第三十八話:牽制
あれから数時間に亘り、公開処刑は続けられた。
その後魔王アダマンタイトの軍勢と思われるゴーレム達や、魔王ジュラキュリオンの配下と思われる吸血鬼達がワラワラと集まって来たのだが、その全員が何も出来ないままその場を目撃させられていた。
そんな彼等が見させられているのは、正体不明のバニーガール三人によって、強力な魔王であるアダマンタイトが辱めを受けさせられていると言う、ツッコミどころの多過ぎる意味不明な光景。
彼らは魔王アダマンタイトの実力、脅威を良く知る者達であった為、これを見せられて何をどう受け取ればいいのか検討さえついていない様子であった。
対する魔王アダマンタイトだが、彼はすっかり笑い疲れたようで、その意識は朦朧としておりまるで目の焦点が合っていない。まるで大人の薬でも飲んだかの如く、全身をビクッと痙攣させながら白目を向き、序とばかりに泡を吹きながら悶絶していた。
俺も実験台にされた事からその実態には詳しいのだが、今改めて「弄り闘殺法」の脅威と破壊力を再認識されたところである。
これは使う相手と場所を選ぶ必要がありそうだ。
そうして魔王アダマンタイトが物言わぬ残骸と化したその時、俺の羅神器に再度着信が入る。その主はまたしても憤怒、それもバニー衣装をこしらえた張本人であるらしい千冬からであった。
恐らく姉二人がここで長々と油を売っていた事から、しびれを切らしてしまったようである。そう言えば、ここに来るまでお取込み中と言う事だったような…
「二人共、カラータイマーが点滅してるぞ。三分以内に戻った方が良いんじゃないか?」
「本当だ!今すぐ戻らないと、世界の平和が危ない!」
「ですね…私達が戻らないと、もう一人の妹千秋からも怒られてしまいます」
「ええ?、もう行ってしまわれるのですか?、私の天使様」
慌てた様子でその場から立ち去ろうとする憤怒の二人だが、これに待ったをかけるのがルーナである。
お前はもう十分セレスティアを堪能しただろ⁉こいつ等だってこれでも国家元首なんだ、バニーコスの試着してる割に忙しい身の上なのだから程々に…
そう諭そうとした俺だが、これに先んじて、千夏がルーナの手を取り優しげな表情で語り掛けていた。
「私も名残惜しいですよ。でも私のもう一人の偽物、千秋を怒らせない為にも私は戻らねばなりません」
「そんな…、たかが偽物風情にセレスティア様のご意向を歪められるなんて、現実とは何て残酷なんでしょう…」
「千夏?楽しそうなのは良いけど、後でどうなっても知らないヨ⁉」
「そんな顔をしないで下さい。私は今一度祖国に戻りますが、絶対にまた何処かで会えますから」
「ううっ、それでも私は寂しいです、セレスティア様ぁぁぁ!」
そう言って泣きじゃくりながら、千夏の胸に飛び込むルーナ。
本来なら感動のワンシーンとして涙をにじませるのがセオリーなのかもしれないが…千夏は完全に面白がってルーナをからかっているし、ルーナはこのシチュエーションを利用してセレスティアとの密着を図っているだけだし…実情は酷いものだな、と俺は内心呆れ果てていたのであった。
ここで本来はふざけ倒す側の千春が珍しく俺と同等の感想を抱いているようで、彼女にしては珍しくこの状況を冷めた目で見据えているのが印象的である。そんな俺達二人は、溜息を重ねる事で互いの意思を統一させたのであった。
その後はオチ等関係無いとばかりに、千春と千夏の二人が帰って行くのを見送る羽目となった。二人が同時に飛び跳ねるや否や、一瞬にしてその姿が掻き消えてしまったのである。
言うまでも無く、瞬間移動か空肝転移を用いて脱出を図ったのだろう。
何と言うか…お決まりの展開を駆使して、最低限の体裁を取り繕ってきたと言った所だろうか。
そんな事よりだ。アイツら二人は気にしていなかったが、必然的にこの「場」の後片付けは俺が担わねばならないだろう。
全く、暴れるだけ暴れておいて、後の事はほったらかしとか…アイツ等揃いも揃って良い身分だと思う。実際に良い身分なのが笑えないしウザいけど…
「ちょっと、何やろうとしてるんですか⁉」
ここで俺は、衝撃的な光景を目の当たりにしてしまう。何と魔王ヴィオラが、死に体の魔王アダマンタイトに止めを刺そうとして居たのだ。
俺は咄嗟に両者の間に割って入り、アダマンタイトを庇った。これを受けて、面白く無さそうなのヴィオラとルーナの姉妹である。
「関心?、貴方、何のつもり?」
「待った待った!確かに両魔王間で確執があるのかもしれないけど、息の根を止めるまではしなくて良いだろう⁉」
「そこまで判っていて、何故止めようとなさるのかしら?私と魔王アダマンタイトは、同じ勢力に所属はしていても、敵同士でしてよ?」
「いやいや、だったら端から対談なんてしようとしなくても」
「それは私が苦汁を舐めさせられる立場だったからに過ぎなくてよ。こんな簡単にアダマンタイトを消し去れる絶好の機会、逃せませんわね」
これは俺の認識が甘かったのかもしれない。俺が思っていた以上に、両迷宮間の仲はギスギスしていたようである。
だがしかし、この場には魔王アダマンタイトが連れてきた軍勢も居り、彼らが黙ってこの場を見過ごすような真似はしない。果敢にも魔王ジュラキュリオンを止めようとしているが、ここはジュラキュリオンのホームグラウンド。
彼女はその能力が大幅に強化されており、他迷宮の雑多の魔族程度ではとても相手にならなかった。
これは好ましくない。俺としては「場」を丸く収める事だけを求めていたと言うのに、まさかこのような形で混迷を極めるとは…
しかもルーナが彼女の妹と言う事もあってか、全面的にジュラキュリオン側の肩を持ってしまっているのが実に厄介である。ここで下手な行動を取れば、俺達が吸血鬼共によって袋叩きに遭ってしまいそうだ。
俺視点、魔王ヴィオラがアダマンタイトを殺めてしまうのはちと都合が宜しくない。個人的には、命を張ってでもとは言い切れないが、可能であれば確実にその凶行を阻止したいと思っていた。
尚「最適解」においても、これを止めるのが最善と出ている。
ここで俺は、「最適解」に従って並べていった言葉の数々を思い出す。
リスクや代償は小さく無さそうだが、それでも後の事を考えてやるしかあるまい。
俺は荒い溜息を着くや否や、一度手荒に魔王ヴィオラを押しのけ、その足で魔王アダマンタイトの傍に位置取った。傍らで「何をお考えなのですか?」とご立腹気味な姉妹を尻目に、俺はその左足でアダマンタイトの胸を踏み付ける。
そして煽るように、上から目線でアダマンタイトに冷たく告げる。
「何時まで寝こけて居るつもりだ?今すぐ起きなければ、即刻バニーの刑に処す」
「ひぃっ!そ、それだけはご勘弁を!」
そして俺の言葉が届いたのであろうアダマンタイトが、慌てた様子で飛び起き、そのまま土下座姿で俺の足元に平伏した。
俺以外でしている人を初めて見た、華麗なるジャンピング土下座。これには、流石の魔王ヴィオラも困惑しきりであった。
アダマンタイトをどうにかしようと言う敵愾心も、俺に対する抗議の意思もすっかり引っ込んでしまったようで、興が削がれたとばかりに力なくその場に立ち尽くしていたのであった。
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その後俺達は周囲の野次馬達を追い出した後、復活したアダマンタイトも交えて、再度情報共有の会談を行った。一応これまでの話を聞いていない者も居るので、始めから懇切丁寧に説明をやり直す。
これには魔王ヴィオラが不服そうな態度を示すも、俺が意味ありげに視線を向ければ、特に何を言うでも無くプイッと視線を逸らすのである。
この時、恐らくセレスティアと同じくらいの年齢だと思われる彼女に、セレスティアとは違って可愛い所もあるじゃないか…なんて野暮な事を考える始末であった。無論、これを口にすればルーナから半殺しにされてしまうので言わないけども。
そして粗方、両者には俺の知っている事を伝え終え、各自がその衝撃の情報の数々を苦そうな様子で噛みしめていた。
情報量自体も多いし、話している事の内容も途轍もない事ばかりで、下々の者…それが例え魔王であっても完全に受け入れるにはそれ相応の時間を要しそうである。
魔王アダマンタイトは終始頭を抱えていたが、魔王ヴィオラに関しては最初に少し話を聞いていた事もあってか、ここまで顕著では無かった。
しかし多少の納得と同時に、これとは比にならない位の頭痛には悩まされていそうだ。頭を抱えずとも、終始顔色は悪かった。
こうしてみると、初めての内容もそれなりにあったであろう当事者のルーナが、これを聞いた今も普段と違う様子を見せない辺り、下手したら姉以上の大物なのでは?と内心の疑念のような感想を抱いていた俺である。
まぁ、単純に馬鹿…な可能性もあるけど、こればっかりは何とも。
「とまぁ、俺が現状話せる事はこの辺りかな?参考になった?」
「ええ、私としては満足の行く内容を得られましたわ…」
「おう…」
取り敢えず、今回の話し合いは両魔王にとって有意義なものとなったようで何よりである。俺は満足げに頷いて見せた。
そんな俺だが、魔王アダマンタイトを除き、終始周囲から白い目を向けられていた。その理由は…
「ところで関心さ、何時までその格好なの?」
キアンが不意に訊ねてしまうのも無理は無い、俺は肝心な話を行う中、ずっと先に着替えたままで…つまりバニーガールの衣装に身を包んでいたのだ。
悲しい事に、俺も長い間着続けていた事もあって、この衣装に心と体が馴染んできている感覚を覚えつつあったのが実に不本意である。採寸した訳でも無いのに、服のサイズが男の俺とピッタリだった事も相まっているのかもしれない。
だがしかし、今回に限ってはそんな、しょーも無い理由でこの格好を続けている訳では無いのだ。大義名分がそこにある。
「キアン、魔王アダマンタイトを見てみろ」
「え?」
「な、何だよ⁉俺が何かしたって言うのか?」
「安心しろ、何かしたら先の二人を召喚して四十八の必殺技を試すから」
「待て!もう止めてくれ!俺はもうバニーガールなんて恐ろしい生き物に手は出さねー、この通りだ!」
そう、魔王アダマンタイトが先の制裁を受けて、バニー恐怖症になってしまったからである。
ヴィオラからも「元々短気で粗暴な性格をしていてよ」と聞かされていたので、奴を対談に交えるにあたって何らかの抑止力が必要であると俺は睨んでいた。
勿論、それが無ければ即刻追い出す所存だったのだが…そんな中で降って湧いた奴のトラウマ。あまりにも都合が良過ぎた為、これを使わない手は無かったのである。
実際その効果は抜群で、アダマンタイトは事ある毎に俺の動向を過剰に意識し続け、俺が何かしようものならその度にビクッと身震いする始末。俺が手を動かす度に、奴は反射的に俺から距離を取ろうとしていたので、もしかしなくても先の制裁は余程堪えたようだ。
また俺が「そう心配しなくても、何時でもバニーは召喚出来るから」と優しく諭してあげたのだが、これを聞いて奴の顔面から、一瞬にして血の気が引いていくのが感じられた。全身鎧で埋め尽くされているので見えない筈なのに、不思議な事もあったものである。
また復活して以降、見るからに奴の威勢や高圧的な態度が見る影を潜めている。俺の言う事には絶対従順だし、俺以外の相手に対しても登場初期に対して異様に大人しい。
また、よく見れば魔王ヴィオラの方にも変化が見られている。
厳密に言えば、俺を見る目が変わった。その視線を見る限り、明らかに侮蔑の念が加わっているように見受けられる。
…成程、これが「最適解」たる所以か、と俺はある種の領解に至っていた。
見れば俺の連れ三人も、アダマンタイトの変わり様にある種の感動を覚えているようである。本人に丸聞こえの状態で、以前の彼なら間違いなくブチ切れているであろう軽率な発言を繰り返していた。
「凄まじいですね…時に関心は、私でも驚く秀逸な判断をしますよね」
「可哀そうに…これじゃ、もう風〇店に行こうにも行けないね」
「彼の人生における楽しみが、優に一つ奪われた、関心ってば何て惨い事を…」
「本当だよ!関心は只ふざけてるだけなのに、ナチュラルに残虐非道だよね。狡い、惨い、気色悪いのガングロ三重奏だよ!」
「全くです、人の為す所業じゃないですよコレ…」
…と言うより、しれっと俺が蔑まれている気がするのだが、気のせいだろうか?しれっと所か、これ見よがしに喧嘩を売られているような…
だがこれを受けて、何故か魔王アダマンタイトが大慌てで「お前ら!そいつの仲間か何か知らねーが、バニーを真っ向から煽るとか正気か⁉」と言いながら三人を制止していたので、これには俺をディスる事に興じていた三人も、思わず言葉を失う羽目となってしまったのであった。
…
そして話が終わるや否や、魔王アダマンタイトは引き連れて来た軍勢を束ね、そそくさと血契迷宮を後にした。その手際が異様に良かったので、余程この場からフェードアウトしたかったに違いない。
そうして取り残された魔王ヴィオラと俺達四人組だが、話が一通り終わったにもかかわらず、ヴィオラが真剣な表情を崩さずルーナと向かい合っている。他三人が「これは如何に?」と首をかしげていると、ヴィオラから「貴方達も座りなさいな」と半ば命令みたく促されてしまったので、何も言わず席に着く。
俺はここいらで着替えたかったのだが、ヴィオラはこれを許してくれないらしい。俺が堂々たる態度を崩さない裏で、如何にして羞恥心と激闘を繰り広げていたか知りもしないで…下手したら彼女、俺以上に残虐非道なんじゃ…⁉
「何か言いたそうですわね」
「いえ、そのような事は」
全く、妹のルーナと似て、変な所で鋭い女である。「姉妹揃って妙な特技を携えやがって!」と、俺は深い思考を用いて密かに愚痴る事に終始した。
それはそうと、どうにもヴィオラは、俺達に対してそれはそれは重要なお話があるらしい。過去に増して鋭い眼光で、俺達…主にルーナ以外の三人を交互に睨みつけている。
これまでの話の流れ、ここ五人の関係性…諸々を鑑みれば、予想は着くけども…
「私の言う重要な話とは、ルナーシャの今後についてですわ」
俺が問いかける前に、ヴィオラの方から求めていた通りの答えを口にして貰えた。その内容は、正しく俺の予測した通りであった。
結局何だかんだ言って、妹の事が心配なのだろう。以前セレスティア基憤怒からも「王族の兄弟仲は難しい」と聞かされていただけに、何処かほっこりさせられる俺である。
おっと、気を抜いてはいけない。返答によっては魔王ヴィオラを完全に敵に回してしまうので注意せねば。
この時、不意に「俺って魔王ヴィオラの事苦手としてるよな」と自覚してしまったのはここだけの話。
「唐突に尋ねます。ルナーシャは今後をどのように考えているのですか?」
「失礼ながら姉上、どのように、とは?」
「今の貴女に取れる選択肢は二つ、この国ひいては世界に残る事、そして脱出する事ですわ」
だがそのどちらにも相応の危険が伴うと、ヴィオラは語る。
前者だが、あのような謳い文句で王城を追い出してしまった今、ルーナが星職者になったとは言え、易々と王城に戻る事は難しい。その場合王族や国に対し在らぬ疑いの視線を向けられてしまう事は必須、下手したら『天啓』について良からぬ勘繰りをされてしまう可能性があるとの事だ。
確かに、俺達もその可能性には素直に頷く事が出来た。
実際『天啓』については部外者においそれと漏らす類のものでは無いと思っているし、万が一これが世間一般に広がろうものなら、その際に生じる混乱は尋常では無いものになるだろう。だから俺達も、関係者同士で固まり、部外者を遠ざけるような動きに徹してきたのだから…当時は部外者だったルーナを巻き込んだのは何とも心苦しいけれども。
また外国に出ようものなら、敵国の王族女性と言う事でどのような扱いを受けるか判らない。もし仮に残るならば、平民を装ってこの国に残るのが一番安全だろうとヴィオラは口にする。
対する後者だが、こちらは単純明快だ。今後は国から護衛を付けられない中で、自力で生きていく必要がある。
ルーナには多少冒険者としての経験もあるとは言え、まだ冒険者になって日も浅い。幾ら羅神器の所有者であるとは言え、今とは比べ物にならない苦労を強いられるのは間違いないだろう。
実際ヴィオラも相当に心配しているらしく、その心情の表れなのか俺達三人に向ける視線がそれはまぁ鋭いったらありゃしない。それ即ち、「その場合はお前達がルーナを守れよ」って言う暗黙のメッセージなんだろうな。
ここでヴィオラは、一度話を振る相手を俺達に切り替えて来た。
「因みにだけど、貴方達三人は今後どうするかお考えなのかしら?」
「それについては決めてあります、俺達は速やかにこの世界を出ていく所存です」
「⁉」
ルーナがただ一人驚いているが、他の三人が眉一つ動かなかった時点で彼女も悟ってくれたようだ。
これも迷う必要なんてないのだ。俺達はこの国から指名手配を受けており、また同時に職務を任されている身。この国ひいては世界に長居する必要もなく、こうして対談も区切りが着いた今、このまま留まる理由の方が無いのである。
職務の内容次第ではこの国や世界に残る事も考えられたが、俺達の職務の内容
を見るにそれは考えられない。故にこの対談が終わり次第、その足で境界門を潜り外部の世界に移動する手筈となっていたのである。
因みにこの話については、既にイヴやキアンとも共有済みである。二人共、この決定に異議を唱える事は無かった、つまりはそう言う事なのである。
「この対談が終わり次第、俺達は道を引き返し、この国に接している境界門から外の世界に向かいます。余談だが、隣の世界について何か知っている事は?」
「私も詳しくは知らないのだけれど、この世界とは異なり「魔法」は一般的では無く、代わりに「異能力」とやらの影響が大きいそうですわ」
「成程、参考になりました。ただ、これを聞いても決定は揺らぎません」
仮に目の前の王女様が指名手配を撤回した所で、変わらないだろうな。
これを受けて、頭を抱え始めるルーナ。その様子を見るに全く予想していなかった事態と言う訳でも無さそうだが、いざ直面してみるとその決断の重さに、思わず委縮してしまったのだろう。
また彼女に限って言えば、職務は「冒険者連合組合:幹部業務」のみで、俺達とは違って無理にこの世界を出なければいけないと言う訳でも無い。
実際、前に組合のトップでもある危惧から話を聞いた時にも「幹部だからと言って、無理に本部に顔を出す必要は無い。地方でも出来る事はあるからな」と断言していた。ルーナには、無理してこの世界を出る理由など存在していないのである。
ここで俺は、余計に彼女を悩ませる事になる可能性を呑み込みつつ、言葉を続けた。
「俺達としては、ルーナには無理して着いて来る必要は無いと思っている」
「ちょっと、それって、私の事なんかどうでも良いって事?」
「あら貴女、私の前でいい度胸ね」
「そうじゃない、そしてヴィオラさんも一々反応しなくて良いです。理由は単純、ルーナにはこの世界を出る必要がない以上、俺達の都合で脱出を強要する事は出来ないからだ」
だがその上で、脱出して着いて来ると言うのなら、今後もパーティメンバー兼護衛として仕事は行うし、もし残ると言うのならパーティを解消して、以降不用意な関りは避けるとも告げておいた。
最も、世界を出てしまえば二度と会う事も無いだろうが…
案の定と言うべきか、これを受けて猶更悩みこんでしまったルーナである。
しかし彼女の立場になってみれば、ここで悩むのは大いに理解が及ぶ事なので、俺はこれを見守る姿勢を崩さない。イヴとキアンの両名もまた、黙ったまま一身にルーナに視線を向けていた。
結局のところ、決めるのは彼女本人なのだから。どちらが正解と言う訳でも無い以上、せめて後悔の無い選択をして貰いたいものである。口には出せないけど…
「因みに、悩むところは具体的には何処にある感じ?」
「色々ある、仮に残れば国内は安全かもしれないけどあまり表立っては動けないし外国は一番危険、出れば今以上に自由になれるけど家族や姉上にも会えなくなるかもしれない」
「ルナーシャ、貴女…」
「じゃぁ聞き方を変えよう、どっちの方が良いと思う?」
「それは…、多分だけど、でも」
ふむ。決断には至らずとも、自分の中で答えは出ている感じかな。それならば、少しお節介を焼かせて頂こう。
「そう言う事なら…ヴィオラさん、良ければ俺達と派閥を組みませんか?」
「⁉ああ、確か『天啓』に纏わる要素だったかしら…それは何故かしら?」
「簡単な話です。相互でメリットがあるからですよ」
仮に俺達三人とヴィオラさんの四人で派閥を組んだとする、ルーナは自然勢力では無いので不可能だ。
俺達としてはルーナ含め相互の協力関係を強化しつつ、非常時にヴィオラやクロス=ウォール連合王国の庇護下に入る事が出来る。
流石に他の世界の国である為その影響力は薄いかもしれないが、絶対に何もないよりはマシだし、何より俺達の関係に国の意思が介在するようになる為、今以上に関係性を強化する事が出来る。
と言うより、互いの裏切りを防止しやすくなると言うのが一番大きい。とか言いながら俺達三人はこれを意に介さず裏切る事は出来てしまうのだが、ここにルーナが加わる事で不用意な裏切り行為は防げるだろう。
対してヴィオラさんのメリットとしては、ルーナの冒険者パーティメンバー兼護衛として同伴している俺達三人に目を光らせつつ、俺達を介してルーナとも相互に連絡を取れるようになる。
これによってよりルーナの身の安全が確保されやすくなる他、俺達が正当な理由なくルーナの事をぞんざいに扱えなくなる。この徒党におけるルーナの需要度が上がるのである。
また何かあった時に、ヴィオラが俺達に質問をしたり頼み事をしたり、と言った事も可能となる。これは話を聞けたとは言え、『天啓』に関して陸に相談できる相手もいないであろう彼女には心強い支えとなってくれるに違いない。
これを踏まえれば、幾ら俺達がどこの馬の骨かも知れない指名手配犯とは言え、ヴィオラも幾らかは安心できるだろうと言う寸法だ。
またルーナの視点でも、メリットの大きい提案であると言えた。俺達三人が、正式に彼女の護衛役となったようなものだからである。
これならば、彼女の意思が幾らか傾くのでは無かろうか。恐らく、彼女がそうすべきと判断している方向に…
「確かに…それならば、貴方の提案に乗るべきでしょう。寧ろ、私としては有難い申し出だと存じますわ」
実際キアンやフラウからも異論反論は出ず、ヴィオラ本人もコレに同意したので、俺、イヴ、キアンの派閥にヴィオラを加入させた。その直後『天啓』が下され、正式に派閥メンバーになった事が通達される。
思いの外ヴィオラが悩まなかったので、俺はびっくり…と言うより感心させられた次第である。
またこの時、互いに職務の内容も共有しておいた。その方が不用意な隠し事をしなくて済むし、いざと言う時に話を進めやすいだろうと言う思惑の下である。
そうしてヴィオラの職務の内容も教えて貰ったのだが…やはりと言うべきか、ヴィオラに下された職務の内容は「迷宮の整備、運営」に纏わるものだった。
そりゃ、迷宮の主たる魔皇種なんだから、当然だろう。だがこの職務であれば、俺達に出来る事は多く無さそうである。
まぁ、他人事のようだが、精々ヴィオラの方で頑張ってもらいたいものだ。
これに加えて、ヴィオラの保有端末にも例のアプリをインストールして貰う。そのまま俺が初期設定を済ませたので、これで何時如何なる時でも相互で連絡を取る事が可能だ。
こんな簡単に危険なアプリをばら撒いていいのかと言う素朴な疑問はあるかもしれないが、これは俺達「同士」を介してしか入手出来ない特注品なので、特に問題無いと判断した。万が一の場合、羅神器を介してアプリの抹消も出来てしまうのだから…
「…って事で、万が一この世界を出ても最悪の事態は免れられるだろう」
「確かに、うん、これなら…」
「それに、俺達と一緒なら何時でもセレスティアと会えるしな」
彼女の意思が固まってきた所で、俺は不意にちょっとしたどうでも良い事を呟いてしまった。何となく、流れでそのような事を口にしてしまったらしい。
しかしそれが、人によっては意味や捉え方が全く異なって来る際物である事に、この時の俺は気付けなかったのである。
これを受けて、ルーナがハッとした様子で俺を一瞥した。そして瞳をより一層輝かせ、大々的に宣言する。
「それは盲点でした、私、この世界を出ます!」
「ええ?良いの?そんな勢い任せに決めてしまって…」
「そうです、私はかの尊きセレスティア様と直にお会い出来る奇跡を手放す危険性にどうして気付けなかったのでしょう?、かの御方は私が物心ついた時から一身に憧れた神様のような尊き御方でそれはそれは麗しく秀麗でいらっしゃってその立ち姿はまるで凛と咲く薔薇のよう…」
こうなれば、一度スイッチの入ったルーナはおいそれと止まらない。ヴィオラは呆れた様子で、何故か俺を睨みつけて来た。
その眼は正しく「お前、余計な事を言うな」と言わんがばかりであった。それは聞いてないとばかりに、力なく弁明に走る.…と言うより話を逸らす事に注力する俺。
「お宅の妹さん、セレスティア様に大層憧れていらっしゃるんですね…」
「ええ、私も知ってはいたけど、これ程とは…」
「そう言えば、ヴィオラ王女殿下は如何なのです?」
「妙に恭しくなって、逆に怪しいですわね…私のかの御方の事は存じておりますし、尊敬もしておりましたよ。ルナーシャ程ではありませんけれど…」
その言葉に嘘は無く、彼女もまた実際にアレの事を尊敬していたようだ。もう過去形になっている時点でお察しである。
憤怒も何だかんだアホな奴で、こんな下らない事で自分の信徒を減らしているのを気付いていないのだろう…最も、本人はそのような事気にしてすらい無さそうだけども、特に千春。
そんな感じで結局、俺とヴィオラは何故か互いに心が通じ合ったような感覚を覚えつつ、ルーナの選択を受け入れる事に決めたのである。
~~~~~
俺達四人が迷宮を去る間際、見送りとして境界に足を運んでいたヴィオラから、割と重要そうな話を聞かされた。
「貴方が先にお話しされていた「十界」についてだけど、存分に注意されたし」
「ほう、それはまたどうして?」
因みに俺とイヴとキアンは、ヴィオラに対して敬語を使わなくても良いと御許しを頂いている。俺も警護をやめて、タメ口でこれに問いかけを行った。
「私も詳しい話は存じ上げないのだけれど…「十界」はかの有名な『災禍三省』に連なる十の魔天種だそうで、私達魔皇種では到底力の及ばぬ強大な存在でしてよ」
「「⁉」」
「へぇ…なんか強そうだね、それ」
災禍三省…俺も軽く名前だけは聞いた事がある。
大昔に大暴れした三柱の天種らしくて、彼らが縦横無尽に破壊の数々を撒き散らかす中で、数々の有用な道具や概念を生み出したとかどうとか…
例えば俺もお世話になっている「羅神器」もそうらしいし、他にも「百代禁書」やら「スキル」やら、色んなものを生み出したみたいだ。噂では「要塞都市」もその一つと噂されているらしい。
正直、俺目線ではあまり実感の湧かない存在である事に変わりは無い。他のメンバーに関しては、キアンを除き違うみたいだけど…
「それは何とやら…でもまたどうして?俺達よりも、ヴィオラの方が気を付けるべきなんじゃ?」
「そうだよ、身内に十界と内通してる裏切者抱えてたんだしさ」
「ぐっ…」
キアンの容赦ない指摘を受けて、たじろぐヴィオラ。
でも実際、俺達は特段「迷宮」や「魔種」と関係が深い訳でも無し、こちらから手を出さない限り遭遇する事すら無さそうだが…
「本当にそのようにお考えで?」
「いや、まさか。キアンと言う疫病神が居る中、そんな願っても無い話が実現する訳ないんだから」
「え?僕が悪いの?」
悪いかどうかは知らない。ただ何となく、今後も何らかの形でこれらに関わる可能性は高いなと感じていた。
既に「虫型魔族」と遭遇して倒している時点で、手遅れかも知れないが…
「ああ、言いたい事が判った。大丈夫、ルナーシャ…否、ルーナの事は俺達に任せろ」
「まぁね。特に僕と関心は無駄に強いからね」
「本当、「無駄に」ですよね…特にキアン」
「ちょっと?こんな僕でも、何時かは役に立つかもしれないじゃん?」
「…そこまで理解して頂けるなら、後は言わなくても構いませんね?」
何やらイヴとキアンが横で戯れている中、ヴィオラから真っ直ぐに向けられた問いに俺は黙って頷く。全く以て、言われるまでも無い事だ。
これを受けて実に満足そうなヴィオラ。一度微笑んだ後、再び目を見開いたと思ったら、今度は彼女の方から俺に対して質問が飛んで来た。
「ところで関心…でしたか?貴方は何時まで、その教育に悪い格好で居続けるつもりなのかしら?」
…
この時俺は、初めてヴィオラ第一王女殿下を無性にぶん殴りたくなってしまったのであった。




