第七十二話:末路
重苦しい空気に包まれた停止空間内にて、対峙する三者はより一層緊張感を強めていた。かく言う俺も、握りしめる拳も無い中必死に状況把握に努めていた。
正直、俺の四肢が欠損させられた事に関してはどうでも良い。
生憎と俺は羅神器の所有者だし、何なら技師としてもそれ相応の腕を有している自信がある。義手や義足を精製、製作する事なんて造作も無いからだ。
それに今の俺は熾天使徒の形態に換装しており、この形態において生身の四肢の有無は関係なかった。そもそも俺の戦闘スタイルは自立機動式と言う飛び道具を軸に組み立てるので、別に武器を手に持たずとも相手に後れを取る事は無い。
ああ、相手と言うのは堕天使徒の事だ。期待は無理。
そんな事より、俺は期待の取った一連の行動について何かが引っかかるような感覚を覚えていた。と言うのも、期待が俺やエルルを見ているように見えて、もっと別のモノを見透かしているような、そんな印象を受けたのである。
そしてここまでを受けて、俺には思い当たる節があった。それは期待の中身だと思われる「期待」や「喜悦」が既に体得している技能で、俺も必要に応じて使っている…
「ちょっと確認しても良い?」
《ん?何?》
「今アンタとアタシが見てるモノって、全く同じモノだと思う?」
実はこうして寸劇…いや、心理戦を繰り広げている裏で俺は「場」読みも行っており、何時もの如く「最適解」を出す事に注力していた。その甲斐あって、大分視界が開けて来た実感がある。
そして同様の事を、俺の同士たる期待や喜悦の両名が出来る事を俺は知っている。しかもそれだけに留まらず、その精度が三人とも殆ど同等のレベルに達している事も。
因みに俺の言う「最適解」は、飽くまでも「今俺が居る場所一帯または一定空間内」を「場」と定義した際に、「場」そのものを主軸と定め、「場」視点で最も最適に事が運ぶ解答を「最適解」と称している。実は細かい差にはなるのだが、精度やレベルこそ同等でも、「期待」と「喜悦」ではこの「最適解」の意味が若干異なっているのだ。
先ずは俺が見出した「最適解」を実行する前に、期待の正体をハッキリさせておこうと思った。本人は第三者に自信の正体を明かすつもりが無いようだが、俺相手だけなら問題ない筈。
…と言う思惑の元尋ねてみたのだが、期待は随分と察しが良いようで、直ぐに俺の言うモノが何たるかを理解し得る事が出来たようだ。
《ああ、アレね。でもそれを聞いて何になるの?》
「良いから、答えてくれない?」
《そうだねぇ…少なくとも、俺が指詰めをしたのは俺の意思によるものでは無いよ。何となく、そうした方が良いかなって》
うーん、これだけだと両者共に回答が変わらない筈だ。もう少し踏み込まないと解らないか。
「何となく…ね。だったらアタシは、両手足を無くされた腹いせにアンタに八つ当たりしちゃっても良いんだ?アドリブにはなるけど、折角だし文字通り死力を尽くしちゃおうかな?」
《うん?勝手にすれば良いじゃん?えーと…ああ、そう言う事か。まだ疑ってたのか》
俺が核心を抱くと同時に、期待も俺がその正体に行き着いた事を悟ったらしい。だがその表情に悔しさのようなものは微塵も垣間見えなかった、これも想定済みと言う事か。
そしてこの回答からも、目の前に居るのが期待である事が確定的となった。この時「期待」なら「その場合どうなる?本筋からどう言う変化が生じるのか見てみないと」と答えるのに対し、「喜悦」は「筋から外れた行いを選ぶなんて愚か、どうなっても知らないぞ?」と答えるので、嫌でも判別されてしまう結果となるのだ。
やはり、コイツの中身は期待で間違いないようだ。
だが相手が期待となると、ここだけの話喜悦よりもやり易い。何故なら俺と期待の見える「最適解」は、幸か不幸か完全に一致しているからだ。
後は決められたシナリオをなぞり続けるだけで良い、余計な事はしなくていい。
《じゃあ、早速後片付けと行っちゃおうか》
「だね。アタシ達はくれぐれもバックアップに徹する事、ってのが守るべきルールになるかな?」
《そだね。って事で関心の連れの皆は、サクッとこのゴミを始末しちゃってください!》
そう言って無邪気な笑みを浮かべながら、堕天使徒を指差す期待。ヘルム越しなので目視は出来ないが、俺には判る。
だが、これを受けて黙っていない連中が居た。それは堕天使徒と特待生の両名である。期待のあまりにも無茶な物言いに、思わず黙っていられなくなってしまったらしい。
「てめぇ、コラ!一度勝っただけで妙に偉そうじゃねーか!あんな不意打ちみたいな卑怯なやり口でよぉ!」
「サクッと倒すって、私達には荷が重い相手でしょうに」
「確かそちらのお方、小紅さんの「同士」なのでしょう?御二人して、現実が見えていらっしゃらないのかしら?」
「全くっす!そんな簡単に倒せていれば、苦労はしないってもんっすよ」
本来特待生と堕天使徒が対峙する構図になるのがセオリーな筈なのだが、どう言う訳か両者が結託して期待に詰め寄る展開となっている。両者共に、文句は尽きないらしい。
だがそんな中、若干名二人程、これら連中とは異なる反応を見せる者が居た。それはヴァンと小黄の二人、所謂羅神器の所有者二人組である。
「OH…あの二人を前にした瞬間、あの堕天使徒が小さく見えて来たNE」
「二人共凄い、正直あの二人に全てが委ねられたと言って良い、もう多分既定路線に入る」
この二人は羅神器を所有している事も相まって、俺達二人の本質をよりよく理解する事が出来ているらしい。そもそも羅神器には「他の天使徒の気配を感知する」権能があり、これを用いて俺達の事を観測したものだと推測される。
二人に関しては、俺達が堕天使徒なんかとは別格の存在である事を見抜いている様子であった。現状大した事はしていないものの、この二人なら何でも出来てしまいそうだとか、迷惑千万な事を考えていそうな節があった。
だが、その認識は大方間違っていない。そしてこの見解を示した二人を、手放しに称賛する期待の姿があった。
《おお、そこの二人は羅神器を所有してるだけあって理解が早い!そう、これから堕天使徒を討伐するとか言う流れ作業…もといヤラセの戦いが始まるからね》
「ヤラセ…言い得て妙だじゃん?」
「オイオイちょっと待ちやがれ⁉何で俺様が、そこの弱っちい連中に負ける事になってんだよ?」
歯に物着せぬ期待の発言に対し、堕天使徒が何処か焦った様子で必死にこれに食らい付いていた。本人も何とか活路を見出そうと必死なのだろうが、恐らく堕天使徒は堕天使徒で薄々悟っているだろうな。
だが、この堕天使徒発言に合わせて指を差された特待生達は、何故かより一層悲壮感を漂わせるようになっていた。ヴァンや小黄なら兎も角、他の特待生達はここまでを通じて、自分達が堕天使徒に太刀打ち出来ない事は身に染みて理解させられているところだろうからな。
幾ら期待のお墨付きを頂けたとて、その言葉に実感が湧かないのも当然だろう。
だがここで、期待が余計な煽りを入れやがる。
《確かに、そこの連中は弱っちいね》
「piー自主規制ーii⁉」
《今思ったけど関心、何でこんな雑魚共と行動を共にしてるの?何時からそんなお人好しになっちゃった訳⁉》
ノンデリ…率直に浮かんできた感想を胸の内に押し込みつつ、俺は特待生達のフォローに回った。
「確かに現時点では、でもポテンシャルは十分だと思うんだよ」
《うーん?粒揃いだとは思うんだけど、無理して肩入れする程じゃなくない?》
「本当にそう見てるなら愚かってだけの話、論ずるに値しないって奴ね。それにこの戦いが終われば、誰かが羅神器を手に入れる事になるかもだし」
《ふーん。やっぱり関心も、この粗大ゴミに負けるなんて思ってない訳だ》
「それはそう、だって事前に念入りな下準備だってしたし」
《ま、道理だね》
そして俺の発言もまた、堕天使徒に対するデリカシーに欠けた発言であった。俺もまた、堕天使徒が生き残る仮定を微塵もしていないからだ。
だがどのみち、俺や期待が堕天使徒を生かしたまま見逃すと言う未来は有り得ない。そもそも生きてこの「場」を潜り抜けられると言う、堕天使徒目線での希望的観測の方が現実味に欠けると思うのだ。
それに俺もまた、堕天使徒が特待生達に負けると思ってるしね。と言うか、何としても特待生達を勝たせるからね。
だが、同士二人組の発言を受けて黙っていない者が一人。もう隠すまでも無く堕天使徒である。
「ざけんな!こんな雑魚共に負けるとか、そこまでして俺を馬鹿にしたいかよ」
《いや、馬鹿にするどころかこの上なく敬意を払っているとも。実際君とそこの人間達だと、天と地ほどの差があるのは事実だし。一応羅神器の所有者二人組はマシだけど、他はねぇ》
「アタシは?」
《え?論外》
「わお」
確かに、普通特待生の一行が智天使徒相当の堕天使徒に勝てる可能性なんて、万に一つも存在しない。それは俺達同士二人組の舐めたやりとりを見ても明らか。
何せ今回、敵よりも上位である熾天使徒に相当する規格外が二人も、この堕天使徒の掃除に加担しているのだ。確かにこの場において期待は俺の敵ではあるが、同時に堕天使徒の敵でもあり、同時に他の特待生達の敵では無い。
つまり関心たる俺は引き続き特待生側に付き、期待もまた特待生側に立ちこれに加担してくれる。これが全てであった。
「ふざけんな!だったら俺が、そこの雑魚共を塵に変えて終わらせてやんよ!」
「いや、終わらない。その為にアタシ達が居る」
《そゆ事。俺が堕天使徒を弱体化させつつ、関心がそっちの人間共を強化する。良い感じに調整して、接戦を演出しようね》
「は?何だよそれ、意味解んねえって!」
そう…この場に居るのが特待生と堕天使徒だけならば兎も角、ここには俺と期待と言う、二柱の熾天使徒が居た。この二柱のバランスブレーカーが原因で、堕天使徒はその首を絞められる事になってしまうのだ。
この二柱は、他の当事者が思っている以上に理不尽であった。
「じゃあ一応…副武装の大型自立機動式を展開、各自装備しちゃって!」
一旦俺は、合計八基の大型自立機動式を生み出し、この中から人数分を各特待生達の元に向かわせた。お嬢様二人組に関しては一度武装を解除し、再度新たな大型自立機動式を向かわせている。
そうして各自の手元に行き渡るや否や、大型自立機動式が変形した。そして各特待生の全身を包む鎧として、全身を包む形状を執ったのである。
その姿は、傍から見れば権天使徒形態の俺のよう。全身真っ黒の鎧に身を包んだ奇妙な集団が、瞬く間に堕天使徒を取り囲む形で展開する。
これを受けて、堕天使徒は俺が何をしたのか理解してしまったようだ。
「まさか、眷属器…かよ」
「正解、一時的に装備者として許可したんだ」
そう、これは先程堕天使徒が使っていたものと同等のもので、眷属器と呼ばれる羅神器の複製品に該当する。これを装備する事で装備者は、俺が認可する範囲内ではあるものの、俺が所有する羅神器の権能を一部活用出来るようになるのだ。
しかもその大本が、今現在熾天使徒の形態を執っている。今回は特待生全員に俺の「結界」と「障壁」に纏わる権能、それから「演算領域」に関連する権能の使用許可を出しているのだが、そのそれぞれの効力は堕天使徒のソレを上回るだろう。
また、俺達がやっている事はこれに留まらない。ここに来て、堕天使徒側に異変が現れ始めた。
「アレ…何だ?この凄まじい疲労感は…」
《あ、それ俺。実は今熾天使徒の形態を執るのに必要なリソース、君から頂戴してるんだわ》
「は?テメ、一体どんな姑息な手段を…あ」
《思い出した?ホラ、君が俺に負けた直後に、命令と称して細工させてもらったでしょ?アレが原因》
どうやら今の期待、堕天使徒の魔力や生命力を燃料として、この形態を維持しているらしい。堕天使徒の内包するエネルギー量はかなりの量になるが、対する熾天使徒の形態維持に用いるエネルギーの量も桁違いとなっていた。
その結果、今現在堕天使徒の体内から有り得ない量のエネルギーが、期待に徴収されている状態にある。流石の堕天使徒であっても、これは相当にキツい筈。
そしてこれこそが、期待の言う弱体化だろうな。全く、エゲつない事をするものだ。
《さあさあ!今も堕天使徒のエネルギーがもの凄い勢いで減ってるって!早く倒さないと、勝手にくたばっちゃうよ?天使徒の討伐ボーナスも獲得出来なくなっちゃう!》
「マジかよ…幾ら何でも酷ぇよ、悪魔かテメエら!」
「いや、ただの同士だよ」
《悪魔じゃなくて、俺達は「天使」だから。偉大なる天の導きに従って、速やかに正義を執行しちゃうだけだよ?》
そう何事でも無いように言い放ってしまう俺達。最早そこに、堕天使徒にかける情など微塵も存在していなかった。
哀しい事に、こんな力技を用いてしまえば、堕天使徒が相手であろうとも特待生達に勝機が生まれてしまうのだ。俺のお陰で敵の「結界」を貫けるようになった特待生達が、時間経過と共に弱っていく堕天使徒を倒せるようになると言う寸法である。
勿論、これは即効性のある方法ではない。だが、堕天使徒が気づいた時点では既に手遅れだった。
「クソが、クソがァァァァ!」
堕天使徒が悲痛に満ちた叫び声をあげる。だがこれを見て何をするでもなく、淡々と目の前の役割に集中している俺達同士二人組。
この光景を見て、特待生達はやる気に火が付く…ではなく、一周回って堕天使徒に同情してしまったようだ。
「何故でしょう?堕天使徒?が可哀そうに思えてきましたわ」
イザベラがふと呟いたその言葉に、俺以外の特待生達全員が同意の姿勢を見せる。確かに、今の俺達がやってる事って、弱い者イジメも同然だもんな。
正直な話、やっている俺も別に楽しくは無い。だから同情している暇があれば、さっさと楽にしてあげて欲しいものなのだが…
「ザケんな、何で俺様がお前らなんかにーっ!」
ここで突如として、怒り狂った堕天使徒が期待目掛けて飛び掛かって行った。その両手には何時の間にやら鎌が握られており、一瞬にしてその首を刈り取る構図が出来上がる。
だが…その刃が期待の首筋に当たった瞬間、ガキンと言う重厚な金属音を立て、鎌の方が弾かれてしまった。
《無駄無駄。俺とお前じゃ、結界の強度が違うからさ。話にならないんだよね》
「チッ、一度防いだくらいで胡坐かいてんじゃねーよ!」
そうして始まる堕天使徒の猛攻、狭い空間内に幾度となく金属音が響き渡る。因みに特待生一行はこれを止めるでもなく、離れた位置から静かに見守るに留めていた。
だが肝心の攻撃は、まるで功を奏していない様子。見た所、切り傷の一つも付けられていないらしい。
「ハァ…ハァ…」
《無駄な足掻きだったね。どうせこのまま関心の連れと戦う事になるんだし、体力を温存しておいた方が賢かったんじゃないの?》
「うるせえ、よ…オマエを倒さない限り、俺に未来は、ねえ…」
《その通り!解ってるようで何より…でも何で、俺に攻撃したって無駄って所は解って無いのかな?もしかして現実逃避しちゃってる?》
「クッ…無駄に硬い結界と言い、何処まで行っても悪辣だなオイ」
そして憎たらしい事に、期待が堕天使徒を煽る煽る。だが堕天使徒も相当に切羽詰まっている様子で、この煽りに対して反論する余裕も無いようであった。
ただなぁ…余裕が無いのが原因か知らないけど、堕天使徒は一つ重要な見落としをしちゃってるんだよな。それを知ってしまえば、果たしてその心の刃を研ぎ澄ませたままで居られるかどうか…
《うーん、仕方ないから優しい俺が教えてあげちゃおうか》
「クッセェよ!絶対に、絶対にテメエの結界を貫いてやっからよ!」
そうこうしている間にも、堕天使徒による猛攻は続く。だが、依然状況に変化は無い。
対する期待だが、どうやら早くも堕天使徒に対し引導を渡そうとしているようであった。俺も対外だけど、コイツ…本当に人の心が無いよな。
ま、当然か。
《ゴメンね、俺。最初から結界なんて使って無いんだわ》
「…は?何戯言を」
《嘘じゃないよ?本当だよ?別に君如きの攻撃なんて、結界を使わなくても無力化出来るんだって。俺の最強過ぎる…まさに神の如き権能によってね》
その後期待は、在りもしない架空の権能「絶対防御」と続けた。普通にその羅神器に存在しない権能なので止めてもらいたいんだが…
「権能そのものってよりかは、権能の副次効果みたいなモノでしょ?あ、それ今の状況だと滅茶苦茶役立つヤツ。良かったらウチの連れにも貸し与えてくれない?」
《あ、良いよー》
そう言って期待が、俺の「演算領域」に似た何らかの権能を発動する。その結果、奴が身に宿していた呪い?のような効果が特待生全員の間で共有される羽目となってしまった。
俺もこの土壇場で、よくもまあこんな鬼畜な思い付きをしてしまったものである。
《って事でお前は、ここに居る誰をも傷付けられなくなっちゃった訳だ。哀れ哀れ》
期待の言う通り、より一層堕天使徒の勝ち筋をつぶしてしまったでは無いか。
だがこれを受けて尚、堕天使徒は信じられないと言った様子で俺達の事を睨みつけて来ている。否、ここで急遽行動に出やがった。
何と標的を期待から特待生の一人、アデルに切り替えてその鎌を振るったのである。
「っす…⁉」
突然の事に、ろくに反応する事も出来ないまま、攻撃を食らってしまったアデル。しかし、期待の権能のお陰で無傷であった。
当の本人は依然自分の身に何が起きたのか判っていない様子で、徐に自分の両手を握っては開いてを繰り返している。他の特待生達は思わず助けに向かおうと思ったようだが、その何ともない様子を受けて、どうしたらよいか判断しあぐねているように見受けられた。
そしてこの結果を受けて、他の誰よりも驚愕していたのが堕天使徒であった。
「嘘だろ⁉マジでさっきと同じ感覚、本気でコイツにも能力を…」
《だからそう言ってるじゃん?もう諦めなよ、ここに居る誰にも勝てないよ》
皮肉な事に、期待の言葉は反論のしようがない事実であった。こうしている間にも、期待の仕業と思わしき時間停止は継続中だ。しかもこれに必要なエネルギーを堕天使徒から調達していると言うのだから、尚タチが悪い。
もし仮に堕天使徒がこれを打開するとすれば、先ずは時間停止を解除する必要があるだろう。そうすれば、今は止まって動けないアンデッドの軍勢を使えるようになるからだ。
だがそれが期待の権能を用いて為されている以上、その解除方法が無い。強いて言えば、自分のエネルギー切れを狙う位しか…詰みだな、コレ。
見た所、堕天使徒本人は単独で時間停止をどうにかする権能を有していないみたいだし、儚くも結果は見えてしまっているね。
とここで、もう居ても立っても居られないとばかりに、小黄が俺に向けて訴えかけて来た。
「もう止めよう?、こんな多数で、一人を拠って掛かって苛めるような真似は」
「無理、そもそも止めてどうなるの?」
ここで俺は、淡々とこれを否定する。だが、依然小黄は納得がいっていない様子。
それならば、ここはきちんと説明しておくべきだろうな。
「それにね。悪いようだけど、ここで堕天使徒を倒してあげた方が、堕天使徒本人の為にもなるって話もあるんだよ」
「何それ?、この期に及んで自分を擁護するの?それか理論武装でもしてこの場を切り抜ける気?」
「いやいや、そうじゃないって。どうせ生き永らえた所で、堕天使徒に未来は無いんだから」
そう、当人は己の生存欲求に従てこのような真似をしていたのだが、そもそも堕天使徒と言うモノは、その存在自体に致命的な欠陥を抱えている事を忘れてはならない。
「?、それは、どう言う事?」
「これは堕天使徒の在り様にも関係してくるんだけどね…」
そもそも堕天使徒とは、所有者と天使徒のパワーバランスが逆転する事で変質し、誕生する種族である。だが変質した所で、元々の「所有者と天使徒」の関係性自体に変化は齎さないのだ。
変わる事とすれば、所有者の肉体を天使徒が乗っ取る事位か。しかしこうして逆転した立場は原則所有者の意思では変えられず、結局は天使徒に身体を乗っ取られたままその生に幕を閉じる道を辿るのが常。
対して天使徒側も、所有者が身体を乗っ取られている以上、所有者の成長が促進される機会も封印されてしまう。そうなると所有者が成長出来ない状態で固定されてしまうので、必然的に自分の格を上昇させる事も出来なくなってしまうのだ。
「結局このまま堕天使徒をやってたとして、その所有者にも、天使徒本人にも、結局何の利も無い。お互いがお互い、望まない状態で固定されてしまった哀れな存在。これを打ち滅ぼす事は、彼らを解放する事にも繋がるって話」
「小紅の綺麗事、無駄に耳触りが良くて、癪に障る」
「アタシの綺麗事云々はどうでも良い。ただ堕天使徒ってのは、その実生き地獄でしか無いのは事実。だからどうか、このまま奴を倒してあげて。それが最大限の慈悲だと思うな」
かく言う俺も、直接引導を渡す役割を他人に押し付けようとしている時点で、下種と思われて仕方ない事をしているなとは思う。だがここで俺が…否、俺や期待がでしゃばるのは筋違いと言う物。
この堕天使徒は、特待生達が自分達の手で倒すべきだ。そしてそれを為し得る事で、彼らにとって貴重な成長の機会が与えられる。
その際の行動次第では、一段階に留まらず、一気に複数段階の成長だって見込めるだろう。相手が強力な堕天使徒だけに、得られる報酬も桁違いなものになるだろうから。
とここで、太鼓判を押すように期待が言葉を重ねて来た。
《関心の言う通り!堕天使徒には悪いけどさ、コイツってみんなが思ってる以上の害悪だからね?コイツが死ぬ事でより多くの権益を生み出す事が出来るし、喜ぶ人達だって沢山居る。苛められて可哀そう…って同情するのも良いけど、何が一番大切かをはき違えないように気を付けな》
「それが真理かも。同情したって、憐れんだって、最終的に自分が生き残れなければ、只のバカで終わりだからね。て言うか、ここで堕天使徒の為に死んであげられる特待生が、果たしてこの中に何人居るのやら」
《だよね。その論調を持ち出して反論したいなら、せめてそれくらいの気概は欲しいよね》
ここまで言うと、流石の特待生達…小黄も同様に、何も言い返せないようであった。
無情だけど、これが極論だった。情に流されて生きていける程、この世界は甘くない。
「…、分かった、皆」
小黄決意を固めたようだ、そしてこれに同意するように他の特待生達が頷き合っている。
「後はもう、弱った敵に止めを刺すだけの簡単なお仕事だから」
「「「「…」」」」
俺の宣言に何か言いたそうにしつつも、口を紡いだまま静かに銃を構える特待生達。そして遂に一切の言葉を紡がなくなった堕天使徒、後はもう言うまでもない。
「それじゃ、後の事は頼むから」
《そっちこそ、抜かりなくね》
「良し。なら全員、発砲用意!」
最後に期待と意思疎通を行った後、俺は冷徹に最後の決定を下す。俺が独断で行った決定だが、これに異を唱える者は何処にもいなかった。
「「「「!」」」」
直後、色んな要因が重なってぐったりしていた堕天使徒に対し、四方八方から集中砲火が浴びせられる。その間堕天使徒は辛うじて絶叫する事は適っても、ろくに抵抗する事さえ出来ていない様子だった。
奴を護っていた結界も、奴の衰弱と共に維持し続ける事が難しくなって行ったようで、次第に特待生達の放つ銃弾がこれを貫いて届き始める。やがて何発かの銃弾を浴びると同時に、パリンと言う甲高い響きを発して砕け散った。
それから、砦の内部にけたたましい銃声が反響し続ける事数分。
最終的に堕天使徒を織りなす鎧はきれいさっぱり消え失せており、そこには血らだけになって横たわった、哀れな人間の肉塊だけが残されていたのであった。




