第六十話:密室
~数日後~
あの後も俺は「整備部門」関連の草案を練ると同時に、「特待生らによる遠征」に纏わる事案について、裏で各所に根回しを行う日々を過ごした。
なんて勿体ぶってみたものの、やった事と言えば主に一つだけである。それは、旅団総領への直談判であった。
「キミ達、本気で言っているのかい?」
一度ギルマスことユナイテッドに電話を繋ぎ、その電波を読み取る事でユナイテッドが居る場所の一座標を把握。この世界の中には居たようなので、一度小黄とこれを共有。
その後ユナイテッドに半ば強引に断りを入れた後、そのまま小黄の羅神器の能力を用いて飛んで来ている。
突然、俺達が知る由もない場所に出現したこともあって、ユナイテッドは呆気にとられている様子。これに追い打ちをかけるが如く、俺は例の遠征計画について、突っ込む隙すら与えない位の勢いで語って聞かせたのである。
俺の常識外れの行動を受けて、ユナイテッドは何やら言いたいことがある様子。だが今回、俺は入念な前準備と理論武装をした上でこの場に足を運んでいる。
また、いざという時の切り札として、激怒から押し付けられた幹部の身分も使えるだろう。今の俺は無敵だった。
「本気です。そして今回は既に事が決まってしまいました。緊急性が高いと判断し、こうして馳せ参じた次第です」
「いやいや、それ以前にだよ?何でボクの居場所が判ったの?ここ、ボク以外の誰も知らない、最重要機密も同然の立ち入り禁止区域内なんだけど」
「…確かに、ここは公にしてはいけないモノが沢山散見されますね。畏まりました、我々姉妹はこの場所の事を完全に秘匿しましょう。必要なら書面で残す事をお勧めしますが」
「いや、それはしてもらうんだけどね。そういう問題じゃ無いんだよね…」
周りにあるモノを見るに、ここはユナイテッドにとって何が何でも知られたくなかった場所なのだろう。ここにあったモノを刮目したお陰で、俺達もユナイテッドの抱えていた決定的な秘密を知るに至ってしまった。
無断で足を踏み入れた事は申し訳ないと思うし、非常識だとも思うが、逆に言えばユナイテッドの弱みを握れたとも取れる。今後とも有効活用させて頂くとしよう。
尚俺の横で、何やら悍ましいモノを見るような目でこちらを見てくる小黄が居たが、華麗に無視を決めた。
「要件を単刀直入に言わせて頂きます。ハッキリ言って、今回の特待生達の試みは無謀も良い所。本来咎められて然りだと思いますし、常識的に考えてまかり通るとも思えないのですが、成功すれば我々にとって利の大きい試みだと判断しています。ギルドマスターには、我々の後ろ盾になって頂ければと」
「いやね、言ってることは理解したよ?でもさ、別にそれをやらなくてもキミ達なら「銃将星」になれると思うし、寧ろそうして欲しいんだけど」
「ですが成功すればより確実になります。アタシ目線全く勝算が無い話でもないですし、別に失敗したからと言って死傷者が出るとも限らない。十分に検討の余地はアリかと」
俺は一切の迷いを見せず力説する。かなり無茶な物言いと言うか、結構大人げない発言をしているという自覚はあるのだが、ここでユナイテッドを言いくるめられると後々で役に立つ。
と言うより、こうして禁断の領域に足を踏み入れてしまった以上、丸め込まれる方が危険だ。そうなると、今後俺達はユナイテッドを相手に、半永久的に敵わなくなる上に言いなりにされてしまう。
何れであっても、ここで引くという選択肢は無くなってしまったのである。
そんな一世一代位の覚悟で狂言を口にする俺とは裏腹に、ユナイテッドは呆れたように深々とため息をついた。
「全く、キミ達の事を見誤ってたかな?ここまで愚かな事を言い出すとは思わなかったよ」
「失望しましたか?」
「失望したね。でもここで話を反故にした所で、何かしら反撃をする腹積もりなんだろう?」
「それ以前にさせませんよ?アタシ達としては、ここで提案を吞んで頂かないと困るだけですし」
「うわー、反故にして困らせたいねコレ。でもすごい嫌な予感がするんだよね、それ」
ユナイテッドは本当に直感が冴えるというか、目に見えない危険の予兆に対するセンサーが研ぎ澄まされていると言うか。こういう物分かりの良い人物は、俺としても話していて嫌いではない。
だが嘆くべきは、ユナイテッドの抱えていた決定的な秘密が、よりにもよって俺に知られてしまった事だろうか?この秘密、俺にだけは絶対に知られてはいけなかったと思う。
正直なところ、俺は困りに困り果てていた。こうなると、俺としても今後の付き合い方を吟味し直す必要があるんだよなぁ。
「何はともあれ、話を進めます。ギルマスには今回の案件について、旅団の担当部署に「この案件はユナイテッド=オパールが直々に受領した」と言う知らせをお伝えいただければと思いまして」
「フンッ、脅迫紛いなのが気に食わないね。キミも解ってると思うけど、この物言いじゃボクとしても頷けないよ?」
「確かに、このままではギルマスが一方的に不利益を被るだけですね。そう思って、アタシ達も最低限ではありますが誠意の証を用意しておきました」
そう言って俺は、懐から二通の手紙を取り出し、これをユナイテッドに手渡した。そのまま中を確認するように促すと、ユナイテッドは恐る恐ると言った様子でその封を切った。
そしてそのまま、中に書かれていた内容を見定めたのか、人に出来るのかと思えるほどに目を見開き、驚愕しているのが印象的だった。それに対し、隣にいる小黄が『何を見せたの?』と言わんがばかりに、訝し気な様子でこれを見ている。
一応俺達の身の上についても軽くは伝えてあったのだが、ユナイテッド視点ここまでとは思っていなかっただろうな。
「まず確認だけど、これらは本物なのかい?」
「勿論、心配ならば筆跡と捺印を照合してみれば宜しいかと」
「うわ…これが本当となると、脅迫とかそう言う話でも無くなるね…」
俺は今回、俺の中でかなり重要度の高い機密事項を明かしてしまっている。勿論、今ここで明かしても問題ない…どころか、今後話が拗れるのを防ぐ為にも明かしておいた方が良いと判断した。
俺も薄っすらとではあるが、事前にユナイテッドがマグノリア商会と何らかの繋がりがある事は感づいていた。それがここに来て、より明瞭になったのが決定打となったと言う訳だ。
だが、その内容に関しては非常に機密性の高いモノであり、原則当事者間でのみ共有しておくべきだろう。何なら、隣にいる小黄にも話さない方が良いと思う。
この認識はユナイテッドも同様の認識でいるそうで、この場で中身についての具体的な言及はする事はなかった。
「でも、本当にボクに明かしてよかったのかい?」
「ええ、時間の問題だとは思っていましたから」
「うーん…これを知ってしまった以上、ボクとしては猶更許容出来る訳がない、と言いたいところなんだけどね」
「ユナイテッドさん」
「解ってるよ。でもそれを加味した上で、これを出して来たんでしょ?その覚悟を無碍には出来ないからね」
今少し危なかったが、どうやら話自体は上手く纏まりそうである。後は失敗しない事だけ気を付ければいい、少なくとも現時点で出きる事は全てやった。
「それで、キミ達は普段相互に連絡を取り合っているのかい?」
「いえ、その必要はないので。ですがその気になれば何時でも」
「…、…、?」
「そうか…解った。元々責任問題の話をしてる訳でも無いし、ここはボクが後ろ盾になろう。でもここまでやっておいて、失敗したら笑えないよ?」
「勿論、その言葉さえ頂ければ他に求めるものはありません。後の事はアタシにお任せを」
事と次第が全く分かってなさそうな小黄を余所眼に、俺はそう言って頭を垂れた。
今回の件を経て、幾つか小さい仕事が増えてしまったが些細な事だろう。もう奥の手も切ってしまってるし、増えた所で感もあるし…
何はともあれ、ユナイテッドに渡した手紙の件も含めて、要所への手回しは大方済んだ。ヴァンはヴァンで上手くやってくれているだろうし、俺の仕事はこの辺で良いだろう。
「ねえ、今さっき、何を手渡してたの?」
「ナイショ」
とここで、小黄から想定内の質問が飛んで来る。気持ちはわからなくも無いのだが、アレに関してはちょっと小黄にも話し辛い内容なので、俺は黙秘権を行使させてもらう事にした。
咄嗟にはぐらかしたのだが、相変わらず小黄は納得がいっていない様子。
「護衛対象に隠し事なんて、護衛役を担っている人として、どうなの?」
「そりゃ、護衛だからこそ言えない事もあるサ。兎に角小黄、羅神器を使ってギルドホールに転移しちゃって」
「…、…、けち」
申し訳ない。そんな不服そうな顔をされても、話す訳にはいかないんだ。
だが小黄もこれ以上聞いても無駄と解ってくれたようで、それ以上追及する事はせず、「座標切替」の能力を使って戻…っておい。アイツ、一人だけ戻って行きやがった。
…
仕方ない。少々距離があるが、羅神器を使って飛んで帰るとしよう。
~~~~~
そうして空の旅を続ける事暫く。地に足着かない不安定な旅路から解放された俺は、一度ギルドホールに足を運んでいた。
確か出立は明日だった筈、特待生達もそれぞれ下準備に奔走している筈。それなのにも関わらず、やけに建物の中が賑やかだと思ったら…
「相変わらず、品のない連中ですこと」
「俺達同じ冒険者じゃねーか、勝手にお高く纏まってんじゃねーよ!」
どうやら以前も喧嘩していた「近接攻撃最強」&「後方支援最強」派閥の連中と、「魔法銃撃最強」派閥の連中が何やら言い合っているようだ。
しかし今になってみても、派閥争いと言うものは如何し難いものだ。
特待生本人の与り知らぬ所で勝手に人が集まって出来てしまう上に、その集まった人間同士が喧嘩する。それに足を引っ張られるのは、他でもない派閥の中心人物「特待生」本人なのだから。
小黄はそもそも興味が無さそうだが、俺のように派閥闘争に嫌気が差している特待生も居るんじゃないかな?ヴァンなんかは多分その類で、普段から人を周囲に寄せ付けないようにしているみたいだし。
まあ、どちらの派閥とも無関係な俺が巻き込まれる謂れも無い訳で。
俺はひっそりと自分の気配を隠しつつ、敢えて堂々とした態度のまま、その人だかりの外周に沿ってフェードアウトする事を試みたのだが…そうは問屋が卸さなかった。
この騒ぎを聞きつけて駆け付けたのであろう、「銃士長」の冒険者達がこれを制したからである。
「こらこら、騒がしいじぇ!ギルドホールでの暴力沙汰は厳禁だじょ!」
喋り方が凄く特徴的な「銃士長」が新人達の注意喚起を行うが、悲しい事に聞こえていないようだ。新人達は派閥闘争に熱が入っているようで、周囲に注意が配れていないようである。
頑張れ、先輩。俺は心の中で合掌しながら、その場を後に…
「おっと、そこ!逃げるんじゃないじぇ!」
「え?アタシ?」
出来なかった。運の悪い事に、その「銃士長」の先輩は極力気配を消していた筈の俺を見逃してくれなかったのである。
これを受けて、色んな意味で驚く俺。
並大抵の人間なら俺の存在に気付く事も出来ないのに、まさかこうもあっさり見破られてしまうとは。紫乃みたく、超感覚の類だろうか?
「そこの女子、確か特待生だった筈だじぇ。これは一体どう事なのだじょ?」
「いやァ。アタシも今帰ってきたばかりで、何が何だかさっぱり…」
「話は聞いてるじぇ。特待生を中心に、新人達の間で幾つかの集団が出来ていると!知らぬ存ぜぬは通用しないのだじぇ!」
いや、マジで知らねぇぇぇ!しかしそんな心の叫びは、彼女の元には届かない。
かと言って、このまま在りもしない疑いをかけられるのは、少々やるせない。どうせ喧嘩をしていたのは他の派閥の連中みたいだし、ここをクローズアップして話を逸らそうか。
と言うか、よく見たら輪の中に特待生本人も紛れ込んでいるんだよな…畜生、うまく隠やがって。
「知らぬ存ぜぬも何も、連中はアタシとは無関係ですよ。そもそも、アタシは彼らの親玉でも何でもありませんし」
「だとしても、見て見ぬふりをするのは如何なものかと思うじぇ?」
「勘弁して下さい。連中はアタシですら目の敵にして来るんですよ?なのに何故こっちから近寄らないといけないんですか?文句があるならそこの派閥を束ねてる、そこの連中を問い質してくださいよ」
そう言って俺は、輪の中に隠れていた特待生三人組を指さしながら告発した。これによって、その場にいる新人全員から途轍もなく冷たい視線が浴びせられる。
全く、これだから嫌なんだ…
「何を言われようと、アタシにはそこの連中をどうこうする事は出来ません。なのでせめて当事者間での解決をお願いします、第三者のアタシを巻き込まないで下さい!」
「ちょっと、待つ…じぇ」
俺はそう言い残して、半ば強引にその場を立ち去った。「銃士長」の先輩が何か言っているが、これも完全無視を決める。
それにしてもだ。派閥の連中は関係無いにしても、明日から特待生本人達はみんな揃って遠征に出かけるんだぞ?こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか…
心配は募るばかりだが、それ以上に俺には優先順位を高くすべき事柄があった。俺としては帰宅早々そちらの作業に集中したいのだ。
訳あって帰りが遅くなってしまった今、こんなところで足止めを食らっている暇は無い。
結局その後は、俺の事を呼び止める声も無く…何とかあの圧苦しい空間から逃げ出すことに成功したのであった。
それにしても派閥か…個人的に派閥云々は要らないけど、今後の事を考えると人手…と言うより助手が欲しい。どうにかして、派閥以外の方法で手頃な人員を調達出来ないかなぁ…
…
その後俺は、旅団に許可を取って、以前お邪魔したばかりの工房を貸し切り状態にしておいた。こんな比較的辺鄙な場所にある、普段使用者が殆ど居ない部屋に意図が寄り付くとも思えないが、今回の作業風景をあまり見られたくないので、念の為というやつである。
因みに今回この部屋を貸し切ったのは他でもない、今回の遠征計画に合わせて、有用な足を確保するためである。
俺は気付いていた。今回受ける予定の依頼について聞いた感じ、その大半がこの街からかなり離れた場所での活動となりそうなのである。
ここの移動に時間をかけるのはあまりにも無駄過ぎる。短縮できるところは短縮すべきと考えていた。
そこで今回、俺はオムニバスを用いて移動する事を第一に思い付いたのだが…
「畜生!オムニバスが七人乗りじゃなければナァ」
そう、残念な事に俺の所持しているオムニバスでは、どうやっても最大七人しか搭乗できなかった。そこに鎧を着込むとなると、車内が狭苦しくなってしまうのは自明の内だった。
なのでどのみち、今回の作戦に当たってオムニバスの二号機的な車両を完成させておく必要があると言えた。運転手や運転方法については何とかなるとして、一先ずは改造する前段階として素体を調達しないといけない。
ただ…
「クッ、ここで大金を叩く余地など、アタシの財布には無い…」
俺は『天啓』が降ってから、ありとあらゆる場所でそれなりの大金を使ってきた。それらは必要経費だと割り切って吐き出してきたが、果たして今回はそれに該当するのだろうか?
正直、旅をするだけなら二台も要らない。仮に新造したとしても、最終的には旅団に明け渡す事になるのでは無かろうか。
そんな車両を購入する金など、俺は有していない。金自体は貯金が幾らかあれど、こんな言い方をしていいかどうか定かでは無いが、こんな事の為に小金貨を十枚以上も使えない。
そう…丁度どこかに、ワンチャン廃車寸前のジャンク品でも構わないから、いい感じの車両が転がってないだろうか。
そう思って、帰り際に何か所か寄り道をした所…いい感じのジャンク品を見つける事が出来た。その品の持ち主に交渉を持ち掛けてみた所、思いの他安価で譲ってもらう事が出来たのである。
それはオムニバスと同様のバス型の車両なのだが、型番は古く十年以上前のモノで、聞いたところ駆動系が完全にくたばっており、まともに動く代物では無いとの事。確かにテストしてみた感じでも、中身に相当ガタが来ているようで、エンジンの動作もかなり不安定だった。
だが個人的には、改造前の素体としては十分だと言えた。中身はまとめて新調する必要があるだろうが、この型番の車両に使える部品を持ち合わせていたのが大きい。
精々部品の交換程度で、造形する必要が無いだけでも十分に大きいと言えた。
オムニバスの時より大々的に改造を施す必要があるが、それでも寝ずに作業すれば明日の朝までには間に合うだろう。
「早速始めますか」
「おや?誰かと思えばLADYではないか」
「⁉」
貸し切り状態の工房内に声が響き渡った事もあり、一瞬驚いてしまった俺。振り返ると、そこにはどういう訳かヴァンが居た。
「驚いた…どうして入って来ちゃったのか、一応ここ貸切ってるんだケド?」
「何、別に邪魔はしないSA。所で何をやってるんだい?」
俺は若干機嫌悪そうに言葉を投げかけたのだが、対するヴァンは機嫌が良さそうである。多分これは何を言っても無駄と判断した俺は、正直に明かしてしまう事にした。
「アタシ、これから作業を始めるんだケド、近くに居ると危ないヨ?ワンチャン死ぬカモ」
「WHAT`S⁉そんなDANGEROUSな事を、こんな所でするつもりなのかい?」
「そうだネ、だから立ち入り禁止って立て看板立ててた筈なんだケド」
まぁ、確かに危険な作業も行うには行うのだが、この物言いは若干の誇張が入っている。本音は、作業の様子を見られたくない一心に尽きる。
それ以外の理由で、ヴァンがここに居ると困る事もあるのだが…残念ながらヴァンは引き下がってくれなかった。
「安心すると良い。MEは羅神器の所有者DA。最低限の自衛は可能だから、そう簡単には死なないだろうSA」
「…どうなっても知らないヨ?」
「大丈夫だとも。MEはそこまで軟じゃないからNE!」
「おーけー、何を言っても無駄って事は理解した。じゃあ邪魔立ては一切厳禁、後ここで見た事は他言無用でお願いネ」
「OF COURSE!任せたまえ!」
少なくとも、言質は取れた。
相も変わらずヴァンは興味津々と言った様子だが、俺のやりたい事に見当がついていない様子。ただこうなってしまえば勿体ぶる理由も無いので、そのまま続けてしまう事にした。
ま、他言したらしたで手を打つのみ。そう割り切った俺は、早速羅神器を展開する。
恐らくヴァンですら知らないであろう、高位の形態に。座天使徒と呼ばれる、全ての形態の中で武装の体積が最大となる、無駄に場所を取ってしまう形態に。
案の定、ヴァンはこの錚々たる形態を刮目して、言葉を失っているようだ。
「WHAT'S?こんなの知らない…」
「ヴァンも羅神器を使いこなせるようになったら、この形態を使えるようになるヨ」
「LADY、YOUは一体…」
やはり、ここまでは至っていなかったか。ま、作業内容に支障の無い情報だし、無視して作業を進めるとしよう。
その後俺は今居る工房の空間を切り取り、指定した空間内に流れる時間を加速させるという措置を行った。
その結果、本来の時間軸とは異なった時空間が出来上がった。
これが今の形態だからこそ使える「時間操作」の能力。水の属性に関連する能力なので時と場所は選ぶのだが、今いる場所の条件では問題なく行使する事が出来た。
この加速した時間軸において、俺は改造の作業を行う事が多い。これが俺が良く使うズルの内の一つ。
今回は一時間が一日になる位に加速させているので、今からだと二週間程度の作業時間を確保する事が出来ている。この能力を解除するまで外に出る事は出来ないが、余計な邪魔が入る事も殆ど無いので、作業に没頭するに当たっては有用な能力であると言えた。
そしてこの能力を発動すると同時に、ヴァンも何らかの違和感に気付いたらしい。
「な、何をしたんDA?」
「簡単な事だヨ。ここの空間を切り取って、時間を早めてるこれで誰にも邪魔されなくなるネ」
因みに、先程ヴァンに対して「死ぬカモ」と示唆した要因は、この空間から脱出出来なくなるという点にある。
さて。ヴァンも俺と同様、これから二週間近く閉じ込められる訳だけど、食事とか排泄とかどうするつもりなのかね?俺は事前に準備してるから大丈夫だけどさ。
「それで…使える能力は一つだけ、まァ今回は『演算世界』一択だけどサ。サクッと発動ー」
そして俺は、この形態で使用可能になる能力『演算世界(仮称)』を発動させる。これは簡単に言えば、俺の羅神器に搭載されたスーパーコンピュータのような能力で、演算能力を軒並み向上させてくれるのが特徴だ。
ただこの羅神器に関しては、そのスペックや性能がプログラミングに特化した仕様となっている。容量は大きいのだが、元来のスペック自体は突出していない為、場合によっては不足を感じてしまうかもしれない。
実際、前回の作業でも若干の物足りなさを覚えていた。だが、作業そのものは出来たので、今回も何とかなると信じたい所。
そうして俺は『演算世界』のバックアップを受けながら、黙々と作業を続けて行く。部品は事前に「収納」の中に溜め込んでいたものを使う事にした。
特に今回、素体がジャンク品と言う事もあって、手を付けなければいけない箇所が非常に多い。急ぎ気味に作業した方が良いかもしれない。
そんな感じでジャンク品のバスを弄繰り回す俺の傍らで、ヴァンが徐に語り掛けてくる。
「素朴な疑問なんだが、何故YOUはその古い車両を弄っているんDA?」
「ホラ、今度特待生全員で遠征に行くじゃん?歩いて行くのも馬車で行くのも時間がかかるし、交通機関は高いし、自前で乗り物を調達できればこの上なく無い?」
「確かに、それは納得だYO。でも、何故改造?」
「もしだケド、陸空両方を進める車両なんてものがあったら便利じゃない?それをサクッと作っちゃおうカナーって思ったんだけど」
「陸空両用車両、サクッと作れちゃうのCA?LADYは…」
そうか、ヴァンはまだ俺の鍛冶師としての実力を刮目したことが無かったっけ。ヴァンが本当に信じられないといった様子で驚いているのが印象的である。
ここだけの話、陸空両用車両に関しては過去に作ったことも何度かあるので、大方要領は得ているんだよな。
材料と時間さえあれば、幾らでも作れると思う。今回も多分大丈夫。
「一応今、これとは別に一台持ってるんだけどネ、残念ながら七人乗りなんだヨ。今回の遠征で使う為には、あともう一台必要だと思うからネェ」
「確かに話には聞いたことがあるし、あるなら便利そうだがGA…それ本気で言っているのかNA?」
「勿論、こうしてズルをすれば一日足らずで造れる」
「WOW…それが本当なら、かける言葉も見つからないNE」
何というか、ヴァンは俺の言う事を妄言と思っているのか、俺の言葉を信じていないように見受けられる。俺のプライドがほんの少しダメージを食らった。
まぁ、この後その報いを受けることになるのは明白なのだが…意地悪な俺は教えてあげなかった。
だが、ここでヴァンが気になる言葉を続け始める。
「その車両、改造したところで実際に道路を走れるようになるのCA?」
「と言うと?」
「車両を走らせるには、各国の交通条規の規定に準じた車両である必要があるし、空は空で領空権や空路の取り決めがあるYO?」
「あー、確かにそれ確認しておかないとネ」
あの改造車、やっぱり改造車と言う事もあって、正規の車両とは見做されない事も少なくない。実際、国と地域によっては違法車両と判断されるケースも無くは無かった。
だが、この車両は個人所有しているだけではなく、実はマグノリア商会も同様の車両を保有しており、これを乗り回していると言う実例も幾度となく聞き入れていた。そう言えばこれらの車両を乗る前に、役所に出向いて申請を行っていたような気がする。
その申請が通れば、通行許可が出るとかどうとか…最近すっかりご無沙汰で、あんまり覚えていないけど…
「確かに、造る前に確認しておいた方が良いカモ」
そう言いながら俺は一度作業を中断した後、羅神器からインターネットに接続し、調べ物を始めた。時間を弄っていることがあり、繋ぐのに少々アレンジが必要なのが面倒臭い。
とは言いつつ無事に繋がり、実際に調べてみたのだが…その情報が正しければ、ヴァンの言う申請のようなものは必要無さそうであった。何故なら…
「この世界の住民って、能力を使って空を飛んだり、モノを飛ばしたりできるみだいだネ」
この世界、能力と言う代物が存在するせいで、空を飛ぶモノが他の世界に比べて多いらしい。それ故領空権の概念もそれ相応に浸透しているのだが、そもそも空を飛ぶモノが多いせいでかなり緩い規制が敷かれているそうなのだ。
ただ、車両に纏わるケースの記事が殆ど見当たらない。
空を飛ぶ鳥が裁かれないのと同様、空を飛ぶ人間が不必要に裁かれないのはまだいいとしてだ。空を飛ぶ乗り物は、航空機や魔導飛行船等の乗り物と役割や航路が被ってしまう危険性がある。航空業界や防空の観点からしても、乗り物の規制は、生きとし生けるものとは比べ物にならない位厳しいものなのではないかと思っている。
だが、やはり実物を見てみないと正常な判断は下せそうにない。ただ、確認するのは今じゃなくても良さそうだ。
「改造が終わったら、一度役所に行って確認するでいいでしょ」
そう、決して無視を決め込めない事柄だとは言え、実物が出来上がらないと話にすらならない。また優先順位の観点からしても、実物の製作が最優先。
俺はインターネットを切断し、すぐさま作業に戻る事とした。
そんな俺を見て、何を思ったのかヴァンが問いかけて来る。
「それは良いんだGA…」
「どうかした?」
「そう言えば、YOUの作業とやらはどれだけかかりそうなんDA?」
ふむ、やっとか。漸くヴァンも現実が見えてきたようだ。
だが聞かれてしまった以上、俺も必要以上の意地悪をしようとは思わない。素直に告げてしまう事とする。
「まだ未定だケド…一応予定では二週間、場合によっては引き延ばすカモ」
「I SEE…」
俺は淡々と告げる。だが、それに反して不穏な雰囲気が部屋の中を漂っている。
「…WAIT⁉確かYOUは、ここの空間をCUTしたとか言ってたような」
「そうだヨ。これから二週間近く、ここに閉じ込められる事になるネ」
「HMM…?と言う事は?今から二週間、ここを出られない…⁉」
「そだヨ、だから死ぬカモって言ったんじゃん?お分かり?」
ここまで言って、ヴァンは正確に現実を目の当たりに出来たらしい。見るからに顔面蒼白になっており、全身からスッと血の気が引いていくのが見受けられた。
一瞬だけ場を支配する沈黙。そして一息おいた後、ヴァンが阿鼻驚嘆と言った様子で喚き始めた。
「I'M SORRY!お願いだ、一度ここからMEを出してくれないCA?」
「アレ?事前に邪魔立てはしないって、そっちから言ってたよネ?あれれ?おかしいなァ…」
「確かに言った!だがこんな仕打ちを受けるとは聞いてない!」
「ええ…アタシ、ヴァンの事はジェントルマンだと思ってたのになァ。まさか、早速前言撤回しちゃうノ?」
「SORRY!本当にMEが悪かった!このままでは、餓死するだけじゃ無い。仮に生き延びられたとしてもF〇CKな事になるッ!」
「だから最初に忠告したんだヨ。それを素直に聞き入れなかったヴァンが悪いよネ」
まあ、俺は俺で全てを説明しなかったという落ち度はあるけど…奇しくも、今のヴァンにそこを指摘出来るだけの余裕は無さそうだ。
「WOW!YOUは鬼DA!鬼畜DA!人の心を持たないMONSTERだ!」
「何とでも言えばいい。まァ安心しなヨ。最低限アタシは、傍で君の最期を見届けてあげるから」
「piー自主規制ーii⁉安心出来る訳がない!何で早速見殺しにする前提⁉お願いだ、助けてくれ!どうか、どうかMEにお慈悲を!!」
まぁ喚く喚く。俺の説明不足を加味するとしても自業自得なのに、煩いと言ったらありゃしない。
だが彼が何をどう言おうと、初めの口約束通り、俺の作業の邪魔はさせない。邪魔をするようなら制圧するのみ。
そうと決めた俺は、心を鬼にして作業に集中する事にした。ヴァンの悲痛な叫びをBGMにするくらいの心構えで、俺はジャンク品とにらめっこを続けたのであった。
それで居て、ヴァンにはそうだな…精々この二人きりの牢獄で、心行くまで反省して頂くとしよう。
…
…ただ、俺は俺で休息やら食事やらを摂らないといけない訳で。前準備をしていたとは言え、俺も事実上ヴァンと同じ状況にある事は否定出来ない訳で。
それに正当な理由なく、過剰に苛め過ぎるのも良くないだろう。やっていい事とやっていけない事ってあるし、やはり限度と言うものもある訳で。
そうだな、上から目線な事はこの上ないが…あわよくば、ヴァンの態度次第では考え直そうと思う。
運が良ければ慈悲深い仏様が、天から蜘蛛の糸を垂らしてくれるかもしれないね。




