第三話:追手
~一週間後~
そして一週間が経ち、何とヴィオラ王女殿下直々に王都への召喚命令を受ける事となった。
召喚命令を受けたのは関心だけだったが、関心が無理を言った結果イヴと青年もこれに同行する事となった。関心がごり押しにごり押した結果、向こう側が折れたのである。
結局国軍の兵士達の監視…もとい護衛の下、三日ほど車両に揺られながら「王都クロッサス」に到着する運びとなっている。
「このまま何事もなく到着しそうだね」
現在は二日ほど道なりに進み、あともう少しと言うところ。ここまで特にトラブルと言うトラブルは発生しなかった。尚、三人は鉄格子付きの車両に閉じ込められており、何時に増して退屈を感じずにはいられなかったようだが。
そんな中、名もなき青年は無自覚にもフラグを構築してしまった…その時であった。
「「!」」
突然、関心は何かに気付いたのか車両の中で立ち上がった。これと同時にイヴも何かを察知したらしく、同様に周囲を警戒する素振りを見せる。何も知らぬは青年ばかり、である。
「『天使徒』の反応!でも流石に、俺が気付かれたとは考えにくいが」
「あのお方の加護を感じます…まさか、こんなに対応が早いとは」
「え?何かあった?」
右も左も分からない青年を置き去りに、関心とイヴの二人は直ぐさま戦闘体制に移行した。
関心の場合、自身の両腕と両足に甲冑のようなモノを何処からか用意して身に纏い、ホルスターから二丁拳銃を取り出し、そのまま構えている。これら装備は何らかのコンセプトによって統一された規格であるらしく、装備のどれもが似通ったデザインで纏められている。
青年には判断が着かなかったが、その武具一式はそれなりに格式の高い物に思われる。多分凄い武器ではあるのだろう。
対してイヴは、懐からナイフを二本取り出して構えている。それらを手に持つ際、刃の方向を左右で逆向きにしているのが特徴的である。装備は目に見えるものだけだとナイフだけだが、このナイフも只のナイフでは無さそうである。うっすらと光を放つ刻印が刻まれており、恐らく何らかの魔術か法術の効果が付与されているように感じる。
尚、青年は魔術と法術と言う言葉だけ知っていたが、それらの違いを口で説明する事は適わなかった。なのでどちらがどちらなのか判別が着かない。多分凄い武器ではあるのだろう。
「でもこの車、窓は鉄格子に覆われてるから…」
青年は最大たる懸念を二人に突きつけようとしたのだが、全く問題無いとばかりに憮然とした態度を崩さない。
「無問題です」
そう言いながらイヴは、ナイフで車両の鉄格子を切断し外に出た。
当たり前の事だが、三人は捕虜である。故に硬い金属の格子で囲まれた特注の車両に乗せられていた。そんな車両にかけられた鉄格子は、とてもじゃないがナイフ単体で切断できるような代物ではない。やはり、凄い武器であるようだ。
そんな事よりだ、何故王国は捕虜たる関心とイヴに武器の所持を許したのだろうか?と言うより、二人が口外出来ないような手法で武器を隠し持っていたのだろう。
青年はそんな推測を立てつつも、何も出来ないままたじろいでいたのであった。これに対し、下手に首を突っ込もうものなら、そのまま刈り取られてしまいそうな予感がしたのである。
「勘弁してくれって…俺、戦闘はあまり得意じゃないんだが」
そうして出来た出口から、関心は文句を垂れながらも外に出る。しかしその動きに迷いはない、展開も非常にスムーズであった。間違いなく素人の動きでは無い。
また特に何が出来ると言う訳でもないが、青年も取り敢えず外に出てみた。動機が専ら野次馬であるが気にしない、どうせ否定する事さえ叶わない。
そして先に出た二人が向ける視線の先を刮目してみる。出た先に広がっていたのは渓谷であるらしく、今進む道を挟むように断崖絶壁が聳え立っている。両脇を高い壁で挟まれている事から、そこは非常に薄暗くジメジメとした空間となっていた。
すると何やら…数十人程度だろうか、その絶壁の陰に人らしき影が潜んでいる事が確認出来た。二人の態度や反応を見る限り、奴らは敵なのであろう。敵はどうやら、三人の一行を計画的に襲撃しようとしていたようである。
「こら、何をしている!」
三人の脱出に気付いた同行者の兵士達が三人に詰め寄ってくるが、関心とイヴは意に介さない。
そんな二人を見て驚愕する兵士達。二人が本来持っていない筈の武器が確実に二人の手元に渡っていたからである。この時点で兵士達からすれば大問題なのだが、これに追い打ちをかけるように敵襲を受ける羽目となってしまった。兵士達の間では隠しきれない動揺と混乱が広がっている。
「⁉敵襲か!各員、配置に着け!」
その中で、兵士達の隊長格と思われる中年の男性がありったけの声量で捲し立てる。
無論、彼らも国家直属の軍人の末席であり、これしきのトラブルでどうにかなる兵士達ではない。
しかし配置には着いているものの、初め一瞬だけ動揺している姿を見た二人は、彼らを半分戦力外とみなしたようである。頼りにするつもりは一切ないようだ。
「関心さん、どれくらい戦えますか?」
「近接戦闘はてんで駄目だ。中遠距離なら何とか、そっちは?」
「正面切っての戦闘はあまり…ただ已むを得ません」
「大体理解した、援護する」
そう言ってイヴが前に出てナイフを構えつつ、後方で関心が拳銃を構える。見た目からして戦闘要員には見えないイヴも、戦闘が苦手だと愚痴る関心も、揃って実に手慣れた振る舞いを見せている。憶測でしかないが、潜り抜けてきた修羅場の数は決して少なくなさそうである。
すると、外に出て来ていた青年の姿を見つけたイヴが鋭い眼光を向けてきた。若干だが、怪訝そうなニュアンスも含まれているように感じる青年である。
「そこの貴方は?」
「え?僕?いや、その…」
「戦えないなら引っ込んでろ!邪魔だ」
「はぁ…くれぐれも、邪魔立てだけはしないで下さいね」
関心から嘗て無い剣幕で怒鳴られた事もあって、青年は恐る恐る馬車の陰に隠れる事にした。イヴもこれに同意し、溜息をつきながらも文句は言わせないとばかりに青年を一蹴する。
青年は悟った、触らぬ神に祟りなしである。
正直を言うと、実際に自分がどの程度戦えるのかは未知数だ。何せ記憶を失っているのだから。
とは言えここで確かめるのはあまりにも危険すぎる。そこで彼は、ここでは大人しくしているのが賢明であると判断した。
しかし、不思議な事に敵からの攻撃が中々開始されない。敵の姿は確実に確認出来ているのに、敵は確実に武器…それもライフルと思われる遠距離攻撃に特化した武器を構えているにもかかわらず、中々仕掛けて来ないのである。
しかしチラッと見えた敵の姿を見る限り、どうやら盗賊や夜盗の類では無いらしい。全員が統一された装備を身に纏い、動きもやけに統率が取れているように思われる。そしてこの動きの遅さから見るに、こちらの殲滅が目的とも思えない。
ここで疑問に思った関心が、隣に居たイヴにそれとなく尋ねてみた。
「なぁイヴ、あいつら知ってるか?」
「はい、あの装備と紋章から見るに『異端審問軍』でしょう。即ち七聖教の手の者です…」
「七聖教?狙いはまさか…」
「恐らく私でしょうね。教会が、神祖の巫女である私を在野に放り出すつもりはないでしょうから」
そう言って身構えるイヴ。成程、こいつらは追手なんだな…と関心も同様に警戒心を強めたのである。
そんな中、敵の中から明らかに浮いた装備を身に着けている、肩まである金髪に青い瞳が美しい一人の美青年が歩み寄ってきた。年齢は二十代前半と言った所だが、どこか似つかない貫録を感じる青年である。
そしてこの人物を見て、二人はより一層警戒を強めている。青年だけは、何が何やら理解出来ずにいた。
「探しましたよ。第参神祖の巫女、イヴ様」
「貴方は確か…異端審問軍第三小隊隊長、ミハイル=グルワード様でしたか?」
「おお!覚えて下さっていたとは光栄です、ご機嫌麗しゅう」
ミハイルと名乗る青年が、イヴに対して柔らかな物腰で語り掛ける。その二人の会話からは、とても一触即発の様相を呈しているようには思えない。実にフランクな言葉のキャッチボールであった。
しかし侮るべからず。彼は七聖教直属「異端審問軍」に所属する隊長格で、史上最年少である二十二歳で異端審問軍の隊長に就任した世代屈指の武人であるらしい。腕はもちろん確かなものを持っており、異端審問軍の中で五本の指に入る程の実力者なのだそう。
但し、生まれが良いのか、はたまた自分の能力に自信があるからか判らないが、見るからに高潔でプライドが高そうな印象を受ける。
関心は一人、そんなミハイルと言う人物を推し量ろうとしていた。しかし動く事は無く、イヴとミハイルの会話に唯々耳を傾けているのであった。
「早速ですが本題です。この私がこんな僻地に足を運んだ理由はお解りでしょう?」
「…私は首を縦に振るつもりはありませんよ?」
「おやおや、実に強情なお嬢さんですね。まずは此方の話を聞いてください」
ミハイルは自分達がイヴの前に姿を現した理由を告げる。それは簡潔に言えば「第参神祖の巫女を教会に連れ戻す」事であった。
無論、イヴにとっては容易に想像出来た内容であるらしく、これを聞いてもさしたる反応さえ見せる事は無かった。そして如何なる条件の提示があろうと、自らの意思が覆ることが無い事も同時に覚悟している。
そんなイヴの内情を知ってか知らずか、ミハイルは話を続ける。
「どのような理由で教会を抜け出したのかは分かりませんが、教会がこれを看過出来る訳もありません。早急に教会に戻って頂きます、これは教会本部からの命令です」
「お断りします…そもそも第参神祖の巫女は私以外にも存在すると聞きますが」
「それは詭弁と言うものです。第一貴女に拒否権など存在しない」
ミハイルと言う青年は聞く耳を一切持たない…と言うより、何としてもイヴを連れ戻すつもりのようだ。しかしイヴも引き下がる気はないようで、唇を噛みしめながらミハイルの事を睨みつけている。
哀しきかな、このまま水の掛け合いを続けても話は平行線のままだろう。
「駄々を捏ねても無駄ですよ?万が一教会に戻らないと言うのなら、貴女を抹殺するよう指令を受けています。命が惜しければ大人しく従う事ですね」
だがそれ以上に、教会は形振り構うつもりが無いらしい。それはミハイルの口振りからしても明らかである。
しかしここで、関心は同時に違和感を覚えていた。七聖教の巫女と言えば、伝え聞いた話によれば教会内で枢機卿以上の地位にあり、その特殊能力は教会にとって何よりも掛け替えのない物である筈だ。それなのに、こんな簡単に暴挙に出ていいのだろうか?短絡的ではなかろうか?
だがそれとは別に、関心は以前イヴが見せた憂いのような表情も忘れていなかった。『天啓』を受けた話を知っていると言う事情もあったが、それ以前にイヴは教会に戻りたがっていない。今のところ理由は分からないが、少なくともこれは確実だと思われる。
故に前に出た。
「そっちの事情なんざ知らないが、俺目線そちらの言い分は整合性が取れて見えないが?」
「何ですか、お前は。下民は引っ込んでいなさい」
「そうです、関心さんには関係のない事です!」
最も、ミハイルは関心には一切の関心を示していない。どうでもいいが、名は体を現していない珍しい例である。
しかし当の関心は微塵も気にする様子を見せない。イヴの思惑もそれなりに感じ取ったものの、やはりその佇まいに大きな変化は見られない。但し関心は、イヴにも下民扱いされた事には若干不服そうな表情を見せた。しかしそんな思いをぐっと押し殺し、平静を装ってミハイルと対峙する。
「もうこの期に及んで、俺如きの行動の有無でどうにもならないと思うがな。お前が何と言おうとイヴは拒否するだろうし、結局お前は強硬手段に出ざるを得ない。その場合、俺は巻き添えを食らわないように抵抗するぜ」
「私はイヴ様以外に用はないのです。邪魔をしないで頂きたい、巻き添えを食らいたくなければ尚更です」
「噓付け!とっくに巻き添えは食らってんだよ。それに…」
イヴと関心は数日間一緒に過ごした程度の仲だが、事実と客観的な視点は必ずしも同じに見えるとは限らない。まず間違いなく、関心の事はイヴに味方する人間に見えている事だろう。その場合、イヴの殺害さえ厭わないと話す敵軍が自分を易々と見逃すわけはない。
ましてや、先日の件もある。既に喧嘩を吹っ掛けたようなものであるし、調べられた暁には下手したらイヴ以上に命を狙われる事となるだろう。関心はそう認識していたのである。
勿論、『天啓』と言う大義名分の下行った行為ではあった。しかし、言い訳のしようがない行為である事も明白だ。関心はそれも覚悟の上で行ったので悔いるような事は無いのだが、それが災いを為すようなら甘んじて受け入れる他ない。
誰がどう言おうと、既に匙は投げられてしまったのだ。
そんな中、しびれを切らしたようにミハイルが切り出した。
「ふむ…それはさて置きイヴ様、最終勧告です。教会に戻りなさい」
「お断りします…」
「そうですか、残念です」
そう言ってミハイルが大剣を掲げると、これを合図に、崖の上に潜んでいた異端審問軍からの集中業火が浴びせられた。百人規模の敵兵が一斉に銃弾の嵐を二人に浴びせる。しかしイヴは愚か、関心までもが傷一つ負うことが無い。これは現実的に考えれば有り得ない事象…いや、イヴに関しては説明可能だが、関心に関しては完全に予想外の事態が発生していたのである。
結局、銃弾が貫いたのは捕虜三人を輸送していた兵士達だけなのであった。兵士達も形だけは応戦はしたのだが、地形と人数の関係上敵側に圧倒的有利な状況が出来上がってしまった。結局、友軍?は大した被害を与えられないまま全滅する羽目となる。
「チッ…うっかりしていました。巫女様には「自立起動式聖域」が展開されているんでしたね。そちらの野次馬はいざ知らず」
ミハイルは予想外とばかりに舌打ちする。
しかし、戦場のど真ん中に立っていたイヴと関心に負傷している様子は見られない。
と言うのも、彼らはそれぞれある程度であれば攻撃を無力化する手段を有していた、故に当然の結果ではある。最も、それをミハイルは知らない。
「攻撃止め!生半可な攻撃手段は通用しない、ならば私が直々に手を下す他無いようです」
自立起動式聖域とは、神祖の巫女に与えられる修道服に内蔵された「魔術」の式編で、特定の対策方法を用いない全ての攻撃、外界からの干渉をシャットアウトする事が出来る。七聖教が有する魔術の術式の中でもトップクラスの防御を誇る高等術式に該当する。
しかしミハイルは当たり前の事だがこの術式の存在を知っていた、それを受けて覚悟を決めたのか、今度は大剣を地面に突き刺す。すると途端に大剣は大量のエネルギーを纏いながらその形を変化させ、やがてミハイルの「真なる剣」となって手の内に収まった。
異端審問軍の甲冑に似合わない異質なデザインの小手を嵌め、その手で剣と銃を合体させたような武器…ガンブレードのような武器を保持している。
「(羅神器の使用さえ躊躇わないか…流石にあれの相手はイヴでも厳しいだろう)」
関心は、咄嗟にイヴの前方に出た。
そんな関心を捨て置き、ミハイルはイヴに歩み寄ってくる。
「この武器は特別製でね、たかだか自立起動式聖域如きで防げると思わない事です」
「『羅神器』だな。選ばれて調子に乗ってるのか知らないが、大きく出たもんだ」
答えたのは関心である。
「ほう…「羅神器」を知っているのですか。なら尚更話が早い、分を弁える事ですね!」
そう豪語するミハイルが、音速に迫る凄まじい加速を叩き出しながらイヴに迫る。
しかし横から割り込んできた関心が、振り下ろされたガンブレードを二丁の拳銃を交差させて受け止めた。鋭い金属音が響き渡るが、拳銃は壊れる事なく、確実にその剣撃を防ぎきっている。
「これを止めますか…さて、いつまで持ちますかね⁉」
「確かに良さげな武器だが、所詮は俺のガラクタで止められる程度の武器って事だろ?」
「言ってくれますね、無知が聞いて呆れますよっ!」
そう言いながらミハイルは剣に込める力を強め、一度関心を強引に押し飛ばした。しかし受け身を取って事なきを得る関心。
これは舐めてかかるべきではない、とミハイルは改めて気を引き締め直すのであった。
羅神器…それは、世界中でその存在が確認されている、最低でも上から二番目の等級に該当する神話級は保証されていると言う希少なシリーズ物の武器だ。全てが兎に角頑丈な上に、何らかの特殊能力まで有するトンデモ性能の武具である。
因みに、その名前は「〇月〇日」と言うように日付でつけられている事から、全部で三百六十五振、もしくは三百六十六振存在すると言われているが、現状未発見の物あるとが大半であると聞く。
そしてこれらは「意志を持ち、成長する武具」であるそうで、羅神器自身が自身の所有者を選ぶ特徴があり、成長する事で一番上の等級である創世級を凌駕する武具にまでなり得ると言う。
尚、現在限界まで成長した羅神器は、現存するその全てが世界各国の上層部らによって厳重に保管されているそうだ。
そんな羅神器だが、共通する特徴として、選んだ所有者に合わせて最適な形態を執る事が挙げられる。初期状態では必ず刀剣の類なのだが、所有者の能力や性格等の判断基準に応じて適切な武具に姿形を変えるのである。
そしてミハイルを所有者に選んだ羅神器もまた、ミハイルが最も得意とするガンブレードに姿を変え力を与えていた。元々剣と銃の技術には自信のあるミハイルだが、両方が合わさった武器である自分の相棒を手にした事によってそのセンスを如何なく発揮する事となったのである。
ミハイルは剣撃を主体としつつ、時に近距離や中距離からの砲撃を織り交ぜて優位に戦闘を進めていた。無駄のない太刀筋で関心の動きを封じつつ、隙を見て刹那の一撃を叩き込む。
対して関心は戦闘全般が得意とは言えず、唯一の得意分野もこの状況では場違いとしか言えない位に役に立たない。全く動けない訳では無いが、それでも近接戦における適性がない事は関心自信が強く自覚している。
結論自身の苦手分野である近接戦闘に持ち込まれており、非常に苦しい状況に追い込まれていた。やはり慣れない事はしない方がいいかもしれない、と内心反省の意に耽っているのであった。
「ちっ…別に凄いのは剣だけって訳でも無さそうだ」
「愚弄するのも大概にしなさい。私はこの羅神器…「5/27」に選ばれた英雄候補なのですよ」
流れは此方にあると言わんがばかりに、自慢の武器を押し込む力を強めるミハイル。
流石に剣と銃の鍔迫り合い。フィジカルは兎も角、関心の方が終始押され気味であった。
「ぐっ…」
「嘗て名を馳せた英雄たちは皆共通してこの羅神器を有していました。もっと言うなら、羅神器は過去の英雄達みたく大きな器の持ち主を己の所有者として選ぶのです。そして私も選ばれた者です、貴方たちとは格が違うのですよ」
そう吐き捨てると同時に力を加え、そのまま関心を吹っ飛ばしたのだが…ここでミハイルはある事に気付く。
それは違和感、普通なら有り得ない事が起こっている。
「私を忘れてもらっては困ります!」
背後から迫ってきたイヴがナイフで項を捕らえようとするが、ミハイルは咄嗟に体を回転させてガンブレードごと旋転させる事でこれを弾く。咄嗟に回避する事で事なきを得たが、奇しくもイヴの不意を突いた一撃は意図も簡単に止められてしまった。
しかし、どうやら違和感の正体はこれでも無いらしい。
「(私は何か重要な見落としをしていないか…?)」
思わず周囲を見渡すミハイルだが、強いて不可思議な点を挙げるならば襲撃対象の馬車の陰に隠れているアレくらいだろうか。何ともまあ、この期に及んで生きていられるとは運のいい事である。
しかし、違和感の正体と言われるとどうにもしっくり来ない。
「よそ見するとは余裕だな!」
すると知らぬ間に距離を取っていた関心が、ミハイルに照準を合わせその引き金を引いてきた。流れ弾がイヴには当たらない絶妙な位置に陣取っている、そして速かった。
しかしミハイルは動じない、飛んでくる銃弾を意に介してすらいない。最終的に避けるでもなく、銃弾はミハイルのこめかみに的中したかのように思われた…が。
「無傷とは…どんな手品を使ったのやら」
ミハイルは傷一つ付くどころか、全く影響を受けていないようであった。
念の為関心は追撃の銃弾を放つも、悉く防がれてしまう。それどころか防がれる度に跳弾して危険であった。こうなると、不用意に残弾を消費するのは無意味だ。そう判断した関心は、大人しく構えていた銃を下ろして引き下がるのであった。
最も、この結果はミハイルにとっても拍子抜けと言わざるを得ない。
「この程度でしたか、これでは退屈しのぎにもなりません」
「ならこっちはどう?」
勿論、イヴもこの場からフェードアウトした訳では無い。再びナイフで首元を狙う。
だが必死の攻撃も空しく散った。当たりこそしたものの、生身で受けたその首筋に傷一つ付けられないまま、あっさりと弾かれてしまう。
「そんな…「切断」の術式を織り込んだナイフが…」
「言ったでしょう?これは羅神器…そんじょそこらの魔道具如きでどうにかなる代物では無いのです」
その言葉に嘘はないようで、イヴは咄嗟に飛びのいた。自分ではこいつを退ける事は出来ない、それを悟ってイヴはその唇を噛みしめるのであった。
しかしそんなイヴとは別に、余裕が無いのが関心である。なまじ知識があるが故に、その厄介さを的確に認識していたのだ。
「確か羅神器には特殊能力があった筈…「障壁」でも張ってやがるのか?」
「おや、羅神器の名を出した割に知らないのですか。これは「障壁」では無く「結界」です。無論、そこらの障壁とは比べ物にならない堅いですが…これの神髄は他にある!」
ミハイルは高速でイヴに斬りかかる。傍に居たイヴはナイフでこれを受け止めようとするが、ミハイルの力の強さには敵わず、そのまま十メートル程吹き飛ばされてしまう。
その後イヴの手元を見た二人は驚愕する。ナイフの刃から粉末が舞ったと思えば、そのまま刃の先端がポロリ、と地面に落ちてしまったではないか。
「絶望なさい。私の羅神器の真の能力は『粉砕』。私の羅神器に直接触れた物を問答無用で分子レベルに分解してしまうのです」
ミハイルにとっては些細な呟きに過ぎないそれは、特にイヴにとって死刑宣告のようにも感じらられるものであった。
そう、ミハイルの羅神器は「結界」も使えるが、これは飽くまでも力の一端に過ぎない。その本質は『粉砕』。適用範囲こそ狭いが、実質防御不可能な圧倒的な決定力こそが最大のキモ。
ミハイルは非常に恵まれた運の持ち主であった。戦闘の才能に恵まれつつ、数ある羅神器の中から「当たり」の能力を持つ羅神器に選ばれたのである。正しく鬼に金棒の状態、彼は無敵の存在になったのだ。
それからと言うものの、この羅神器を手にしてから戦場でミハイルを傷つける事が出来る者は一人も居なくなった。故に彼は信じていた、自分こそが真に最強であると。
「一応「結界」も次いで程度に使えますけどね…にしても残念です。お二方は私に傷一つ付ける事が出来ない。何せその手段を持ち合わせていないのですから。更には私の『粉砕』もを防ぐ術さえ持ち合わせて居な…」
ここでミハイルは気付いてしまった。
先程、彼の攻撃を受け止めて無事だった者が居た。実はあの時も『粉砕』を使用していたと言うのに。
「ここまでだな」
そう言うと関心は、再びミハイルに向けて銃弾を放った。銃を下ろしていたのが全くハンディキャップになっていない、芸術的なまでの速射で、先程の一発とは比べ物にならない速さを叩き出している。
ミハイルも咄嗟に回避しようとするが、関心の速射が速く、回避行動がまるで間に合っていない。
だが忘れてはならない、ミハイル先程、関心の銃弾を防いで見せたのだ。現実として、関心の銃弾は自分の結界を貫く事が出来なかった。故にミハイルには未だ余裕が存在している。
「ハハッ!無駄な事を、そんなもの「結界」で防げ」
なかった。銃弾は、ミハイルの額に命中した途端、ミハイルの意識をきれいさっぱり刈り取ったのである。
しかし、同時にミハイルは殺されたわけでもなかった。以外にも無傷で血の一滴も流していない、単に気絶しているだけのようである。
無論、これは関心が特別製の銃弾を使用したからに他ならないのだが。
「取り敢えず、敵の大将は無力化出来たな」
「関心さん、今何を…」
イヴが不用意に問いかけた、その時だった。
ミハイルの敗北を察知したからか、周囲に控えていた敵軍から再び総攻撃が開始された。銃弾の雨がイヴと関心に迫る。
忘れていた訳では無い、彼らはただ指揮官であるミハイルの指示に従って攻撃を止めていただけ。しかし指揮官が倒された事により、統率を失ってしまったらしい。それだけ、敵軍にとってミハイルの敗北は衝撃的だったのだろう。
「ちょいちょい!あんたらの大将、まだ死んで無いんだが?」
「いえ、その心配は無いのでしょう」
関心とイヴが軽口を叩き合っていたが、両者共に内心穏やかでは無かった。何せ今回、倒れたミハイルも二人の傍に居たのだ。
ここで普通なら攻撃の巻き添えになる所だが、まだミハイルの「結界」が機能しているらしく、気絶しながらも銃弾の雨を完璧に防ぎ切っていた。これには流石の二人も呆れる他なかった。
そして二人もまた、先程と同様に銃弾の雨を完璧に防ぎ切っていた。端から、ただの銃弾など二人に通用するはずも無かったのだが。
つまるところ、この攻撃は戦況になんの意味も為さない無用の長物と化していたのである。
一人を除いて。
「関心さんもイヴさんも凄いよ!なんか強そうな人倒しちゃってさ」
「お前、馬鹿か!」
「え?」
こんな危険極まりない場所に歩み寄ってくる愚者が一人。そう、あの名も無き青年であった。
彼は生きていた。馬車の陰に隠れていたら、運よく全ての銃弾を回避する事が出来たのである。
しかし関心の咄嗟の忠告も無しに、戦場に首を突っ込んでしまった。その末路は言うまでもない。
「ギャアアア‼」
敢え無く銃弾の餌食と化す青年、イヴと関心はご愁傷さまと言わんがばかりに目を瞑る。しかしここでも奇妙な事が起こっていた。
「ギャアアア‼」
「あの人、妙にしぶとく無いですか?」
「しぶといなんてレベルじゃない。それにしても、あれって…」
関心には何か心当たりがあるらしい。
当の青年だが、二人とは違って銃弾の雨を一身に受け続けていた。しかしあれから十秒以上経ったが、一向に彼の命を刈り取るまでに至らない。よく見れば、銃弾を受ける端から体は高速で再生を繰り返し、その度に当たった銃弾が汗の如く体外にはじき出されている。それは正しく、人の所業では無いと断言出来た。
「ギャアアア‼」
「ちっ…実弾は通用しないか、「魔術弾」に切り替えて対応しろ!」
敵軍の副隊長格と思わしき人物が命令を下し、その後は「魔術弾」と呼ばれる、魔術を織り込んだ銃弾を用いての攻撃が再開された。
すると今度はまた違った怪奇現象が起こる。
「ギャアアア‼」
「嘘でしょ⁉」
イヴは驚きを隠せない。
何と青年の叫び声に合わせて特定周波の波動が発生した。この波動を浴びた銃弾は全て途端に減速し、青年に届くことが無いまま地面にパラパラと降り注ぐ事となる。その後青年の叫び声こそ止んだものの、それでも尚銃弾が届く事は無い。
結局、戦場のど真ん中には無傷の三人が平然と立ち尽くす情景だけが映し出されたのであった。
「ば、化け物…」
結局、最後まで三人が敵の大将たるミハイル以外を傷つける事は無かった。しかしこの状況下で平穏無事な三人を見て、敵兵は皆戦意を喪失してしまったようだ。銃による全方位からの攻撃はそのまま終焉を迎える事となる。
ここで、得心が行ったようで関心が感嘆の声を漏らす。
「…驚いた。彼『英種』だったのか!」
「関心さん、何か知っているのですか」
「まあ、少し。にしても珍しいな、「英種」があの年齢まで生き延びられるなんて」
「?」
関心は何かを知っているようだが、イヴには検討すらつかない。
因みにこの攻撃では、気絶しているミハイル含めて被害を微塵も出していない、極めて奇妙な結果に終わるのであった。
イヴと関心の二人はただただ、これに巻き込まれ餌食となった憲兵団の兵士達を思いやる事しか出来なかった。可哀そうに、余計ないざこざに巻き込まれて殉職してしまうとは…
そう念慮する二人を差し置き、無邪気にも青年は歩み寄ってくる。これで傷一つない五体満足だと言うのだから驚きである。
「痛かった!何なんだよあの人達、人の心が無いの⁉」
「良く生きてましたね、本当…」
「でも成程、「英種」なら納得が行く。しかし「英種」か…」
本来ならばここは三人の無事を心から喜ぶべき場面であろう。しかし関心の頭の中を一抹の不安が過るのであった。
これを察してか、イヴが関心を慮る。
「どうかなさいましたか?」
「いや、「英種」って言えば、特殊な条件下で無敵になる性質を持ってる事は知ってるんだけど」
「え、「英種」?何だそれは?」
関心は青年からの質問を無視して思案に耽る。しかし青年はこれを然程気にしてすらいないようであった。
そんな青年を尻目に、関心は己が知識と照らし合わせて、同時に憂慮している事を徐に口走る。
「同時に人生がヘルモードになるくらい逆運が強い事も知ってるんだ。だからこの年齢まで生き延びたのを珍しいと称した訳だ。大半は成人するまで生き延びられないからな」
「そうなんですか…でもそれが何だと」
「いや、素朴な質問なんだが。凶悪な逆運の持ち主がいるこの状況下で、このまま何事も起こらないと断言できるか?」
「凶悪な逆運の持ち主?」
そんな関心の疑問は早々に解消される事となる。突然、崖の上にいた敵兵たちの間で断末魔が上がるようになったのだ。
見れば敵兵たちは襲撃を受けているように感じる。その相手は三人とは無縁の第三者、それも人間ではないように思われた。敵兵たちは新たに表れた襲撃者に対し、ろくに抵抗できないまま蹴散らされているようである。
見れば襲撃者もまた、それなりの数で襲い掛かっているようである。数だけで見れば大差ないのだが、その戦力差は天と地程の覆せぬものがあるらしい。圧巻の蹂躙劇であった。
ここでイヴは思わず天を仰いだ。下手すると、ミハイルよりも厄介な相手と出くわしてしまったかもしれない。
青年は自体が呑み込めていないようで、挙動不審な態度を見せている。
しかし関心だけは冷静だった、それもその筈、新たに表れた第三者の首領と思わしきソレが三人の前に姿を現したからである。
そうして現れたのは、一言でい表すならば「吸血鬼」。赤く染まる瞳に鋭い犬歯、蝙蝠の翼を携えて現れた長身でスリムな体系の青年は、静かに三人に歩み寄ってきた。イヴの首に掲げられた十字架に反応を示さず、日中でも構わず活動している辺り不審な点も見受けられるが、その見た目で判る事はただ一つ。紛れもない人外、それも関心の知識の中にある明確な人類の敵の一種であった。
「我ハ『血契迷宮』二所属スル四天王ガ一人、「南方のグール」ヨ。魔王様ノ命ヲ受ケテ参ッタ者ヨ」
「おいおい、「英種」なんて珍しいものに遭遇したかと思えば、今度は「魔種」の大物かよ…希少種族が千客万来じゃねーか」
関心は敵…いや、魔種たる「南方のグール」とやらの挨拶を受けただけで事の詳細を掴むに至ったようである。
こうして、両者は思わぬ形で対峙する事となったのであった。




