような外見を有していた、これもある意味小紅の言っていた通りかもしれない。
そんな感じで、天使徒を前に呆けていると、そのが天使徒がゆっくりとその瞳を開き始めた。
今見ても嫌になる、その形容し難い出で立ち、成程これが天使徒なのか…
《初めまして、私とこうして話が出来て、嬉しいかもしれない》
「私は貴女と出会えた事、正直嬉しく無いかも、見たくないものを見させられた気分」
対峙して早々、同じような口調で挨拶を交わし合う両者、しかしその反応は全く別物であった。
《何故?、確かに私達は絶対的な味方同士では無いけど、身内な事には変わりない》
「いや、私が言いたいのはそう言う事じゃない、何て言うか…」
小紅から聞いた話と照合すると、今目の前に居る天使徒は、私の嫌な所や弱い所を全て映し出した姿を執っているらしい。正直に言って目を逸らしたくて仕方ない程に見苦しいそれだが、言わば私の現身、鏡越しに話しかけて来る自分のようなものなのだ。
成程、こうして見れば、私って本当に醜い存在だなと思ってしまう。
しかし、そんな私に対して、天使徒はあっけらかんとした様子ですかさず切り込んで来た。それも、一番触れられたくない所にズバッと切り込むが如く、鋭い疑問を投げかけて来たのである。
《一つ疑問、何でこれが苦手なの?、私って生まれた時からずっとこうだったでしょ?》
「⁉、…そ、それは」
答えられなかった、どう言う訳か、出そうと思っている言葉が口から出て来ない。
ただ一つ言えるのは、私は元の自分が恨めしくて仕方なった、ただそれだけ。だからこうして、敢えて外向きの姿を偽り、一人の人間として生きていくようになったのだ。
《でも逃げられない、だって私は、他でも無い私なんだもの》
「間違えないで、貴女と私は別の存在、余所からやって来た分際で私を語らないで欲しい」
《私は本当に解ってない、そんな調子じゃ、天使徒の試練を乗り越えられない》
その言葉はとても冷酷で、とても端的で、とても慈愛に満ちているように感じる。目の前の天使徒は、間違えても私を貶めようとか、そんな性格の悪い事は考えていなさそうだと言う事も判る。
その位の事は頭では理解出来ている、だが、私の心がその理解を許さなかった。
「試練の話は聞いた、でも勘違いしないで、私は決して試練を乗り越えたいとか思ってない!」
《ならどうして、私は今、ここで私と相対しているの?》
この時、私は思わず、つい先程の軽率な発言を悔いた。ただそれでも、依然、頭で理解出来ない。
何故私が、こんな、意味の解らない所でムキになってしまうのだろう?何時もなら有り得ない事態、ここまで口や身体が言う事を聞いてくれない事等、これまでに無かったかもしれない。
だが、私が自問自答に走る前に、天使徒自らが正解を口にする。
《それはね、私は私の前では、自分を偽る事が出来ないからだよ》
「そんな事解ってる、小紅から聞いたし、実際見た感じでもその通りだと思ってる」
《いや、解ってない、解ってないからそんな言い訳に徹してる》
ド正論だった、確かに、私は今言い訳がましくなっているかもしれなかった。
《ほら、もうそれがダメ、今の私じゃ試練なんて到底乗り越えられない》
「だったら何?、私に何をしろと?、その前に貴女何様のつもり⁉」
ダメだ、もう何もかもがぐちゃぐちゃだ。もう右も左も判らない、真っ白な空間とか関係無しに私の心はぐちゃぐちゃに搔き乱されていた。
この時、不意に目頭が熱くなってくるのがまた恨めしい。まさかこんなに辛い思いをする羽目になるだなんて思ってもみなかった。
そんな私を前に、天使徒が呆れ気味に告げる。
《最初に言っておく、私は決して、私を貶めたり苛めたりしたい訳じゃない》
「…いや、ここで口を挟むのは野暮、その言葉は一旦信じる」
《だけど今の私では、これから先の苦難を乗り越えていけない事も事実、必ず自分の力で克服すべき》
実に耳の痛い指摘を、目の前に居る天使徒から、直に受ける羽目となった私。
何故だろう?、別に天使徒が悪い訳では無いのに、今度は殺意のような情動が湧き上がってくる始末。
《殺意…、まだまだ、貴女はもっと精進しないと》
「天使徒だか何だか知らないけど、初対面の癖して偉そうな物言い、何時からそんなに偉くなったの?」
相変わらず、不意に感情的になってしまい、意図せずとも八つ当たりを止められなくなっている私。っでも最初から解っているのだ、今の私がせねばならない事は、私に与えられた醜いソレを受容する事であると。
私も王城に居た頃に話を聞かされ、私の一族、即ちエストワール王家の影の部分を知った。そして私が、その陰の部分に触れている、何なら一族の中で最もその陰の部分に近しい存在である事も。
その事実は、元来普通でありたいと願う私にとって、どうしても受容し難いのものとなっていた。だが天使徒が言うには、これに対し折り合いを付けねば、後にも先にも進む事が出来ないと言う。
そんな事願い下げだ、とも言えないのが悲しい所、どうせさせてくれないだろうし諦めた方が早いだろうか?
そんな感じで内心動揺している私に対し、天使徒から想定外の一言を浴びせられる事となる。
《…それじゃ、早速『試練』を始める、準備して》
「…え?、嘘、いきなり?」
《人間誰しも、短期間では変われない、だったら疲弊する前にさっさと済ませてしまうべき》
天使徒の言う『審査』については、小紅から、触りの部分を聞いていた。確か聞いた話に拠れば、所有者と天使徒のパワーバランスを決める為、所有者側に対して実施される試験だと聞いた覚えがある。
その内容は、初期段階ではそう難しくないと聞かされているが、今の私に合格出来る内容なのかどうかは断言できない。天使徒の思いもよらぬ出で立ちを受けて動揺してしまった挙句、いきなり強行される『審査』、もう私のライフはゼロであると言いたい。
しかしこうなった以上、今の私に、これを避けて通る術など一つも存在していなかった。その癖絶対に合格せねばならない試験である事に変わりは無く、一度でも失敗しようものなら全てが終わり、故に私が思っていた以上の緊張が襲い掛かって来る。
《どっちみち、今回が初対面だし『審査』を行わないといけない、悪いけど付き合ってもらう》
「『審査』?、いきなり?、私何も心の準備とか出来て無いって」
《…なら少し待つ、私達の対面にも時間制限がある、だから早くして》
私の何処か情けない発言を受けて、呆れながらも聞き入れてくれる天使徒、何かこう言う細かな対応を見ても私にそっくりだなと思えてしまう。そして似ている事だけならば然程問題にもならないのだが、これが巡り巡って同族嫌悪へと発展するのが如何し難い所だ。
でも改めて思う、今後何があろうとも、目の前の天使徒とは仲良くなれない気がするのだ。この私の抱いた感想はどう言う訳か天使徒にも共有されており、彼女は特に何を言うでもなく、ただ静かに頷いて見せた。
《もう待っても時間の無駄としか思えない、早速始める、さっさと終わらせよう》
「…本当、何故かは知らないけど、何処まで行っても気に食わない奴」
《私の事が気に食わないのは良いけど、そのままじゃまるでダメ、何時も通り冷静になって欲しい》
そして前置きとか、そう言った一呼吸をすっ飛ばして、いきなり開始宣言をされてしまったのである。でも天使徒は天使徒で解って無いと思う、だってこんなのをいきなり見せ付けられて、平静を保っていられる者がどれだけ居る事やら。
いや、逆にこう言う場面で冷静になれないと、審査を合格していけないと言う事の裏返しでもあるのか。解ってしまえばタネは簡単だけど、これを実行するとなると途端に話が変わって来る、思っていた以上に難しいのが困る。
私、想定が甘かったのかな?、ましてやそう言う問題でも無いのかな?
《じゃあ早速、私達の『審査』を始める、普通に素直にやってれば合格出来るから》
「…ッ!、いや…、何でも無い…」
聞きたいことは山ほどあったのだが、何となく今がその時では無いなと、直感で感じていた私である。
結局そんな私は、天使徒主導の元、『審査』とやらを受けさせられる羽目となったのであった。
そうして始められる審査の直前、前置きとばかりに、天使徒が奇妙な事を呟いた。
《でも私も本当に悪運が強い、あの女は既に王家の影の部分に気付いた上で、私に取り入ろうとしてる》
「何それ?、あ、あの女って?」
正直心当たりが無かった事を聞かされてしまい、訝しむと同時に、すぐさま問い返してしまっていた私。だが、ここでどういう訳か、天使徒は答えてくれなかった。
じゃあなぜ口に出したのか?、こうなる事が分かっていて、どうして態々余計な一言を挟んでしまうのか?その質問に対する回答は、意図してか意図せずか、私が訊ねる前に明らかにしてくれた。
《今私の近くに居るあの女、アレは私が思っている以上のタヌキだから、どう頑張った所で隠し通せないのも無理は無い》
「え?、え?、ええ?」
否、天使徒は私の問いかけに答えるつもりが無かった訳では無いらしい、少しして思いもよらぬ発言を続けていた。
《いや、あの女呼ばわりは私目線失礼、あのお方と呼んで然り》
「…、…、…?」
《じゃあ一つだけ言っておく、何があってもあのお方を敵に回しちゃダメ、あのお方は私が思っている以上の恐ろしいお方》
あのお方?、そう濁されてしまっては、私の中であのお方とやらの特定を行う事が出来ない。と言うか、審査を始める直前で、そんな気を散らすような事言わないで欲しい。
…今思えば、それって、普段の私がやっていた事だったかもしれない。一応、スッキリしないので、ダメ元ではあっても聞くだけ聞いてみようか。
「あのお方?、あのお方って、私が知ってる誰か?」
《その通り、あのお方は本当に厄介な性分してるから、どれだけ打ち解けたとしても警戒を緩めちゃダメだから》
「何それ?、一体そのあのお方とやらが、審査とどういう関係があると言うの?」
生憎と私には、天使徒の言うあのお方に、明確な心当たりを得る事が出来なかった。しかしその物言いからして、恐らく私と面識のある人物、それもかなり身近な人物である事だけは想像出来る。
その候補となると、小紅を始めとする、常軌を逸した強者の方々の中に居そうではある。でも、仮にその正体が小紅だったとして、こうも簡単に繋がる事実を濁そうとするだろうか?
と言うか、小紅については現時点で不明点が多いのだ、言われなくても警戒するに決まってる。ただ仮にそうだとしても、今私が見させられているソレに、辿り着けているとは到底思えなかった。
私が忌み嫌うソレは、小紅と同様、人の身に抗えるような存在では無い。何なら小紅でも、これと正面切って対峙させられる事になれば、無事でいられるとは到底思えない位の脅威なのである。
だが仮に辿り着いていたならば…急に寒気がして来た、想像するのさえ憚られる程の恐ろしい妄想だ。これはもう、私の精神衛生上宜しくない事が想定されるので、考えない事が吉と思われる。
しかしここまで考えさせておいて、天使徒は私が思っている以上に非情だった、事もあろうか「申し訳ない、今のは余計な独り言、忘れて欲しい」なんてほざき始めたのである。
勿論納得はいかない、ただそれ以上に、今の私に心身の余裕があるとも言えない状況なので受け入れる他無いだろう。
《それじゃ、説明する、審査の内容は…》
そうして一方的に語られた、余りにも予想だにしなかった内容を前に、私は思わず委縮してしまうのであった。
~ヴァンサイド~
一方その頃。同じく白一色で染められた世界にて、ヴァンは自身の現身たる天使徒と対峙していた。しかしその様子は、羅黄玉の所とは全く毛色が異なっていた。
《YOUも相変わらず人が悪いね。だがそれでこそ、MEが選んだ傑物と言ったところか》
「OF COURSEだとも。MEの華麗な演技に、周囲は面白可笑しくも振り回されている様だ」
《確かに、YOUの演技力は中々のものだ。恐らくYOUのお気に入り、羅黄玉以外には見抜けてい無いだろうYO》
「羅黄玉か…」
ヴァンは内心で愚痴る。本当によく、天使徒と言うものは、自己の内面を見抜いてくるものだ。
これに苦笑いを浮かべつつも、依然自分のペースを崩さないのがヴァンと言う男である。この男、実は皆が思っている以上に常識の範囲を逸脱した存在なのであった。
《YOUは確かに凄まじい。PHYSICALにおいて天賦の才を与えられながら、TECHNICALな方面を軽視せず実直に鍛錬し続けている。その上MENTALもMONSTER級となれば、YOUに並び立てる者など存在しないだろうよ》
「何を今更。当たり前の事過ぎて、最早触れるつもりにすらならないねぇ」
《だからこそ、あの小娘を意識してしまうようだねぇ。確かにあの小娘も、底が知れないからねぇ》
ヴァンは生まれつき、身体能力においても知能指数においても、はたまた精神性においても周囲の人間を大いに引き離すだけのポテンシャルを持ち合せた上で、この世に生を受けた。
彼は特に努力するでも無く、大抵の事が出来た。それどころか、ちょっと努力するだけで大半の分野で一番になれる程に、様々な方面での才能に恵まれていたのである。
それだけではない、偶然外で遊んでいた際に羅神器を見つけ、これの所有者に選ばれた。周りからすれば快挙なのだと言うが、あっさりと選ばれてしまった彼からすれば実感が湧かずに居たのは言うまでも無い。
そんな彼は、頭の中では解って居つつも、心のどこかで他者を見下しながら生きている節があった。寧ろ自分には出来て当たり前な事がどう頑張っても出来ない周囲の人間を見て、何故そんな簡単な事も出来ないのか?と素朴な疑問を抱きつつ、そのような人間に用は無いと切り捨てる事さえあった。
彼の周囲は常に灰色だった。周囲の何にも、特段興味を持てずに生きて来たのである。
「(どうせ、どいつもこいつも同じだろう?)」
今回の特待生だってそうだ。いきなり殆ど使った事の無かった銃を握り、遊び半分で入団試験を受けてみた所、驚くほど簡単に特待生合格を勝ち取る事が出来たのだ。
しかし同期には、自分と同じく特待生合格を言い渡された者が、自分以外に七人も居ると言う。どのようなものかと期待しつつ入団してみたのだが、その大半が存外大した事無く、「旅団の定める合格基準も大した事無いな」と嘲笑する他無かったのである。
しかも彼の悲劇はこれだけに留まらない。銃のエキスパートが多く在籍する讃銃士において、初心者も良い所のヴァンがトップクラスの銃の使い手と判断される始末。
無論経験不足が故に至らない箇所はあるのだが、それ以上に銃の取り扱いや操作のセンスがずば抜けており、これに加えて羅神器も所有していた事で、殊の外ごり押しする事が出来てしまったのである。
《そんな中で、唯一YOUを超えるかもしれない存在があの小娘だった訳だ》
「曲りなりにも、淑女相手にその言い方は如何な物かと思うがね」
《OH,SORRY。だが確かに、あの娘はMEの目から見ても化け物だNE。中途半端にその実力をひけらかしているが、それも考え無しとは思えないしねぇ》
「そこなのさ。LADY、まだまだ実力を隠して居そうな予感がするのだよ」
そんな中、ただ一人彼の目に留まった存在が居た。それが羅黄玉である。
彼女の言動には何処か一貫性が見られず、それで居て常人では出来ない事を当たり前のように仕出かしてしまう。普段は不真面目で抜けている所もあるのだが、それでいて肝心な所での詰めの甘さは一切無く、その言動や立ち振る舞いを見ても何故か隙と言う隙を見出せない、不思議な人物であった。
今回もそうだが、ヴァンですら一対一では相手取るのが厳しかった堕天使徒を相手に、余裕ある立ち回りを見せていた。それだけで無く、ヴァンでは絶対に敵わない相手であるあの純白の天使徒を相手に、対等な口調で会話に勤しんで居た事も記憶に新しい。
そもそもの話、羅黄玉はあの純白の天使徒と同格の力を軽々と行使して見せた。この時点で、羅黄玉がヴァンより格上である事は明白だったのである。
《HMM…YOUが他人に興味を抱く事は喜ばしい事だ。だがくれぐれも、油断するのは厳禁だからねぇ》
「勘違いしないでくれ。MEは間違えても、彼女と刃を交える事はしないさ」
そう何時ものように、自信満々に堂々と言い放つヴァン。彼は基本的に自分に出来る事しか口にしない男なので、今回も何時もの如く有言実行に徹する事となるだろう。だが天使徒は、羅黄玉と言う存在に何処か懐疑的な印象を抱いていた。
何かが引っかかる。ヴァンとは異なり、あの小娘に対して何処か好印象を抱く事が出来なかったのだ。
「WHY?何処か不満そうだが」
《いや、ね。MEの余計な心配でなければ良いのだが》
「どうやら、YOUには何か気に食わない所があるみたいだねぇ。良いじゃないか、WEは同じ身体に宿えど元は別の存在同士、それはそれでMEの人生を彩るのに大いに役立つだろうさ」
《相変わらず、心配になる程に自己本位だねぇ。だがそれでこそ、MEの選んだ所有者なだけあるってものさ》
この両者、現在の会遇以前にも何度か顔を合わせており、それなりに折り合いをつける事に成功していた。またここだけの話、初期段階で「全身換装」の段階にだって至る事が出来ていたのである。
だがそれでも、最終形態たる熾天使徒には程遠い。だからこそヴァンと言う男は、この羅神器と言うものに唯一無二の魅力を見出していたのであった。
「まだまだ、先は遠いねぇ」
《悲嘆はしていないだろうが、恐らくYOUなら熾天使徒に至れそうな気はするよ》
「煽てなくても良いさ。そんな事より、速やかに審査とやらを済ませてしまおうでは無いか」
《それを提案するのは、本来であればMEなのだが…良いだろう、任せておくと良い》
審査についても手慣れたもので、既に何度か試練をクリアしていたヴァンではあるのだが、今回ばかりは毛色が異なっていた。何せ今回は、自分の暫定の階級以上の階級に匹敵する堕天使徒を倒した事により、階級が二段階も上昇していたからである。
審査の難易度は、自身の天使徒の階級に準拠する。この階級が上がる事によって、必然的に難易度も上昇してしまうのだが…
「これまでも十分に余裕があった訳だし、大丈夫だと思うけどねぇ」
《確かに失敗する気はしないね。その調子なら今回も大丈夫そうだし、始めようか》
そうしていつも通り、楽々乗り越えてしまうのだろう。両者は信頼にも落胆にも似た絶妙な感想を抱きつつ、『審査』と向き合うのであった。
~羅紅玉サイド~
俺は特に『審査』とか受ける必要も無いのだが、折角だし行ってみた。
一仕事終えた後、関心が特待生三人組の相手をしている裏で、俺は一人精神世界へとダイブする。
そうしてやって来た先では、他二人の精神世界とは異なり、緑で埋め尽くされた壮大な平原が広がっていた。その先には世界樹と読んで差し支えない程の立派な大樹が一本植わっており、それが何時に増して青々と生い茂っているのが印象的だ。
そんな大樹の麓に、一人の人間が仰向けに横たわっているのが見える。見た目は成人していない少年と言ったところ、だが外見そのものに特段目立った特徴などは見受けられない。
しかしそれ以上に、目を引く箇所があった。それは先程の俺と同様、欠損していた左腕と両足である。
尚、唯一右腕だけは無事な状態であるようだ。
そんな彼は、俺が傍に近付いても深い眠りについたまま、目覚める様子を一向に見せない。だが診察を行ってみた感じ、もうそう遠くない未来に目覚めそうな予感がある。
だがこの少年、常道の手段では目覚める事が出来ない状態にあった。そうなると考えられるのは、恐らく…
「ふーん、やっぱり混ざってたっぽいねぇ。ここじゃ、表に出てた時とまるでソフトが違う気分だもん」
否、どちらかと言えば精神よりかは肉体の方に大幅な変化が生じていた。しかし、俺としてはそのような些事はどうでも良い事であった。
そんな中、やはり気になるのが期待の最後の発言。「右腕を消し飛ばせなかった」と言う謎の一言。
その答えが今、俺の目の前で証明されようとしていた。確かに、少年を見ると右腕だけが無傷の状態で残っているのだから。
ああ、何故少年の欠損を俺の欠損と結び付けているのかって?それは俺が、期待から受けたダメージを少年の肉体に反映させるよう調整していたからである。
実は俺、羅神器の能力を用いて、肉体に生じたダメージを他人に肩代わりしてもらう事が出来るんだよね。今回もしっかりと使っており、先程の欠損もここに居た少年に肩代わりしてもらったのであった。
念の為に忠告しておくが、この事は他言無用である。
「うん?この右手、何か変だなぁ」
そんなこんなで少年の右手を診察し始める俺だが、その右手が奇妙な秘密を孕んでいる事に気付いてしまった。
先ず右拳の指が癒着しており、手を開く事が出来なくなっていた。まるで火傷を負ってしまったのかと疑いたくなるくらいに、指の皮膚が溶けてびっちりとくっついてしまっている。
またその握りしめた拳の中に、何かが握られている事も判った。これは「情報爆弾」を打ち込む事で判明したのだが、どうやらビー玉サイズの謎物質で出来た球体が握られているようである。
この球体、非常に俺の興味をそそった。思わず俺もその右拳に触れようとして…俺の右手が、右手で無い事に気付いてしまった。フッサフサの羽毛が俺の手羽先を埋め尽くし、鳥の翼のような形状へと変化していたのである。
これじゃ勝手が違うよな、と苦笑を浮かべた俺は、その右手に羽先を軽く触れさせた上で、そこから直接情報爆弾を流し込む事にした。すると、恐るべき事が判ってしまったのである。
「何だこの未知の物質⁉これ、革命が起きるぞ⁉」
その物質はビー玉サイズの小さい球体ながら、その内部に夥しいプログラムを内包しているようだった。しかもその内容を読み解いていくと、どうやらこのビー玉を握っている人物に対して働きかけを行う内容であるようで、その効力は対象者の肉体や精神の構造を変化させる事まで出来るようだ。
これは非常に興味深いサンプルであった。と同時に、俺の中でとあるものと深く結びついたよう名実感を覚えるに至ったのである。
「この理論なら、あの職務にも転用出来るんじゃね⁉」
あの職務と言うのは、言うまでも無く俺が躓いていたあの難関職務「ソロモン王の伝説」である。その際に使う「種」とやらの筐体として、活用できるようなそんな予感がして止まないのである。
しかもこれなら、俺が最初に試していた迷宮格よりも高性能の筐体を生み出す事が出来るだろう。無論それ用に調整を施す必要はあるだろうが、だとしてもコンセプトとしては先にも増してシックリ来る感覚があった。
「これは試してみる他無いじゃん!どれどれ…」
と言う事で、俺はそのビー玉に対して情報爆弾を流し続け、その構造を多角的に探ってみる事にした。すると段々、俺の中に目覚ましいまでの画期的な情報が流れ込んで来た。
そうして分かった事が幾つかある。先ずこのビー玉、飽くまでも特定の目的に特化したもので、直接の転用は難しいと言うもの。またこのビー玉、一度右手を開けば、途端に空気に溶けてしまう物質で構成されているらしい。
なのでこのビー玉をまんま複製した所で意味は無いのだが、その物質の構造や構成はしっかりと把握した。これなら違う分子を用いて構成する事で代替品を形成できそうだし、全く同じとはいかずとも似たような性能を与える事も出来そうだった。
また構造についても、使用する素材に合わせて調整を行う必要があるのは事実。何度かテストを繰り返す必要はあるだろうが、それでも前に試したコンセプトに比べれば、遥かに希望を持てると言うもの。
ハッキリ言って画期的だった。第弐拾参のアホに踊らされているのは気に食わないが、俺としては早速試したくて試したくて仕方ない。
まさかこんな所で、こんな心躍るアイデアに巡り合えるとは思えなかった。ダメだ、俺、興奮しちゃってる!
「にしても、まさかこんな近くにヒントが転がってたとはねぇ。完全に盲点だったなぁ」
この少年の右手、実は何時でもこうして調べる事が出来る状態にあった。最適解に従った結果、こうして気付く事が出来たのでそれは僥倖だと思うが、まさかこんなに近くにあったと知れば悔しく思えてしまうのも仕方ないと思う。
もっと早く見つける事も出来たかもしれないが、まぁ終わった事を嘆く必要も無いだろう。そんな事より今は早速実験だ、さぁ!さっさとこの遠征依頼とか言う余興にケリをつけて、すぐさま作業に移ろうでは無いか!
「フフフ、残念だったねぇ!俺はこう見えて、ポジティブシンキングも得意なんだよ!」
なんて、虚空に向けて訴えかける俺。何かもう、このビー玉の情報を獲得できた時点で満足してしまったや。
と言う事で、現実世界に戻ろうと思います。ほな、さいなら~。




