第十話:試験
その後俺達は契約書にサインを行い、正式に新人冒険者向けの試験を受ける資格を得た。この試験を合格する事で、無事に新人冒険者として登録される事になる。
聞けばまだ創立して三日と言う事もあり、規則や詳細な内容については議論の余地ありと言うべきか、まだその全貌を詰められた訳ではないそうだ。
その為仮に合格しようものなら、俺達には冒険者の第二期生として、これらのテスターとしての役割も与えられる事になっている。厳密には俺達の仕事内容や実態が組合に逐一報告され、これらを参考に適宜規則やシステムの調整が行われるようだ。
「こうは言いますが、間違えてもプライベートの部分まで視られる訳ではありませんからね?飽くまでも冒険者の仕事内容に関してです、くれぐれもお間違えの無きよう」
メルリアさんは念押しとばかりに強調しているが、それは言うまでも無い事ではなかろうか?
「いえ…こう言うと、禄に内容を理解してる訳でもないのに恫喝される方もしばしば…」
「それは、また…」
お、お悔やみ申し上げます…本当、接客業や営業も大変だよなぁ。
「それでは早速、冒険者クラスの作成に移りましょう。こちらは別の記入用紙を用意しています、個人情報が含まれますので、記入の可否も含めて回答をお願いします」
そう言って、今度はアンケート用紙のような紙が配られる。
これ、今の俺達の状況を見るに厳重な警戒が必要であろう。
(基本的に変装用の戸籍を参考にするとして、後は何処まで記載するかだな)
まず、名前や年齢、身長体重と言ったパーソナルデータは戸籍の内容を参考にすれば良い。
ただフラウにとって体重の記載は相当勇気が居る…と思われたが、意外と気にするそぶりを見せずさらっと記入していた。
「ルディ、何か?」
「いや、何でもない」
ちらっと覗き見たら、鬼の形相で言い寄られた。剣幕が凄まじい。
…訂正する。多分気にしてはいるのだろう、しかし心を鬼にして記入しているようだった。でも事前に用意した戸籍と同じ体重をそのまま書いている…いや、これ敢えて同じ身長体重で用意したんだった。
でも、だったら実数値を記入したり、先のように過敏に反応する必要も…いや、そういう問題でもないのか、乙女心と言うものはややこしいな。
「ランクはG。登録初期だし当然だとして、戦闘に関するデータの記載も求められるのか」
「はい、冒険者同士の情報共有に役立ちますし、強制依頼においても参考にされる項目です」
記載項目は前衛、中衛(遊撃)、後衛の得意なポジショニング。こなせる戦闘の役割。使用武器の如何。使用可能な魔術や法術の如何。また、その他に保有する特殊技能…但しこれらは実際に試験を行って証明する必要があるそうだ。そんな馬鹿がこの中にいるとも思えないが、間違っても嘘は書けないと言う訳である。
俺の場合は絶対に後衛タイプ、戦闘は…強いて言えば遠距離からの狙撃と援護くらいか。それと使用武器は拳銃を始めとする銃器全般になるだろう。
魔法や魔術は…どちらも使えなくは無いが、専門としていないし書かなくても良いかな。
特殊技能や羅神器の有無に関しては、必須項目でもないので要検討と言った所か。何なら今は空白でもいいかもしれない。
そんな中、しれっとフラウが訊ねて来た。
「ところでルディはどんな事書きましたか?」
「俺はこんな感じ。フラウは…」
ポジションは前衛、戦闘は暗殺や奇襲による隠密行動が基本。
使用武器はナイフと暗器全般。
魔術行使が可能だそうで、大まかな系統まで記載されていた。俺が実際に見た戦闘スタイルと一致する、納得である。
対して困り果てていたのがキアンである。
「僕、戦闘なんて殆どした事が…」
「いやいや、キアンは間違いなく近接戦闘…特に近接格闘に関しては才能があると思いますよ⁉」
「何でそう言い切れるのさ」
あー、その時確かキアンは気絶してたから知らないのか。
でも思い出した、キアンの格闘能力やセンスは極めて高いと推測出来るのだ。身体能力とセンスは素晴らしく、本人の自覚の有無は兎も角として、自身の能力に依存する身のこなしでもなかった。
間違いなく記憶を失う前に何らかの武術を齧っており、その記憶や経験が身体に沁みついているのだろう。実戦に限るが、下手したら並みの武闘家を凌駕するかもしれない。
「因みに、キアンは何か武器は使えるのか?」
「ぶ、武器なんて使った事ないから…」
「それならこの後の試験で推し量ってみると良いと思いますよ。武器の適性も改めて調べますし、専用の機械で適性等を測る事も可能ですし」
俺は衝撃を受けた。適性を測る機械だと⁉
俺達は生憎と隠し事をしている身の上だ、最悪偽装しなければならないじゃないか。
「その、機械による適正検査も必須科目に含まれるんでしょうか?」
「いえ、それは厳密には試験内容には含まれません。希望者のみ受け付けておりますのでご安心ください」
良かった、強硬手段に走らないで済んだ。俺の良心が痛まずに済んでホッとしてしまったぜ。
しかし、この時の二人の反応が解せないものであったのは言うまでもない。
「嘘…ルディに良心なんてあったんです、か?」
「ルディ、間違っても嘘はダメだって」
「やめて!それ立派な風評被害だから」
マジレスするのはお控え願いたい。ほら、メルリアさんも驚いているじゃないか。
ひと悶着はありつつも、そんなこんなで記入は一通り済ませてしまったので、記入用紙を提出して俺達は事無きを得る。
現状空白の欄を多く残しているが、それは今後必要に応じて追記するでも問題無いとの事なので、有難く言葉に甘える事にする。
それで?この後は「試験」とやらに付き合わされるんだっけか?
「ええ、と言ってもそこまで難解なものではありませんよ」
等と言いながら、一部の冒険者にとっては頭が痛くなりそうな試験内容を告げる。
試験内容は主に二つ、筆記試験と実技試験の二種類だそうだ。
…え?筆記試験?
「筆記試験って、何を推し量るつもりなのでしょう?」
「そこまでご心配なさらず。先にも申し上げました通り、冒険者の皆さんには対魔物、または対亜種族の戦闘を基本として頂きます。これらの基礎知識と一般常識を精査するのですが、基本問題ばかりで応用問題やひっかけ問題などは用意されていません。大抵の新人冒険者さんが問題無く合格なさっていますよ」
現状、筆記試験は受験した冒険者の内八割は問題なく合格ラインを上回れるとの事。しかし筆記試験の割合は実技試験に大きく劣るものだそうで、総合結果の合否に大きく関わるような物でも無いらしい。
また万が一合格ラインを満たせなくても、徒党を組めば、パーティメンバーの試験結果によっては実質免除に近い扱いも得られるとの事。しかし、それも試験結果が出揃ってからの話になるようだ。
「(どうする?後でパーティ組んどく?)」
「(もう今更じゃない?あっちの方でも似たような事してるんだし)」
「(それな!)」
議論の余地も無いって感じだな。
そもそも、俺達は既に『天啓』における派閥メンバー同士なのだ。冒険者の徒党に比べてより結束度の高い集団を組んでいる事だし、ここで迷う事は無いか。
どの道、後の話にはなるけど。
「解りました。では早速お願いします」
「承りました。では会場にご案内しますね…と言いたいところですが、本日の試験開始時刻はおよそ一時間後の15:00となっています。少々お待ちいただけますか?」
「それは構いませんが…あれ?もしかしてロビーに居た人達も」
「仰る通りです。ご不便をおかけしておりますが、何卒ご理解とご協力の程を宜しくお願い致します」
因みにこの間、組合の建物から一時的に外出しても構わないらしい。しかし試験開始時刻に間に合わなかった場合即失格と見なされる他、原則十分前の集合を厳守とあるので余程の事情が無い限りここで待った方が賢明かもしれない。
俺達、肝心な土地勘も無いからさ。迷子になったら堪らない。
~~~~~
と言う事で、俺達は一階に降りて試験開始まで時間を潰す事にした。
そうだ、この間に出来る事をやっておこう。俺は徐に、羅神器を操作する。
「折角だし、派閥内で利用可能なチャットアプリ、連絡手段を用意しておこう」
「そんなもの、今からすぐにどうにかなるようなものでも」
「二人とも携帯端末は持ってるだろ?アプリケーションを送信するから、インストールしてくれ」
実はつい先日、俺の同士の一人が便利なアプリを制作してくれたのだ。本人の許可も得ているので、これをこの三人が利用できるようにしておこうと思った次第である。
「ここ電波は…通ってますね。それなら大丈夫ですけど」
「そのアプリ、ハッキングやウイルスとは無縁の長物だよね?」
「当たり前だろ?俺を誰だと思ってる」
「「…」」
はい、余計な事言いましたね。
そんな俺に用は無いとばかりに、二人は徐に個人用の携帯端末を取り出した。
…おっと、その前に大事な事を確認しておかねば。
「フラウさ、その端末何処で手に入れた?」
「え?…ああ、そういう事ですね。問題ありませんよ、これは私が教会に内緒で所有していた予備機ですから」
元々教会から渡された端末を使っていたのだが、流石にGPS機能を流用した追跡を警戒し、元の端末は教会内に置いてきたとの事である。
代わりに持って来た端末だが、聞けば半年ほど前に購入したそうで、購入直後の時点で部屋の金庫に入れて保管し続けて来たとの事。結局一度も使ったことが無いまま今日に至ったようである。
その為初期設定すら行われておらず、バッテリーも先日まで切れたままだったと言う。最も、それも全て昨晩の内に済ませたとの事だが。
それが分かった俺は、二人の端末にアプリデータを送信した。電波受信可能な環境下に居る為、間もなくインストールが完了する。
その後、二人には自身の個人用設定とアカウント作成を済ませた後に、相互のアカウントを交換した。この三人でチーム用のルームを作成し、同時に新規作成してもらった各々のアカウントをメンバーとして登録し、運用する計画を立てていた。
「これ、最大手のチャットアプリでは無いんですね」
「そうだよ。そちらを使えば良かったんじゃ」
そうは言うが、二人の言うチャットアプリはメール機能とメッセージ機能、それと通話機能しか搭載されていないだろうが。
これらは一々端末を開かないといけないから、緊急時には面倒な事この上ない。だからこそのこの新アプリの出番なのだ。
「このアプリは先刻俺の友人が新規製作したものでさ。通常のアプリで使える三つの手段に加え「念話機能」と「各種GPS機能」、それと「電子辞書」を新規搭載している優れモノなのだよ」
因みに「念話機能」は精神間で直接やり取りを行うツールで、心で念じただけで相互のコミュニケーションを可能とする。
その際専用の器具である「イヤーカフス」を採用し、これを通信媒体として何時如何なるタイミングでも念話による通信を可能としている。
「各種GPS機能」は端末本体に搭載されているGPSの発展版で、相互の位置情報な把握は勿論、自分の現在位置から様々な方法で地図を表示する事が出来る。
この地図は各自である程度のカスタマイズが可能で、設定によっては普通なら知り得ない情報や、一部の隠された情報も確認する事が可能である。範囲設定や制度調整もお手の物、また脳内に直接表示してくれるシークレットモードも搭載済だ。
「電子辞書」はその名の通り、インターネットとも接続可能な、オフライン対応の日常で好きに使えるFAQの総称だ。
かなり広い範囲に対応していて、基本知識においてはほぼほぼ網羅出来ていると見て間違いない。
また「検索機能」では辞書内での検索をかけられる他、日常生活において任意で解析鑑定をしてくれる便利ツールにも転用可能である。特定の対象に対して解析鑑定を実施する事で、かなりの制度で正確な情報を獲得出来るのだ。
正直、『天啓』の百科事典よりも精度は上だと思ってる。
最初はおっかなびっくりと言った様子の二人であったが、俺の懇切丁寧な説明もあって直ぐに受け入れる事が出来たようである。
その流れで二人とも色々と試していたが、その便利さに思わず口をぽかんと開けている始末だ。それもその筈、俺の友人が「自信作」と謳う程なのだから。
「…よくこんなもの用意出来ましたね」
「ああ。俺達が知る限り、最高性能のスーパーコンピュータを三台も活用して運営しているからな」
「それでどうにかなる物でも無いと思うよ…」
たかがスパコン、されどスパコン。
二人は知らないと思うけど、世の中にはこれを実現できるトンデモ性能のスパコンだって存在するのだよ。聞いて驚け!
「でもさ、何でこんなものがあるなら初めから使わなかったのさ?」
「ぐっ…それは」
キアンの指摘が鋭くて、思わずたじろいでしまった。
…ええい!何でもかんでも知ればいいってもんじゃない。楽しみがなくなるじゃないか!
「…大した理由がある訳でもないんですね」
「それは否定できないかも」
フラウの指摘に、頷くしかない俺である。
しかし一応、これでも高尚な理由はあった。
こんな便利な物を易々と拡散出来ないってのもあるし、そもそも出来たのが数日前。まだ全てのテストが完了しておらず、俺はその友人からテスターとしてお願いされている…のだと思われる。直接聞いた訳では無いから確定事項では無いけど、今はまだベータ版と言う事だな。
尚二人には強制的にテスターになってもらいます、そちらの方が都合もいいしね。
因みにこれらはつい先日、「容認」と言う俺の同士の一人からメールと一緒に送られてきたものだ。
無言で、しれっと添付ファイルとして送り付けられてきたので内心驚いたのはここだけの話。その内容は『天啓』に関してで、先にも軽く触れた通り「いつもの分担で行くから、そちらでもよろしく」とだけあった。酷く抽象的な内容ではあったが、俺には問題なく理解できたので問題は無い。
ま、何であれ大した理由でない事は明らかである。俺達にとってはね。
「ま、今後好きに使ってくれたらいいさ」
「ありがとうございます…」
「これ、本当便利だよね。反則もいい所だよ、本当」
そう言いながら新しいおもちゃをもらった子供の如く、新機能を思う存分弄り倒す二人。
使いこなすにはもう少し時間がかかると思うが、使いこなせさえすればこれ程便利で恐ろしいツールも他に存在しないだろう。本当に。
そんなこんなで時間を潰している内に、一時間等と言う刹那の時はあっという間に過ぎ去った。俺も個別にアプリの機能確認をしていたが、たった一時間ではその全貌を確認する事が出来なかった。単純に情報量多過ぎるよ、本当。
「定刻となりました。受験者の皆さんは、組合員の指示に従って会場に移動してください」
奥から現れた従業員と思われる中年男性がそう言うので、俺達は他二組の受験者と共に試験会場へと移動する。他二組も同様で、面持ちは神妙でその足取りは何処となく重い。
尚、俺を除く。特に緊張もしてないしね、紛う事無き自然体である。
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そうして案内されたのは筆記試験の会場、会議室のような広めの部屋に机と椅子が並べられている。筆記用具は組合側が用意してくれるらしい。
そして部屋に居た試験官の指示に従い特定の座席に着席し、間もなく筆記試験が開始された。
内容を見る限り至って単純。本当に基本的な事しか問題に出ていないので、普通にやれば九割は堅いと思われる。ただ一部、俺の知らない内容も存在した。
俺も決して博識等と自惚れてはいないつもりだが、自分の想定を上回り世界は広がっているようである。後で調べておこう。
チラッと周囲を見てみたが、殆どの受験者が苦にせず問題を解けているようだ。絶賛記憶喪失中のキアンでさえ、特別苦戦しているように見えなかった。フラウは言うまでも無い。
但し、他の受験者の中には一部頭を抱えている者も居ない事は無かった。見た所バリバリの武闘派、こう言う頭を使うお仕事は苦手としているのだろう。しかし冒険者にとって最も重要な部分は何と言っても戦闘力、そういう意味では他人の心配をしている暇は無いかもしれない。
そうこうしている内に無事筆記試験は終了、満点とは行かなかったが最低でも九割は取れている筈。
他二人に聞いてみても結果は良好との事。素点だけならばそこまで高くないので気にし過ぎる必要は無いが、結果が悪くない事に越した事は無い。
そしてそのまま次の試験会場、実技試験の会場へと案内される。
正直言って、此方の方が不安まである。
…ありゃ?何でだ?変な汗が出て来たぞ?
「(ルディ、以前戦闘は得意じゃないとか言ってなかった?)」
「(そうとも、苦手ですけど何か⁉)」
「(おや、先程の余裕は何処に?)」
フラウは気安く煽って来るけどさ…俺、本当に戦闘苦手なんだよ、冗談じゃないんだよ。変な試験内容だったら発狂しちゃうぜ。
そんな俺はどこ吹く風で、無情にも試験会場へと辿り着かされてしまう。
気が優れない俺を尻目に、従業員の一人がその概要を説明し始めた。
「試験内容は事前に記入していただいた内容に準拠します。先ずは前衛、中衛または遊撃、後衛、その他の四グループに分かれて下さい」
…ふむ、これは最悪の想定からは外れたか?
取り敢えず俺は事前申告に従い、後衛のグループに移動する。
フラウは中衛に、キアンは只一人その他に…と言う事は無かったようだ。ああ、意外と自分の役割を断定していない人も少なくないのかもしれない。
と言う事で、俺は他グループから合流した計四人のメンバーで試験を受ける事となった。
メンバーは男性一人と女性二人。見た所、女性の一人は弓使い、他二人は魔法使いと魔法使いのようだ。他グループを見ても銃使いは俺だけのようである。
但し俺以外の全員が魔術または法術を専門としており、弓使いも飽くまでも魔法の発動媒体として使っているだけのようである。全く使っていない訳では無いと思うが、俺ももっと魔法をメインに使うようにした方が良いのだろうか?
「これから後衛の試験を開始します」
試験官の合図により試験が開始される。
その試験内容は大きく分けて三つあるそうだが、その順番は任意で決めて良いらしい。
但し、その順番において合計点数に反映される割合が変わるらしく、最初から順番に反映される割合が減少していく。なので最も自信のある分野を最初に、その後は苦手分野に移るように続けていくのがセオリーであると認識して間違いは無さそうだ。
それにしても、この選択順によって当人の得手不得手まで判るようになっているとは、実によく出来た仕組みである。
尚その項目は「攻撃」「防御」「援護」となっているが、俺は最初に「防御」を選択した。因みに初めに「防御」を選択したのは俺だけで、順番待ちも無く速やかに実施される事になった。
余談だが、使用武器は組合が用意した備品を貸与して実施する事となる。試しに軽く手に取ってみたが…案の定拒絶反応が出た。
憎い事に、羅神器の所有者は共通して羅神器以外の武器を使用出来なくなる。もっと言うと、所有する羅神器以外の武器に自らの意思で接触すると拒絶反応が出てしまうのだ。
そしてその拒絶反応は、俺の場合「接触部位から凍り付き凍傷になる」と言うもの。
…まぁ、あまり派手では無いし、短時間なら耐えられるので何とか誤魔化しは効くだろう。何も言わなければ、俺が氷属性の法術を使っているようにも見せる事が出来よう。
そう開き直った俺は、二丁の拳銃タイプの武器を借り、これらを時たま持ち替えながら試験に臨む。
「防御」の項目ではその名の通り、所謂「障壁展開の技術」または「迎撃の技術」を審査される。
そもそも後衛は前衛や中衛に比べて防御の比重は小さいのだが、それでも自衛手段があるに越した事は無い。また冒険者にとって、生存能力は他の何物にも代えられない重要な能力となる。
試験会場はコンピュータによるシミュレーションが可能な訓練場で、ゴーグルを装着しシュミレートされた戦場での対応を監査される。
因みに備品の武器もシュミレートに対応した逸品で、実弾は出ないがシュミレーション上で実弾と同様の起動を描く仮想銃弾を放つ事が出来る。殺傷能力も無ければ、弾倉交換も必要ない。個人的にかなり使用感が異なり、どうしても違和感が否めなかった。しかし極端なものでは無く、せいぜい試験に支障が出ない程度には抑えられそうである。
また魔法を発動する際にも同様で、此方も実際に発動せずシュミレート上だけで反映されるようになっている。
…全く以て凄い技術力だ、よくもまぁ、こんなハイテク施設を用意出来たものである。
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おっと、早速試験が開始されてしまった。
受験者はその場から動かず、三分間絶えず浴びせられる攻撃から自分自身、それと設定された三人のCPUを敵の攻撃から守る事を求められる。
逆に一歩でも動いてしまったらその場で試験終了、自分自身が防衛に失敗しても即座に試験終了、三分後に自分含め味方が一人でも生存出来ていたらその時点で試験終了。
尚、敵からの攻撃を受けても実際に負傷したり痛みを感じる事は無く、適宜負傷判定がされる仕組みとなっている。その負傷具合によっては死亡判定される事もあるとの事だ。
成程。こうなれば、やる事は単純明快である。
俺が立っている前方に三人のCPUが立ち、小規模の魔法障壁を展開している状態で開始される。尚、攻撃は周囲360度全方位から満遍なく浴びせられるのが実に厄介である。
まず前方からは魔法による攻撃や、弓矢または銃弾による攻撃が浴びせられる。
弓矢や銃弾は適宜此方の銃弾を的中させて撃ち落とし、魔法攻撃に関しては魔術法術の如何に拠らず、その本質や効果を見極めた後は…魔、術効果を付与した銃弾で等しく迎撃した。
勿論種類によって付与する魔術は切り替えており、味方CPU三名にも被害が及ばないように攻撃を周囲に散らす。その余波に関しても逐一計算して直撃を避けるように気を配る。
他にも正面から突撃してくる敵CPUに対しても、銃弾の届く範囲内で銃撃して対処する。
時と場合によって狙うべき個所は変わるのが定石だが、基本的には急所を狙って無力化を狙い、場合によっては後続を巻き込むような迎撃手段も行使する。
これらは近接武器しか保有していない設定なので、一定範囲内に近づけさえしなければ痛手を負う事は無いと判断した。
それと時たま、背後からの不意打ちも行われるが、これも何とか迎撃している。
方法は前方と同様で、但し体を捻らず銃口の向きだけ変えて迎撃するように努める。
死角からの攻撃に対しては仕方なく、身体も動かしながら対処する。偶に上手い事弾幕を張り巡らしながら、これらに対処していく。
そんなこんなで最終的には、何とかCPU含め、負傷者を出さず迎撃する事に成功した。
俺は障壁を張る事は得意としていないので、大半を迎撃で対処する事となったが、危なげなく凌げたのは良かったと思う。
…それにしてもこれ、ちょっとばかし難易度が高過ぎはしないか?滅茶苦茶大変だったぞ。
~~~~~
そんな疲労困憊の俺が次に受験したのは「攻撃」。
此方は射撃練習場を試験会場とし、此方も同様に三分間、定められた地点から次々と現れるターゲットを打ち抜く方式となる。射撃訓練と要領は同じだが、肝心のターゲットは縦横無尽に動くものもあり、それなりに難易度は高い。
こちらも先と同様、シュミレート上で行われる試験となる。
ゴーグルを装着し二丁拳銃で試験に臨むのだが、最初の内はターゲットの動きは微々たるもので問題無く的の中央を打ち抜く事が出来た。
ところが次第にターゲットの動きが機敏になっていき、出現時間も瞬間的な物に移り変わっていく。
だがしかし、俺の使用武器は銃である元々早打ちは得意だし、スピードに関しても反射神経さえ正常に機能すれば対応は難しくない。
直撃させたり、時には同じタイミングで撃ち出した銃弾同士を衝突させ、その跳弾を利用して的を打ち抜いたりして難なく対応していく。跳弾の応用はあまり回数を重ねる毎に威力が弱くなっていくので、今回の銃のスペックを考えて弾を衝突させるのは最大一回にしておいた。
只それだけに留まらず、ヒットしただけでは打ち抜けない頑丈な的も偶に出現する。
これは銃弾を複数浴びせる事で対処しよう…と思ったのだが、それでも壊れないものも出て来たので、此方は魔、術効果を付与して何とかした。
ちょっとここでバタついた印象だが、これも最終的に的を撃ち漏らす事無く試験を終了させる事に成功した。これもまた、難易度が想像以上に高くてびっくりした。
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そんな意識が朦朧としている俺が最後に臨んだのが「援護」。
他の三人が一番最初に選択した項目だが、個人的に一番自信がない項目となる。魔法と違って、銃による援護は出来る事が少なくなってしまうからな…無理も無いか。
こちらは「防御」とやり方は似ているのだが、違うのは味方陣営が近接戦を中心に攻撃に出る事である。
またこちらは受験者も移動して良いらしく、内容も「攻撃」と「防御」両方の側面を有する非常にレベルの高い物に仕上がっていた。
しかも援護は攻撃防御に留まらず、魔法による味方の回復や強化、敵の妨害や弱体化なども含まれており、三つの試験の中で最も難易度は高くなっているかもしれない。
判断基準は味方の被害をどれだけ抑えられたか、またどれだけ敵を撃破出来たかの総合判断で評価される。
制限時間は同様に三分間、攻撃に出る味方CPUを中心に攻勢に出る設定で開始される。
味方が全滅したら即座に試験終了、逆に敵を全滅させる事が出来たらその時点で試験終了、三分後に味方が一人でも生存出来ていたらその時点で試験終了となっていた。
正直、明確に何をやればいいかについては正解がない。取り敢えず敵からの迎撃をしつつ、同時に敵CPUの手足を打ち抜いて進行速度を遅らせるように努める。
ここで審査されるのは「援護」の項目なので、味方CPUが余程危ない状況でない限りは急所を狙わないようにした。
魔法をあまり使わない俺は、基本的に味方の回復や強化の役割を担う事は出来ない。迎撃を中心に、手の空いた時に各種妨害を行う方針で進めていく。
迎撃は「防御」の時と基本路線は同じ、しかし今回は味方CPU含め味方が動けるので、回避する事も視野に対応する。味方位置の把握と動きの予測が必要な為、一々これに対応しようとすると少々疲れる。
対して妨害に対しては「攻撃」の時の応用で対応出来たが、迎撃に比べて優先順位は低くしておいた。
最終的に、俺は無傷だが味方陣営は三人全員が軽傷を負い、敵の撃破数はあまり伸びないまま終了した。
味方の負傷は近接戦を行う以上完全に防ぐ事は出来ないし、敵の撃破は味方CPUに譲っていた為、俺自身が撃破した敵CPUは片手で数えられるくらいでしかない。
味方CPUの撃破数は、想定を上回る事も無く下回る事も無く…結果あまり得点は伸びなかったと思われるが、素点の低い三番目の項目だし気にし過ぎる事はないだろう。他二項目では多分得点を伸ばせている筈だ。
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こうして終わってみると、実技試験の内容が想像以上にハードだった。
三分間は長いと思うし、何よりこれをそこらの腕自慢がクリアするのは不可能ではなかろうか。後で意見した方がいいかもしれないレベルだ、シャレにならなかった。
それにしても他の三人は凄いなぁ。よもや最初にこれを選ぶなんて、詳細な試験内容を知らされていないとはいえ正気の沙汰を疑うぜ。
因みに、試験結果はこの後すぐ発表されるらしい。それまで暫しの辛抱であると肝に命じつつ、俺は一度肩をなでおろしたのであった。




