第十三話:正解
~翌日~
先日の土砂降りから一転、清々しい晴れ模様の中、俺達三人はぬかるんだ地面を踏み締めながら組合に顔を出していた。
正直、冒険者クラスや乗り物を確保した今、この街に長らく滞在する必要性は薄い。
しかし焦り過ぎて不覚を取ったらそれこそ本末転倒なので、一度手頃な依頼で肩慣らしをしてから街を出ようと言う話になった。まだランクも低いので、難易度の低そうな戦闘関係の依頼から一つ選択し、その序に三人の戦闘力や戦闘スタイルを改めて確認しておこうと言う魂胆である。
「僕、武器とか何も持ってないけど…」
「キアンの場合、武器なんて持ってても意味ないだろ。鎧も…キアンの場合は今着てる服でいいと思うし」
「それを言うなら、私達三人共武器以外の武装はしてないですけどね…」
何と言ってもこの三人、冒険者を舐めているのではないか?と咎められても仕方ない格好で組合にやって来ていた。三人共動きやすい服装に身は包んでいるが、一見誰も武器を所持していなければ、鎧も装備していない。普通に街を歩いていたならば、この三人を冒険者と認識出来る者は限りなく少ないと思われる程である。
しかし実際に武器を持っていない訳では無く、三人共全くの戦闘の素人と言う訳でもない。何ならこのまま戦闘に突入しても、問題無く戦う事は出来るだろう。
そんなこんなで電光掲示板の前にやって来た三人。全てでは無いが、優先度の高い依頼や、組合がお勧めするような依頼はこの掲示板に表示される事が多い。ここに表示されない依頼もあるにはあって、そちらを受けたい場合には受付を介する必要があるようだ。
正直、依頼は受付で選んだ方が良いとは思っている。依頼を受けるのは初めてだし、受付ならば直接話を聞きながら選ぶ事が出来るからだ。
しかし掲示板に記載がある依頼も、依頼内容を精査する上である程度の尺度にはなろう。そこでまずは、此方でざっと確認してみようと思ったのだ。
…慣れてくれば、多分掲示板の依頼を選んだ方が早いんだろうな。ま、時に拠りけりだな。
余談だが冒険者は原則、組合に寄せられた「依頼」を受注し、その依頼内容を遂行する事を求められている。依頼主は様々で、依頼内容も同様に多種多様。
そして大半の場合、冒険者自身が数ある依頼の中から受けたいものを適宜選択する事が出来る。このシステムを如何に理解しているかこそが、冒険者として成功する上での鍵となってくる。
勿論幅広い依頼を受けて遂行し続ける事が出来るのなら、それが理想と言えよう。
しかし大半はそうはいかないと思われる。冒険者も所詮は人間、得意分野もあれば苦手分野もあるのが常。勿論中には超人地味た能力を持つ天才も居なくは無いのかもしれないが、自分がこれに該当するかどうかの判断は容易につくであろう。残念ながら俺達は三人共、これに該当しない。
そうなると選択肢は二つに絞られる。自分の苦手分野を補える同業者を徒党メンバーとして迎え入れるか、自分の得意分野が生かせる内容の依頼におけるスペシャリストと化すかだ。
何れであってもまずは自分自身、そして徒党メンバーが居る者はその特質を的確に把握する必要がある。その上で今後の方針を決める…その為にも、先ずは徒党メンバーの特徴を掴む必要があった。
今回は依頼報酬を差し引いても、難易度の比較的低い、そして徒党メンバー全員が腕試しを兼ねて遂行できるものを選ぼうと考えている。そうなると、低難易度の戦闘系の依頼が無難だろうか。戦闘と聞いて、あまり気は乗らないけど…
「狩猟系の依頼はベターかな。一角兎の素材集めや、小鬼の間引き。採集系でも悪くは無いかも」
「他にも近郊に生息する強力な魔物の盗伐…あと盗賊退治なんて依頼もあるんだね…」
「スポンサー経由の依頼だけかと思えば、組合が直接依頼を出すケースもあるんですね…」
一言で依頼と言っても、かなりの数と種類が届いていた。とは言え、まだスポンサーの数自体は少ないし、内容も魔物の盗伐や戦闘に纏わる物に偏っては居るけど。
電光掲示板に表示されていたのは、比較的難易度の低い戦闘系の依頼が多かった。組合が直接出している常設の依頼で、周辺に生息する魔物や亜種族の間引きと言った物や、主に大商会が出している、戦闘の有無を問わず魔物に纏わる素材を集める系統の依頼が多いように感じる。
時たま難易度の高そうな物も混じっていたが、ここに書かれた内容を見るだけでは詳細な内容が把握できない為、安易に判断する事は難しい。一旦、内容が想像し易そうな依頼を選んでみるのも良いかもしれない。まずは受付で話は聞いてみるけどね。
そんなこんなで、掲示板の前で立ち尽くしていた三人。そんな俺達に、背後から忍び寄る影の存在。
「あれ、一昨日の試験にいらした方々ですよね?」
「おっと、邪魔になってましたか?」
「いえ、そういう訳では」
そう言って、掲示板の前で屯する俺達に話しかけてくる四人組。見た所冒険者のようだ。
話の内容から推測するに、先日の試験を受験したばかりの新人冒険者の徒党…だと思われるが…記憶に怪しい。他の受験者の顔、ほとんど見てなかったからなぁ。
「失礼ですが、貴方方は?」
「これは失礼しました。私は新人冒険者徒党『蒼炎魂』のリーダー、魔闘士のミゼル=メイスンと申します。後ろの三人は徒党メンバーです」
「『蒼炎魂』の盾使い、ブロッソだ」
「『蒼炎魂』の魔術師、ミリアリアですわ」
「『蒼炎魂』の弓使い、メイだよ」
「それは、丁寧にどうも…」
そんな感じで、リーダーを名乗る茶髪の優男、盾役の大柄な青年、魔術師の眼鏡っ娘、弓使いのボクっ娘の四人から、頼んでもいないのに自己紹介を受けた。一応軽めのカーテシーを決め、こちらも軽く自己紹介をしておく。
それはそうとこの四人…俺達三人の陰に隠れていたが、どうやら四人全員が魔術または法術を使えるらしい。実際に保有する魔力もそこそこで、新人冒険者徒党の中ではかなり粒ぞろいだと言う感想を受けた。徒党全体のバランスも良く、将来有望と言う奴だ。組合がどう思っているかは知らないけどね。
そしてよく見たら魔術師と弓使いの二人、先日の試験で見た覚えがあるような気がする。多分、俺達の事はその試験で知ったのだろう。
「よく覚えていらっしゃいましたね」
「いえいえ、とんでもないです。寧ろあのような活躍を見せられて、忘れる方が難しいと言うものです」
「…試験と実戦は全くの別物。試験と同じようにはいかないと思っていますけどね」
「ご謙遜を。現時点で並みの冒険者以上の実力はお持ちでしょう」
並みの冒険者の判断基準は定かでは無かったが、話してみた感じ荒くれ者…と言う、抱いていた先入観通りの連中では無さそうである。全員が魔法を使えるのも関係しているのかな?
ただ気のせいだろうか?少々鼻につく箇所は見受けられるが…それは少なくとも悪意の類では無いと思われる。もっと別の何かだな、何だろう?
いや、勝手な推測で相手を推し量るのは野暮だ。まずは様子を伺ってみるとしよう。
「それで、何か御用でも?」
「いえ…実は私達、実は今日初めて依頼を受けに来たんですよ」
「奇遇ですね、俺達もです」
「そうなんですか!それで一つ、何か依頼を受けてみようと思うのですが…良かったらご一緒しませんか?」
…嗚呼、成程。少し読めて来たぞ。
ただ意外にも直球で来たな。くれぐれも、言質を取られないように注意した方が良さそうだ。
俺は考え込みながら、二人にも目配せを行う。通じたかどうかは分からないが、何か伝えたい事があるのだけは解ってくれたみたいだ。微妙に反応があった。
「ふむん…確かに俺達はメンバーこそ三人ですが、取り立てて不足とも感じていないんですよね。二人はどう?」
「僕も同意見だよ。見た目は兎も角、別に現状でもバランス悪くないもんね」
「私も同様の意見です。でも一度だけなら、ご一緒しても良いとは思いますよ」
「さて、どうするかな…」
そう、一度だけなら俺も問題は無いと思っている。ただその後が続くとなると考えようなのだが…
そんな俺の思惑を察知してか、意外にも鋭い指摘が飛んできてしまう。
「ああ、変に勘ぐらなくて大丈夫ですよ。ただ私達も依頼を受けるのは初めてで、同行者が多い方が安心だと思いませんか?」
「そうだぜ、そもそもこの冒険者組合は新人に対するフォローがイマイチみたいだからよぉ」
「いきなり依頼を受けろ、戦闘しろって言われても…ねぇ」
「ボク達に期待してくれてるのかもしれないけど、不親切なだけかもね」
彼らの言わんとしている事は一理ある。
と言うのもこの組合、設立したばかりで細部にまで手が行き届いていないらしく、新人冒険者に対する救済措置や訓練プログラムなど、何も用意されていないのである。ライセンスを渡したらハイ終わり、後は各々で頑張ってね、と言う放任主義な体制が敷かれていたのである。
これに不安を感じる新人冒険者は多いかもしれないが、俺にとってはあまり関係の無い話。
そもそも解らなければ組合の職員や先輩の冒険者に直接聞けば済む話だし、そもそも冒険者は「個人事業主」であって「組合の社員」では無いのだから、組合が強く口出しし難い事も容易に想像できる。「冒険者の手引き」とか言う冊子にもその辺は書かれていたし、結局活動の根本にあるのは自己責任、と言う事だな。
もっと言うと、準備資金が全くない訳では無いので事前準備にそこまで不都合を感じないし、そもそも冒険者は副業である。少なくとも俺は現在進行形で本業をこなしており、そちらの収入もある為無理をする必要は無いのである。
ただ最近大きな出費が相次ぎ、懐事情が厳しいのは間違いない。故に小遣い稼ぎの出来る手段を幾つか確保しておきたい所なのだが…ただ今の依頼を見る限り、いきなり荒稼ぎ、と言うのは無理がありそうだった。
そしてこいつら…ちょっとばかし危険かもしれない。
実力が突出している訳では無いが、それなりに頭が回るようだ。こういう連中に限って他人の足を引っ張りがちであるし、良からぬ考えや思い付きに至りがちである。
惜しむらくは、キアンとフラウの二人も同意見である事くらいか。二人を見ているに世渡りが上手い印象を受けるので、恐らく不用意な行動は慎んでくれる事だろう。
いや、キアンはちょっと不安だけど…
そんなこんなで思案に耽ってしまった俺達を他所に、ミゼルの話はそれとなく続けられる。
「実はですね、私達の他に試験を受けた五人組の徒党『黒薔薇』の方々にも声をかけてあるんです。この五名の方々も同行するんですよ」
「へぇ、結局あの試験の受験者は皆徒党に所属出来たんですね」
「みたいですね。それで良かったら共に試験を受けたよしみで、一緒に依頼を受けてみるのも良いと思いまして」
「成程、そう言う事ですか」
俺はまたもや、少し思案する。
まず間違いなく、こいつらには打算がある。でなければ俺達に声をかける必要はないからだ。
先の連中の言い分も、例の冊子を読み込んだ後で、俺達では無く組合に申し立てればいいだけの話。言い訳としては決して下手では無かったのだが、少ししゃべり過ぎだと思う。
だが決して悪いだけの話では無い。この連中と正式に徒党を組むつもりは無いが、現状周りに頼れる者が少ない中敵を無暗に増やすのは避けたい。
願わくば着かず離れず位の関係を維持したいものだが、そうなるとあまり白黒付けるような返答はしないでおいた方が良いかもしれないと思うのだ。
とは言え変に焦らしたり隠し立てすると疑われるし、そうなると相手が詮索をかけてくる可能性が高い…いや、これはどの道変わらないのか、そもそも問題では無い。
問題は『天啓』の問題に無関係な人間を巻き込みたくないと言う事。この三人は当事者なので良いが、他の冒険者に関してはおいそれと明かせない内容もあるし、近付き過ぎると隠し立て出来なくなる可能性も高い。
現状『天啓』に関しては未知数な部分が多く、今後どのような突飛なお告げが下るかも判らない。そんな中、『天啓』を無視できない俺達にとっては慎重を要する案件、と言う訳である。
「少々失礼…(どうする?俺は正直断りたい)」
「(私も気は向きませんが…絶対に一度で済む確証があるのなら、一度だけなら良いと思います)」
「(うーん、でも何か悪だくみしてそう…匂うよね、足元を掬われなければいいけどさ)」
二人共やや否定的な意見、これは俺も同様だな。
さて、どうしたものか。
そんな中、新たに近寄ってくる一団の姿が見えた。こいつらが声をかけたとか言っていた連中だろうか?
見た所五人組、女性二人に男性三人の計五人組。その内男性二人は容姿が似通っている、双子なのだろう。そんな中、戦闘に居た気の強そうな女性がこちらに駆け寄って来た。
「待たせたね」
「おお、これは『黒薔薇』のリーダー、ヒルダさん!」
「待たせたね…それに『核弾頭』の三人も来てたんだね」
そう言って、面識が少ない割には気安く言葉を交わす両者。
ここで俺は引っ掛かりのようなものを覚えていた。
…うん?俺達の徒党名を知られていたのはまだいい。ただ何故、俺達が来たことに対してその反応なんだ?まるで俺達がここに来る事を、事前に把握していたみたいじゃないか。こちらには何の話も聞かされていなかったと言うのに…?
蒼炎魂のリーダーが「先に話を通していた」とは言っていたが、これは少々話が違うのではないか?俺は内心苛立ちを抱えながらも、平静を装って話を続ける。
「あれ?俺達の徒党ネームをご存じなんですね?」
「勿論だ。一昨日のアレを見せられちゃえば、忘れる方が難しいね」
「徒党ネームは受付で教えて頂きました。一昨日の試験を受けた中でトップ3の三人で組んだ徒党、きっと活躍間違いなしですね!」
両者共に俺達に対して好意的な反応を示しているが、俺は逆に悪寒のようなものを感じ始めていた。特にミゼルとか言う野郎、わざわざ俺達の徒党ネームを調べあげ、これを同業者に対し勝手にリークしてやがったのか。それだけなら兎も角、決定事項では無い話を合わせて吹き込んだのには悪意しか感じない。
まぁ詮索されるのはよくある事だし、決して組合の定める規定に対し違反行為を行った訳でもないので咎めはしないのだが、俺達からすれば鳥肌物である。これで奴らは何らかの意図を以て、近付いてきた事が確定したようなものである。
俺は…いや、二人も同じようで、俺達三人は速やかにこの場から逃げたい気持ちになっていた。
「それにしても流石ね、まさか本当に約束を取り付けるなんて」
「「え?」」
「それでこの後依頼を受けた後、一緒に試験を受けた三つの徒党で連盟を組むって話でしょ?アタイは良いよ、あんたらは兎も角、『核弾頭』の三人に関しては文句無いね」
そう言う事だったのか、俺は得心が行った。何より黒薔薇のリーダーの女が驚く程に迂闊で助かった。
と言うより、前提条件を知らないからこその結果的な失言だろうな。彼女に非は無いと思う、しかし聞き捨てならないな。
俺は早速、若干血の気が引いたように見えるミゼルを見やった。それとなく眼力を強めながら、突き刺すように睨みつけてやる。
「…確かミゼル殿、と言いましたか?これはどう言う事なのですか?」
「あの、えーとですね…これはですね…」
「その話は初耳なんですが。何故俺達の知らない所で、そこまで話が進んでいるのでしょう?」
そう俺が圧を強めて問い詰めると、ミゼルはしどろもどろになってしまった。
これを受けて、俺は内心呆れるしかなかった。裏で動くのは良いけどさ、もっと上手くやろうぜ、せめて。
ただ、これを受けて聞き捨てならないと言う感想を抱いたのは、俺達だけでは無かった。
「ん?どういう事よ?」
「…どうやら話の食い違いがあったようです。先の話、俺達は一切聞かされていないんですよ。こちらも知らない内に話が進んでて、状況が読み込めていなくて…ミゼル殿、どういう事か説明して貰いましょうか」
「何だって?言ってる事とやってる事が違うじゃないのさ!」
背後で二人もうんうんと頷いている。黒薔薇のメンバーも同様に、蒼炎魂の面々に懐疑的な視線を向けている。
これを受けてあからさまに動揺している蒼炎魂の連中、額の汗の量が総じて凄い事になっていた。ミゼルは動揺のあまり腰が抜けたのか、そのまま崩れ落ちてしまった。
おいおい、そんな軟弱な精神で冒険者活動を行っていけるのか?何はともあれ、先の粒ぞろいと言う発言は撤回しておこうと思う。
ただね…いや、本当に裏で動く事を否定する気は無いんだ。せめてもっと上手くやってくれ。
こんなアッサリと破綻しちゃうと、見てるこっちも居た堪れなくなるんだよ。
しかもこれしきのハプニングで腰が抜けるってどうよ?情けないにも程があるぞ。
それとは別に、黒薔薇の連中は逆に、真面な感性を有している事が判って良かった。今後仲良く…となるかどうかは分からないけど、少なくとも険悪な関係にはならずに済みそうだ。
その代わりと言って良いか、そうはいかないのが蒼炎魂の連中だよな。勝手に自滅したようなものだし、同情の余地は無いんだけども。
しかもそれとは別に、心配事はある訳で…俺は心得たとばかりに、一息で吐き捨てるようにその言葉を言い放ってみせる。
「こちらも、別に貴方方の行いを否定するつもりはありません。ただ今回の件は、我々の信用を損なう行為である事に変わりは無い。なので生憎ですが、そちらの申し出はお断りさせて頂こうと思います」
取り敢えず渡りに船の展開ではあったので、断りはちゃんと入れておいた。俺達目線では、比較的無理のない断り方が出来たのは幸か不幸か…
するとミゼルが一人、顔を俯かせたままピクピクと身体を震わせ始めた。何だろう、まるで壊れかけの電化製品みたいだ。
これを受けて俺と同じような事を考えたのであろうキアンが、小声で空気を読まない発言を行ってきた。
「(おお!予想外の何かが始まろうとしている!)」
「(ちょっ、どうでもいい事口に出すなって!)」
「(ごめんごめん。でもこれ、寸劇の一種じゃないの?)」
「(ま、まぁ気持ちは分からなくも…)」
何だろう、キアンの言い分に心成しか賛同できてしまう俺である。フラウも俺達の失礼極まりないやり取りに口を挟まず、黙認している事からその心情が手に取るように判ってしまうのであった。
とは言いつつ、そんな俺達を見てジト目を向けてくるのは忘れないようで…お前はお前でちゃっかりと世間体を気にしてるんだなぁ、と何故かほっこりしてしまう俺である。
しかしそんな能天気で失礼極まりない俺達を傍目に、奴は刻一刻と己の中で燻る高密度のエネルギーを開放させようとしていた。
そして覚醒する。
徐に立ち上がり、誰が見ても分かるような怒りの形相でこちらを指差してきたのだ。
そのまま口を開くのだが…完全に逆ギレだよな、これ…
「ええい、黙れ!お前達が余計な事を口走らなければ上手く行っていたのに!お陰で俺達の計画が完全におじゃんだ、この代償は高くつくぞ!」
「「…」」
「黒薔薇のボンクラ共も、核弾頭のマセガキ共も!揃いも揃って使えねーな!黙って賛同しておけば良い物を」
これを聞いた俺達も!揃いも揃って唖然としていた!大人しく観念しておけば良い物を。
もう何も言うまい。何かを言おうとしたら、そこで間違えて笑ってしまいそうである。言っている内容が稚拙過ぎる、触れるのも憚れるレベルであろう。
触らぬ神に祟りなし…なんちって。
だけどこれ、どうやって収集つけるのだろう?これを見ている組合の従業員らが、動く素振りを全く見せないんだよな。何か契約書にも自己責任とかどうとか書いてあったけど、それって無理くじ全ての責任をこちらに押し付けるって訳じゃないよね⁉
ただ何であれ、一つだけ言える事があるとするならば、こいつらに構っている時間が勿体ないと言う事だけだろう。そうなればさっさと大義名分を笠に着て、この場を脱出したいものである。
味方によっては無礼千万である事この上ないが、ここは先手を打たせてもらおう。
「(二人共、今から比較的簡単そうな依頼を一つ受注して来て。判断は二人に任せる)」
「(いいんですか?却って面倒な事に…)」
「(俺が全ての責任を取る。だから俺を置いて先に行け!)」
「(ルディ…もう真面目にやる気ないでしょ)」
無いです。それは否定出来ない。
そんな事はどうでもいいのだ。正直言って依頼に簡単もクソも無いとは思うのだが、それでも内容をざっと見て、余裕を持って完遂出来そうな依頼自体はある筈。
二人なら目の前の男のような愚かな選択はしない…キアンは若干怪しいかもだが、フラウも付いてるし大事故には発展しないと信じたい俺であった。あわよくば良さげな依頼をどさくさに紛れて搔っ攫い、これを前面に掲げてこの場をフェードアウトしようと考えた次第である。
しかし意外と周囲は見えているようで、ミゼルが咄嗟に矛先を向けて来た。その判断力をもっと有効に活かせよ。
「おい貴様、まだ話は終わってないぞ」
「終わったでは無いですか。既にお断りは入れた筈ですが」
只向こうは、此方の返答に対してうんともすんとも言っていない。
うん、厄介事の匂いがするね。間違えても言質だけは取られないように気を付けないとなぁ。
そうとばかりに、ミゼルの逆ギレ…もとい口撃は勢いの留まるところを知らない。
「勝手に終わらせるな!私達は貴様らの返答を承諾していない」
「それ以前に、貴方方には我々に対し命令をする権限は無いと思いますが」
「そう言って逃げる気か。そんな軟弱な精神で、冒険者活動をやっていけるとは思わないがな!」
それ、お前が言う?
そんなツッコミを心の奥底にしまい込み、無表情のまま言い放った。
「ええ、逃げますとも。そもそも我々は冒険者であって、英雄や勇者の類では無いのですから」
面倒臭い。何かもう、どうでもよくなってしまった。
今の所口喧嘩では負けなさそうなのが救いだが、応戦しても何の問題の解決にならなければ、寧ろ相手にするだけこちら側が損をしかねない。それを計算に入れての行動なら、ある意味称賛に値するまである。迷惑この上ない事に間違いは無いけどさ。
結局黒薔薇の連中は一歩引き下がっちゃったし、こいつの標的は必然的に俺に絞られてしまった。ただ恐らくだが、これまでの話から察するに、元々俺達を味方陣営に引き込む事が目的だったのだろう。これも元をただせば、俺達が試験で目立った結果を残してしまったからに過ぎない。
今になって思う、あれは失敗だったのかもしれない、と。
やれ「シュミレーションがやけにリアルだった」だの、「間違えても死ぬ可能性のある行動を取りたくなかった」だの、言い訳はいくらでも出来よう。ただあの時取るべき最適解は、合格ラインすれすれを狙って適度に手を抜く事だったのではないか?
特に引っ掛かる所も無かった為、何の疑いも無く気張って試験に臨んでしまったが、もし手を抜いておけばこうして余計な連中に絡まれる未来は防げたかもしれない。現にこうして、とばっちりに近い飛び火を受けている最中である訳だし。
ただ、同時に引っ掛かる所が無かったという点には違和感を覚える。これでも俺は、目に見えない機微や、第六感には人並み以上に自信がある方だ。
これが仕事をしていないと言うのが賢明な見解かも知れないが、俺はそんな単純な話だとは到底思えなかった。
それに、先の自信についても根拠はあるのだ。
俺は何か、重要な見落としをしてないか?
そんな事を呑気に考えていると、先に逃がした二人が適当な依頼を見繕ってこちらに戻って来てくれた。内容は後に確認するとして、今はこの場からの速やかな離脱を優先しよう。
どの道、今の俺はその真偽を確かめる手段を持ち合わせて居ないのだ。今は二人と合流しよう。
俺は颯爽とミゼルを無視して二人に駆け寄る事にする。
「お、ありがとう。助かった」
「内容は軽くしか見てないですが、常設の依頼で簡単そうなのを見繕いました」
「簡単とは言っても、僕が居るから信用ならないけどね」
自分で言うのか、と内心ツッコミを入れつつ、俺はギャーギャーと喚き立てる何かに背を向けた。
「それじゃ、早速行くとしましょっか!」
「おいこら、逃げるな!話は終わって無いと」
「いや、俺の中では終わったんで。あと、異論反論も一切受け付けないんで。って事でさー、しゅっぱーつ!」
「「おー」」
俺の強引な選択に文句を言う二人では無い。寧ろ「待ってました!」とばかりに便乗して、三人揃って組合支部の建物から出たのであった。
その速さは疾風の如く、掴み所を与えない、華麗なフェードアウトの様相であった。
後に残されたのは、怒りに吞まれ狂い散らかす蒼炎魂の面々と、呆然としてぐうの音も出ない黒薔薇の面々。両者は只々その場に立ち尽くすしか無かったのである。
「すげぇ…何て強靭なメンタルなんだ」
「強引に押し切った、わね」
「やめなよ、何でアタイらがこのバカの御守りを押し付けられなきゃならないんだい」
既に蒼炎魂の面々に対する信用は地の底まで落ちている。黒薔薇の面々は一度彼らの提案に頷いたのだが、今となっては反故にする気満々であった。
「まぁまぁ姉御、俺らも同じ手段取っちゃいましょうぜ。実は俺も、ほらこの通りで」
「でかした!やるじゃないかい」
「ちょっと待て、お前らまで」
例の三人と同様、黒薔薇の面々も肝が据わっていた。そして同時に狡猾で、メンバーの一人が手頃な依頼を密かに受注していたようである。
何時の間に、と思わなくも無いが、実はフラウとキアンの二人が受付に行くと同時に付いて行ったようなのである。気配を消して…まではいかなくとも、極力薄めて事を行ったが為に、気付く人がいなかったようだ。
この突飛な行動には賛否両論が別れるところではあるが、今回に関してはファインプレーであると、黒薔薇のメンバー全員が判断したようである。
これを受け、黒薔薇の五人もまた、核弾頭の三人と同様の手段で、有無を言わせず脱出を果たしてしまったのである。
結局、その場には蒼炎魂の四人だけが取り残されてしまった。
広いロビーには、彼らの虚しい叫び声だけが取り残される羽目となったのである。




