第二十二話:介錯
~盗賊団「三頭狼」、アジト郊外~
ルディからの命令を受けてアジトから退散している真っただ中の四人組、聖鳥衆の四人は必死に足を動かしていた。
そしてある程度距離を取った辺りで、暴風が吹き荒れ、凄まじい大地の衝撃と共に只ならぬ轟音を立てている背後を振り返る。
「大丈夫か、あのクソ坊主…」
「いやいや、あんなの、どうしようもない!」
「そうねぇ…少なくともアタイには、あれをどうにか出来るビジョンが見えないね」
「同意だ。しかしあの三人組、とんでもないバケモノを飼っていやがったとはな!」
グラッド、ルーナ、ソール、アロンがそれぞれ思い思いの感想を口にする。
言うまでも無く、キアンとか言う青年は異常だった。
つい先程まで、四人は魔族相手に対して恐怖していた。あの魔族が作り出した「虫型魔族」ですら四人にとっては脅威そのもの、一対一で戦ったとしても勝機が無いような圧倒的格上の相手だったからだ。
しかし、そんな魔族を軽く蹂躙してしまう、もっと格上の存在が味方に潜んでいた。もうそれは、恐怖する事すら許されないような圧倒的な規格外。目が合った瞬間、気付かないまま葬られていてもおかしくないような、完全に想像の範疇を超えた超越存在だったのである。
その蹂躙劇は圧巻を通り越して、意味不明だった。
あれ程までに恐ろしかった「虫型魔族」は意図も簡単に蹴散らしてしまい、自分達でも厳しい相手だったボルグの同行者…の弱そうな方に至ってはその余波を受けて沈黙した。敵の魔族の首領と思われる吸血鬼に至っては為す術も無く瞬殺、敵将ボルグも同様だ。
この時点で、何が起きているのか判らない。四人の脳は一瞬でショートを起こしていたのだ。
そんなキアンが自分達に牙を剝く事だって、想定外も良い所。ハッキリ言って、睨まれた瞬間に己が死を覚悟した程であった。
しかしそんなキアンを止めたのもまた、それと同等の味方だったものだから…もう彼らの理解能力は限界を迎えていた。
そんな中味方のルディに恫喝されて正気を取り戻し、命令を受けた事で何とかこうして逃げ帰る事が出来ていたのだ。
この時、自分達はとんでもなく幸運で、同時にとんでもなく不幸だな…と四人は共通した感想を抱いていたのである。
「何が「実技試験でパーフェクト」だよ⁉当たり前じゃねーか!」
アロンが見当違いな文句を言い放っていたが、その気持ちが理解出来なくも無い他三人である。
最初組合からこの説明を受けて、「頼もしい後輩だ」なんて思ったものだ。実力だけで言えば、現存する冒険者の中でもトップクラスなのは間違いない。今後の活躍が非常に楽しみなのは言うまでも無かった。
そして実際に会ってみて、意外と話は通じそう…と今後の展望にも期待を抱いたものである。寄りにも寄って実力のある冒険者に限って唯我独尊と言うか、話が通じない者が多い。ところが彼らは、多少常識知らずな所はあるものの、尊大な態度をとる事は無く、それで居て実力においては格下の四人とも真摯にコミュニケーションをとろうと努めている印象だった。
そして先程の仕事ぶりも見て、まだまだ荒さはあるものの実力は確かだな、と感心すると同時に幾らかの危機感を抱いた彼らである。細かい順序建てや、報連相の拙さには落胆したものの、その仕事内容はプロと比較しても遜色ない。寧ろ未知の技術を用いた代物を幾つか持ち出して来て、只者じゃないな、とその認識を改めさせられたのだ。
しかし蓋を開けてみたら、なんと言う事でしょう…全員が人智を超えたバケモノだったではありませんか。
バケモノその一は言うまでも無く、これを難なく食い止めたバケモノその二も規格外だし、そんな二人相手に平然と会話を行っていたバケモノその三もまた、十分に異常であると言えた。
寧ろそんな三人だからこそ、あの実技試験でパーフェクトを取れたのだろうな…と呆れるしかない四人である。特にアロンなど、後で「試験内容が理不尽極まりないものだった」等と文句を言っていたが…
そして今、暴走状態のバケモノその一とバケモノその二が絶賛交戦中である。
この時点で意味不明である。何がどうなったら、単なる盗賊退治の依頼が怪獣大決戦に発展するのやら…何はともあれ、ここまで来たら生き残りたい所。
バケモノその二の勝利と、バケモノその二がバケモノその一同様に暴走しない事を祈りながら四人は走り続けるのであった。
…
そんな聖鳥衆の四人の行く手を遮るように、見た所同業者…つまる事冒険者と思われる四人組が姿を現した。
見た事も無い四人組…しかしこれを見て、聖鳥衆の四人は心当たりを得た。恐らく核弾頭の三人が言っていた連中なのであろうと。
とは言え、人違いで彼らを叱りつけるのは忍びない。確認のためにグラッドが問いかける。
「テメェらが蒼炎魂か?」
「せや、こっちも話は聞いてるで。確か…Cランク冒険者パーティ聖鳥衆やったっけか?」
そう話すのは、最前線にいた「茶髪の優男」ことミゼルその人であった。
だがこの時、聖鳥衆の四人は些細な異常に勘付くに至る。ミゼルには至って言えば不自然な様子は見られないのだが、問題はその他の三人。まるで人としての生気が感じられず、どこか人形のような…そんな印象を受けるのだ。
これを受けて、四人は黙々と思案に耽る。この違和感の正体は一体…
そんな四人を差し置いて、ミゼルが話を続ける。
「そんであんさんら、ちょいと訪ねたい事があるんやけど」
「その前に…お前らのせいで、こっちは迷惑被ってんだ!どう落とし前着けるつもりだ⁉」
グラッドが実に最もな恫喝…に似た意見を叩きつけ、背後の三人もうんうんと頷く。
しかし対するミゼルは…何の事やらさっぱり?と思い当たる節も無いようで、一人頭を傾げながら唸っている。これを受けて我慢できなくなったグラッドが、咄嗟にミゼルの胸倉を掴みにかかる。
「テメェ、ゴラ!舐めてんのか?」
「ん-?ああ、そーゆーこっちゃな!スマンスマン、ワシらの落ち度で…」
「惚けんじゃねーよ!お前らの身勝手な行動で俺達だけじゃなく、核弾頭の連中だって巻き込まれてんだぞ!」
ここでミゼルは、核弾頭の名を聞いて微かな反応を見せる。
グラッドは得心が行った。まず間違いなく、こいつらの間に何かしらのトラブルがあったに違いない、と。
しかし当の本人、ミゼルは呑気なもので…あからさまに怒り心頭で、誰もが口を揃えつつ「怖い」と言い張って然りなグラッドを前に、怯むどころか堂々と言い訳まで口にしてしまうのである。
「まー許してーな。これもあれや、若気の至りっちゅー奴やん?」
「若木の至りで済まされるなら、警察は要・ら・ね・ぇ・ん・だ・よ!」
「酷い!怖いわホンマ…ワシ、泣いてまうで」
「この期に及んで軽口叩く余裕がある癖して、下らねぇ嘘吐くんじゃねぇ!」
そう言って、我慢の限界を迎えていたグラッドはそのままミゼルを地面に叩きつけてしまう。それは常人を軽く屠る威力を有し、本来であれば同業者に使って良い攻撃手段とは言えない。
しかしそんな事を言ってられない程にグラッドは怒っていた。他三人も同様で、これを止めるでもなく黙認する。
そのまま為す術も無く、ミゼルは地面に激突させられたように見えた。辺り一面に凄まじい衝撃波と、鈍い轟音が響き渡る。
しかしこの時、驚くべき事にミゼルは平然としていた。どうやら受け身と防御魔術を自身に施していたようで、叩きつけられた割には軽傷で済んでいたのである。
これを受けて、聖鳥衆の四人は絶句する。
何せ事前に聞いた話では、この四人は歴代の受験者と比べても、平均レベルと言って差し仕えない程度の結果を出して実技試験を突破した筈である。勿論、ミゼルも同様であったと聞いている。
しかし今見せた対応は、とても平均レベルの技量の持ち主のものでは無かったのだから。下手したら自分たち以上の技量を持つ可能性さえ…
グラッドもまた、目の前で起きた光景が信じられないで居た。
「テメェ…聞いてた話と違ぇじゃねーか!」
「おおきに!見ての通り、ワシは能があり過ぎんねんな…ほな、鷹と違うけど爪も隠してナンボやん?」
「否定は出来ねーが…教えてやんよ。先輩には敬意を払うのが常識なんだぜ!」
そう言ってグラッドは右腕を後方に引き、ありったけのタメを作りつつ、今度はミゼルに向かって全速力で殴りにかかる。
ミゼルとグラッドの体格差は歴然。それにミゼルは、その身体つきを見ても肉弾戦に造詣があるようには思えなかった。そんなミゼル程度、軽く捻り潰せる…と思ったグラッドだが、その予想を大いに外される事となる。
ミゼルは達人バリの身のこなしでこれを交わし、序とばかりに、鮮やかな身のこなしで背後に回り込んで見せた。そのままグラッドの右肩を押さえつけ、関節技の要領でロックしてしまったのである。
これには、背後に控えていた三人も驚きを隠せない。
「なっ…嘘だろ⁉」
外メンバーと同様、驚愕するグラッドとは裏腹に、ミゼルは当たり前と言わんがばかりに冷静そのもの。
しかも軽く笑みを浮かべながら、空気を読むでもなく、気軽に質問まで投げかけてくる始末である。
「ま、そんな話はどーでもええねん。一つ聞かせてくれへんか?あんさん、核弾頭とはどないな関係なん?」
「はぁ?さっき言ったろ?今回、テメェらのアホな行動の尻拭いに付き合わされてるんだよ!…ってイタイイタイ、フザケん…」
「ええからワシの質問に答えろ、言うてんねん。どないな関係なん、自分ら?」
ミゼルは力を加えながら、より一層凄味を増して問いかけて来た。それは、先程とはまるで別人のような威圧感である。
その圧を受けて、グラッドはミゼルとの実力差を悟る。このミゼルと言うと男、間違いなく今のグラッド以上の実力者だ。
これには流石のグラッドも抵抗を諦める他ない。観念したように口を割る。
「…仕事仲間だ。だがついこの間出会ったばかりで、そこまで親しい訳でもねぇ」
「ほーん?せやけど、今は味方同士なんやろ?」
「ああ…ちょっと今妙な事になってるが、形式上は仲間だな」
「形式上とかどーでもええわ。そーなんや、あんさんらはそれなりに仲良くしてるんやね」
「それがどうしたってんだ…ッ!」
ここでミゼルがとんでもない奇行に出た。グラッドを開放するや否や、自分の懐から拳銃を取り出し、そのままグラッドの眉間を打ち抜いたのである。
直後に響き渡る絶叫。
何がどうなっているやら、何も解らぬまま地に崩れ落ちるグラッド。よく見れば、その額からは一筋の赤い線が地面に向かって伸びている。言うまでも無く、致命傷だった。
これを受けて、三人は憤慨する。その中で、一番怒りに身を焦がしていたであろうアロンが前に出た。
実はこの四人の中でグラッドと最も仲が良く、付き合いも長かったのがアロンなのである。故に目の前で引き起こされた所業を前に、どうしても黙っていられなくなったのだ。
「テメェコラ!何しやがる⁉逆ギレか?」
「いやいや、とんでもないて…ワシかて、聞くに堪えへん事情があんねん…」
「事情云々の前に、テメェの行いが許容出来ねぇんだよ!」
「アロン!」
一瞬ソールが止めようとしたが、これを無視してアロンが自分の杖で殴りかかろうとする。
しかしアロンは本来近接戦闘をメインとしていない。その怒り任せの愚直な攻撃は、ミゼルの右手によってあっさりと受け止められる事となる。
「クソッ…」
「軽いわ、鍛え方が足りんのと違うか?」
「テメェ…自分が何やってるか解って…」
「解ってるで。その上でこうするんや」
ミゼルの発した言葉は実にあっさりしたものだったが、起こした行動は実に凄惨な物であった。
ここで何とミゼルが左手を引き上げ、そのままアロンの胸を抜き手で貫いたのだ。アロンもまた絶叫する。
しかも最悪な事に、丁度心臓のある箇所を狙ったらしく、これを受けたアロンの出血は留まるところを知らない。辺り一面に血の海が形成された。
「う、そ、…」
残されたルーナは言葉を失う外無かった。一体自分達が何をしたと言うのか?ルーナは目の前で起きている現実を直視出来ず、思わず蹲ってしまう。
そんなルーナを視界の端に入れつつ、ソールは目の前の外道を刺すように睨みつけている。しかし今、ソールが真に気にかけていた存在はソイツでは無かった。
「アロン!テメェ、何て愚劣な真似を!」
「スマンな。ワシ、こう見えて腕っぷしにも自信あんねん」
一人悦に浸るミゼルを前に、今度はソールが前に出る。
今、彼女の中にはつい先程に匹敵する恐怖心が芽生え始めている。しかし、今の自分のやるべき事は…これを再確認した後、自分が前に出るや否や、らしくない物言いで背後のルーナに告げる。
「貴女の羅神器を使って今直ぐここから脱出してください、姫様!」
「いや、でも、ソフィアは…」
「私の事は心配要りません。少し時間稼ぎをしてから、直ぐにお姫様の下に戻ります…ルナーシャ様」
この言葉を聞いて、ルーナ…いや、ルナーシャは、ソフィアの覚悟を悟った。
彼女は嗚呼言っているが、もう…
しかし彼女の決意を無駄にしない為にも、こんなところで立ち止まっている訳にはいかなかった。
ルナーシャは羅神器を起動し、「瞬間移動」でその場から姿を消す。勿論向かう先は…
そんな二人を前に、為す術も無く呆気に取られていたのがミゼルである。そんなミゼルだが、ソールの想定に反して過剰に動揺しているのが印象的である。
ソールはこの光景を前にして、自分の選択が間違っていなかった事を確信し、ほんの少しだけ嬉しくなってしまうのであった。
「…何やて?聞いてた話と違うやん?」
「貴方…いや貴様には関係ありませんね!私がここに居る以上、姫様に手出しは出来ないと思いなさい!」
「はて、どうやろなぁ?確かに「瞬間移動」は厄介やけど、まさかワシに打つ手が無いとでも?」
「笑止、私がここで貴様を仕留めれば良いだけの話!」
「無意味な決意や。ま、精々歯ぁ食い縛っとき」
ミゼルの死刑宣告を皮切りに、両者は激突する。
直後、甲高い絶叫が辺り一面に響き渡ったのであった。
~盗賊団「三頭狼」、アジト近辺~
俺とフラウは森の中を疾走している最中なのだが、確かにその耳に聞き入れていた。
恐らく男性と思われる人の絶叫音、断末魔に近い何か。尋ねるまでも無く判る異常事態。
しかし俺目線、ここには俺以上に詳しい事を知っていそうな人物が控えている…と言う事でフラウに確認してみたのだが、その絶叫の聞こえる先は、丁度聖鳥衆の先輩らが逃げて行った方角と一致すると言う。
何やら嫌な予感がする、そう思って身構えたのだが…また聞こえた、これも男性の絶叫音か?
「これ、絶対に向こうで何かあったよな?」
「ですかね…もう嫌な予感しかしないのですが…」
どうやらフラウも、俺と同様の事態を懸念しているようだった。
しかし困った事に、音の聞こえ方から考えてここから若干の距離があるらしい。その上現状の把握が出来ていない中、直ぐに応援に向かう事は難しい。
そうこうしている内に三度目の絶叫音…今度は女性のものが上がる。増々嫌な予感が募る。
そんな中、その嫌な予感が正しい事を証明するかの如く、突如として俺達の目の前に現れた人物がいた。
見るまでも無く見知った人物。
確認と言う目的では無いが、条件反射の如く俺は問いかける。ところが…
「えーと、確かルーナさんだっけ…」
「それどころじゃないの、助けて、お願い!」
肝心のルーナさんは切羽詰まった、と言った様子で、これでもかと言う位に余裕が無い。
何らかの異常事態があったのは間違いないのだろうが、どっちみち状況が判らない事には対策も立てられない。
俺とフラウは動揺し切りなルーナさんに対し、「一先ず落ち着いて話を聞かせてくれ」と深呼吸を促すのであった。それに加え、本人にとっては慰めにもならないだろうが、俺が仮設住宅から持ち出して来ていた温いハーブティを一杯提供する。
ルーナさんはこれを飲んでも落ち着いたようには見えないが、それでも何とか言葉を振り絞って、状況を説明し始めてくれた。
「ついさっき、私達の目の前に、蒼炎魂の四人が現れて…」
「…あいつ等、追い返したのに戻って来てたのか…」
「ルディ、その対応方法って本当に正しかったのですか?」
うーん?確かにいけ好かない連中だけど、それでも殺したいと思う程の強い敵意は抱いてないんだよな。
それに下手に傷付けて面倒事になるのも億劫だったし、適当に恫喝して追い返したのだが…正しいかと言われると自身は無いな。
おっと、そんな事よりルーナさんの話の方が重要だ。
「その、蒼炎魂の、ミゼルって奴に…」
「ミゼル?ああ、あいつか。それが?」
「グラッドと、アロンを、こ…」
「こ…?」
聞くまでも無く、ルーナさんの反応を見る限りでも、この二人に何か良からぬ事があったのだけは判る。
そしてルーナさんは、今にも搔き消えてしまいそうになる言葉を何とか頑張って絞り出し、告げてくれたのだ。
「…、こ、殺されて…」
「「⁉」」
勿論ルーナさんの言葉を疑った訳では無い。しかしそれ以上に俺とフラウは、その言葉が信じられないでいた。
傍から見ただけなので確かでは無いが、あのミゼルにグラッドさんとアロンさんを殺害できるとは思えなかった。ミゼルの実力、そしてその性格…それをとっても、グラッドさんとアロンさんが不覚を取るような相手とは思えなかったのである。
ここで嫌な予感がしたのか、フラウが問いかける。
「もしかして、ソールさんも?」
「多分…ソフィア、絶対戻るって言ってたのに…」
「ソフィア?良く判らないが、只ならぬ状況なのは理解した」
俺は何時になく真剣な様子で考え込む。
ルーナさんはその瞬間を直接見た訳ではないそうだが、恐らくソールさんも間に合わなかったと見た方が良さそうである。さっきの絶叫音の回数を合わせれば辻褄も合った。
それにしてもだ…
「一体何がどうなって、そんな事に?」
「分からない…でも、アイツ…」
「?」
「アイツに、核弾頭の名前、出したら…」
ここで「もう言わなくても良い」と俺はルーナさんを制止した。
この時点で大体察した、事の発端は俺にある。
彼らにはこの上なく悪い事をしてしまった…とやるせない気持ちも抱く俺だが、そうとも言っていられない状況なのも事実。
ほらフラウさん。俺にジト目を向けるのは良いけど、それ以上にやらないといけない事があるでしょ?
「まず間違いなく、奴はこっちにやって来るよな」
「ええ?まさか、ルディの失態に私達を巻き込むつもりですか?」
「いや、そう言うつもりは…ただ、別に逃げたきゃ逃げても良いけど、逃げられると良いな」
「「…ッ⁉」」
俺が含みのある返答を返すと、二人は同時に委縮してしまった。特にルーナさんの方は直接その様を目の当たりにしているからか、俺の言葉に説得力を感じたようで異常なまでに体を震わせていた。
そこまでの相手か…油断するつもりはないが、そもそもとして衝突は避けられそうにないな。何か不思議と、このまま逃げても相手が地獄の底まで追いかけて来そうな怖さがあった。
こうなると仕方ない、俺が前に出るしかあるまいよ。
そう認識した俺は、一人現場に出向く事に決めた。
「申し訳ない、多分その原因は俺にあると思う。だから俺が対処しに行くよ」
「いや、でも、その…」
この時、ルーナさんはどうにも忌避感を示すと言うか、俺の参戦に対し遠回しに反対するかのような反応を見せる。
何故に?単純に敵を警戒して?…でも一瞬とは言え、キアンを相手にカッコつけたからどうだろう?実はミゼルが、案外キアン以上の実力者と言う可能性も無きにしも非ず…いや、何か違和感があるなこの推論。
まさか、今更自分達の都合に巻き込むのは申し訳ない、なんて生優しい事を考えているんじゃあるまいな?寧ろこっちの推論の方がしっくり来るまであるぞ。
それとなく反応を確認してみるが…左様で御座いますか。
なればと俺は、何も心配ないとばかりに豪語して見せる。
「大丈夫だって!見てみろ、俺はあのキアンを食い止めた男だぞ?」
今キアンは車内で就寝中なのだが、それでも周囲に暴れるキアンの姿が見えない事から、ルーナさんも状況を察してくれたようだ。少しだけ緊張が解けたように見える。
この調子で、もう一押しと行こうか。
「確かに、そのミゼルって野郎は、俺達の想定以上に強いらしいな。でもルーナさんから見て、キアンとミゼル、どっちの方が強そうに見える?」
ルーナさんは少し間を置いた末に「キアン」と答えた。
ミゼルも強いが、キアン程出鱈目な強さでは無いように見えたとの事だ。
「だったら大丈夫だ。なんせ俺は、そのキアンよりも強いのだから!」
これは正確では無いのだが、ここでは無理をしてでも強がる方が良いと判断する。
しかしここまでしても、ルーナさんの不安は拭い切れないようで…
「でも、本当に、大丈夫なんですか?」
「ああ、どうせこのままここに居ても、奴はやって来るだろうからな…って事であとは任せろ!俺が蹴散らしてやる!」
ここまで言い切る事で、漸くルーナさんも落ち着いてくれたみたいだ。
しかし一連の流れをマッチポンプのように感じたのか、依然厳しい視線を向けてくるフラウが悪態をつく。そんな事実は微塵も存在していないんだけど…
「おや?ルディ、貴方戦闘は苦手なのでは?」
「ああ、苦手だよ!出来る事なら他の誰かに代わってもらいたいね!」
「え?嘘、それじゃ…」
おっと、ルーナさんが真に受けてしまった。これは宜しくない!
「いやいやいや!大丈夫だから。戦闘が苦手なだけで、普通に出来るから!」
「これは不安ですね。本当にルディなんかに任せて良いんでしょうか…?」
この期に及んで煽るなよ!そこまで言うならお前が相手しろよ!
余計な茶々を口にするフラウに対し、内心で文句を垂れつつも、俺達三人は颯爽と森の郊外に足を運ぶのであった。
…ってあれ、ちょっと待って?
「あのさ、別に二人は付いて来なくても良いんだけど?」
「侮るのは頂けませんね。そんな薄情な真似しませんよ、ルディとは違って!」
「貴方が負けたら、どの道私達も同じ末路を辿る。だったら私も結果を見届ける」
フラウの言い分は兎も角、二人共付いてくる気満々のようである。
ま、俺の負担は多少増えるけど、これも元は身から出た錆。故に已む無し。
俺はそう割り切り、ルーナさんとフラウを連れ立って再び歩みを進めるのであった。
~~~~~
そうして歩く事数分。森の郊外に出るや否や直ぐに奴と遭遇を果たした。
どうやら奴の方からも近寄って来ていたみたいで、知らず知らずの内に大分近付いて来ていたようだ。
そして改めて、件の四人組を観察してみるが…一見何の変哲も無い憎たらしい顔、装備に関しても特に何かが変わったとか言う事は無い。
それでも、パッと見ただけで判った。こいつ等、別人だな。
…
そうこうしている内に、俺達と蒼炎魂の四人は対峙した。
するとすぐさま、その先頭に立っていたミゼルが口を開くが…案の定と言うべきか、俺の推測が正しい事をこうも簡単に証明してくれたのであった。
「なんや?あんさんらもあの冒険者の仲間やろ?よー見たら、さっき見た顔も混ざってるやん?」
「その喋り口調…お前、「放心」だろ」
「おーん?」
そう言ってミゼル…の姿に扮した「放心」がドスの効いた唸り声と共に俺を睨みつける。それと同時に、放心は何かしら納得が行った様子で言葉を続ける。
「…ご名答や。そんで「関心」なんやろ?自分」
「その通り。それで、こうしてお前が出てきた理由は想像が着くけど…」
「せやで、関心の認識で正しいで。ワシはなぁ、分別を弁えん愚かモンに対してなぁ、現実を解らせる為にこうしてなぁ?」
「それについては申し訳ございませんでした。大変ご迷惑をおかけしました」
俺はすぐさま、最敬礼と共に謝罪の言葉を続けた。
まぁ、放心の気持ちは分からないでもないのだ。自分を騙ってこいつらを追い返した事…俺もリスクは覚悟でやった訳だが、本人の前で申し開きが出来る所業でない事は明白なのだから。
放心にも、聖鳥衆の四人にも。
しかしそんな俺とは別に、放心だけは「やれやれ」とばかりに肩を竦める。
「お前なぁ…謝って済むモンと違うで」
「足りなかった?土下座でもしようか?」
「そういう問題でも無いねん。もうええわ、サッサと本題に入ろか」
ここで俺は、心の中で何かが引っかかるような音を耳にした。
「放心」が何らかの目的を引っ提げてこの場に現れたのは間違いないが、その目的は本当に俺が思っているものと同様なのだろうか?と。
そんな中最後に発せられた放心の一言は、本人にとってはなんて事は無い、何気ない一言に過ぎなかった。
しかしそれは、如何なる理由であれ、この中に居る一人の人間にとってはどうしても許容出来ないものだったのだ。
「本題…?私の仲間にあれだけの事をしておいて、何を言うつもり!」
「あー、さっきの嬢ちゃんやな。スマンて、ワシにも悪気は無かったんや」
「悪気どうこうの話じゃない!ふざけるな!私達の命はそこまで軽くない!」
見るまでも無く、耐えられないと言った様子。そう叫びながら怒り任せに放心の下に飛ぼうとするルーナさんだが、これを俺は制止した。
ルーナさんは言うまでも無く不満げだが、俺はこれを一瞥して放心との会話に集中する。
彼女は知らないだろうけど、コイツに対してそういう押し問答は無意味なんだよ。一先ず、俺の罪状を堂々と暴露するところから始めよう。
「確かにお前も知っての通り、俺はお前の名を騙ってそいつらを追い返した」
「「は⁉」」
「うんうん、往生際が良ーて何よりや。そんで、この脅し前どう付けるつもりなんや?」
俺の白状した内容に驚くフラウとルーナさんを余所に、俺は間髪入れず放心に告げる。
「それはこっちのセリフだ。お前の下らない八つ当たりによって無関係な人間を殺めた脅し前、どう付けるつもりなんだ?」
「…ああん?話逸らすなや」
「お前こそ、いい加減な言いがかりは止せ。お前の矜持が大切なのには理解を示すが、それを笠に、やっていい事とやってはいけない事があるだろう?」
さっきから放心の発する殺意が尋常ではない事になっているが、俺はこれを意に介さず話を続ける。
対して連れの二人は、その殺意のあまりの圧力に、思わず座り込んでしまっている。このままだと危ういかもしれないな…
「お前とは違ってな、俺は実害は出してねーんだよ!」
「話にならんわ!そっちかて、裏社会のルールを詳しう知ってへんから、そんなけったいな言い分を用意出来るんやろうけど…自分のやった事はワシらに対する冒涜や。裏社会で猛者を侮辱するとどうなるか、今更解ってへんとか言わせへんで!」
「それなら俺だけに刃を突き立てれば宜しい。正当な理由なく第三者を巻き込むお前こそ、裏社会の了解を冒涜してるんじゃないか?」
確かに放心の言う通り、俺は放心程裏社会との関わりは深くない。しかし、俺の同士にもこんな感じで裏社会に精通する者は居る訳で…知識だけはそれなりに入ってくるのだ。
それによれば、裏社会の人間は独自のルールの下統制を行っており、その中には「正当な理由がない限り第三者には手を出さない」と言うものがあった筈だ。それもその筈、裏社会に来てしまうようなならず者が他勢力の縄張りで好き勝手やってしまったら、忽ち国や大組織に潰されてしまうからだ。
最も、奴はあの手この手で整合性を取ろうと言い訳を重ねるだろうが、今回の件はこの規則に抵触する案件に違いない。
少なくとも、俺の中にある知識と照らし合わせれば問答無用でアウトであった。
そして案の定、実に不機嫌そうな放心が噛み付いてきた。
「偉そうに裏社会を語るなや…」
「でも間違った事は言って無いだろ?お前も内心、やり過ぎたって自負はある筈だ。だからこんなまどろっこしい真似に興じてるんだろ?」
「…戯けが!ワシがこうして態々足を運んだのもなぁ、関心っちゅう愚か者に現実を突き付ける為や!相変わらず減らず口だけは達者な奴やけど、裏社会の人間相手に自分らのルールが通用するなんて思わん事や!」
予想はしてたけど、粘る粘る。そして同時に、俺の感じた違和感の信憑性が高まっていく。
幾ら放心が俺の事を苦手としているとは言え、そろそろ手を出してきても良い所。
俺の知っている放心であれば、幾ら同士であっても、こんな生意気な相手は有無を言わせず強硬手段に出て潰そうとする筈。過去の俺も、似たようなシチュエーションで痛い目に遭ったことがある。
しかし今の奴はどこか様子見に徹し、こちらの何かを伺っているようであった。明らかに異質である、絶対裏に何かがある。
しかし向こうに何らかの思惑があるとは言え、此方が付き合ってやる義理は無い訳で…こちらもそろそろ決め打つべきかな。
「あれ?俺は裏社会のルールを語ってるつもりなんだけど?」
「抜かせ。確かに、関心は裏社会のルールに多少の理解はあるみたいやけど…それで縛れる程、裏社会の猛者は甘くないねん」
「そうか、お前には裏社会のルールでさえも通用しないと」
「違う違う。関心が裏社会のルールを前面に押し出してワシを説き伏せよう、ちゅう魂胆が無謀や言うてんねん」
「そうか、俺じゃお前には口喧嘩で勝てないか…」
そう俺が呟くと同時に、放心が何時に増して警戒心を強めたのが判った。
その認識は正しいよ、と俺は満面の笑みでこれに応えて見せた。
「じゃあ、拳で語るしかないか」
「…何やて?」
ここで俺は、目の前の愚か者を実験台にしてみようと思い立つ。
俺は一度「全身換装」を施した後、さっきのキアンと同様『天威』を身に纏い、一瞬でミゼルとの間を詰めてみた。
因みに俺の体色はキアンの透明とは異なり、ピンク色の実に目に悪い蛍光色に変色している筈だ。最も今は「全身換装」のせいで視認出来ないけど…
そしてそのまま、右手でミゼルの首を掴み地面に叩き伏せる。
この時、放心の抵抗が想像以上に少なくて驚いてしまった。そんな俺とは別に、放心は何処か肝が据わったようにも見える。
「おっと、ええんか?ワシと同じ事して」
「いやいや、お前が先に手を出したんだろう?裏社会の人間なら、その後どんな目に遭うかも知ってるだろ?」
ここで俺は思い出す。キアンは魔力を「負属性」に変質させ、敵の魔力と反発させる事でその身体を消滅させていた。
だが俺はそもそも「負属性」に変質させる事が出来ない、要するにキアンと同等の手段が使えなかった。
仕方ないので、「情報爆弾」を応用する事で対応してみる。触れている右手から情報粒子を注ぎ込み、これをミゼルの全身に行き渡らせる。
ここで『天威』を適用し、「状態同期」と言う働きかけを行う事で消滅させてみた。
かなり回りくどい手順を踏んでいるので詳細は省くが、先のキアンの戦法を参考に、情報爆弾を用いた複雑難解な応用法を取り入れて試してみた。するとミゼルが一切の抵抗を示さなかったことが幸いし、運よくその肉体を霧散させる事が出来たのである。
今回は上手く行ったが、実用性は皆無と言わざるを得ない。必要な演算能力が桁違いな割に効果がショボく、尚且つ抵抗が簡単と言うのが何よりも痛い。
今は兎も角、以降はこの戦法を封印する事に決めた。
とは言いつつ、幸先よく目先の脅威を排除する事に成功した訳なのだが、依然油断は出来ない。
何せ俺は知っている、放心がこの程度でくたばるような霊では無い事を。
すると、やはりと言うか…少しして、今度は背後に控えていた一人…ブロッソが喋り始めた。関西弁で。
「全く…容赦無いやんけ、人の心が無いんか?」
「お前こそ。人の身体を乗っ取っておいて、よくそんな軽口を叩けるよ」
この発言を受けて、フラウとルーナさんが殊更動揺を強めていた。
そう、この「放心」とか言う外道は、俺も所有しているのと全く同じ羅神器を駆使し、他人の身体に憑依する技術を体得している…と、以前何処かから情報を得ていたのである。
聞けば事前に発動待機状態の術式を埋め込み、特定の条件下でこれを呼び起こす事によって、術者の意識を上書きする禁術だそうで、死霊術に近い特徴を持つ術なのだとか。
しかし厄介な事に、発動待機状態では魔力やエネルギーが通っておらず、「情報爆弾」を直接ぶつけでもしない限りその存在を見つけ出す事は出来ない。恐らく俺達に話しかけて来た時には既に術式を埋め込まれていたのだと思われるが、これは盲点だった。
因みにこの術が禁術たる所以だが、何と言っても「一度この術を使用されようものなら、被験者が二度と日の目を浴びる事が出来なくなってしまう」事にあるだろう。
もっと簡潔に言えば、放心が術式を呼び起こした時点で、蒼炎魂の四人は殺害されている。勿論殺害したのは放心だ。そしてその亡骸を仮初の身体として、勝手に使われているだけなのである。
だから蒼炎魂の四人を助けようなんて無意味、手遅れも良い所。
それに実際に見た所、その情報は確かなものであったようだ。放心が入っている身体とそうでない身体、両者の反応を比較すれば一目瞭然だったのである。
こうなれば後は単純明快。このまま放心と喋っていても無駄なだけなので、さっさと全滅させてしまうに限る。いけ好かない連中ではあったが、それでも蒼炎魂の四人にとって手向け程度にはなるだろうからな。
何はともあれ、俺は放心の発言を基本的には無視する事に決めた。
俺は両手に副武装を顕現し、黙ったままブロッソを情報爆弾で狙い撃つ。少なくとも現状では有効なので、素直に先の要領を用いてその身体を消滅させたのである。
こちらもまたミゼルの時と同様に、全く抵抗されなかった為に成功する。
もう、こうなると多分態とだろう、死に際の放心の表情に、憂いや焦りのようなものも見えなかったからな。
しかしそれでも俺は油断しない、直ぐにヒット&アウェイの要領で立ち位置を変更。そして再び拳銃を構えて敵のカウンターに備える。
そんな俺を見やり苦い表情を浮かべるのが、新たにミリアリアの身体を乗っ取った放心であった。
「参るわ…相変わらず隙が無いやんけ」
「お前さぁ、態と殺されるのは良くないと思うな」
俺は放心の核心を突くであろう宣言を行い、再度情報爆弾を放つ。最も、放心は全く動揺してくれなかったけど…それはまぁいい。
この時、残る二人であるミリアリアとメイの二人は比較的至近距離に佇んでいた。これ幸いと、俺は両者の額に「情報爆弾」の銃弾を複数回命中させ、先程までの要領を用いて同時に消滅させるに至ったのである。
…こうして何とか、脅威を取り除く事に成功した俺であった。
思いの外アッサリと行き過ぎたので、不気味も良い所だけど…取り敢えずルーナさん含む他メンバーの安全が確保されたので、こちらを喜ぶとしよう。
結局放心本人には大した被害を与えられなかったが、同時に放心が今直ぐこちらに危害を加える事も出来なくなったのはせめてもの救いか。流石の放心も、仮初の身体が無ければこの場に存在出来ないのだから。
ここで俺は相当頭に来ていたのか、このままみすみす放心を野放しにするものどうかな?と思ってしまう。そこで俺の同士の一人にこの事をメールで伝えておく事にしたのだ。
事の詳しい経緯を始めとする説明文に、先の戦闘によって読み取る事に成功した「放心本体の現在位置」の座標を添えて。
実は先程、俺は魔力を注ぎ込むと同時に「情報爆弾」を仕込んでおいたのだが、その「情報爆弾」が奴の本体の現在位置を察知したのだ。まぁ、今回メールを送った同士ならこんなもの必要ないとは思うが…所謂念の為、と言う奴であった。
…
さて、事が終息したのを見計らってフラウとルーナさんが近寄って来る。俺も「全身換装」を解除し、これを迎え入れ…ゲフッ!
俺は突如、腹部に強烈な痛みを感知した。
どうやら、フラウにグーで殴られてしまったようである、寄りにも寄って鳩尾を…ダメージこそないが、しっかり痛かった。俺は思わず腹を抱えて蹲る。
理由はさて置き、一つだけ言わせてくれ…何が何でもこれは酷い、仮にも命の恩人に対して何たる暴挙!
そう思った俺は間髪入れず、抗議しようと口を開いたのだが…フラウの凄味が何時に増して凄まじい。これは絶対に逆らってはいけない、と察した俺は咄嗟に矛を収めたのである。
そして言いたい事がある、と言わんがばかりにフラウが口を開く。
「ルディ?何やら物凄く親し気にしてらっしゃいましたね?」
「いやいや、気の所為だって。言いがかり…」
「でも「同士」なんでしょう?もしかして今回もグルだったんですか?」
「今回どころか前回も違うから!」
俺は両手を縦横無尽に動かしながら釈明に努めた。
アイツは敵なんです。アイツとは仲も険悪なんです。アイツの事なんて必要ないと思ってます。
もう何でもいいと、ありったけの誠意と言い訳を所狭しと並べ立て、額の影の濃さが限界突破しつつあるフラウに立ち向かった。
…その結果は惨敗。放心には口喧嘩で勝てても、フラウには勝てない俺であった。
…
そんな俺達とは裏腹に、一貫して真剣な表情を崩さないのがルーナさんである。そんな真面目な表情を見せる彼女は、今のこの状況に似付かない、荘厳とした威容のある佇まいを見せていた。
間違いなく彼女は焦心し切りで、今にでも塞ぎ込みたい心持だとは思うが、これをグッと抑えて前を見据えているように感じる。そして俺達を前に、決意を新たにその口を開いて見せたのだ。
「こうなった以上、私からも話しておきたい事があります、もう少しお付き合い頂いても宜しいでしょうか?」
その言葉には今までにない凄味が感じられ、俺とフラウは揃って「只事じゃないな」と認識を新たにする。
それにこうして巻き込んでしまった以上、俺達にこれを拒むと言う選択肢は存在しない。既に取り返しのつかない事をしてしまっている、と言う俺の自負もこれに賛同の意を示した。フラウも同様に、自分の不甲斐ない仲間の失態が全ての元凶…と、半ば諦めの境地に至ってこれを是としていた。
そこで俺とフラウはこの申し出を承諾し、ルーナさんの意に恭順する姿勢を見せたのであった。




