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WILD DOWN  作者: plzY.A.
無幻世界編
20/73

第十九話:錯綜

※更新予定日時について

 本作は三日置きの更新では無く、一月に計10話の更新を予定しています。

 厳密には、毎月1日、4日、7日、10日、13日、16日、19日、22日、25日、28日、それぞれ定刻0:00の更新となる予定です。

 以上の法則に則り、次回の更新は6月1日、0:00を予定しています。

 さて、俺達も速やかに行動すべきなのだが…とその前に。

 この疲労感をどうにかしないと作戦に支障が出そうである。他二人も精神的な疲労が溜まっている事だろう。そこで軽く応急処置をする事にした。


 俺は羅神器(アルティメイター)の手甲を装着し、両手に二丁拳銃を携える。そしてそのまま、双方の銃口を自分のこめかみに押し当て、引き金を引いた。

 隣に居た二人が驚いていたが、咄嗟に何かに思い当たったようで直ぐに平静を取り戻す。

 言うまでも無いが、これは自殺行為では無い。撃ったのは毎度おなじみ「情報爆弾」。これを精神に作用する情報体で構築しつつ、今回はこれに俺の羅神器(アルティメイター)の特殊能力を加えて発動する。


 すると銃弾を撃ち込んで間もなく、俺の全身から滝のような汗が吹き出し始める。現在の外気温は快適そのもので、過剰に汗をかくような状況でもなかった。

 そんな中異様な量の汗をかく俺、これこそが応急処置の正体である。


 二人はこれを(いぶか)し気に見つめていたが、同時にある異変に気付く。

 何とこの大量の汗、地面に垂れるや否や、そこに生えていた雑草を一瞬にして萎れさせたのである。

 そんな大量の汗を、俺は羅神器(アルティメイター)()()能力を用いて空中にかき集める。これを圧縮して小さな小瓶に詰め込むと、それはもう満足そうに頷いた。


 案の定、二人から質問が飛んで来る。


「それがルディの羅神器(アルティメイター)の特殊能力ですか」

「半分正解。因みに使ったのは銃弾を撃ち込む時で、汗をかき集めたのは別口の能力だから」

「え?そうなんだ?」


 汗を集めるときに使ったのは法術に近い能力で、簡単に言えば俺の羅神器(アルティメイター)が保有する属性の一つである「水属性」に関連する権能の応用である。この世界のルールのせいでかなり消耗してしまったが、この程度の小規模の行使であれば何とかなったようだ。

 但し、魔力(アルマ)を消費して行う方法では無いので、厳密には法術とは別口の異能力に該当するのはここだけの話。


 そしてこれとは別に、銃弾を撃ち込むときに使った特殊能力こそが、俺の羅神器(アルティメイター)の真骨頂である。


「俺の羅神器(アルティメイター)「3/12」の特殊能力、それはズバリ『反動操作』だ!」

「「…」」


 自信満々に豪語して見せたのだが、その反応は何とも言えない微妙な物だった。

 そりゃそうだ、だってこの羅神器(アルティメイター)の特殊能力、ハッキリ言って外れだったし…ルーナさんのとは比べ物にならないと思う。

 しかし決して舐めることなかれ。俺が言える事でも無いのだが…ちゃんと精通すればする程その味が解るようになる、ちょっと玄人向きの能力ではあるのだ。使いどころは難しいし、戦闘向きの能力とは言い難いが、それでも決して弱くは無い。


 『反動操作』の能力は、その名の通り「発生した反動」に対して様々な働きかけが出来る能力である。反動に区分される部分にしか関与出来ないが、その範囲内であれば幅広い芸当が可能である。

 そして今回行ったのは「自身の体内に情報爆弾を撃ち込む」と言う行動によって生じた反動を操作し、自身の中に蓄積されていた「疲労」を押し出すように性質を変化させた。そして羅神器(アルティメイター)の属性の一つであり、親和性の高い「水」を介して体外に排出したのである。

 そうして排出された汗…実はこれは汗では無く、「押し出された精神的疲労が溶け込んだ水溶液」に該当する。そしてこの水溶液を摂取した生物は、水分と共に「精神的疲労」を取り込んでしまう。だから雑草が(しお)れたのだ。

 そんな水溶液を輩出する事で、俺は精神的疲労から一瞬で開放されるに至った。どうやら魔力(アルマ)や体力などの消耗は微々たるものであったらしく、今までの疲労感の正体は殆ど精神的なものであったようだ。この甲斐あって、俺は見違える程に顔色が良くなっている。これで作戦に集中出来る。


「ところで、なんでその水溶液を集めてるの?」

「これ、実はさ…」


 面白い事にこの水溶液、成分を解析しても只の水でしかない。しかしこれを飲んだ者は、確実に精神的疲労を催すと言う厄介な特徴がある。これがまぁ、いざと言う時に役立つのである。


「効果の軽い毒薬みたいな使い方が出来るのさ。因みに一般人がこの小瓶一つを飲めば、それだけでぶっ倒れるぞ。この量だと流石に死にはしないけど…多分小瓶五つも混ぜれば、最悪過労死を装って殺害する事も出来るんじゃないかな?」

「成程、しかも成分だけならただの水だから、料理や飲み物にも混ぜやすいですね」

「その癖、鑑定しても毒物の反応は出ずに迷宮入りと…キショい液体だね」

「き、キショい言うな!」


 キアンの心無いツッコミに否定の意を示すも、内心ではその感想にも頷けなくはないなと感じ始めていた。どんな生き物も、疲労には抗えないからね…それで例外なく効いちゃうんだ、これがまた。


 それはそうと、二人も相当に疲れている様子。二人の承諾を得た後、俺と同様の措置を行う。

 実は情報爆弾を撃ち込んだ瞬間、耳元でシンバルを鳴らしたような衝撃が直接脳を襲うので、二人は直後思わず地に倒れ伏してしまった。しかし直ぐに復活し、大量の水溶液を流しながら次第に元気になっていく。

 この時の感覚が滅多に無い奇妙なもので、二人はどこか違和感を感じつつも同時に精神面の回復を実感しているようであった。頭では理解できても、この感覚は中々慣れないよな…


「うう…気分は良いのに、もやもやする」

「あんなに衝撃が大きいなら始めに言っておいてくださいよ!びっくりしました」

「ごめんごめん、『反動操作』の能力を使う為にどうしても必要でさ…でもこれでリフレッシュは出来たろ?早速それぞれの持ち場に出発だ」


 二人共言いたい事がありそうではあったが、それは今では無いと判断したようである。黙って戦闘現場に足を進めるのであった。

 そして俺は後方に向かうのだが、面倒なのでサクッと終わらそうと思う。


 そこで俺は、羅神器(アルティメイター)が備えている奥の手の一つ「全身換装」を行った。

 これは羅神器(アルティメイター)が独自に展開できる「結界」と「障壁」の応用技法だ。


 ここで少し脱線するが、大前提として「結界」と「障壁」らは似て非なる物である。


 「結界」は「自己と外界を隔てる膜」に該当し、自己領域と外界との接地面に生成される「膜」のような形状をしたもので、自己領域の形状を安定させ外界からの干渉を防ぐ効果を持っている。

 その強度は展開者の自己領域の強度に依存し、物理法則を無視する特性を有する。自己領域そのものの強度だけが、「結界」の強弱を決めるのである。


 対して「障壁」はその名の通り「壁」、俺の場合は情報粒子(ヨクトダスト)と呼ばれる最小単位の物質で構成された壁を形成し、展開者の望む形を執る事が出来る。

 こちらは物理法則に基づいた強度の計算が為され、組織構成や結合強度、また形状そのもの等各種要因によって、総合的に見た強度が変質する特徴がある。「全身換装」はこれらを組み合わせて実現出来る高等技術の一つなのである。


 これらを併用して実現可能な応用技法の一つが「全身換装」だ。


 そのやり方だが…先ずは障壁を自身の周囲に展開し、全身を包む鎧を意識して形状を変化させる。これを動きを阻害しないように「結界」でコーティングし、形状を完全に固定してしまう。そうして「結界」によるコーティングを施した「障壁」で生成した鎧を纏った形態に変身する事で、「全身換装」を施す事が出来る。


 俺もたった今、全身を純粋な黒…光を一切反射しない色「ベンタブラック」だけで塗装されている小型のロボットのような姿に変身した。

 体高は五メートルに達するが、手足は細長く、全体的に見てもシャープな印象。一対の翼を携えており、その全てがベンタブラックで統一されている為、近くで見てもシルエットのようにしか映らない。

 その両手には二丁拳銃を保持しているが、これも同様にベンタブラックに塗装されており、持ち方によっては視認する事が不可能であった。


 これこそが、俺の羅神器(アルティメイター)における「権天使徒(アルクマ)」と呼ばれる形態である。


 そんな真っ黒の鎧に身を包み、俺は空に飛びあがった。

 翼がある事が直接的な原因では無いが、この「全身換装」を用いた状態ならば空を飛べる。やはり最速の移動手段は空路であると、俺は内心確信を得ながら大空を突き進むのであった。



 ~~~~~



 そうして空を進む事一分程度、後方に現れた四人組の集団…想定通り、蒼炎魂(ブルーフォース)の四人と遭遇するに至った。やっぱり思った通りだったか。

 バツの悪い時にやって来やがって…と内心ごちりながら、俺は四人の目前に舞い降りる。


 そしてそのまま拳銃を構えるのだが、突然現れた俺を見て四人も動揺が隠せていない。

 最も、彼らの視点では俺が拳銃を構えている姿は視認できていないと思うけどね。

 

 となると一体何故なのか?単純に羅神器(アルティメイター)の存在を知っていたのか?

 一人そんな疑問を抱く俺だったが、聞くまでも無く返って来た答えは、全く以て予想外のものであった。


「「「「「だ、大師匠が何でここに⁉」」」」

 

 四人が芸術的なハモリを披露しつつ、俺に向かって不可解な言葉を浴びせてくる。


 …は?


『な、内視鏡?』


 おっと、思わず下らない事を聞き返してしまった。

 因みにこの時俺は変成器を用いており、羅神器(アルティメイター)を通じて声が変わるように調整していた。明らかに作ったような低音で声を発するようになる。

 しかし、またもやここで俺が予想だにしなかった反応が返ってくる。


「そのボケの返し方、間違いなく大師匠では無いですか!」

「嘘だろ⁉何でこんな辺境に居やがんだよ」

「こら!その言い方は失礼でしょう⁉…申し訳ございません。ブロッソの奴、未だに口が治らないようでして」

「何でわざわざ声を変えてるんですか?ボクら相手なら必要ないでしょ」


 お前らに正体をばらさない為だよ!

 しかしこいつらの物言いを鑑みるに、俺の正体に気付いている…訳では無く、その「大師匠」とやらと人違いをしているようだな。俺にそんなけったいな渾名(あだな)無いし…

 恐らくその大師匠とやらも、俺と同様真っ黒な羅神器(アルティメイター)を所有しているのだろう。そしてボケにも共通点があるとか…


 …


 …いや、まさかね。


 ほんの少し心当たりが…でも当たっていて欲しくないな。

 内心嫌な予感を抱きつつも、試しにちょっとだけ、口調を変えてみる事にした。何はともあれ、これで白黒はっきりするだろう。


『なんや、奇遇やないか。どないしてこんな物騒な場所におんねや?』

「いえ、今回我々は「冒険者連合組合」にて依頼(クエスト)を受けまして、それで」

『ほーん?自分らの実力で、奥の連中を倒せる思うてるんか?阿保ちゃう?』

「「「「ギクッ⁉」」」」


 俺はこの一連のやり取りで全てを察した。図星か、そして最悪だぁぁぁ!

 こいつら、ザルーダ商会を経営しているギャング「カルテル:プレッシーヴォ」の総首領(ドン)と知り合いだぁぁぁ!

 奇遇な事に、アイツも俺と同じ羅神器(アルティメイター)の所有者なんだよ、何という悪い巡り合わせ!


 残念ながら、実に残念な事に、アイツの事は俺の同士の一人と言う事で良く知っている。

 アイツ、勿論言うまでも無く性格は最悪なのだが、無駄に頭が切れるだけじゃなくて、武芸全般において漏れなく達人級の腕前を持つ戦闘の天才なんだよな。俺とは比べるのも烏滸がましい、戦闘の申し子とも言える奴なのである。

 だから密かに裏社会で大勢の弟子を作ってるとは聞いた事があるけど、まさかこんな形で遭遇してしまうとは。


 それにしてもだ、え?こいつら、ギャングの手の者だったの?

 よりにもよって、敵対勢力の?

 こんなの、絶対に穏便に解決出来ないじゃん⁉どうする?


 俺は内心穏やかでは無かった。しかしここで慌てると猶更墓穴を掘りかねない、俺は必死に平静を保つよう尽力する。

 取り敢えず、下手な馴れ合いは避けていきたい。リスクが大きい事を覚悟の上で、ちょっとだけ強引に黙らせる事を決めた。


『ま、ええわ。どの道奥の連中は倒せへんで、自分ら。今回ワシがわざわざ、鉛のように重い腰持ち上げて出向いて来てんねん。それ以上は言わんでもええよな?』

「それは…」

『悪い事は言わへん、さっさと引き換えしーや。しゃーないし、後の事はワシが対処したるわ』

「え?大師匠ってそんなキャラでしたっけ…?」


 連中からのさりげない指摘を受け、鎧の中で冷や汗を流す俺。おや?しくじったか?

 あいつとの絡みって思いの外多くないから、やっぱり急造の演技だとボロが出てしまったようだ。早い所切り上げておかないと本格的に拙い事になるかもしれない。

 しかし同時に、先にも軽く触れた通り、この場において動揺している姿を見せる方が論外。

 俺は幾つかの懸念をグッと胸の内に押し込んだ後、銃を構え直し、これまで以上に威圧的に発声する。


『ほーん?この期に及んで口答えするたぁ、身の程を思い知らされたいんやな?』

「「「「とんでもございません!」」」」

『ほなええわ。早う戻れ、グズグズするんやったら眉間ぶち抜いたるで!』

「「「「はい!」」」」


 アイツの口調をまねて脅したのか功を奏したのか、四人は慌てたように全速力で引き返していった。


 …連中が後で本人に確認を取ればバレるだろうけど、少なくとも時間稼ぎは出来たと思いたい。少なくとも、この作戦中にあいつらが乱入してくる事は無いだろう。

 最も、アイツを騙った事がバレれば俺が殺されるんだが…それはまた、その時に考えよう。


『(さて、向こうはどうなってるかな?)』


 四人が逃げ帰った今、ここに長居する必要は無い。向こうは向こうで厄介な連中が現れたみたいだし、速やかに加勢した方が良さそうだと考えていた。

 そうと決まれば話は早い。早速俺は、誰も居ない森の郊外を後に…しようとしたのだが、その時にピロンと言うその場に似付かない着信音が鳴る。

 言うまでも無かった、メールである。


『全く、こんな時に(せわ)しいもんだな』


 本来であれば高々一通のメール如き、気にするでもなく増援に向かうべきだろう。しかし俺の直感が、このメールを無視してはいけないと叫んでいた。

 ま、向こうはもう少しの間であれば大丈夫だろう。最悪の事態があっても、二人のどちらかから念話が届けられる筈。

 そんな想定を勝手にしつつ、俺はその場で新着メールの確認を行うのであった。



 ~盗賊団「三頭狼(ケルベロス)」、アジト~



 作戦開始から暫く、聖鳥衆(アルバトロス)の四人は善戦を維持していた。それも言うまでもない、盗賊団と四人の実力差には天と地程の差が生じていたからである。


 冒険者パーティ「聖鳥衆(アルバトロス)」は、王都の冒険者組合支部にて実施された()()()()()の試験で合格した四人…それも成績上位者の四人、トップ4の面子で構成された実力派のパーティなのである。

 今回の協力者「核弾頭ニュークリアランチャー」の三人程極端な好成績と言う訳では無いものの、全員が他の受験者と比べて頭一つ抜けた成績を収めていたのである。

 その実力は確かな上に、四人は幸運だった。偶然パーティを汲む事にした四人だったが、その構成バランスが著しく優秀だったのである。

 

 四人は事もあろうか、初めて受ける依頼(クエスト)として、組合で提示されていた()()()()()依頼(クエスト)を受注し、これを易々とクリアしてしまった。

 その難易度は驚異のBランク相当、これを完遂した事で一気にCランクにまで昇格するに至ったのである。


 そんな四人だが、短期間の間に互いの特質を理解し、連携においても最適と思われる会頭に行き着いていた。

 絶対的な決定力を有するルーナの羅神器(アルティメイター)を軸に、アロンの集団支援に特化した能力(スキル)と魔法を補助とする。

 その上で前衛で防御役(タンク)、後ろに下がっても回復薬(ヒーラー)としてフル回転できるグラッドが居る。またどのポジションでも器用な活躍が期待出来、戦闘以外の面でも出来る事が多いソールも控えていた。

 と見事に全員の得意分野が被っておらず、幅広い分野に対応可能だったのである。

 

 そして今回も、そんな必勝パターンを用いて有利に戦況を運んでいた。


 ルーナの羅神器(アルティメイター)が有する「座標切換」の能力を駆使し、認識不可能な移動速度を叩き出す。厳密には「瞬間移動」に類似した能力であり、これに反応出来る者など彼らは知らない。当たり前のように、何も反応が出来ず狼狽えるだけの盗賊を仕留める事に成功している。


 アロンの能力(スキル)も優秀で、全員の感覚を同調させ、隙の無い連係プレイを実現させる事にが出来る。四人の感覚を同調させる為疲労度は増すものの、四人の行動次第では死角を極限まで減らす事が出来るのだ。

 またそれだけでなく、その魔術も地味と役立っていた。「法術に比べて得意では無い」と謳うアロンだったが、そうとは感じさせない練度の高い術式を行使して見方を援護してくれるのである。


 グラッドはこのパーティの生命線にして、精神的支柱である。出来るだけ敵の攻撃を自身に寄せ付けつつ、隙を見計らって味方の回復に努める。

 また近接戦に限れば攻撃においても油断ならないものを持っており、ルーナ程ではないが順調に敵の数を減らし続けていた。


 対してソールの働きは地味…に見えるかもしれない。しかし彼女は言わば「縁の下の力持ち」なのだ。自分から前に出るでは無く、どちらかと言えば味方の様子を把握しながら、その援護や尻拭いに努めている。その甲斐あって、打ち漏らしを発生させる事無く掃討を進める事が出来ていたのである。


「(この調子なら…)」


 実際、外に散開していた盗賊団の構成員は全員無力化する事に成功している。後は敵の首領級が残るのみ…その自信の裏付けから、四人が同時にそう思っていた時だ。

 無情にも、彼らの自信を打ち砕かんとする敵が現れてしまう。

 

 それはアジトの奥から現れた首領「ボルグ=ベルシュタイン」とその同行者であった。

 ボルグ本人はまだいい、ルーナならば対処可能な実力に見えた。同行者の一人も問題ない、しかしもう一人の同行者が問題であった。

 その同行者は、ボルグとは比べ物にならない位の存在感を放っている。どうしてボルグの背後に控えているのか判らないが、間違いなくボルグよりも上位の存在であると言えた。


 しかし、同時にこの認識が間違っている事に気が付いてしまう。

 何とこの三人、全員が魔族であったのだ。その種族は「吸血鬼」、国内に存在する「血契迷宮」の手の者なのだろう。

 そしてその中に居る、圧倒的な存在感を放つ同行者の一人。それは魔王直下の「四天王」に匹敵する強者な訳で…

 

 ここで四人は戦慄してしまう。四人が束になっても適わないであろう、と。

 

 そんな四人を尻目に、呑気にも会話を続ける者達が居た。


「ふむ…これで良いのですかな?」

「今の所は…な。だがここからが正念場だ、失敗したらただでは置かんぞ」

「分かっておりますとも。私としても貴殿の末席に加えて頂きたく、全力を尽くす所存ですとも」

「言うまでも無いが、くれぐれも歯茎を見せるでないぞ」


 それは首領ボルグと、その背後に控える存在感が凄まじい方の同行者である。しかしボルグの方が同行者に(へりくだ)っているようで、その力関係は見るまでも無く明白であった。

 その後、ボルグが衝撃の一言を発してしまう。


「無論ですとも。偉大なる四天王の一角『東方のキョンシー』殿の御望み、この私に是非ともお任せを」

「なっ⁉」


 グラッドが思わず声に出してしまうが、それ程までに衝撃的な一言であった。

 「東方のキョンシー」、それは「血契迷宮」の魔王ジュラキュリオン直下の四天王の一角なのだから。そんな大物が、どうしてこんな辺鄙(へんぴ)な場所に足を運んでいるのか…理由の如何はさて置き、この状況は聖鳥衆(アルバトロス)の四人にとっては絶望的としか言いようが無かった。


「(全く…とんでもない大物と出くわしちまったぜ)」

「((まず)いなグラッド…こんな奴を相手にしちゃ、生き残れるきがしねーぜ)」

「(想定外、こいつは私でも無理、逃げるべき)」

「(分かるよ、ルーナでも荷が重い相手って事は…案外世の中ってのも広いもんさね)」


 四人がアロンの「軍団統制」で全員の意思を共有しつつ、互いの意見を交わす。実は容認作のアプリと同様、この四人間でも念話に近い芸当が出来るのである。

 しかし、どんな便利な力も圧倒的強者の前では無力と言うもので…


「(残念な補足、あの四天王、私に似た力を使えるらしい)」

「(ルーナ⁉って事は、敵も「瞬間移動」を)」

「(間違いない、しかも多分、私のより自由度高い)」 

「(なんだそりゃ…反則だろ、ったく)」


 ルーナ曰く、つい先程「瞬間移動」によって敵が出現したような気配を感じたのだと言う。

 戦闘に夢中になっていた事もあり、また敵の姿が明確に目撃出来なかった事から確信を抱けずにいたのだが、それが今最悪の形で証明されてしまったようである。


 しかし哀しきかな。最悪はまだまだ序の口にしか過ぎなかったのである。

 その皮切りとして、ボルグがとんでもない事を口走る。


「さて、私共の方でも準備は大方完了しています。そろそろ始められても宜しいのでは?」

「ふむ、確かにお膳立ては済ませてあるようだな。良かろう、我が秘術を刮目すると良い!」


 そう言いながら、「東方のキョンシー」は大規模な術式を展開する。

 それは実に複雑怪奇な術式で、魔力(アルマ)の流れを読み取れる四人であっても、その全貌を掴むことすら適わない。


「(ねぇ、あれは何さ⁉)」

「(判らない、でも一つだけ解る、あれはヤバい)」


 そして瞬く間に術式は全ての工程を経て、その全貌を曝け出す。


「我が意に応え、その姿を顕現せよ。『血契従魔生誕祭ネクロマンシアバースディ』」


 そう言ってキョンシーが両手を掲げる。

 その直後に起きた光景は、実に壮観で凄惨な物であった。


 周囲に転がっていた盗賊の死体…これらは人としての挙動を失いながらも立ち上がり、まるで死霊(アンデッド)のように虚ろなまま、幾つかの地点に集い始めたのであった。

 そこに知性の欠片も感じない、本能のままに何かに引き寄せられているようであった。


 そして集まった先で急変を遂げる。

 複数の死骸が集まっては束となり、互いの肉体を溶かしながら融合を開始する。それは人の原型を留めなくなり、程なくして(おぞ)ましい不定形の物体へと変貌を遂げた。

 それは特定の意思を持っている訳では無さそうなのだが、無秩序に(うごめ)いていた。時に触手のようなものを出しながら、時にどす黒い液体を排出しながら、元々人だったものとは思えない挙動を繰り返している。

 そのあまりのグロテスクさに、ルーナとソールの二人は吐き気を催していた。そこまでいかなくとも、グラッドとアロンの両名も気分が優れない事に変わりは無く、揃って顔を青ざめさせていた。

 

 しかしこれを見て、歓喜の声を上げる狂人も存在する訳で…


「素晴らしい!実に素晴らしいですぞ!そしてお前達は幸運だ、こうして日の目を浴びる事が出来るのだから」

「フッ…甘い、私の秘術はまだまだ終わりでは無いのだよ」

「まさか…⁉」


 ボルグがキョンシーに向かって恍惚(こうこつ)の表情で尋ねていたが、ただただ正気の沙汰を疑うしかない四人である。


 そんな四人を意に介すでも無く、彼らの思惑通りに事は進められていく。

 すると今度は、不定形の物体のような物から無数の糸が出現し、これを包むように巻き付いていく。糸はどういう原理かはいざ知らず、目に悪い虹色の光を発しながら眩いていた。

 そして糸が巻き付く中で、不定形の物体も凄まじい挙動を繰り返しており、今にも破裂してしまいそうであった。


 ここで嫌な予感がする四人である。

 その姿は正に、「(まゆ)」と表現して差し支えないもので…


「(まさか、この後昆虫と同じように変態を遂げると言うのか⁉)」


 アロンの悪い予感は見事に的中してしまう。

 暫くして糸が発する光が収まったのだが、その糸を破るようにして、中から六体の異形が姿を現した。

 それは見るまでも無く「吸血鬼」、しかし同時に「虫」の要素も取り込んでいる事が伺える。それぞれ別々の虫の特徴を有しているようで、ボルグやキョンシーとは全く異なる存在である事は明確であった。

 恐らくは新種、それも「吸血鬼の上位種」と言って差し仕えない危険極まりない存在であると断言出来た。


 それだけではない。生まれたばかりにも拘らず、その存在感は四天王たるキョンシーに匹敵する。流石に凌駕する事は無かったが、それでも一歩手前位には及んでおり、紛れも無く「王種」に匹敵する存在である事は明確であった。

 キョンシーが「王種」の中でも中位に位置する実力者なのだが、対して新たに生まれた方は「王種」の中で見れば下位と言った所。


 ハッキリ言って、核弾頭ニュークリアランチャーの三人であれば冷静に本質を見極める事が出来ただろう。

 つい先程、例外的とは言え「王種」を退ける事に成功したのだから。


 しかしこの事実は、聖鳥衆(アルバトロス)の四人を絶望させるには十分であった。

 非現実的な光景を見せつけられた四人は気が動転してしまったようで、唯々目の前の受け入れがたい現実を前に思考を停止させてしまったのである。


 奇しくも、この四人は「王種」に相当する存在と遭遇する事すら、今日が初めてであった。それが四天王「東方のキョンシー」であった訳だが、このキョンシー一体ですら手に負えないと思っていた所なのだ。

 それなのに、瞬く間に「王種」の増産が行われてしまった。もう理解の範疇を超えている、四人ではどうする事も出来なかった。このまま為す術も無く葬られるのが定め…そう断言されても頷く他無い程に、どうしようもない格差が存在していたのである。


 少なくとも、聖鳥衆(アルバトロス)の四人では太刀打ちする事すら適わない。この戦は負け戦、そんな途方もない事実が確定した瞬間であった。


 最も、四人だけで対処するなら、の話だが。


「(ちゃんと見てるか?あいつ等。情けない事に、俺らじゃどうする事も出来ねぇ、頼むぜ!)」


 グラッドは何とか再起動を果たした後、言葉に出さずとも心中で確かに祈りの言葉を紡いだ。


 そして声にならない筈の祈りは無事、届けられるべき相手に届けられる事になる。


「遅くなりました、後は私達にお任せください」

「ふええ、あれが魔族?強そうだね」


 この状況を大したことが無いと言わんがばかりに乱入して来たのは、今となっては頼もしく感じる援軍…核弾頭ニュークリアランチャーのフラウとキアンの二人であった。


 正直言って、彼らでも魔族の相手は厳しいかもしれない。

 しかし自分達とは違い、彼らは全員が実技試験でパーフェクトを叩き出した実力者、紛れも無く自分達以上の実力がある事は()()されていた。

 だからこそこの絶望的な状況下でも縋ってしまうのだ。仕方ない事とは言え、聖鳥衆(アルバトロス)の四人もまた、嘗ての自分達の無力さと傲慢さを恥じるに至ったのである。


 これに対し、気分が優れないのがボルグ達三名である。

 彼らは未だ無自覚であった。しかし不思議な事に、この時何か引っかかりのようなものを覚えていたのである。


 故に思わず反応してしまう。本来であれば無視しても構わない筈の()()()()相手に。


「フンッ!全く、良い所でしたのに、邪魔をしないで頂きたいものですね」

「気にするでない。下らん、今更二人増えた所で何も変わらんよ。手始めに、この哀れな愚民共に現実と言うものを叩き込んでやろうでは無いか!」

「流石です、キョンシー様!もっともこの者達も、現実を知った所で何も出来ぬまま散り逝くだけでしょうけど」


 傲慢な態度を崩さない敵方に不満を抱くキアン。

 これを意に介すでもなく黙々と状況把握に努めるフラウ。

 戦力外とばかりに戦況を見守るしかない聖鳥衆(アルバトロス)の四人。

 

 そして獲物を前にした猛獣が如く、表面上は不遜の態度を崩さないキョンシー。

 これを必死になってヨイショするボルグ。

 その傍で黙々と控えるもう一人の同行者。

 その場で(うごめ)く六体の虫型魔族達。


 彼らの思惑はいざ知らず…当事者の想いとは裏腹に、戦いの火蓋だけが颯爽と切られたのであった。

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