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WILD DOWN  作者: plzY.A.
無幻世界編
5/56

第四話:魔族

 イヴは、思わぬ敵の襲来に委縮してしまっていた。それもその筈「血契迷宮」から来た「四天王」だと名乗るその吸血鬼は、先の敵達とは比べ物にならない威圧感を放っているのだから。

 間違いなく、自分では手も足も出ない。

 そんな中、ただ一人動く事が出来た関心が吸血鬼に相対する。しかし、吸血鬼の反応はどこか想像に反するものがあった。


「フム…「魔種」トハ、古ノ呼称デアル。現代二於イテハ「魔族」ト呼称スルナリ」

「そうなんだ…じゃあその「魔族」さん。俺達に一体何の御用かな?これは一体どう言う(おもむき)に拠る行いなのかな?」

「先モ言ッタ通リ。魔王様ノ命ヲ受ケタカラニ過ギヌ」

「その魔王様の命とやら、俺達にもお聞かせ願えるものなのか?」

()()()等無礼千万。恥ヲ知レ」


 丁寧…と言う訳では無いが、関心の態度は何時に増して神妙であった。しかし言葉の節々に目の前の魔族に気に障る言葉が含まれていたようで、魔族は放つ威圧感に殺気を交えながらこれに答える。

 イヴは巻き添えを食らい、最早限界に達しつつあった。


「それは失礼。但しこちらの質問に答えない辺り、回答はNOと言う事で宜しいか?」


 そんなイヴに追い打ちをかける…訳では無いのだが、結果的にそうなる言動を関心は行う。イヴは内心気が気でなかった。

 対して魔族は冷静であった。特に怒るでもなく、淡々と告げる。


「否。魔王様二オマエ達ト敵対スル意志ハ無イ。今回ノ命ハ、コノ塵虫共ノオ掃除」

「はぁ?それはあまりにも此方に都合が良過ぎる。何か隠してはいないか?」


 関心には、魔族が現れたタイミング、そして魔族たちの動向…とある事情を差し置いても、明らかに何らかの意思が働いているとしか思えなかった。間違いなく偶然ではない。

 それにしても、このタイミングで魔族をおびき寄せてしまうのは「英種」さながらの悪運が要因か。今回は関係するかどうか判らないが、ほんの少し青年を憐れむのであった。


 そんな関心とは別に、魔族からの返答が為される。


「隠ス意志等無イ…ガ、魔王様ヨリ伝言ガアル。「近日中に「血契魔王ジュラキュリオン」は『自然勢力(アークレギオン)』について対話を望む」ト」

「「「お前も⁉」(かよ⁉)」(ですか⁉)」


 関心だけでなく、イヴや青年も同様に叫んでしまう。

 どうやらこの魔族の親玉である魔王様もまた、『天啓』を受けた星職者(スターシード)であるらしく、同時に三人と同じ自然勢力(アークレギオン)の構成員であるようだ。恐らく例の名簿を見てこちらの名前を確認したんだろうな…と言うのが三人の共通認識であった。

 しかし妙な点がある。名簿の中に「血契魔王ジュラキュリオン」と言う名前は載っていなかった。このタイミングでの申し出なのでまず間違いなく同胞である事に間違いは無さそうだが、この「魔王」は別の名義を持っている可能性が高い。自分達にはまだ確認する事すら出来ていないが、恐らく別名義で記載されているのだろう。

 しかし同じ国に早くも同胞五人が集結する事になるとは、案外世の中狭いものである。


 一先ず、関心は動揺を抑えつつ話を戻した。


「で、伝言は確かに受け取った。それで、他に何か言っていなかったか?」

「是。ソレ以外聞イテ居ラヌ」

「そうか…」


 どうやら、この公の場で正体を明かすつもりは無いようである。慎重と言うか、危機管理が甘いタイプでは無さそうである。

 逆に関心は安心感を覚えた。この申し出を受ける事に異議などない。


「了解した。ならこの後魔王様に「承った。近日中とは行かなくなったが、何れ確実に対談の場を設けよう」と伝えて欲しい」

「了。確カニ伝エテオコウ」


 そう言うと、四天王を名乗る魔族は戦闘領域内に戻って行った。

 見た所敵兵の大半が既に淘汰されており、そう時間の経たない内に総統は完了してしまうだろうと思われる。

 どうにも敵兵たちは、魔族達の下っ端にすら真面に歯が立たないでいるようだ。ろくに抵抗も出来ぬまま、大量の血飛沫を上げて散っていく。

 思うところは無くも無いが、今は命拾いした事を幸運に思っておこう。関心はそう片付ける事にした。


「関心さん、今のって…」

「心配するな、あいつらは今のところ敵じゃないよ」

「いや、そうでは無くて…」


 イヴの懸念とは少しズレた感想を抱く関心である。

 対して他の二人は今後の先行きに一抹の不安を覚えているようであった。関心は殆ど心配していなかったのだが…それでも相手は「魔王」、この世界の共通認識では「人類の敵」となっている。警戒するのも無理はないだろう。


 そして先程の関心からの伝言。今後どこかで「血契魔王ジュラキュリオン」とやらと相対する事になる。

 勝算はあるのか、いくら同胞とは言え敵対しない可能性が無い訳では無く、二人は警戒心を緩めずに居られないでいた。魔王は愚か、魔王に対話を持ちかけた関心に対しても。

 対して関心は二人とは異なり、現実の、それも目先の事実を見据えていた。


「今はそれよりも今後の事だ。こうなった以上、正面から王都に入るのは難しくなってしまった」

「何で?こっちは襲われた側だよ?僕らが非難される道理は無いのに」

「それ以前に俺達は依然捕虜だ。俺達三人だけで王都の門を潜ろうとあらば、別の可能性を疑われる」


 青年は一度反論するも、関心の返答を聞いて二人もその可能性に行きついたようだ。

 現状、ここであった事は王都に報告として届いていない。故に本来兵士達を伴って現れる筈だった三人が単独で現れようものなら、大抵の場合国に対する敵対行為と見なされる可能性が高い。

 また事実を話したところで、国の兵士達が全滅した中三人は生き残ってしまった、これを受けて勘ぐる者も少なくないだろう。


「私達…犯罪者のような気分です…」

「元々、無実の罪で捕らえられていたんだから気にすんな」

「逃げるしかないんだね…でもちょっと待って。この状況って国軍だけじゃなく、異端審問軍にも追われるよね僕ら」

「あー、そうだな。挟まれたら終わりかもな」


 この三人の中で、唯一関心だけが余裕を見せている。二人には分からない、この状況で何故そこまで安心していられるのか。

 第一、三人は捕虜であり、旅支度は愚かびた一文持ち合わせて居ない。着の身一つでの移動と言う、危険蔓延るこの世界において自殺行為としか言いようがなかった。


 しかし、そんな話をしている内に、周囲が不気味な静けさに包まれた。どうやら魔族とやらの「お掃除」が完了したようで、三人以外の生存者が居なくなったからである。

 魔族は結局三人には一切危害を加えぬまま、事が終わると間髪入れず退散してしまっている。しかしこの件に関しても不気味な点が多い。

 魔族の首領が同じ勢力(レギオン)のメンバーと言うのは一つの材料ではあるが…何時の段階から自分達を見つけ出し、更には追跡を行っていたのだろうか。あの絶妙なタイミング、図っていたとしか思えないピンポイントな物であった事が、関心の頭の中でずっと引っ掛かっていた。

 しかし深くは考えない。どうせなるようにしかならないのだ。それよりも今は別にやるべき事がある。


 すると関心は車両の傍に向かい、横たわっている兵士の懐を(まさぐ)った。これを見てイヴが見限るような視線を関心に向ける。青年もこれに続いた。


「関心さん、やるべき事ってまさか…」

「追い剥ぎ…」

「何だろう、酷く失望されている気がする」


 そう言いながらも関心はその手を止める事は無い。やがて財布と車両のカギを取り出した。


「やっぱり追い剥ぎ…」

「まぁ、一見否定できない状況だが…へぇ、まだ使われてんだな、これ」


 青年の指摘を思いの外意に返さない関心。そう言って取り出したのは一枚の硬貨。嘗て世界征服を果たし、現在は国際社会における平和機構と統治機構を兼ねたような組織となっている「国際朝廷」が発行している、世界共通規格の貨幣である。


「その硬貨、確か一万年以上デザインすら変わる事無く使い続けられてるんですよね…」

「一万年⁉」

「まぁ出来がいいし、偽造なんてどうやっても出来ない至極の一品だからなぁ」


 イヴの質問に関心が答え、青年は一人これに驚愕していた。

 この貨幣、国際朝廷の特許技術によって作られている「共通貨幣」と呼ばれるもので、国際朝廷に伝わる特殊な製法以外では再現自体が不可能な「歴史上最高傑作」とも言われる恐るべき作品である。

 硬貨一枚一枚が魔術や法術の特質を含む他、状態保存の性能や偽造防止の技術が凄まじく、企画も寸分たがわず共通。偽造されない上に、痛みや劣化が発生しない貨幣として有名である。

 これらは未来永劫超えられる事が無く、故に一万年近く使い続けられている、と言う非現実的な現象が発生していた。

 レートこそ国毎に事細かに変わるものの、現在でも世界中の全ての国でこの貨幣を使用可能である。つまる事この貨幣を所持さえしておけば、取り敢えず生きていく上では困らない。

 

「でもこれが使えるなら、お金については問題ないな」

 

 聞けば関心、この国際朝廷発行の貨幣や紙幣…通称「共通貨幣」なら余りある量を保有しているとの事。他の金銭や手形等は持っていないようだが、まさかのお金持ち。実際に現物を見て確認したイヴと青年の二人は、あまりの驚きに口を閉じれずに居た。


「これなら無理にくすねなくてもいいか。それとは別に…」

 

 そう言いながら関心が向かったのは車両の車内。この世界では全自動運転を実現した、魔導エンジンと電動エンジンのハイブリッド式自動車が一般に普及している。見た所全ての車両が先の集中砲火を受けており、ガラスは穴だらけになっていたが、駆動系さえ無事ならば走らせることは可能かもしれない。

 しかし関心が気にしていたのは別の部分、それは社内に搭載された通信機。それは一部の物は先の砲撃で破壊されていたものの、中には難を免れて生き残っていたものも存在した。そして今現在、その通信機に軍本部の情感と思わしき相手との中継が繋がっており、向こうは此方の安否及び状況の確認の為問いかけをしている所であった。

 

「(この雰囲気だと、既に複数小隊を調査の為派遣してきていてもおかしくない)」

 

 関心は只一人、その可能性を懸念していたのだ。

 恐らくそうしない内に、到着予定時刻と合わせても一時間程度で憲兵団の追手が掛けられる。移動手段が軍用車だけでない事も考えると、早く見積もる必要があった。ぼさっとしている暇はなさそうだ。

 それに異端審問軍の件もある。こちらも同様に追手をかけてくると考えると、やるべき事は一つ。決意を固める反面黙り込んでしまった関心に、イヴが不安げな様子で尋ねてくる。


「関心さん?」

「多分一時間以内に追手が来る。すぐに離れよう」

「一時間?それだけだと、逃げてもそんなに距離は稼げないような」


 イヴの指摘は最もである。

 生憎と、今の三人には徒歩以外の移動手段が取れなかった。追手が乗り物を使ってくることを考えると逃げ切れる可能性は限りなく低いと言えた。

 青年も認識が追い付いたようで、咄嗟に心の声を漏らしてしまう。


「それじゃあ、どうしよう…」

「…仕方ないから少し遠回りしよう、考えはある」

 

 その道、イヴや青年にはどうする事も出来ない。

 ここで三人は関心の勧めに従い、王都へと続く街道を少し引き返した後、離れ王都とは別方向に位置する都市「ロックス」を目指して移動を開始した。追手をかけられている可能性が高い為、街道を離れた後は速やかに森の中に入る。


 「ロックス」の街は王との近隣の街の中では比較的大規模の街で、王都と違い「コーラル伯爵領」と言う貴族領の中に存在する。貴族領は王国直轄領と違い、独立採算制で王国とは違う市制を敷いているのが特徴だ。情報伝達が直轄領に比べてどうしても遅くなるし、貴族が王国に忠誠を誓っているとはいえ、半分独立国のようなものである。今から向かうには、そうした辺境の街の方が都合が良いのも確かであった。

 そして自分達の事はあまり他人に目撃されない方が良い。その為森に入り、道なき道を進みながら街を目指すのだ。時間はかかるが、立場を考えたら仕方ない。


 そうしておよそ一時間三十分が経過した後、憲兵団の一行が現場を訪れ、その惨状を目の当たりにする事となる。結果的に三人は指名手配をかけられる事となるのだが、それは別の話。



 ~王都クロッサス宮殿~

 


 先程、急用と奏して憲兵団より報告が挙げられた。憲兵団の担当…調査団の一兵卒が一国の姫君に奏上する。


 憲兵団より調査団を派遣したところ、何と捕虜の三人を護送していた一団が何者かに襲われ全滅、しかし手枷のかぎが開けられており、捕虜三人の姿を確認出来なかったとの事だ。

 更に周囲の調査を進めた所、崖の上で今度は、別の何者かに襲撃されたとみられる異端審問軍所属の兵士と思われる軍団が全滅しているのを確認。また憲兵団の兵士の周辺で異端審問軍の将と思わしき男性が意識不明で横たわっているのを確認、生きていたのでこれを捕らえ捕虜としたとの事。

 尚それらの傷跡を見る限り、憲兵団の攻撃によって為されたものでは無いようだ。更には捕虜にした敵将に関しては、明確な傷害の痕跡が見られなかったらしい。つまり更に第三の勢力が加担していた事が示唆される。

 するとその後、こちらも調査の目的で来たと思われる異端審問軍と遭遇。そのまま交戦し、両者互いに奮戦し少なくない被害が出たとの事。因みに捕虜の事は敵軍に秘匿しており…と言うより敵将が殺された前提で戦闘にもつれ込んでしまい、現在生き残りがこれを連れて撤退しているとの事だ。

 

 これを受けて、第一王女ヴィオラは溜息をついた。


「成程、逃げられたのね」

「王女殿下、大変申し訳ございません」

「構わないわ。それより、何がどうなってこのような事態に発展したのでしょう?」


 ヴィオラは咄嗟に頭を回転させる。

 常識的に考えて、理解不能な出来事が数多く起こっている。ただの「捕虜の護送」と言う任務が、一体どうなってこのような事になってしまったのだろう?

 そんなヴィオラに反し、報告担当の兵士が口を挟む。兵士としてはヴィオラの問いに答えたつもりだったのだが、彼女としては独り言でしか無かったらしい。内心で冷や汗をかきつつも自分の考えを述べる。


「まさか、三人の捕虜とやらの仕業では」

「それは考えにくいと思うわ。報告にもあったけれど、三人の私物は没収してあった筈よ」


 実は関心とイヴに関しては、特別な方法で武器を召喚する方法を持ち合わせて居たので的外れなのだが、普通なら三人の仕業とは考えられない。

 しかし三人全員が行方不明と言うのがどうにも引っ掛かる。大方、生き延びて逃亡している可能性が高かった。


「さすれば、あの場に居なかった第三の勢力によるものと見て間違いないと」

「恐らくは。とは言え念の為、三人には指名手配をかけましょう。この際、彼らが()()()()()()なってもさしたる問題ではないわ」

「…対談は宜しいので?」

「仕方ないでしょう?捕らえた敵将に関しては此方で対処しましょう。追って指令を下すわ、今は友軍の帰還を待ちましょう」

 

 そう言って兵士を下がらせる。兵士がヴィオラの居る部屋を後にしたのを確認した後、彼女は扇子で口元を覆い隠しながら悦に浸る。


星職者(スターシード)たる者、この程度で命を落とす程(やわ)ではありませんわね。さて、これからどうされるのでしょう…うふふ」


 今回、ヴィオラは捕虜三人の生存を微塵も疑っていなかった。間違いなく生きて何処かに居る。また調査団から姿をくらました手腕も見事だと言える。

 故に、何れ来るであろう会遇の日をしかと楽しみにしていたのであった。



 ~?~


 

 『迷宮(ダンジョン)』…それは世界各地に突如として出現した、固有の生態系を保有する不可侵領域。

 周囲の環境とは隔絶した生態系を織りなすそれは、世界各地で周辺の「エレメント」を取り込みながら浸食を続け、固有生命体である「魔族」或いは「魔物」を生み出した。

 大小様々な規模が存在し、その迷宮の特徴によっては人々が富を求めて集まり、特徴によっては絶対に近寄ってはいけない立ち入り禁止区域に指定されたりと多種多様な対応をされている。

 そして魔族…別称「魔種」は、主属性を「正属性」とする、迷宮の配下に所属する存在の総称で、各迷宮の生態系に適応し異常な変態を遂げた。そしてそれらは各迷宮が保有する特殊な属性(エレメント)に応じて自身の主属性を変化させる特性を有し、迷宮内で規格外の生命力と適応力を発揮する存在となるのである。


 そしてここはクロス=ウォール王国の内部に存在する国内最大級の迷宮「血契迷宮」。主に吸血鬼や蝙蝠と言った血に関連する属性(エレメント)を有する迷宮で、現在は魔王「ジュラキュリオン」が支配下に置く迷宮となっている。

 「ジュラキュリオン」は近郊の数ある魔王の中でも比較的新参者の部類に入るのだが、その実力は随一の物がある。現状その実力を披露する機会も無く、あまりその名は知れ渡っていないが、その実力を知る者からは一目置かれる確かな実力者である。

 尚、この迷宮はどちらかと言えば前者の対応をされており、領域内に置かれた宝箱から希少なお宝や貴金属等が出土する事から、周辺に存在する町や村ではゴールドラッシュのような賑わいを見せている。しかし同時に迷宮内の魔族が危険である事も知られており、中でも「迷宮中央部に存在する城にだけは近づくな」と言う言い伝えは有名だ。

 実際、過去に何人もの命知らずが深入りし帰らぬ者となっており、故に実力者向けの迷宮として周辺地域に名が知られるようになってきた。


 そんな迷宮最深部のお城「バロン=キャッスル」。ここに出入りする一柱の魔族の姿があった。


「陛下、仕事ハ無事完了シマシタ」

「ご苦労、ターゲットに接触は出来たのね?」

「ハイ。伝言ヲ伝エ、命令通リ怪我一ツ与エテオリマセン」

「宜しい、よくやったわ」


 つい先ほど仕事を終えて戻った魔王軍四天王の一柱、「南方のグール」は親愛なる自らの主「魔王ジュラキュリオン」と謁見している最中であった。その際奥に位置する玉座に腰を下ろすのが魔王、そのシルエットと体つきを見る限り女性であるようだ。

 そんな魔王は、このグールに命じてとある人物とのコンタクトを図っていた。理由は先日彼女の下に届いた『天啓』。忌々しいと感じながらも、彼女は半ば義務的にこれを遂行する事にしたのだ。

 そして『天啓』が下されてから直後、クロス=ウォール王国内に三人の星職者(スターシード)が現れたと言う情報を入手した。流石の魔王も、この『天啓』に関しては度肝を抜かれたものだ。

 内容は(もとい)職務(タスク)やら神話やら、とても魔王本人の手に負えないような事柄を一遍に告げられたからである。とてもではないが単独で対処しきる自信がない、故に相談相手を求めていたところにこれである。相手の出方にもよるが、可能であれば何としてもコンタクトを取っておきたかった。


 そしてその肝心のターゲット達、どうやらこの国に捕らえられ捕虜となっているようだ。この時点でほんの少し期待感が薄まったものだが、なればこそ恩を売っておけば此方が上手に出られるようになるのでは?とも考えた。

 故にグールにはターゲットとの接触後、必要であればターゲットが捕えられている場所を襲撃し、三人を殺さず開放するだけして放置するように命じた。その上で、此方からの要求を伝言として伝えさせる。そうすれば、上手く行けばターゲットと敵対せず対話に持ち込めるのではないかと考えたのだ。


 勿論障害はある。相手が「魔王」に対してどのような認識を持っているか判らないし、そもそも今回の襲撃が禍って彼らの逆鱗に触れる可能性すらある。しかし此方から行動を起こし、尚且つ見方によれば恩を売ったとも余計な事をしたとも取れる中途半端な対応を行い、ターゲットの出方を確認しようとしたのだ。

 少なくとも此方側の誠意は見せた、後はむこうがこれをどう受け取るか。


「グール、彼らは何か言っていた?」

「ハイ、ターゲットカラ伝言ヲ預カッテオリマス。「承った。近日中とは行かなくなったが、何れ確実に対談の場を設けよう」ダソウデス」

「あら、思ったより友好的な反応では?」

「ハイ。警戒コソスレ、敵意ノヨウナモノハ感ジマセンデシタ。寧ロ、此方二興味深ソウナ反応ヲ見セテイマシタ」

「ふむ。自然勢力(アークレギオン)所属なだけあるのかしら?」


 グールの報告を聞く限り、対談に関しては希望が持てそうである。しかし同時に厄介そうな相手だな、とも感じ始めていた。

 魔族と言えば人間社会においては専ら畏怖や崇拝の対象、しかしターゲットはそのどちらでもない反応を示して来た。タヌキと言うか、簡単に食ってかかれるような相手ではない気がする。くれぐれも油断は禁物だ。

 因みにそのターゲットは三人一組で行動しているらしく、一人は黒髪の青年、一人は金髪の修道女、一人は金髪の子供だそう。因みにグールの相手をしたのは何と子供であったらしい…この子供、見た目通りの生き物では無いだろう。要注意である。


「それでも口約束とは言え、対談の約束を取り付けたのは大きいわ。一歩前進と言う認識は間違っていない」

「シカシ時期ハ未定デス。有耶無耶二サレル可能性ハ?」

「さぁ、どうかしら。ただ言質は取ってあるわ、なれば強硬手段に転じても文句は言えない筈よ」

 

 ここでは、彼女の「魔王」と言うブランドと実力が役に立つ。「魔王」の名前を出しておけばそれだけで牽制になるし、なまじ実力もあるので強引な手段にも出る事が可能。しかも立場が立場だけに強引なやり方を取る際、あまり周囲に気を配らなくてもいいと言うのが大きい。

 また相手の実力が未知数だが、対応を見る限り荒事を好むタイプではないように見える。であれば逃げられないように囲い込んで、ガンガン圧力をかけていけば何とかなると考えていた。

 しかしそれではこちらの信用が疑われてしまう、なので出来れば素直に約束を履行してくれることを願うばかりなのだが。


 そんな事を、ジュラキュリオンは内心願っていたのであった。

 

「それとは別に、私の下に匿名のメッセージが届いてるわ」

「私二見セテ宜シイノデ?」

「今回の件に関係のある事だから、無理に秘匿する必要もないでしょう」

 

 そう言ってジュラキュリオンが取り出した端末に書かれていたのは、匿名Xを名乗る人物からのメッセージ。

 内容は「独立勢力(ダークレギオン)『魔界連合機構』への参加是非」と書いてある。

 差出人は不明だが、どうやらこのメールの差出人は全世界の魔王達によるネットワークの構築を図っているようだ。


「早くも動く者が出てきているようね」

「エエ、全容ガ把握出来テイナイ中驚クベキ行動力デス」

「判らないわよ?寧ろこれが普通で、私達が置いて行かれているのかもしれないわ」

「マサカ…未ダ一週間程度デスヨ?」


 ジュラキュリオンは知っている、世界は広い。そして自分たちの情報収集能力が然したる物でもない事を。

 故に、もし事の全容を知っている者が居たとしても不思議では無いと言う認識でいた。同時に、先を越されたことに対する敗北感がある事も否めなかったのだが。


「それで、私はこれに参加しようと思っているわ。それでグールにも意見を聞きたいのだけど」

「構ワナイカト。抑々(そもそも)、魔王様ノ決断二意ヲ唱エル者ナドオリマセンヨ」


 しかしジュラキュリオンは横に首を振る。


「それは危険な事。私は全知全能の神では無いし、自分の為す事全てが正しいなんて思い上がってもいない。だから私の意見を聞いて正しければ肯定して、間違っていればその都度指摘して貰いたいのよ」


 この時、グールは初めて魔王ジュラキュリオンと出会ったことを思い出した。


 元々この迷宮には迷宮を取り仕切る存在である魔王…正式名称『魔皇種』が長らく存在しておらず、その玉座は空席の状態がずっと続いていた。魔皇種は迷宮内に生息している魔族の中から()()()()()によって選定されるのだが、先代の魔王が討伐されてから長らくその適合者が居なかった為、空席の状態が続いていたのである。

 基本的に迷宮統括者(ダンジョンマスター)はこの魔皇種が務める事となるのだが、この理由によって長らく迷宮統括者(ダンジョンマスター)が存在しておらず、複数の迷宮管轄者ダンジョンマネージャーによって運営されていた。グールもこの迷宮管轄者ダンジョンマネージャーの一人であり、同僚である四天王達と共に迷宮の管理に勤しんでいた。

 正直な話、自分が魔王に選ばれない事に不満を抱いた事はある。しかし他の四天王と比べても実力はどっこいどっこいで、性格や資質の関係で自分が王に向いていない事は重々承知知しており、心の奥底では納得していた節もあった。


 そんな中、十年ほど前に魔王様は突如として現れた。

 当時は非力な幼子だった魔王様だが、出会った当初から何処か気品のある佇まいと真の通った立ち姿を見せており、只者ではないと言う感想を抱かされたのを覚えている。

 案の定、彼女は瞬く間に迷宮に認められ「魔皇種」となり、そのまま迷宮統括者(ダンジョンマスター)の地位を継いでしまった。刹那の出来事だったが、案外すんなり受け入れられた。また不思議な事に、新参者が自らの上に立つ事に対し異論反論が出なかったのも記憶に新しい。


 また接してみて分かったが、彼女は実に慈しみ深い御方だ。常に我々に気を配り、我々の事を気にかけてくれる非常に懐の深い御方である。同時にいざと言う時には皆が驚く決断もして見せ、瞬く間に迷宮内を纏め上げてしまった。

 成程これが王なのか、と納得させられたものである。因みに彼女は迷宮の外にも住処を持っているようで、偶にしか迷宮に顔を出さないが、それでも迷宮の事や我々の事を案じて下さっている事は解る。我々も馬鹿では無いのだ。

 故にグールは誓った、何があってもこの御方に絶対の忠誠を誓おう。そして彼女の身に危険が及んだ時には、進んで盾になろう。これはグールに限らず、配下全員の共通認識となっていた。


 そう、この「血契迷宮」は、魔王の持つカリスマで一丸に纏め上げられている団結の強い迷宮であった。実はこれ、全迷宮を見ても極めて稀有な事である。

 

 それはさて置き、グールの回答は一つのみ。


「陛下ノ御心ノママニ」


 他の四天王は所用で席を外しているが、()()()()()他三人に関しても同意見である事は疑いの余地が無かった。


「相変わらず大袈裟ね…でも、グールは賛成に一票と言う所かしら。時間制限も無いようだし、他三人にも聞いてみてから最終決断を下しましょう」


 相変わらず、魔王様はお優しい。

 これが何時か、転じて徒為さない事を祈るばかりであった。


「それにしても、差出人が不可解…これを全魔王に送り付けて居たとしたら、一体どんな相手なのかしら?」


 少なくともジュラキュリオンには、そのような人物に心当たりがなかった。まず自分には無理、何なら同じ事が出来る魔王等居る筈も無いだろう。

 第一、魔王は自分の所属する迷宮に対しては大きな権限を獲得するが、他の迷宮に対しては微塵も権限を持ち合わせないのだから。


「若シカスルト、『迷宮の生みの親』ナル存在ガ居ルノカモ知レマセン」

「かもしれないわね。何時か遭遇する事もあるのかしら…」


 最近派手な動きを見せている「十界」の連中の件もある。この迷宮は奴らとは別口だが、この迷宮にも同様に親玉となる存在は居るかもしれない。

 魔王ジュラキュールは遠くに思いを馳せる。少なくとも、自分には手に負えない相手なのだろうな、と勝手に想像を膨らませながら。

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