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WILD DOWN  作者: plzY.A.
無幻世界編
2/53

第一話:三人

~クロス・ウォール連合王国、直轄領「デネレイト」~



 クロス・ウォール連合王国…とある世界に存在する国家の一つであり、同一世界内の国家において二番目の勢力規模を誇る。現在は「エストワール朝」の絶対王政を敷いており、各地に領地を持つ貴族が複数存在しつつも、特に王権が強いのが特徴だ。

 そしてこの度、現王「モルディアータ四世」による命を受け、正規軍に該当する憲兵団が出動し、昨晩無事任務を終えたところである。

 そんな中、この憲兵団に所属する将軍「ギルバート=ブラッドオーウェン」は頭を抱えていた。その理由は、今回出る筈のなかった「三人の捕虜」の処遇についてである。

 

 先日王国政府より直々に、国内屈指の盗賊団「夜之帳」殲滅作戦の命を直々に(うけたまわ)った。

 作戦本部を盗賊団のアジトから最も近い位置にある町「デネレート」に設置し、国内屈指の精鋭部隊である「憲兵団」を派遣する事で事に当たった。

 政府からの指令は『「夜の帳」構成員を一人残らず殲滅せよ、頭領「マスター=イデア」を殺害し首を持ち帰れ』との事だった。


 そして憲兵団の面々はその命を遂行し、確認したところによると構成員で生き残った者はおらず、頭領「マスター・イデア」の首も確保してあるとの事。

 聞けばたった一人だけ、構成員の子供と思わしき者を一人逃したとの事だが、その子供は部屋の中にあった穴の深くに転落したそうだ。尚既に瀕死の重傷を負っていたとの事で、発見時点で死んでいたか、仮に一命を取り留めたとしても出血多量で死んだであろうとの事。

 死亡の確認こそ出来ていないが、確実に銃弾は浴びせているし、あの状態で生き残る事はまず出来ないと隊員複数名から証言があったので…一応ここだけは要審議と言った所か、仮に生き延びていたら失敗だな。


 とは言え他の部分に問題は無いと報告を受けており、一先ず作戦自体は成功と言って良さそうである。


 …三人の捕虜の問題を除いて。


 と言うよりこの三人の捕虜、総じて不可解な点が多いのである。


 まずこの三人、盗賊団の関係者では無いらしい。

 盗賊団の事や「夜之帳(ヨルノトバリ)」について尋問したのだが、担当者曰く本当に何も知らないであろうとの事。本来ならばいかなる手段を用いてでも拷問したいところではあったのだが、訳あって拷問する事が出来ず、尋問のみに留まったとの事…意味が分からない。

 因みにその内の一人は、世界最大規模の宗教団体「七聖教」の修道女…それも教会内でも高位の聖職者であるらしく、その証明となる物品も保有しているらしい。

 これもまた、かの盗賊団と七聖教には一切の関連が見られなかったため、改めて疑問が残る。

 他二人に関しても身元こそ判明しないものの、同様にかの盗賊団との関連性は見られず、同様に何かしら訳ありであろうと推測出来るようだ。


 そしてこの三人、何故か自分の名前すら答えられないらしい。

 修道女は愚か、三人全員が記憶喪失または身元不明であるらしいとの事だ。

 但し一人は「名前はあったけど、別の誰かに奪われてしまった。だから名前が無い」等と意味の分からない供述をしていると言う。少なくともこいつだけは記憶喪失では無いのだろうが、先述の通り、この者もかの盗賊団との関与が明確に否定されている。


 しかもこの三人、捕虜となった最大の要因として、どうにも殺害する事自体が出来なかったようだ。

 修道女にはそもそも攻撃が当たらず、記憶喪失では無さそうな者は攻撃自体は当たるものの怪我一つ負うことが無く、最後の一人に関しては攻撃が通用するもののすぐに肉体が再生する為殺害し切れないとの事である。


 …三人とも人間なのだろうか?


 素朴な疑問が頭を過ると共に、何か手を出してはいけないモノに関わってしまったかのような悪寒さえ走る。


 本来、今回の命において「全員殺害」が前提である為、「捕虜」が出る余地は無かった筈である。しかしどうにも扱いに困る三人を捕縛してしまい、複数の隊員から対応方法の是非について質問を受ける事となってしまった。

 そうは言うが、聞き及んだ内容だけではどうにも判断し辛い。そこで隊員らに厳重に拘束し、入念な監視体制を敷いた上で自身の下に連れて来るように命じた。

 

 またこれに合わせて急遽、私は軍の有識者も数名招聘(しょうへい)する事とした。今宵、彼らと共に三人の処遇を判断する運びとしたのである。別名、責任の共有とも言う。

 そんな中、部屋にノックの音が響き渡った。そうして入室してくるのは、三人を更迭した担当の一兵卒。部屋に入るは否や、将軍を前に敬礼を決める。


「将軍、件の三名を連れて参りました」

「入れ」


 ギルバートの許しを得て、三人の捕虜が隊員に連れられ、部屋の中に姿を現した。

 両手に拘束具を嵌められ、両脇を隊員に固められた三人は確かに聞き及んでいた通り、不可解な点が多そうであった。

 特に抵抗するそぶりも見せず、三人とも興味深げに部屋中を見渡している。そして三人とも「夜之帳」とは明らかに関係無さそうな、修道服またはどこの国の物かも判らない奇妙な衣装に身を包んでいる。一目見たら忘れなさそうな特徴的で異質な面々であった。


「さて、この三人が例の捕虜で間違いないか」

「はい、我々からしても扱いに困る者達でありまして…」

 

 ギルバートは部下に確認を取るや否や、改めて三人に意識を向ける。


 一人は七聖教の修道女で、確かに凝った意匠の修道服に身を包んでいる。

 髪は金色、瞳は赤。年齢は推定で十四歳前後、未成年である事は間違いなさそうである。隊員曰く「第参神祖の巫女」の証明品を有しているとの事だ。

 「第参神祖の巫女」については私も聞いた事がある、確か教会内でも上から数えた方が早いくらい高い地位に居る筈である。そして第参神祖の巫女に留まらず、巫女は教会側から厳重な監視下に置かれていると聞いたが…これ、本当に捕縛して大丈夫なのだろうか?そもそも彼女、本物であるならば何故あのような場所に居たのであろう?


 一人は何やら高価そうな衣装に身を包む見た目麗しい青年だ。何処の国の物かは分からないが、どこかの国の身分の高い者だと言われてもおかしくは無い。

 髪は黒色で、瞳も濃い茶色。年齢は推定で十八歳前後か…しかし黒髪の人なんて初めて見た。少なくとも私の知る国の者では無さそうだ。

 そしてよく見ると、彼の右拳は握った状態で癒着しているようである。そう言えば盗賊団の中にも同様に右手が不自由な子供がいたと報告があったが、これと何か関係があったりするのだろうか?但し、盗賊団と一切の関係がない事だけは確認済みらしい。謎である。


 一人は少年か少女か一目では判断が着かない中性的な見た目をした子供、結構美形である。

 髪は金色、瞳は朱色。年齢は推定で十二歳前後、どう見ても一人で外を歩いていい年齢でない事は明らかである。そんな子供もまた、見慣れない衣装に身を包んでいる。しかしこの衣装にこの容姿、どこかで見た事があるような…嫌な予感がするが、こちらも同様に私の知る国の者では無さそうである。

 尚、子供は発見当初、白状を持っていたそうである。よく見れば瞳孔が異様な開き方をしている、虹彩がダイヤモンドリングのように極端に細くなるまでの開きようだ。

 確かに、これでは盲目であっても頷けなくはないか。しかし、盲目であるかのような挙動を現状一切見せないのが何とも謎である。


 因みに、修道女には攻撃が当たらず、青年は再生力が凄まじく、子供は一切の傷を負わなかったとの事だ。

 その上お抱えの魔術師が「魔術」を用いて無理矢理拷問しようとしたところ、修道女はこれに抵抗(レジスト)して見せ、青年にはそもそも魔術そのものを無効化され、子供に至っては魔術に合わせて反撃(カウンター)を仕掛けてきたようで、それを食らった魔術師は二週間ほど現場復帰できない状態に陥ってしまった。重症ではあるが致命傷ではなく、時間さえ経てば完治する程度でもあるらしい。とは言え、我が国の優秀な魔術師が二週間も不能にされるのは控えめに言って痛い。

 だが子供に文句を言うならまだしも、それ以上の事は出来ない訳で。うむ…色んな意味で厄介事の予感がする。


「さて、三人に問いかける。まずお前達の名前を申せ」


 念の為に聞いてみよう。事前の報告によると、三人とも名前を答えられないようなのだが…


「名前…分かりません…」

「僕の名前って何だ?教えてくれ」

「名前って何?俺には無いから分かんないけど、それっておいしいの?」


 修道女は目を泳がせながら、やけにおどおどとした様子で分からないと答えている。確かに、記憶喪失と言う訳では無さそうだが…

 青年は頭を抱えながら、分からないと答えている。若干それらの挙動が大袈裟に思えるが、他に不自然な点は見られない。

 子供は…子供だからなのか?ふざけているようにしか見えない。ただふてぶてしい態度を崩さず、嘘は言って無さそうに見える。てかこの子供、単一人称「俺」なのか。


「ふむ…それで、何故あの場所に居た?」

「わ、分かりません…気が付いたらあそこに居ました…」

「目が覚めたらあそこに居たんだ。ここはどこなんだ?僕は何でここに居るんだ?なんでこんな事になってるんだ?」

「特に理由なんて無いと思うぞ。人間誰しも旅人なんだ。人は理由があるからそこに居るんじゃない、そこに居る中で理由を見つけていくってもんだ」


 修道女、青年、子供が三者三様の反応を見せるが、どれも似たり寄ったりであった。

 しかし子供だけは、どうにも真面目さに欠ける発言が目立つ。命が惜しくないのか…?そんな将軍の疑問と裏腹に、部下の一人がしびれを切らしたようできつめに問い正す。


「おい子供、ふざけてないで質問に答えろ」

「だーかーら!さっきも言ったけどたまたま通りかかっただけだって。何故あの場所に居たか?知るかよんなもん」


 子供は逆ギレしたように返答する。真偽は兎も角、明確に答えるつもりは無いらしい。

 隊員に確認したところ、三人とも何度聞いても「知らない」「分からない」を連呼するだけのようだ。三人とも、それぞれ怪しい部分はあるが、現状判断しきれないな。

 将軍は引き続き質問を続ける。


「お前達三人、この国の住人ではないのか?その場合どこから来たか分かるか?」

「私は、その…この国が何処なのかすら知りませんし…元居た場所は、その…教会だとは思うんですけど…詳しくは…」

「僕が聞きたいくらいだ。僕はどこの誰で何をしていたんだ?誰か教えてくれよ!」

「ん-、少なくとも俺は、ここに来るのは初めてだと思うぞ。元居た場所は…なんて答えればいいんだ?少なくともこの世界じゃない、結構遠い場所にある別の世界だ。名前までは知らん」


 またもや同じ反応。

 

 …うーん、話が進まない。

 何か知っているような素振り自体は無くも無いのだが、全員揃って問い詰められそうにはない。子供は記憶こそあるものの、肝心な情報を一切有していないようであるし。身元不明ってのも伊達では無いらしいな。


「お前達、盗賊団「夜之帳(ヨルノトバリ)」について知っている事は?」

「よ、よるの…とばり…ですか?」

「知る訳ないよ…今の僕に答えられる事なんて何もないんだから」

「聞けば今回、その盗賊団なんちゃらっての全滅させたらしいな。残念ながら俺は何も知らねえぞ、そもそも興味も無いな」


 うん、またもや同じ反応…

 三人総じて不可解な点はあるが、こんな調子で詰問をしても何もかも「分からない」としか答えないようだ。しかも先述の通り三人とも攻撃が当たらないような人達で、拷問もほとんど艇を為さないらしい。完全に手詰まりだと隊員は言う。


「埒が明かないな…」

「ええ、本当にどうしたものか」


 招聘した有識者達もそろって頭を傾げている。

 身の潔白も証明出来ないが、明確に盗賊団と関与があったとも証明出来ていない。三人そろって容疑者である事に相違は無いが、かと言って三人とも身元不明の異邦人であるらしく、決して関係者とは断言出来ない。そして七聖教の関係者を含め、三人揃って何か訳ありと言うか、どうにも厄介事の匂いがプンプンする。下手な処遇は却って危険にも感じる。

 これは困った。


「正直、我々だけでは判断が着かん。政府や国王にも問い合わせてみた方が良いかもしれぬ」

「確かに、しかし時間はあまりかけられないでしょう」

「そもそも七聖教の巫女が何故捕虜になっているのだ?このまま教会と揉めるのは勘弁じゃぞ」

「そこなんですよね…しかし容疑の疑いが完全に晴れぬ今、この場で開放する訳にも行かず…」


 有識者達もギルバートと同様、判断しあぐねているようだ。

 何はともあれ、今すぐ結論を出すのは難しい。三人は揃って街の牢獄に拘留し、中央の指示を仰ぐことにした。加えて隊長格の面々に対し、今回の一件を隊内秘とし一切の言行を禁じるよう厳命した。

 正直、今回の任務でここまで頭を使う羽目になるとは思わなかった。将軍ギルバートは思わぬ災難に苦悶の表情を浮かべるのであった。


 しかしその時だった。何かを思い立ったように子供が話を切り出した。


「おっさん、こちらからも質問いいか?」

「貴様!捕虜の分際で将軍閣下に向かっておっさん呼ばわりなど!」

「モブは引っ込んでて。今用があるのはお前じゃねーから」


 兵士の一人が子供にあしらわれ、その額に青筋を浮かび上がらせている。

 気持ちは分からないでもないが、怒ったところで相手は銃による攻撃が一切通用しない相手だ。どうにもならないだろう。

 しかし、相手は子供とは言えどこの馬の骨かも分からない正体不明の人物である。間違っても言質は取られないようにせねば。


「内容によるが、必ずしも答えが返ってくるとは思わない事だ」

「それでいいよ。おっさん、この国のお偉いさんに謁見する事は可能か?」

「お偉いさんか…お前の言うお偉いさんとは何かね?」


 ギルバートは子供を威圧しつつ応答に応じる。

 これでもギルバートは紛れも無い将軍職である。相手方の都合によるが、国王であっても謁見する事は可能だが…


「具体的に言おうか…確か名前は『ヴィオラ=D・E=エストワール』。記憶が正しければ、この国の王女の一人だったと思うんだが」

「おい!王女様に向かってなんて呼び方…」

「馬鹿、やめろ!それは…」


 子供はあろう事もあろうか、衝撃の名前を口にする。

 この時、その場に居た全員が戦慄を覚えた。ある者は銃を構え、ある者はその子供を罵倒し、ある者は冷や汗を流しながらも必死に平静を保とうとしている。

 実はこの情報…と言うより王女様の本名だが、本来国の一部の関係者以外知り得ない筈の機密情報の一つであった。その甲斐もあって、一瞬で場全体が緊迫した空気に包まれた。


「何故…その名前を⁉」

「その反応だと間違ってはなさそうだな。じゃあおっさんにお願い、別におっさんじゃなくても良いんだけど…ヴィオラ王女殿下に伝言を頼みたい。内容は…」

「待て、まだ引き受けると言っていないのだが?」


 いきなり何を言うかと思えば、飛んだ分不相応な頼み事をしてきたものである。この子供は、自分を取り巻く現在の状況を把握出来ているのだろうか?

 いや、解っていなさそうだ。子供はきょとんとした様子で、さり気なく首をかしげるだけだ。


「え?ダメなの?」

「当たり前であろう、聞くまでもないわ!」

「当たり前かなぁ?良く判らないけど取り敢えず伝えとく。『関心は《アークレギオン》について貴殿との対話を望む』。多分これだけで通じる筈」


 子供がそう口にすると突然、捕虜となっている他二人に微かな変化が生じた。

 修道女の方は俯きながらもピクッと体を震わせ、青年の方はハッとした様子で子供の方を睨みつけた。子供だけは相変わらずふてぶてしい態度を崩さないが、他二人は神妙な面持ちを浮かべるようになった。

 そして子供は周囲を見渡した後、何か得心がいったようで「へぇ」と感嘆の声を漏らしていた。その様子はどこか嬉しそうである。


「貴様、何勝手に話を進めている…」


 ギルバートは咎めるが、もう手遅れである事を自覚し始めていた。

 勿論、その場に居た他の誰にもその真意は分からない。兵士達は愚か、将軍ギルバートも彼に召集された有識者の面々も、揃って一切の見当がつかなかった。少なくとも捕虜である三人は何かを知っているようだが…もしかすると、子供の伝言の内容から推測するに、ヴィオラ第一王女も何か情報を掴んでいるのかもしれない。

 但し何であれ、ギルバートが長年の戦闘経験により培った直感は、この話に深入りするべきではないと激しく警鐘を鳴らしている。端から深入りなんてするつもりはなかったが、何故ここまでに危険な予感がするのだろうか?その理由がさっぱり分からない、かと言ってどうする事も出来ない。


 そんなギルバート達に対し、子供は念押しとばかりに口を開く。


「そちらにも事情があるとは思うけど、こちらにも引くに引けない理由がるんだわ。悪いけど何があっても伝えておいてね」

「もし伝えなかったら?」

「もしなんて有り得ない。おっさんは必ず伝えてくれるよ」

「ほう、余程自信がありそうだが」


 言うまでもないが、こちら側が捕えている側であり、対して子供は捕えられている側である。本来であれば、子供の生殺与奪は此方側が掌握している筈である。

しかし子供の態度はそれを感じさせない、堂々たるものであった。


「でもさぁ?これは、何度尋問しても何度拷問しようとしても、何も聞き出せなかった俺達から得られた唯一の『証言』な訳だ。どうせこの後、上層部に報告を上げるんだろう?なのにそんな下らない我儘で『貴重な情報』を秘匿するなんて背信行為、仮にも国に忠誠を誓う将軍様がやる訳ないよねぇ?」


 ここで子供が詰めの一手を繰り出した。

 最初は違和感を感じていたギルバートだったが、直ぐに気付いてその表情を苦虫を噛み潰したように移ろわせた。

 

「…貴様、まさかこれを目論んで、意図的に情報を絞っていたとでも言うのか⁉」

「それは言いがかりだって。偶然、それ以外に話せるネタを持ってなかっただけだし」


 何も知りません、とばかりに子供はしらを切って見せる。見たところ、嘘をついている様子を一切見せない、清々しいまでの悪態ぶりであった。


 ギルバートは確信する。ほぼ間違いなく、この子供はいくつかの情報を秘匿しているだろう。

 だが話すつもりも微塵もないらしい。

 しかし拷問しようとして、先のように貴重な魔術師を潰されては堪ったものではない。また今回国内でも屈指の腕前を持つ魔術師が担当して返り討ちに遭っている事から、間違いなくこの子供を尋問出来る人間がいない事も明白であった。


 それと同時に、自ずと幾つかの疑惑も浮上してきた。

 他の二人に関しては分からないが、この子供に関しては何らかの意図や目的をもってこの状況下に居るのではないか?もしかすると、こうして捕虜になったのも態となのではないか?まさかこの状況を予見して、事前に何かしらの準備を済ませていたのではないか?

 ただ何れであれ、ギルバートの将軍としての選択肢は必然的に一つに絞られてしまう。伝言を伝える他にない。ギルバートは今、底知れぬ敗北感と居た(たま)れなさに苛まれていた。してやられた、と言わんばかりに。

 

「…分かった。確かに伝えよう」

「うん、頼むよん」


 ギルバートは堪忍するように承諾した。

 これを聞いて満面の笑みを浮かべる子供、対してギルバートの心臓は今にも張り裂けそうであった。この時、「子供が子供の姿を執った疫病にしか見えなかった」と後に彼は語っている。


 

~空欄~



ークロス・ウォール王国、王都クロッサス宮殿、会議室ー



「さて、オーウェン将軍から問い合わせがあった。これについてどう思う?」

「ふふ、妙な外道が釣れてしまいましたね」

「笑い事ではないぞ、妹よ」


 双子の兄である「クロス・ウォール王国の第一王子」ガイゼルは、何気なく双子の妹である「クロス・ウォール王国の第一王女」ヴィオラに問いかける。


 こんな時に面倒事が転がり込んできたものね、と内心ヴィオラは溜息をついていた。


 現在、将軍からの通達を受け、王都「クロッサス」の中心部に位置する「クロッサス宮殿」内で高官達による会議が行われていた。ここには現国王モルディアータ四世に加え、王位継承権第一位こと第一王子カイゼル、王位継承権第二位こと第一王女ヴィオラ。各部門を統括する大臣を集め忙しく行われていた。

 内容は、任務に関しては滞りなく完遂。一点要審議な点はあるが、こちらも恐らくは問題無し。さすがはギルバート将軍、先の大戦にて殊勲の働きを見せた優秀な将軍なだけはある。

 但し気になる報告が一つ…「それより三人の捕虜について、軍では扱いに困るので政府の対応を要求する」との事だ。どうやら例外的に、捕虜が発生する事態となってしまったらしい。


 そんな中、参加者の一人であるヴィオラは内心穏やかで居られずにいた。原因は先日の()()。世界各地で波乱と混乱を招いた例の宣告だが、ヴィオラもその例外では無かった。しかも内容が内容だけに、対応には慎重に慎重を重ねる必要がある。他に相談出来る者もおらず、どうしたものかと思案に試案を重ねるこの頃であった。

 取り敢えず、これらを周囲に悟られるのは(まず)い気がする。内容が内容だけに、余計な疑いをかけられる可能性が高かった。勿論ばれる人にはばれるかもしれないが、今は全力で平静を取り繕いつつこの場を切り抜けるしかない。

 そんなヴィオラをさして気にする様子もなく、会議は粛々と進められていく。


「要審議の点について、如何に判断致しますかな?」

「問題ないでしょう。逃したのは子供一人、その穴とやらは子供が落ちてしまった直後に塞がってしまったようですが、報告書を精査する限り生存の可能性は低いと思われます」

「将軍は完璧主義な所がありますからなァ、頭領の首もありゃ大きな失態にはならんでしょう…それよりも捕虜の方ですよなァ」


 集められた重鎮たちが思い思いの言葉を口にするが、これにヴィオラも同意する。

 構成員の子供一人を逃したなど、この期に及んではさしたる問題ではない。それよりも、三人の捕虜の問題の方が問題であろう。それは結果的に、この些細な失態を塗り潰して記憶の片隅に追いやろうとしているのであった。


「七聖教の巫女、記憶喪失の異邦人、これまた異邦人の子供。盗賊団とは関係無いにしても、厄介なのを捕まえてしまいましたなあ」

「巫女に留まらず、三人とも訳アリだろうとの事で」

「いやはや、将軍も悪運の強い」


 全員が将軍ギルバートの悪運の強さに同意する。何故盗賊団の殲滅と言う任務で、怪しい巫女や異邦人と相対してしまうのか。しかも報告書を見る限り、三人とも人間ではない何かである可能性さえ示唆される。そうなった場合、尚更厄介事になるのは明白である。

 この世界には人間の姿を取る、人ではない異生物や上位存在なんかも数多く存在する。確実に滅ぼしておかねばならない害獣から、絶対に手を出していけない禁忌(タブー)と呼ばれるものまで幅広く存在するのだ。巫女は確実に手を出すと拙い羽目になりそうだが、他二人も何やらきな臭さを感じる。確かに、これは軍が独断で判断するには難しい案件と言えるだろう。


「七聖教の巫女…そもそもそんな高位の聖職者が盗賊団のアジトに居た事が大問題なのではなくて?七聖教は何を企んでいるのかしら?」

「判らん…とは言え、教会に抗議文を出した所で門前払いが良いところだろう。教会は神秘のヴェールで包まれているからな」

「或いは、この件を不用意に吹聴すると教会を敵に回す…それも我が国にとって好ましくありませんわね」

「祖国において七聖教は深く根付いている、信者の数も計り知れない、我々だってそうだ。影響は計り知れないだろうな」  


 重鎮たちの心配はごもっともであろう。

 クロス・ウォール王国に留まらず、七聖教を国教に制定したり、七聖教が文化レベルで根付いている国は少なくない。七聖教はそもそも世界最大規模の宗教団体で、各国に対する発言力や影響力も無視できないものを持っている。不用意な干渉は却って自分たちの首を絞めるだけとなろう。


 それ以前に、七聖教に対し自ら手を出そう等と考える者も居ないだろう。何より宗教関連は面倒くさいと感じる王侯貴族も多く、彼らも例外では無かった。

 しかし、どんな理由であれ巫女を捕らえてしまった以上不干渉は貫けない。かと言って責任転嫁などできる盤面ではなく、国益や軍に対する影響力も加味して将軍に非があるとも明言し辛い。成程この案件がいかに厄介化を改めて痛感するのであった。


「本当、どうしようか」


 重鎮の一人が溜息と共に吐き出したその言葉に対し、誰も画期的な答えを用意する事が出来なかった。

 全員が悩みに悩むその時、急遽「追加の通達」が将軍より議会に届けられた。それは例の「伝言」である。

 内容は『関心は《アークレギオン》について貴殿との対話を望む』だそうだが、これを聞いた各個の反応が極端に別れる事となる。


 大半の者はちんぷんかんぷんと言った様子だ。揃ってアークレギオン?と首を傾げ、主語述語の不自然な文脈に何が言いたいのかさっぱり、と言った様子を見せる。


 しかしヴィオラは違った、そして同時に戦慄した。まさかこんな公の場でその話を出してくるとは、なんて脇が甘い事か!

 だが同時に、それはヴィオラにとっては望んでも居ない救済にも思われた。丁度必要としていたベストなタイミングで、美味い話が回ってきたものである。


 しかもその子供は世間に知れ渡っていない「王女の本名」を一言一句違わず言い当てたのだとか、これは殆ど確定であろう。きっと、()()()簿()を閲覧できるのだ。

 こうなれば何としても話がしたい、願わくば可能な限り情報共有をしておきたい。そして恐らく、向こう側は味方陣営の者である。何とも心強い応援であることか。


 ヴィオラは咄嗟に周囲を見渡した。

 一部異なる反応を見せる者が居たが、大半はその真意の一端にすら辿り着けていないようであった。異なる反応を見せた()()()()だけは要警戒だが、どの道今の自分に出来る事も殆ど無いに等しい。今は素直に向こうの要求に応じて良いと信じたい。

 そこで一先ず、ヴィオラは伝言を持って来た担当者に問いかける事にした。


「確認だけど、捕虜の一人が『関心は《アークレギオン》について貴殿との対話を望む』と言ったのは間違いなくて?」

「はい…」


 担当者はヴィオラの問いに対し、肯定の意思を示す。

 ヴィオラには「関心」についても、「アークレギオン」についても心当たりがあった。信用し切る事は出来ないが、先の件も含め情報の信憑性は疑わなくても良さそうであった。

 向こうが何を考えているかは分からない、しかし同時に話してみないと何も始まらない。そしてそれは丁度望んでいた物であった。タイミングが良過ぎて不気味に感じるが、何時までも足踏みをしていても仕方ない。


「左様ですか…良いでしょう。私はその要求を吞みましょう、王都に三人を呼んで差し上げなさい」

「ほ、本当に宜しいので?」

「構いません、後の事は私が対処いたしますわ。皆様も、後の事は私に任せて下さいません事?」


 ヴィオラは一切の迷い無くハッキリと言い切った。

 この時、会議に居た全員が違和感を感じていた。伝言を聞いてから、気のせいか王女の態度がやけによそよそしい気がする。

 しかもいきなり大胆な事を言い出すものだ。王女は非常に聡明で慎重な方で、実務や政務にも長けている事を知るものは少なくない。双子の兄であるカイゼル王子と同等程度の器量は持ち合わせており、この件に異議を唱える者もいなかった。そもそも厄介な問題を有数の権力者たる王女が対処してくれるのだ、下々の者からすれば願ったりかなったりである。

 しかし王女を知る者は違和感を拭わずにいられない、慎重で入念な前準備を怠らない王女の性格からして、有り得ない程に軽率ではなかろうか?それとも、自分達には計り知れないような深い考えがあっての事なのだろうか?


 これは第一王子ガイゼルにとっても同様の疑問であった。思わず問いかけてしまう。

 

「お前、急にどうした?」

「あらお兄様、何か問題でも?」


 しかし妹は思いの外堂々としている、少なくとも何の考えも無しに口走った訳では無さそうである。

 それと別に、その予想外の態度にガイゼルは思わず委縮してしまった。いや、まさか…内心渦巻く疑念を他所に、何とか平静を取り繕うと誤魔化しに努めるのであった。

 

「いや、別にそういう事では…!まあいい」

「?」


 ガイゼルは「オホン」と一息つくと同時に、改めてヴィオラに向き合った。

 

「後の事はお前に一任する、と言う事で異論は無いな?」

「私は構いませんわ」

「他の者は?」

 

 ガイゼルが周囲に問いかけるが、当たり前のように首を横に振る者は居ない。何と言ったって、普段から実務をこなしている王女本人からの提案なのだから当然ではあるのだが。

 そうして、会議は思わぬ形で幕を閉じる事となったのであった。それは同時に、クロス・ウォール王国における波乱の幕開けをも意味していたのである。

 しかし哀しいかな、それを知る者は現在何処にも存在しなかったのである。

 ちょっとだけ補足。

 こいつの作者名「plzY.A.」ですが、「プリージア」と読んでください。

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