第十六話:伝染
~仮設住宅~
結局俺達は、野宿…はせず、再びあの仮設住宅に訪れていた。
おっとそこのお前。この仮設住宅が自由に使える今、本気で野宿すると思ったか?
答えは否!何せ俺達は自称温室育ちなのだ。
あんな危険極まりない森の中で野宿とか、ハッキリ言って正気の沙汰を疑うね。最も、その主たる王種に限っては手懐けたも同然だが…それでもだ。
やっぱり、ポカポカお風呂とフカフカベッドが恋しいのは人類共通の願いだろうが!
そう断言する俺に対し、何時ものように呆れたかの如く冷たいツッコミをかましてくるキアンとフラウがそこに居た。
「ルディ…何でこの期に及んでまで逆ギレ…?」
「逆ギレしたいのは私の方ですよ…ってあれ?」
ここまで言いかけたフラウはある事に気付いた。
何と仮設住宅に入るや否や、知らない間に自身の…いや、他二人の変装も同様に解除されていたのである。久方ぶりに目にした自分本来の姿、実家に戻ってきたような安心感を覚える。
ただ、同時に危機感も覚える。と言うより、まさかこの場面でこのような不安に駆られるとは思わなかった。これまでは変装しているお陰か、確かに上手く追手の目を欺く事が出来ていた。しかし変装が解けた今、急激な不安が自らの身体を蝕んでいく。
そんな心情を察してかルディ…いや、この場においては「関心」が声をかける。
「ごめんね。この仮設住宅の内部では、変装や偽装と言った工作活動が全て封殺されるようになっているの。ただ変装が解除されるのは仮設住宅の中限定で、ここから出ると同時に元の姿に戻るから」
「え?何でそんな面倒な事を?」
「この仮設住宅のセキュリティ面を考えて、かな。二人はあまり気にしなくていいよ」
そう言いながらも関心はタイムカードに登録を済ませたのだが、見ればどうやら先客が二名居るようだった。
一人は多分あの引きこもりだとして、もう一人は誰だろうか?一応確認する事は出来るのだが、直接会った方が多分早いだろう。
「ところで…」
「何?」
「ルディ、何で口調変えてるの?」
「そう言えば、以前に比べて少し背も縮んだような」
「へぇ、二人して中々に鋭いじゃない」
別に大した事じゃない。ちょっと性転換しているだけの事だ。
ほら、「人はスライムに寄生されたら性転換出来るようになる」と言うのは有名な話。よもや一般常識と言っても過言では無いだろう。いちいち気にする事でも無い筈だ。
因みに性転換の影響で、これまで『関心』における男性の姿では身長が150㎝位だったのだが、今回は女性の姿になっており、身長も140㎝程度に縮んでいる。
しかし男性の姿の時点で外見がかなり女性よりであり、性転換しても見た目に大差はない。どちらも同様に美少女、若干年齢が違うかも…程度の違いしか出ていないのであった。
…最も、本人の認識は大いに異なる。
男になれば美少年、女になれば美少女だと思い込んでいるのであった。
…
それとは別に関心が自分で定めたルールとして、男性の姿の時では男寄りの口調、女性の姿の時では女寄りの口調で喋り分けるようにしている。
そうする事で、普段から変装や性転換をする際の急激な変化に対応出来るように準備したり、演技をする際に直ぐに慣れるように調整を行うのである。演技力のトレーニングの一環であり、こうした常日頃の地道な努力が本番になって活きてくる。万が一の事態や、唐突なトラブルにも対応する為にも、必要不可欠な日課の一部と化していたのであった。
但し、絶賛変装中の「ルディウス」が女になる事は無いので、機会は非常に限定的になってしまっているけど…
そんなちょっとどうにかしている俺とは別に、マジレスするのがフラウとキアンである。
「あの、そのペットなんですけど。十分に有害な魔物なのでは?」
「何を言うの⁉私が性転換を会得してから、何度追手を巻いた事か!」
「そう?てか、見た目そんなに変わってる?」
「変わってるでしょ。絶世の美少年から、絶世の美少女に!」
二人は何も言葉を返す事が出来なかった。どうしても二人の目には、両者のビジュアルに大きな差があるようには見えなかったからだ。
何はともあれ、本人は特に不満を抱いていない様子。それなら無理に指摘する必要も無いと、二人は追及を取りやめたのである。
そんなこんなで三人は一度リビングに顔を出したのだが、この時俺は思わず身構える事となる。
ー何という事でしょう、見知らぬ二人の男女がソファに腰かけているではありませんかー
片方は見るからに気が強そうな長身の少女、年齢は十代後半って所か。もう一人は逆に気が弱そうな青年で、此方も少女と同年代に見える。
二人して黒髪黒瞳の容姿で、同様の特徴を持つキアンとは顔の造りがかなり差異がある。その為、別の出自であると思われるが…それはそうと、ウチの連れ二人とも仲良くなれるかな?
そんな二人組を見て、俺は然るべき言葉を紡ぎだす。これに黒髪の少女が辛辣な返答を用意した。
「…誰?」
「アンタが誰よ?」
「「「…」」」
そう言って当事者の五人は、沈黙のまま流れない時を過ごす事となった。
それにしてもこの二人、見るからに間違いなく「同士」では無い。そうなると恐らく、同士の誰かに招かれた客人と言った所だろう。
この仮設住宅だが、同士以外の人物が正規の手順で侵入する方法は存在しない。
それもその筈、ここのセキュリティは全世界で見ても屈指で、その実態は空間を超えて次元単位にも及び隔絶する代物だ。
チェンジリングの変装が自動で解除されるのもその一環、無関係な者が紛れ込む可能性もゼロ…とは言い切れないけど、限りなく低い物だった。また部屋での二人の態度を見るに、やはり客人だと考えた方が良さそうである。
そんなことを考えながら五人で仲良く硬直していると、奥から階段を下るような物音が聞こえ、その直後、彼らを家に招いた張本人が姿を現した。
それは淡い青色の髪に赤い瞳、比較的厳つい様相に身を包む体格の良い青年。言うまでも無く、俺の同士の一人である。
「お待たせー!…ってあれ?『関心』⁉こんなところで何やってんだ?」
「あら?その声は『激怒』!」
そうか、今回顔を出していたのは激怒だったのか。
俺と同様あまり仮設住宅に顔を出す面子では無いのだが、俺と同様客人まで引き連れて、珍しい事もあるものだ。
「…激怒、その小娘と知り合い?」
「まーな、にしても驚いたぜ。お前がここに姿を見せたのは何千年ぶりだよ」
「その何千年って言い方は止めて欲しいな。私、ロリババァのキャラ付けなんてされたくないから」
「「…」」
二人は未だに、女性口調の俺に慣れていない御様子だ。
ったく、情けねーな。こんなのまだまだ序の口だぜ?
そんな俺達を他所に、気楽な激怒の他愛ない会話が続く。
「にしても久しぶりだなー、もうくたばったかと思ったぜ」
「激怒…あんた女性にモテないでしょ。もっとデリカシーを身に着けた方が身の為だと思うな」
「知るかよ。そんな文字、俺の辞書には載ってねーんだよ!」
「「(この人、危う過ぎる…!)」」
そんなこんなで、相も変わらず他愛の無い?会話を交わす二人。
そんな二人…と言うより激怒に戦慄するのはキアンとフラウの両名であった。対して、激怒の連れの二人は落ち着いた様相を崩さない。もう普段からこんな感じで接しているのだろうな。
…実はここだけの話、こう見えて「激怒」こと彼とはあまり仲が宜しくない。正直に言えば、会って早々面倒だな、と感じている俺であった。
それは激怒からしても同様であるらしく…その真意を前面に押し出した言い回しで、俺の事を自分の連れに紹介していた。
「おっと、紹介するな。コイツは『関心』、前に話してた『詐欺師』な」
「ちょ、ちょおおおお!」
開口早々、いきなり何を言い出すのかと思いきや…ストレートな悪口でした、ふざけるな。
だが哀しきかな、悪口はまだ終わらない。
「だってお前、嘘吐きじゃん」
「ええ?やめてくれない?ノンデリのあんたに言われたくないんだけど!」
「おいおい、早くも質の悪い嘘付くんじゃねーよ。全く、これだから最近の詐欺師は…お前ら気をつけろ、取って食われないようにな」
「酷い、純真無垢で健気な美少女に向かって何て言い草。二人とも気を付けてね、人を思いやるって言葉が彼の辞書には載ってないから」
俺達はそれぞれ、引き連れた同行者に対して注意を促した。しかし当の四人は状況が読み込めていないらしく、口をパクパクさせながら呆然としている。焦点がまるで合っておらず、俺達の忠告も耳に入っていない様子であった。
今に限らず、それは激怒とはしょっちゅうこんな諍いを起こしてるんだけど、四人にとっては非日常の出来事だったのかな?悪い事をしたかな。
それにしても詐欺師、かぁ。
認めたくは無いが、ある意味俺にお誂え向きな言い換えなのかもしれない。今も身勝手な理由で性別と口調変えてるし。
でも本職の詐欺師の如く人を騙す事が巧い訳では無くて…自分で言うのもなんだけど単純に演技が巧いと言うか、何かと器用なだけだと思うんだ。加えて俺の行動スタンスも相まって、何かと誤解されやすいだけだと思うんだよな。
…うん、やっぱり風評被害だなコレ、後で〆よう。俺は密かに決意を固めた。
しかしそれを実行するのは最後の手段にしたい。それにいくら仲が悪い激怒とは言え聞いてみたい事もあった。
そこで燻る蟠りや憤りを胸の内に秘め、俺は冷静沈着を装って激怒に問いかける。
「それにしてもどんな風の吹き回し?あんたがここに来るなんて」
「どんなも何も、最近新しく仕事を始めてよ。その合間で寄っただけだ…ああ、今夜はここに留まって行くぜ。俺の連れと一緒にな」
「私の所と似たような状況…まさか、パクられてる⁉」
「お前さぁ…誰が好んで、お前みたいないけ好かねえ奴と一緒にされなきゃならねぇんだよ」
激怒の言い分はさて置き…それにしてもだ、改めて聞いてみると本当に取り巻く状況が酷似していてびっくりした。
聞けば先日、激怒も同様に冒険者を始めたそうで、二人はその徒党メンバーだと言うのである。
しかも俺達の所と同様、連れの二人も第一世代の星職者なのだそう。
ここまで共通点があると笑っちゃうね、パクリとかそう言いうレベルの問題じゃないわ。本当偶然と言うものは恐ろしい。
それはそうと、ふと気づいた事があるのでこれを指摘してみた。
「何はともあれ、積もり積もった話はありそうよね…どうせあんたの事だし、客人にお茶を出す事すらしてないんでしょ?ちょっと沸かしてくるから」
「仕方ねーよな。だって俺ってばほら、料理とか散々だからよ」
激怒…知る人は知る事実だが、コイツは呪われしメシマズの一員だからな。奴の作る料理はどういう事か、揃いも揃って意図せずダークマターと化す、凶悪な体質の持ち主なのである。
ここで嫌な事を思い出したのか、激怒の連れの二人が吐きそうになっていた。そうか、既に犠牲者が…
そんな計五人を尻目に、俺は台所でお湯を沸かし始めた。
フラウとキアンにはソファに座って待つよう促し、俺は一人ゴソゴソと棚を漁る。お茶っ葉は…まだあるけど、お茶請けのストックがあまり無いな。
そんなこんなで台所で動き回る俺とは裏腹に、他五人は揃って気楽そうである。
「しかしまぁ、本当偶然ってのは恐ろしいよな」
「ええ、私達は成り行きで冒険者になりましたけど…」
「丁度今日初めての依頼を受けてきた所なんだよ。報告はまだだけど…」
以外にも、俺の連れ二人が初対面とは思えない位自然に打ち解けているように見える。何かしらのシンパシーでも感じたか?
「ウチらも似たようなものね。街に帰れなくなって、仕方なくこっちに来たのよ」
「ボクも同じです、にしてもここは不思議ですね!向こうのお家って言われても違和感ない位に、異世界って感じがしないです」
「それ。ここに居ると、日本に居た頃を思い出すのよね。でも所々違うから、やっぱり異世界に来たんだなってなるけど」
しかも、この仮設住宅に流れ着いた経緯までシンクロしているらしい。俺と激怒、そんなに仲良くないんだけどなぁ。
それとは別に、俺は聞き捨てならない言葉を聞き入れていしまった。異世界、だぁ?
「向こうのお家?異世界?」
「ん?ああ、そう言えばコイツらよぉ。聞けば日本とか言う異世界から転移?して来たらしいぜ。向こうの世界じゃ、こんな感じの家が普及してるそうだぜ」
「いやいや、流石にこんな広いお家は、向こうでも富裕層しか住めないと思うけど」
「そうですね、ボクの実家の方が狭い…事も無いですね」
どうでもいい情報だが、少年の方は実家がお金持ちであるらしい。その…異世界に来た今、何の意味も無いステータスと化してしまったけどな。
これを聞いて、見当違いな感想を口にするのがフラウである。
「へぇ…その日本って言う異世界は、相当技術が進歩しているんですね…」
「違う違う、日本ってのは異世界の名前じゃなくて国の名前だから」
「でも日本は世界的に見ても先進国だし、技術が進歩してるってのもあながち間違いじゃないですね」
「へー、すごいね」
「お前よぉ。話殆ど解っちゃいねぇだろ」
激怒の言う通り、キアンは多分何も解ってないだろうね。でも良いんだ、アイツはそう言う奴だから…
そうこうしている内に、此方でもお湯が沸きあがった。蜂蜜を入れたストレートティに、お茶請けのお菓子…適当に皿に乗せたので召し上がれ。
そして全員にお茶が行き渡った所で、お互いの自己紹介に入る。
こちらの自己紹介は割愛する。対して激怒の連れ…激怒以外の二人だが。
少女の方は花宮朱里、少年の方が紀藤慶史郎。二人は幼馴染だそうで、少し前まで高校生をやっていたそうだ。
こと異世界に来たのは、別の世界に存在する「ヴェルサラーゼ皇国」による「勇者召喚」の儀によるものらしい。俺も詳しくは知らなかったが、二人は二週間ほど前に「異世界勇者」なる肩書でこの世界に転移させられたそうである。
「そもそもさ、異世界勇者って何するの?」
「ボクも詳しい事は聞かされてません。本来は、魔王を倒す為に呼ばれるらしいんですけど…」
「魔王って、何処かで迷宮の主だって聞いた覚えがあるわね…」
「ああ、そう言えばそんな事も言われた気がするわね。ま、もうウチらには関係ない話だけどさ」
「え?そうなんですか?」
聞けば、二人は既に異世界勇者を辞めた身の上なのだと言う。話の内容からするに魔王を倒した訳でも無さそうだが、召喚されてわずか二週間の間に何があった⁉
そんな俺の疑問に答えたのは激怒である。
「俺だよ」
「…は?」
「実は数日前、激怒さんが単独で皇国を襲撃したんです。その結果…」
何と、どう言う事か激怒が単独でヴェルサラーゼ皇国を襲撃したそうなのだ。
その結果、ヴェルサラーゼ皇国は呆気なく滅亡、王族や主だった貴族は揃って処刑されたのだそう。
本来ならば単独犯が意図も簡単に国を亡ぼせ…はしない筈だが、激怒がやったとなれば得心が行った。ハッキリ言って気に食わない奴だが、俺と同様に羅神器の所有者であり、その実力は確かなものなのである。
勿論、本来の激怒なら意味も無くこんな下らない事をしでかさない。つまる事、これは『天啓』の意向を組んだ結果であり、激怒も『天啓』に従って努めて冷徹に事を為したのだそう。本人が強調するように語ってくれた。
とは言え、仮に免罪符にするつもりならやめた方が良いと思うが…
余談だが、その後国は分裂し、国内に存在していた有力な在地貴族…呼称が変わって大公四家によって分割統治される事となり、各々が小国として独立を果たしたばかりなのだそうだ。
もう何から話したらいいのか、ツッコミ所が多すぎる。
「いやいや、何でそんな事になっちゃったのよ…」
「いやよ、このヴェルサラーゼ皇国って国は中央の腐敗が酷くてよ。『天啓』にそぐわない国だからって理由で滅ぼされる事になっちまったのさ。一応国内に革命勢力も存在していたが、そいつらも似たり寄ったりで…しゃーなし俺が肩を貸してやったのさ」
「それもさー、激怒が動かなくても良いんじゃない?」
「それがそうも行かねぇ。何せ俺も『天啓』で、皇国を滅ぼすように命令されちったんだからよ」
成程、然るべき結果に落ち着いたと言う訳だな。それにしても国の存亡にまで易々と手を出すとか、『天啓』は何でもアリだな。俺含めフラウとキアンの二人も怖気づいてしまったよ。
だがそのお陰で、激怒の連れの二人…朱里と慶史郎の二人は「異世界勇者」の身分から解放され、悠々自適な冒険者ライフを…とはならなかった。
一応皇国に召喚されてからは奴隷に近い酷い扱いを受けていたらしいのだが、今度は皇国から解放されると同時に『天啓』が下されてしまったようなのである。結局奴隷に似た立場は変わらず、仕える主が変わっただけの些細な変化にしかならなかったようである。
「聞けば聞くほど、二人が不憫に思えてくるわね…」
「へー、可哀そうだね」
これを受けてフラウとキアンは同情の意を示したのだが、対する朱里と慶史郎の反応は、思いの外淡泊で清々しいものだった。
「いえいえ、これでも激怒のお陰でそれなりに楽しくやらせてもらってますから」
「そうね。文句の一つや二つはあるけど、以前に比べれば大分マシにはなってるから」
「二人共、もっと素直に感謝してくれていいんだぜ?」
二人は皇国が滅亡し、『天啓』が下された事で混乱の最中にあった。それを見兼ねた激怒が二人に声をかけ、今に至るのだと言う。
皇国を滅ぼした者と、皇国に拉致された者。
傍から見れば不思議な組み合わせだが、どう言う訳か嚙み合って今に至るのだとか。
その後激怒が周囲に働きかけて冒険者の枠組みを設立しつつ、代表の座に就き、その先駆けとして自身も冒険者を名乗る事になった。
現在は宣伝も兼ねて三人で冒険者徒党を組み、俺達と同様旅をしているようだ。
…とまぁ、サラッと話に出てるけど…ちょっと待った!
「あんたが冒険者とか言う制度?役職?を設立したの?」
「おうよ、『天啓』で指示を受けてよ。意外か?」
「いや、そう言う訳では…」
そう返されると困ってしまう。
しかし「冒険者」が何らかの形で『天啓』に関与しているとは推測していたが、まさかこんな形で判明するとは。
俺は内心呆れにも似た感情を抱きつつ、小さく溜息を付いた。ところが…
「凄いね僕達、早くも組合のトップとお茶しちゃってるよ」
「ですね…この場合、無理をしてでもゴマを磨った方が良いのでしょうか?」
「君ら、呑気よね…」
キアンとフラウの両名は呑気だね。まるで野次馬の如く軽口を言い合っているが、俺は内心それどころでは無かった。
しかしそれにしてもだ、激怒が星職者として冒険者連合組合を設立したとなると、俺達は必然的にその支配下…とまでは行かなくても影響下には盛り込まれた訳で…
ここで俺はあの事に思い当たり、ふと身構えた。
俺達は知っているのだ、「第二世代」に纏わる情報の一端を…ここは先手を打っておくべきだろう。
「ああ、始めに言っておくわね。私達は第二世代にはならないから」
「はぁ?第二世代だぁ?何を言ってやがる」
「え?…あら、ご存じでない?」
ありゃ?満を持して先手を打ったつもりだったのだが、相手が知らないとなれば話は変わって来る。これはもしかしなくても仕損じたかな、と俺は内心舌打ちをする。
とは言え、「第二世代」の情報については重要度が高い。奴らも現状味方サイドになる…もっと言うなら上司に当たる訳で、内容が内容だけに無理して秘匿する事も無いだろう。
そう考えた俺は、激怒達三人に対しても「第一世代と第二世代」に纏わる情報を共有する事にした。今後関わり合いになる機会は多くなる事必至だし、未然に余計な被害を防ぐ為にも出し惜しみする必要は無いとの判断だ。
尚これを聞いた激怒達三人組は、揃って頭を抱えていた。気持ちは分かる、俺達三人が聞いた時も同じ反応だったもん。
知らなかったら幸せ、とも言えないし…かと言って知らされたら、それはそれで扱いに困る情報だからな。
今の急激な変革に対応するだけでも精いっぱいなのに、こんな事を知ってしまえば猶更大きなストレスとなる事間違いなし。
ひょっとすると、激怒は俺に嫌がらせを受けた…なんて考えてるかもしれないな。勿論、今回に限ってはそんなつもりは無いんだけどさ。
「因みに注意してね。「第二世代」にもまた、一部解析が得意なのがいるみたいだから。私達も、種族名までは大丈夫だったけど、「十大天魔」?である事をばらされちゃったのよね。私、良く知らないんだけど…」
「えーと…確か僕が「第二席」で、ルディが「第一席」だったっけ?そのどちらも、実態が知られていないのがせめてもの救いかな?」
「二人共、それ、言って良いんですか?」
「ちょっ、お前らマジで勘弁してくれ…しれっと重要な情報ぶっこんで来んなよ」
余談だが、世間においてその存在が認知されているのは第一席と第二席以外の八柱。第一席と第二席に関しては存在する事だけ知られており、その種族名、正体等の一切の情報が不明…となっていた。
しかし哀しきかな、俺達二人のせいで世界の神秘は瞬く間に崩壊を遂げた。最も、俺達がバラしさえしなければ神秘を保つ事も…出来なさそうだな。今もしれっと暴露してるし。
またキアンも同様であるようだが、俺も十大天魔とやらにはあまり興味が無いのだ。無論なるだけ遭遇しないに限るが、遭遇したらしたで迷わず逃げるだろうし。今の俺達の条件では、格下?とは言えタイマンを張るのは難しいだろうからな。
「俺はいいけどよ。お前らはその…俺の連れの二人にバラして良かったのか?」
「いいわよ?第一、あんたは既に「第一席」に関りがある訳じゃない。…ああ、たった今「第二席」とも関りが出来たわね。それなのに連れの二人は、どうせこの事を知らなかったんでしょ?」
「そうだね、それなら知らせておいた方が親切かもね。勿論、他言は無用だよ」
案の定、朱里と慶史郎は揃ってうんうんと頷いていた。しかし十大天魔が何たるか、までは解っていない様子で、何処か気が座っていないように見受けられる。
そんな二人を見兼ねた激怒が、百科事典の閲覧を勧めた。それを見た二人は…もう止めてあげよう、ちょっと可哀そうな目に遭っていたのである。
ここで余談。激怒ら三名に関しては口止めを敢行する予定だが、先にも軽く触れた通り王種に対しては明確に行っていない。
それは何故か?簡単な話で、既に王種を通じて周知の事実となる事が確実であり、口留めを今更しても間に合っていないからである。
最もあの様子なら、当の本人は下手な口外を避けようとするだろうしね。
しかしこの時、情報が漏れたのは飽くまでも自然サイド、まだ文明サイドには漏れていないと思われる。
正直、文明サイド…もっと言うなら人間社会に漏れたら、その時が一番取り返しにつかなくなる事必至だと認識している。なのでこの場における口止めは、何よりも優先すべきであるとの判断だ。
異世界人の二人には悪いけど、ここは脅しをかけさせてもらうぜ。上の件もあるけど、もう一つ打算があるのでね。
先ずは俺から、ここにキアンも続いたのだが…
「釈明出来ない口外を為したその暁には…」
「する訳ねーよ!阿保か!」
「…男は度胸!きっと楽しい筈だよ」
「楽しくねーよ!お前ら馬鹿だろ、揃いも揃って大馬鹿者が!」
「朱里…ボク達、生きて帰れるかな…」
「気を強く持ちなさい!まだ死んだわけじゃないわ、夢を諦めないで!」
「…」
現在、シリアスなのかギャグなのか…部屋の中の空気が良くわからない感じになっていた。脅す俺達に応戦する激怒、その傍で互いに身を寄せ合う朱里と慶史郎…一体何のドラマだよ⁉
何れであれ、一人だけ蚊帳の外に置かれているのがフラウである。彼女から向けられる死んだ魚のような目が痛い。
ここで話が一転するが、聞けば激怒の連れの二人組は、揃って元の世界に帰還する事を目標としているらしい。
うん、俺達十大天魔二柱の前ではマジでどうでもいい話だな。悪いけど。
そんな扱いの雑さが留まるところを知らない二人を気遣ってか、激怒が俺達に噛み付いてきた。
「だとしても今回の件、関心にしてはお粗末が過ぎるんじゃねーか?お前なら、その気になれば事前に対策も出来ただろう?それに「期待」なんか、諜報関係の組織にも顔が利くんだしよぉ」
「いやいや、私最近出て来たばかりだよ?それに「期待」だって、諜報は専門ですら無いし」
「…まぁ、お前が良いなら深くは追及しねぇ。にしても第二世代か、いい事聞いたぜ」
そう言って悪巧みしてそうな笑みを浮かべる激怒、だから先手を打ったんだよ。
…おっと、含みのある視線を向けても無駄だぞ?俺の意思は鋼よりも固いんだからな。最も、激怒にとっては関係ない話。さり気なく遠回しな物言いに変える事で、未だに説得を諦めようとしていない事が見て取れる。
「しゃーねーか…お前なら、冒険者総合協会の理事に相応しいと思ってたんだけどな?」
「残念だけど…ってちょっと待って?冒険者連合組合じゃなくて?」
…あれ?
「ああ?俺が設立したのは冒険者総合協会の方だぜ。てかお前が何で、商売敵の冒険者連合組合を知ってやがんだよ?」
おやおや?話が違うぞ。商売敵?何それ、そんなの居たの?
俺は勿論、その場にいた全員が妙な動揺に包まれていた。そして俺達は改めて認識するに至ったのである。
冒険者と呼ばれる者は二種類存在する。
片方は俺達のように、冒険者連合組合に所属し、支部毎の団体に所属して活動を行う者。
そしてもう一つが激怒達のように、冒険者総合協会に所属し、協会が認可した各連盟に所属して活動を行う者。
そして両者は、先述の通り互いが商売敵の関係であると言う事。その仕事の実態が殆ど一致しており、互いに仕事を取り合う仲であると言う事を。
「えーと、これってつまり?」
「俺達は敵同士って事だな。ま、俺としてはお前が敵の方がやり易くて助かるぜ」
「あちゃー、参ったなー。踏み込んだ話をしたのは失敗だったかもなー」
まさかのまさかだ。よもや同時期に、全く別の団体を母体とする「冒険者」事業が始まるだなんて。
そんなの想像出来るか!お陰で奇跡的に会話が噛み合ってしまったでは無いか!
何たる不幸!何たる偶然!
…それはそうとしてだ。だとしたら、俺達の所属する冒険者連合組合とは一体何なんだ?
時期的に『天啓』が関係してはいそうだが、一体どこの誰がこんなものを設立したのだろうか?
…
「俺だ」
「「うぉぉぉっっっ⁉」」
振り返ればヤツが居た!
背後から急に声をかけて来たのは、先にも会った同士の一人「危惧」その人である。どうやら気付かない内に、気配を消して背後にスタンバっていたようである。
あまりにも唐突な登場で、思わず俺と激怒は声にならない絶叫を上げてしまった。
と言うかちょっと待て、それはいくら何でも聞き捨てならないぞ?本当にお前が冒険者連合組合を設立したとでも?
いやでも、お前ずっと「作業が」って言いながら引きこもっていたんじゃ…?
そんな俺とは裏腹に、危惧と仲の悪い…と言うより一方的に苦手意識を抱いている激怒は、見るからに不満気だ。同様に危惧の方も激怒に対して思う事はあるようで、今にも一触即発の様相を呈していた。
「チッ…よりにもよってテメェかよ、中毒!」
「チッ…相変わらず頭に血が昇りやすい奴だな、糖分が足りていないからそうなる」
「知らねーよ!つーか、知りたくもねぇ事実を目の当たりにしちまったぜ…」
そう言って黄昏る激怒…は放っておいて、俺は危惧に視線を向ける。
「危惧さ…あんた、以前も「作業がある」って言って引きこもってたよね?その、まさか?」
「ああ、そのまさかだ。実は、お前も受けたであろう「試験」で使うシュミレーターの制作に付きっ切りでな。関心なら解ってくれるだろうが、中々の出来映えだったろう?」
「まぁ…造った技術者を手放しで称賛する程には…」
で、その正体が同士の危惧だった、と。
一応彼の技術は俺も良く知っている、納得できる…と同時に何処か期待外れ、そんな感想を抱きつつあった。
個人的には、未知の天才技術者!と出会えたらいいなと思ったのになぁ…
また詳しく聞けば、組合の設立や代表業務は危惧が担っているそうだが、その実務の殆どは自身が制作した人造人間…もとい、自分と意識同調させる機能を搭載したロボットのようなものに代行させていると言う。
当の本人は無類の仕事大好き人間にして、根っからの研究者気質だ。仕事はいくらでもやりたいし楽しみたいが、研究もしたい。となると仕事をする為に他の身体が欲しい、研究の為にはここからなるべく出たくないとの意向を汲んだ故の方式なのだそう。
危惧らしい、っちゃらしいな。
「ところで、あんたはまた糖分摂取?」
「それもあるが…いや、実に興味深い話を聞かせて貰った。そして俺は確信したのだ。お前達三人であれば、組合の幹部を任せても問題無い、とな」
「「「は?」」」
「受け取るが良い。そして喜べ、俺からのささやかな贈り物だ」
危惧がそう言い放った瞬間、聞きたくも無いお告げが下されてしまう。あれ、俺達の都合はお構いなし?
『天啓である。星職者「危惧」の権限において、新たな職務が追加された。以降、星職者の規則に基づいて確実に職務を遂行すべし』
そんな文言と共に追加されてしまった「冒険者連合組合、幹部業務」の文字の羅列。
呆気なく、先に危惧していた事…もとい「自分達が第二世代にされないよう、矛先を逸らさせる」と言う打算が打ち砕かれてしまうとは…
何はともあれ、俺達は憤慨した。
「ちょっと危惧?それは話が違うと思うけど?」
「え?嘘ですよね?これ、第二世代の?」
「仕事…増えちゃった…そんな…」
「無事届いて良かったでは無いか。仕事は楽しいぞ、存分に励むが良い」
…俺達のせめてもの抗議は、仕事が何よりも大好きな危惧には一切届くことが無かった。コイツ、労働基準法とかブラックな労働環境とか関係なく、起きている間は常に仕事しているような変態だからな…
コイツの常識で物を測ると大変な事になってしまう。これはもう、打つ手なし?
俺は半分諦めかけていたのだが、未だ数少ない可能性を信じて戦おうとする勇気ある者がそこに居た。
そう、フラウとキアンである。お前ら…
「噓でしょ?ルディ、何とかして撤回できないのですか?」
「そうだよ!教会や商会でも退職出来るんだよ?だから…」
「無理。既に受諾されてる…もう遅い、って言うか」
その新たな職務は、きっちりと俺達のリスト内に追加されていた。こうなると手遅れである。
これに気付いた二人もようやく希望を見失い、俺と同様に失意の内に放心するのであった。
ようやく二人も俺の心境に行き着いたか。残念ながら、俺はいち早くこのどうしようもない事実を目の当たりにしてしまっていた為、先に二人を憐れんだのだが…
そんな俺達を見やってか、危惧が肩に手を当てながら励まそうとしてくれる。
が…
「そう悲嘆するな。俺達からすれば、仕事が増える以上のご褒美は無いだろうよ」
「それはあんただけよ!むしろあんたは、意に反した仕事を押し付けられて嬉しいとでも?」
「何を当たり前の事を?普通に考えて嬉しいではないか?寧ろ嫌がる理由の方が見当たるまい?」
なんて頭の悪い事を言い始める始末。
いやまだだ、せめて文句位は言わせてもらおう。
「でもさ、人間誰しも休みたいと思うよね?」
「何を言う?休みの時間に敢えて行う仕事程、至高の享楽も存在しないと思うが?お前も楽しかろう?」
「いや…締め切りや、仕事内容そのものに無理があった場合でしたら…」
「笑止。無理、等と言う言葉は甘えだ。そんなもの、甘ったるいココアと共に腹に流し込んで、全力且つ最大効率で事に当たれば何も問題あるまい?人は的確な努力さえすれば限界を超えられるように作られている、ならば後は限界を超えるだけの簡単なお仕事だ。これも含めて楽しむのが吉と言うものだろうよ」
「お前、学者肌の割には根性論好きだよな…」
「おーけー、理解した…」
「もう、何も言いません…」
一切の迷いを見せず言い放つ危惧に、俺達は何も言えなくなってしまう。もう何だろう、一般人とは感性が違い過ぎて話にすらならないのである。
しかも拠りにも拠ってコイツ…こんな性格の癖して、意外と部下のマネジメントは真面なので、余計に文句が付け辛いのだ。ちょっとズルい奴なんだよな…
だから恐らく、俺達もブラックな対応に追われる事は…この職務に限って言えば無いだろう。当の危惧も「何も問題ない」とばかりにお湯を沸かしている。
仕方ないので、俺達三人は大人しく堪忍する事にしたのである、とほほ。
そんな中、ただ一人俺達を見て嘲笑するクソ野郎がそこに居た。
「ざまぁねぇな、普段の行いが悪いからそうなる」
「激怒…あんた…」
「いやいや、全てはお前らの自業自得だろ?ま、見てる分には面白いしいいけどな。いやー、けったいな寸劇だったぜ。こりゃ傑作だ!」
「ちょっ、他人事だからって…」
「…喧嘩を売ってるんでしょうか?これ」
そう言って「自分は何も関係ない」とばかりに俺達を煽る激怒。
流石のフラウとキアンも、奴に対する嫌悪感を隠せない。今度会ったら覚えておけよ、ただじゃ置かないから…と言う共通認識を抱く俺達である。
しかし、そんな決意をぐちゃぐちゃにする位に、もっと馬鹿な事を口走るトンデモ野郎が存在した。
「自業自得?何を言っている?俺は三人に素敵なプレゼントを渡しただけだぞ?いつもお世話になってるし、俺自身最大限の感謝を示したくてな。まだまだこんなものでは足りないと言うなら、喜んで奮発しよう」
「「「いや、間に合ってます!」」」
「そう遠慮するな、お前達もまだまだ若い。年を取れば解るが、若い内しか身を粉にして働けないんだからな。貴重な時間は有効に使ってナンボだぞ?後悔したくないならな」
「「「(もう止めて…)」」」
「ブッ!」
激怒が俺達を見て、失礼にも吹き出していたが…
正直に言おう、激怒の事がどうでも良くなる位に危惧が恐ろしかった。俺達の目には、危惧の事が新手の化け物にしか見えなかったのである。
それだけじゃない。危惧の発言には悪意が微塵も含まれていないのが尚、達が悪くて困ってしまう。本人は100%純粋に良かれと思ってこれを行っているのだ。余計にたちが悪いのである。
俺は既にある程度の事を知っていたので然程でもなかったが、二人にしてみれば新たなトラウマになりそうな衝撃であった事は想像に容易い。しかし危惧はこんな二人を見て可哀そうに思う…どころか疑問を浮かべるだけなので、それが殊更トラウマに拍車をかけているようである。
本当、十大天魔二柱相手に我が物顔でトラウマを植え付けるとか、コイツはある意味で大物だよなぁ…いや、コイツも激怒と同様に「第一席」の関係者か。言うまでも無かったわ。
最も十大天魔が何なのか、未だによく解っていないけど言ってみた。もうどうにでもなーれ!
結局、俺達三人は過剰なストレスに晒されたせいか、その晩中々眠りにつく事が出来なかった。
三人揃って徹夜し、悶々とした夜を苦心の末乗り越え…その後、日が昇る少し前位の早い時間帯に、何かから逃げるようにそそくさと仮設住宅を後にしたのである。




