第十四話:災難
~ロックス郊外~
あの後逃げ方を少しだけ工夫したせいか、連中が俺達を追いかけてくる事は無かった。一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたものだが、どうやら上手く巻く事が出来たようである。
ほっと一息、俺達は奴らに対する愚痴を零した。キアンもこれに続く。
「ああ…要らん時間を過ごした」
「でも追いかけて来なかったのは幸いかな?」
「あの、二人は罪悪感とかないんですか?私は少し…」
「「全然!」」
フラウの生真面目な問いに対し、俺とキアンは真っ向から否定する。
キアンはどうか知らないが、俺は余計ないざこざに巻き込まれなかった事に対し、心の底から安堵していた。色々と隠し事も多い身の上なので、他からの余計な干渉に対しては、うんざりする以外の感想を抱けないのである。
まぁ、先のやり方に議論の余地があると言う一点においては、俺も同意せざるを得ないけど…
そうして自由を獲得したばかりの俺達は一度街を出て、近郊にある森の中にやって来ていた。二人のお陰で上手く逃げ果せたのだが、俺は未だに肝心の依頼内容を知らない。
前準備とか、戸籍を得た際に物資を買い溜めた位しかしていないのだが、果たして大丈夫なのだろうか?
取り敢えず、それとなくキアンに聞いてみる事にした。
「それで、何の依頼を受けたの?」
「組合が出してた常設の依頼『アルマリーフの採集』だよ。期限は無いし、人数分×1キロを採ってくればノルマ達成だって」
少し予想外だったが、どうやら二人は採集系の依頼を選択したようである。戦闘系にしなかったんだ…と言う素朴な疑問はさて置き。
何はともあれ、俺は一度受注した依頼の内容が書かれた紙…依頼書を確認させてもらう事にしよう。
どれどれ…
~~~~~
◎『アルマリーフ』の採集
〇推奨ランク:D以上
〇依頼主:マグノリア商会
〇依頼内容:魔法回復薬の材料である「アルマリーフ」を採集する。
〇達成条件:依頼を受注した冒険者一人頭に対し、一キロのアルマリーフを採集する。アルマリーフは根まで引き抜いて採集する事。萎れた物や虫食いの激しい物など、著しく状態の悪いものは材料として使えない為、除外して計算する。
〇期限:無し
~~~~~
…成程。
因みにアルマリーフとは、依頼書にも記載がある通り、魔法回復薬の材料となる薬草の一種である。草自体が大量の魔力を溜め込んでおり、生で齧るだけでも多少なら体力と魔力の回復効果が得られる代物である。キアン以外の人にはね。
そしてこれの薬効成分を抽出し、各種調整を行う事で製品としての魔法回復薬が作られるのはよく知られた話。勿論、物作りが得意な俺もその気になれば自作する事が出来る。
だがしかし、今回の依頼内容は飽くまでも薬草の採集に留まる。余計な行動は慎むとしよう。
それはさて置き、この依頼書を確認している最中の俺は、何処か挙動不審であったらしい。二人が揃って心配そうな顔で俺を見つめていた。
「無難な選択だと思ってますけど…ちょっとノルマの量が多かったですかね?」
フラウが心配そうな顔で尋ねてくるが、俺は決してそんな事は無いと感じていた。
戦闘系に固執しないならば、確かにフラウの言う通り無難だと思うし、量に関しても魔力式容量拡張鞄を買ってあるので何とかなるとは思う。意外にも雑だった下準備で十分に事足りていそうではあった。
気になる戦闘能力の確認に関しても、依頼を受ける傍らで気軽に行う事が出来るかもしれない。魔物や亜種族と遭遇するかどうかが一番のキモだが、それに関してはノルマを達成した後で何とでもなりそうだ。
そう考えると、下手に戦闘系や討伐系の依頼にしなかったのは返って好感度が高い。
これを素直に言って聞かせると、二人して肩の力が抜けたように感じられた。
「個人的には良いチョイスだと思うよ、量もほら、何とかなるでしょ」
「良かった。でも、そもそもアルマリーフが何処に生えてるのかとか、何も知らないよね…」
「あ、それに関しては大丈夫です。教会で教わりましたから…でも問題は、この近郊に生息域がそもそもあるのか?と言う所ですよね」
聞けばフラウ…教会で治療活動や奉仕活動を行う傍ら、先輩の聖職者から教わった経験があるそうで、アルマリーフや薬草に関してもそこそこの知識を有しているらしい。実物を見た事もあるし、実際に採集に励んだ経験もあるとの事。
経験者が居るのは心強いが、そんなフラウが心配しているのがその生息域。聞けば、少々特殊な条件の場所に生えているそうで…
「アルマリーフはその名の通り、魔力を大量に溜め込んだ薬草です。実はこれ、魔力の濃度が特別濃い場所にしか生えていないんです」
「アルマリーフって確か、魔力を直接浴びて突然変異した植物だったもんね」
「はい…と言うかルディも詳しいですね。問題はその魔力の濃い場所がどこにあるのか、なんですよ」
魔力の濃い場所…と言うと一見何処にでもありそうなものだが、実はこの条件がかなりシビアなのである。
魔力と密接な関係を持つ魔物が生息する領域…だけでは対象に入らず、その中でも上位存在…在野だと領域の主が寝床にしているような場所の近く等、特別に魔力が濃くなっている場所でないといけないのである。
このような場所は何らかの異常事態が起こっていたり、言わずもがな魔力の保有量が多い強力な存在が居ついている事が殆どだ。勿論、そのような場所に近づくのは並みの人間では到底不可能だし、そこに至るまでに雑多の魔物や亜種族と遭遇する危険性も高い。
その為、採集系の依頼であるにも拘らず難易度が高く設定されていた。俺達であれば大丈夫だと思うが、最低限の戦闘能力と薬草に関する知識が同時に求められる依頼であり、難易度がD以上と高いのには頷けた。
尚、今回俺達がこの依頼を受ける事が出来たのは、フラウが薬草の知識がある事を受付で自己申告していたからである。また先の試験結果も知られている為、割とすんなり受諾されたとの事らしい。
最も、本人からすればそんな簡単な問題ではない事も重々承知な訳で…
「さて、知識は有っても手掛かりはありません。土地勘があればもう少しやりようもあるんですけど」
「仕方ない、こんな時こそアレの出番だ」
「アレ?」
二人は忘れているようだが、俺は冒険者試験の開始直前に三つのアプリをインストールさせた筈である。その中に「各種GPS機能」と言う簡素な名前のアプリがあった事を覚えているだろうか?
そう尋ねると、二人もようやく思い出したらしい。早速自分の子機端末を開いて確認を始めた。
「そのアプリって確か、マップ機能があるんだっけ?」
「その通り。事前に設定は必要だけど、今後いろんな場面で役立つ筈だ」
「設定ですか…難しそうですね」
フラウの懸念は判らないでもない。しかしそんな面倒な初期設定であっても、アプリに多少の理解がある俺ならば難なくこなせよう。
そこで一度端末を借り受け、そのままデフォルトの設定として、二人の端末に比較的オーソドックスな設定を施す事にした。
今後の状況次第では随時変更を加える可能性もあるが、暫定的に施した設定は以下の通り。
~~~~~
・他の機能「百科事典」や「念話機能」と連携。「各種GPS機能」の画面から各種機能を利用可能に。画面をタップずる事で、付近に存在する対象の解析鑑定及び各種情報の閲覧が可能。主要存在を検知し次第、マーカーとして表示。マーカーをタップする事で解析鑑定及び情報閲覧が可能。マーカーをタップする事で、特定の相手とのコミュニケーションツールを利用可能。
・GPS機能を用いて現在位置を確認可能。観測対象(自分自身)を黄色のマーカーで表示し、これをインゾーンの中心に定めて地図を表示する。
・衛星写真、ナビの簡易表示、等高線を用いたCG画像の三つの表示形式を採用。「百科事典」を用いて一部情報を合わせて表示し、リアルタイム(一秒おき)で情報を更新。
・インゾーン(観測対象が存在する一定領域内)とアウトゾーン(インゾーンの範囲外の領域)の判別。インゾーンの有効範囲を一キロメートル四方の長方形に設定。ズーム機能によって十メートル四方~一キロメートル四方まで拡大縮小が可能。デフォルトではインゾーンのみ表示、適宜アウトゾーンの情報も確認可能。
・自分以外の生体反応及び存在反応を光の点、白色のマーカーとして表示。保有するアルマの量に応じて点の大きさを変えて対応。適宜登録する事によってマーカーの色を変えて表示する事も可能。
・立体起動接続機能を適用。現実世界にマップの画面を直接表示する事が可能、画面やアイコンの直接操作により各種機能を利用可能。
~~~~~
とこんな感じで簡単に設定してみた。
早速有効化すると、立体起動接続の機能によって、自分の現実の視界に幾つかのアイコンが浮かび上がる。これは所謂「自分の視界を端末の画面に見立てて各種操作を可能とする」機能であり、端末の充電が切れない限りは何時でも有効化、無効化する事が可能である。
一々端末を弄るのも面倒だろうとの思いで有効化してみたが、端末の電池の消耗具合が未知数なので少し早まったかもしれない。俺の端末は特別製なので問題無いが、他の二人に関しては逐一電池残量を確認するように勧めておくべきだな。一応機能のオンオフは端末から操作可能だが、最悪の場合は機能自体を無効化する事も考えねばなるまい。
そんな事を考えながら慣れた手つきで操作を行う俺とは裏腹に、二人は何か思う事があるようで心ここに在らず、と言った面持ちである。
「どうした?まさか想定以上にバッテリーの消耗が激しかった?」
「そ、そんな事よりこれ何⁉」
「な、何て危険な物をサラッと渡してくれたんですか!」
二人共、このアプリの余りのハイテク振りに戦慄している御様子。
それもその筈、このアプリは俺が知る限り最高の腕を持つプログラマーがハンドメイドで作成した特注品だからな。驚くのも無理は無い。
勿論、本人に許可を取って第三者に提供している。確かに二人の言う通り、こんな素晴らしい作品を簡単に無償で配布しちゃう辺り、大概アイツも大物だよな。
俺は感心していたのだが、対する二人の反応は異なる。
「あの、それは大物…と言うより大馬鹿者、と言うんですよ…」
「ほう…?ではこれを創造せし大天才を馬鹿とあざ笑う君達は、操作方法位理解しているんだろうね?」
「何でルディが誇らしげなのさ…」
強がる二人だが、雑言を吐き捨てる割に操作には苦労しているように見受けられた。かと言って懇切丁寧に説明するのも面倒だし、一番手っ取り早い方法で問題の解決に努める事とする。
俺は咄嗟に羅神器の二丁拳銃を取り出し、二人のこめかみを目掛け、目にも留まらぬ早打ちを披露した。そして特殊な弾丸を両者の脳内に打ち込むことに成功する。
この時、二人は反応も出来ないまま目を白黒させているだけであった。
「⁉」
「ちょっ、いきなり⁉」
「『情報爆弾』、君らの脳内に直接操作方法を刻み込んだのさ」
「情報爆弾」…それは純粋な情報体…厳密には最小単位の粒子である情報粒子で構成された特別製の銃弾で、実体を殆ど持たず、本来の用途に沿えば物質には然したる影響を与えない特徴を持つ。その代わり精神体や情報体に与えるダメージは確かなもので、主に実体を持たない高位の敵に対する攻撃手段としての運用が軸となる。
しかしこの銃弾には別の側面があり、何と込める情報によって着弾時の効果を自由に書き換える事が可能なのだ。
今回は攻撃に関する情報を完全に除去し、端末の操作方法のみを記述して弾丸とした。これを撃ち込まれた者は一切のダメージを負わず、端末の操作方法を強制的に覚えさせられる事となる。
二人も弾丸を撃ち込まれて間もなく、これら昨日の使い方を理解するに至ったようである。実に強引な手法だけど、時間が無い時や手間を省きたい時には重宝するんだよな。
しかし、そのやり方には異論反論が出るのも当然。二人からもクレームを頂戴してしまう。
「本当にやめて下さい、驚きました…」
「全く反応出来なかった…あ、でもこれの使い方が脳内に」
「そういう目的で撃った銃弾だからね。便利でしょ?」
「確かに便利そうですけど、引き金が軽過ぎです…」
フラウは今回が二回目だからか、俺を見る目が明らかに物易し気だ。呆れているとも言う。
まぁ、思う所があるのも無理はない、これが実弾だったら既に二回射殺されていた訳だしな。
対するキアンは、かなり驚いている様子。恐らく本人の中で、信じられない事が起こっているのだろう。しかしそれはフラウにも同様に言える事だそうで…
「どうやって私の自立起動式聖域をすり抜けたのかは知りませんが…」
「そんな事より見てみなって、結構面白そうだよ」
「サラッと流されました…が、その意見には納得かもです…」
「うわ…こうして見ると壮観だね」
二人もアプリを弄って楽しんでいるようなので、俺も負けじとその機能を思うが儘に弄り倒してっみる。手始めに俺達…他二人は知らないが、俺はインゾーンの最大適用範囲、一キロ四方の地図情報を表示してみた。
見れば近くにも生体反応が潜んでいるらしく、表示すると同時にあまり大きくないマーカーが無数に浮かび上がって来た。しかし少なくとも一キロ四方の範囲内にこれと言った目ぼしい反応は見当たらず、アルマリーフも近辺には生えていなさそうであった。
そして二人の端末にも、殆ど同様の光景が映し出されているようであった。各々がこれを受けて、思い思いの感想を述べる。
「単独行動しているものと、集団で固まってるものがあるね…おわっ⁉タップするだけで検索できるの?」
「近くに居る単独行動してる奴は野生動物の一角兎、集団行動してるのは魔物の小鬼みたいだな」
ここで軽くおさらい。人間社会の外部に存在する自然界には、主に三種類の存在が混在して生息している。種族毎に住み分けや生存競争が為されており、その在り様は多種多様である。
先ずは「野生動物」、これはその名の通り、哺乳類や爬虫類、鳥類と言った自然界に本来住まうべき野生動物の総称である。しかし世界各地に蔓延している魔力の影響を受けて、独自の進化、発展を遂げているのが印象的である。
次に「魔物」、これは元々「迷宮」の力によって誕生した種族「魔種」を起源としており、これが自然界に流出し、現地で野生動物と交わった結果独自の進化を遂げた。
大枠としては「野生動物」と「魔族」の中間に位置する存在で、「迷宮」に属し迷宮内部で生活するものを「魔族」、どの「迷宮」にも属さず自然界で生活するものを「魔物」と区分しているようである。
最も、「魔族」の方が所属する「迷宮」の影響を受けて何かしらの強化を施されているので、見方によっては別物と言う認識も間違ってはいないだろう。
そして最後に「亜種族」、これは基本六属性及び特定の固有属性を主属性とする「種族」に属する存在の総称で、一見魔物と似た生態を有しているのだが、その実態は異なる。それらは自分の「属性」の影響力が強い場所を好み、その周辺に集まって生活すると言う性質を有しているのだ。
なので特定の箇所に、特定の属性を有した亜種族が群生している事が多い。因みに、先に出て来た「魔族」もまた、厳密にはこの「亜種族」に該当する。
さて…これらの基礎知識を前提に、この森の特質を分析してみる。
この森に生息している存在の大半は野生動物で、全体の七割は占めていると推測される。そして残り三割が魔物となっており、亜種族に関してはその存在を確認する事さえ出来なかった。
つまりここら一帯は、「属性」の影響があまり強くない領域であるようだ。そうなると特別強力な個体が発生し辛く、この領域を支配する魔物の首領も「主種」…良くて「王種」に該当する存在である事が伺えた。
そうなると最早、アルマリーフが生えて良そうな場所など、この魔物の首領の寝床付近位しか考えられないまであった。そうなると必然的に、魔物の首領の寝床を探し出し、これに接近する必要が出てくると言える。
この時点で俺のテンションは駄々下がりだったのだが、対する二人は端末に映し出される壮観な光景を前に圧倒されているようであった。
「これ、他の冒険者から嫉妬されそうです」
確かに、フラウの懸念も的を射ていると思う。
本来、冒険者は斥候を派遣したり、独自の探査魔法等を用いて情報収集を行う必要がある。これには勿論様々な危険が伴い、また共に高度な技術力を必要とする。おいそれと出来る芸当では無かった。
しかし俺達は地図のアプリを開き、気になる所をタップする事で安全かつ簡単に情報収集が可能なのだ。多分俺達でなくても、操作方法さえ理解すればそこらに居る一般人でも同様の事が行えるだろう。本当、こんな便利アイテムを恵んでくれた「敬愛」には感謝だな。
そんな中、思い付いたとばかりにキアンが声を上げる。
「そうだ、折角だし近くに居る小鬼や一角兎も狩ってみない?」
「あの、そもそも依頼内容に無い事を勝手に行って良いんでしょうか…?」
多分大丈夫だとは思うが…とは言いつつ俺も少々気になったので、先に配られた「冒険者の手引き」と言う冊子を開いてみた。もしかすると、自然環境の破壊を懸念して地域毎に特別な規則が定められている可能性も無きにしも非ずだからである。
しかしそこには野生動物は元より、不必要に魔物や亜種族を狩ってはいけないと言う規則は存在していなかった。
一応「地域によって定められた規則がある場合は準拠するように」とも書かれていたが、二人の話ではどちらも討伐依頼が出されているような対象であり、狩猟を禁止する規則が存在しているようには思えなかった。そうでもなければ、これらの討伐依頼なんて出せる筈が無いからな。
そもそも、これらは無秩序に大量発生しており、場合によっては人類社会に脅威をもたらす可能性を有する危険な存在なのだ。人間側からすれば「好きなだけ駆除してくれ」と言った所だろう。
以上を加味して、俺はそう結論付ける事とした。
「大丈夫そうだ。俺達がこれらを狩っても罪に問われる事は無い」
「何で二人共そこまで警戒してるの…まぁいいや、丁度近くに小鬼の群れが居るっぽいし行ってみよう」
ペナルティが怖いからだよ!
…なんて腑抜けた真意を口に出す事は憚られる。フラウの真意は未だ不明だが、少なくとも自分の真意に関しては胸の内に封印する事を決めた俺である。
そんな中キアンが指差すのは、推定二十は居そうな、まぁまぁ大きい小鬼の群れ…
え?いきなりこれに突貫していくの?正気?
確かに、ここから三十メートル近辺に潜んでいるので近いには近いが…どうやら二人共異論は無いらしい、何の躊躇も無く真っ直ぐに進んでいく。
もう確定事項であるらしい、こうなったならば俺も着いて行くしかあるまい。
「不必要に逞しくて惚れ惚れするよ、本当…」
と、俺は呆れの感情を隠さないまま、そう言って現実逃避に走る。尚、二人の耳には届いていないらしい。
それと同時に、俺は二人が隠し持っていた戦闘狂の素質に、何とも言えない不安のようなものを感じ始めているのであった。
言われてみれば二人共、普段の言動のわりに血の気が多いよね?
生粋の平和主義者たる俺が、今後付き合いきれるか心配である。
~~~~~
そうして歩く事数分、地図の表示通り小鬼の群れに遭遇した。しかしここで早速、俺達の想像を絶する異常事態が起こってしまったのである。
これには流石の俺達も、絶句する他無かった。
「人間だ!人間が攻めて来たぞ!」
「勇敢なる戦士たちよ、直ちに臨戦態勢に入れ!」
「女子供は下がっていろ!男達よ、確実に敵を食い止めろ!」
…一体何を見させられているんだ、俺達は?
本来小鬼は人の言葉を話せるほど知性は高くないし、顔や口の構造からしても満足に言葉を話せない筈だ。小鬼の知能は精々三歳児程度と判明しており、仮に話せても簡単な単語に留まるのが共通認識だ。
実際、俺達の知る小鬼も人の言葉等喋らない。勿論、ごく稀に発生する異常種など例外も居ない事は無いが…
それにしてもこれって…
「小鬼が…喋っている、だと?」
「ねぇルディ、これもアプリの機能の一種なの?」
キアンが可能性の一つに考えられるソレに疑いの目を向けてきたが、俺は咄嗟に否定しようとする。そんな事は無い…と言う直前で、それでもほんのちょっとだけ不安になったので確認してみた。
しかしどこを見てもそれに類似する機能など見当たらない。アプリが目の前の小鬼に対して、何かをしているようには思えなかった。そうなると「敬愛」ハンドメイドのアプリが原因、と言う訳では無さそう。
とは言いつつ、他に思い当たる原因も…そこで念の為に他の機能もそれぞれ確認してみたのだが…
「検索もしてみたけど、少なくともアプリは関係無さそう。同時に小鬼が喋れるようになった理由についても記述が無いな」
「そうなると考えられるのは…」
今回俺達に起こった変化は、他に大きなものが一つ…自然勢力所属の星職者になった事くらいだ。目の前の事態を説明できる内容は今の所知らないが、もしかしたら知らず知らずの内に見落としている可能性は考えられた。
若しくは、俺達の知らない変化が目の前の連中に起こっているのか…しかし二人の考えは、俺と同じく前者であるらしい。
「多分、『天啓』が原因だよね…」
「確定じゃないけど、可能性は高そうだ」
「一応調べてみますね…」
「おい、何をボサッと突っ立っている?我ら小鬼の勇敢な戦士を舐めるでないわ!」
俺達が駄弁っていている間に、痺れを切らした小鬼らが喋りながら襲い掛かって来た。あまりの人間臭さに、このまま命を摘み取ってしまうのが何処か忍びない気持ちにもなってくる。
只一つだけ言える事は、目の前の喋る小鬼共は俺達との対話に応じるつもりが無いと言う事である。そもそも討伐する前提で近寄ってきた俺達に対話もクソも無いのだが、こうなると話は早い。
「一瞬怯んじゃったけど、向こうが明確に敵なら容赦しなくていいよね」
「私は未だに、ほんの少しだけ良心が痛みます…」
「キアンもフラウもそんなキャラだっけ?まぁいいや、一旦目の前の問題を片付けるとしようか」
今回俺達に向かってきている小鬼は十体程度、数だけで言えば完全に負けている。しかし俺達の実力は少なくとも新人冒険者の中では上位、その気になれば頭や連携も使える事だろう。勝算はある。
折角なので、俺達三人の戦闘スタイルを共有しながら思い思いに戦ってみようと言う提案を行う。二人もこれを受けて頷いていた。対する小鬼達に対しては、却ってその敵意を昂らせるだけの結果に終わってしまったが…
油断はもちろん禁物だ。ただ目の前の相手の実力を見るに、余程のことが無い限り不覚は取らないと思われる。
並みの冒険者ならまだしも、最低限の実力が保証されている二人なら心配は無用かな。
と言う事で俺は早速、先にも見せた早打ちを披露し、一瞬で小鬼二体の脳天をぶち抜く。
一瞬の出来事で、小鬼達の間に一瞬にして動揺が広がる。
「改めて、俺は羅神器の二丁拳銃を用いた中遠距離戦闘を基軸としている。解るかどうかはさて置き、「全身換装」も幾らかは可能だ」
俺は銃を構え直すと同時に、簡単な解説を行う。
羅神器は本来刀剣の形状をした武器であり、そこに天使徒と呼ばれる特殊存在が宿っている武器で、刀剣の形状はさて置き自身の所有者を選ぶ癖の強い性能を有する。この羅神器は天使徒の自由意思によって自在に形状を変化させる事が可能であり、またこれらの武器に自身の持つ特殊能力を付与する事が可能である。
しかし天使徒は下位の者ほど自我が薄く、その自由意思は所有者の影響を大きく受ける傾向にある。自立行動も儘ならない。
その為、基本的には普段は何らかの道具の形状を取って待機し、有事に際して所有者の意思の影響を受け、適性や好みに合わせた形状の武器に変化。これに天使徒の持つ特殊能力や「結界」、「障壁」と言った各種道具を組み合わせて運用する事を基本としている。「全身換装」は羅神器の運用における応用方法の一種で、これが使える者は羅神器にそこそこ熟達した者として見なされる。
これを受けて、フラウがさり気なく聞いてくる。
「そう言えば、ルディの羅神器にも特殊能力があるんですよね?」
そう言いながら、機敏に動いてゴブリンの首を次々に刈り取るフラウ。彼女の戦闘スタイルはまんま暗殺者。両手に持つナイフをメインの武器としつつ、他にも服に忍ばせた多種多様な暗器を用いた対人戦闘を最も得意としているようだ。
因みにこれらの武器にはそれぞれ異なった魔術効果が付与されているらしく、見た目以上に攻撃力が高かったり、見た目からは想像出来ないような特殊効果を発揮する事がある。今もナイフでゴブリンの首を撫でたように見えたが、その軽やかさからは想像が出来ない位派手に首が吹き飛んだ。
あれは確か、「切断」の魔術を付与したナイフだったか?先の戦闘で一本が破損していた為、今は片手に一本を持って戦闘を行っていた。
「あるけど…この程度の相手じゃあ、使う必要も無いなぁ」
「何だと⁉貴様、我々を愚弄しおって」
「でも以前会った羅神器の使い手相手にも、特殊能力は使ってなかったんだよね?」
目の前で小鬼が何やら強がっていたが、無視してキアンとの会話に勤しむ俺。
そしてキアンもまた、素手で小鬼の首をへし折っていた。
キアンのスタイルは近接格闘専門で、聞いた通り身のこなしは最早熟練者のそれであった。恐らく記憶を失う前から近接格闘を嗜んでいた可能性が高く、その動きに迷いは無く、立ち振る舞いに隙も無く、その攻撃に容赦も無かった。
でもその割に、あの時は戦闘経験が無いとばかりに、素人臭い立ち回りをしていたんだよな…キアンに関しては色々と謎が多い。
因みに、キアンはスピードで翻弄するスピードスター…と言うよりかは、持ち前のパワーと耐久力を生かした純然たるパワーファイターであるらしい。
とか言いながら動きもフラウほどでは無いが俊敏で、凡そ近接格闘においては無類の強さを誇っていると思われる。その代わり、武器に関しては真面に使えないそうだけどね。
そんな無駄話をしている内に、向かってきた小鬼十名余りは、瞬く間に全滅する事となる。後に残されたのは彼らの言う女子供であるらしく、後ろで俺達を見て怯えているだけである。
中には数名、護衛として戦える小鬼も残っていたようだが、こいつらは無理に襲い掛かってくるような事は無く、飽くまでも護衛の役目を全うすべく武器を構えているだけであった。どうにも言動が人間臭くて、気が狂うな。
そんな事を考えつつ、話は彼らを真っ向から無視して進んでいく。
「特殊能力については…今説明した方が良い?」
「いえ、別に急ぎでは無いので…ところで、残った小鬼はどうしますか?」
「もう見るからに、戦闘継続意志は無さそうだね」
正直、冒険者として取るべき選択は殲滅だろう。これらを逃がしても人類にとっては何の旨味も無いし、下手に残しておけば巡り巡って思わぬ脅威に発展する可能性さえある。そうなってからでは遅い、今の内に取り除いておくべきであろう。
しかし俺には気になっている事があった。この状況だし、話も通じるなら聞いてみるのはありかもしれない。そこで俺は銃口を小鬼に向けながら問いかけた。
「一つだけ質問に答えろ。お前達は何時何処で人の言葉を理解した?」
俺が投げかけた時、小鬼達の間に動揺が広がった。
しかしそれは何か隠し事をしている様子では無く、俺の質問自体が意味不明と言った様子である。互いに顔を見合わせながら、挙動不審な動きを見せる小鬼達。
「答えられないのか?」
「ひぃっ!そ、そんな事は…そ、それよりあ、貴方様は何を仰られて、いるので?」
「敬語の理解もあるのか…お前達に人の言葉を教えた存在が居たり、お前達が言語習得の参考とした物品や、非日常的な出来事などは無いのか?」
「わ、分かりません…そ、そんな事を仰られても」
…この小鬼達、本当に心当たりは無さそうである。となると、あの説が濃厚だな。
「これ、他言無用だと思うが二人は如何に?」
「ですね、私達以外の人には小鬼の言葉が通じていない可能性もありますもんね」
「こうなるとあの時、尚更逃げておいて正解だったね…これを無関係な人に知られてたら」
確かに、今思えばぞっとする。他の冒険者が一緒なら、俺達が小鬼との意思疎通が可能な事を知られていたかもしれない。そうなると余計な勘繰りをされたり、場合によっては反逆者扱いされる可能性再考えられた。
勿論俺達だけではない可能性もゼロでは無い。しかし『天啓』以外に思い当たる節が無く、その想定は最早望み薄に感じられた。しかもこれ、下手したら小鬼だけに留まらない可能性があるよな…今後の振る舞いには気を付けないと。
そんな中、俺達に隙ありと見たのか、数名の小鬼が逃げ出そうとした。しかし俺はそれらを視認するでもなく早打ちで射殺する、これを見て小鬼達の表情が一変した。
しかしそんな事、俺にとってはどこ吹く風である。しかし、ここで逆にキアンとフラウの表情が一変した。
「念の為、小鬼以外の魔物にも遭遇してみたいな。もう少しサンプルが欲しい」
「あのさ、ルディ…それどころじゃない気が」
「小鬼達、今の銃撃で覚悟を決めたようです」
俺が逃げようとした小鬼を躊躇なく打ち抜いた事で、小鬼共も逃げられない事を悟ったようだ。わき目も振らず、死に物狂いで襲い掛かって来たのである。
しかしこれしきの事態で慌てる俺達では無く…一分程で大量の小鬼の死骸が積み重なり、残るは俺達三人だけとなった。
自己満足でしかないが、小鬼側から襲い掛かって来たので正当防衛に該当…いや、そんな事は関係ないのだ。頭では解っている。しかし残された俺達の表情は暗い。
「たかが小鬼とは言え。喋るだけでここまで後味が悪いとは」
「だね…何処か親近感を感じちゃってたのかな」
「もう気にしたら負けだ、割り切るしか無い」
小鬼は倒した所で大した素材が取れる訳でもなく、放置して行っても問題は無かった。
しかしどこか罪悪感を感じた俺達は、死体を纏めて焼く事で供養とする事にした。言うまでも無く自己満足でしかないが、何もしないよりかは心象的にマシだろうと言う判断によるものである。そうしてでも気持ちを紛らわせたかった俺達なのであった。
それから少し歩いて、今度は一角兎二羽と遭遇。そして俺達の悪い予想は辺り、この一角兎もまた、人の言葉を喋ったのである。
「兎が喋るのは、もうホラーですよね」
「気味悪いよね、違和感の大洪水で」
「生物学的観点から見ればありえない話…ええい、考えるのはもう止めだ!」
結局、その喋る一角兎もヘッドショットで打ち抜いておいた。此方は毛皮や肉などの素材が取れるので、魔力式容量拡張鞄に放り込んでおく。
余談だがこの魔力式容量拡張鞄は高級品で、内部に流れる時間を操作し、入れた物の経年劣化を防ぐ事が出来る。だから兎は腐らない。
しかし現状、その兎の使い道を考えていない事もあり…場合によってはこのまま鞄の肥やしになる可能性もありそうであった。容量もまだまだ余裕があるからな…
そんなこんなで寄り道を続けていたが、本職も忘れてはいない。何なら腕試しに関しては十分に出来たと思われるので、これからは満を持してアルマリーフの捜索に専念するべきであろう。
ただ、そんなこんなで時間が過ぎた結果、もうお昼時を過ぎようとしていた頃合いであった。しかも今回の依頼は期限が定められておらず、無理して行動を早める必要は無い。そっこでここは一旦、昼食を摂っても良いかもしれないと判断したのである。
丁度良かったので、先に捕った一角兎を丸焼きにして頂くことにした。
一人一羽、調味料も持参した物があるので遠慮なく使う事にする。フラウが一角兎をナイフで解体し、肉の下処理を行った後で、俺が表面にペッパーを振って、焚火でこんがり焼き上げる。
一角兎含む野生動物らの解体作業は俺とフラウが非常に手慣れており、そのまま二人で料理する所まで共同作業を行う。対してキアンは料理や解体に関しては殆ど経験が無く、今回は見学に終始する。
「そうして出来上がったものを」
「私とキアンが食べる、と」
「仕方ないよな、俺は肉の丸焼きが食べられないからさ」
その中で咀嚼に難がある為肉を食べられない俺は。一人空になっていた一部栄養パックの交換を行った。決して歯並びが悪い訳でもないんだけどなぁ、悲しい。
そしてこれを傍目に見ていたフラウもまた、俺に憐れみの視線を向けてくるのであった。
「あの…」
「何?憐れみは止してくれよ」
「いえ、その…ルディは何で、食べられない物の料理が出来るんですか…?」
違った。予想に反して、突然突き付けられたフラウの素朴な質問に、俺は何も答える事が出来なかった。本当、何でなんだろうね?
そんな俺を尻目に、二人は満足そうな表情を浮かべながら肉にかぶりついていた。
聞けば意外と美味しかったようです。これ聞いて増々哀しくなった俺である。




