第九話:資格
~ロックスの街中~
漸くキアンが目覚めたので、俺達は揃って街に繰り出す事にした。目的は只一つ、取得可能なライセンスの見分である。
余談だが、恐らく数日間はこの街に滞在する事になると思われるので、宿屋の延長料金は既に支払ってある。
しかしイヴの顔写真が出回っていた事で尻尾を掴まれる危険性も高く、あまり悠長に滞在しては居られない。嫌いな街では無いのだが、可能であるならば早い所この街とオサラバしたいものである。
それはそうと、今のところ明確な宛がないまま街を歩いてしまっている。町は賑やかで活気に満ち溢れているのだが、その中で俺達三人は先行きの分からぬ不安に押し潰されそうになっていた。
そんな中、俺達一行は恐るべきブツを目撃してしまう。
それは街中の掲示板に貼られていた張り紙、内容を見るに手配書のようだ。そしてそこに書かれた内容は、護送中に脱走した捕虜三名の身柄について記載がある。顔写真やイラストの記載は無いが、俺達の失踪時の身形の特徴や携行品について記されている。
相手目線名前が分かっておらず、その他にも不明瞭な情報が多い為抽象的な内容になっていたが、その探し人は紛れもなく俺達の事であった。
「(これって…)」
「(解ってるよね?僕達がこうして別人になってる訳は)」
俺は咄嗟に、特に不安なキアンに釘を刺す。フラウはまぁ、大丈夫だろう。
現状俺達は変装しているので、下手に正体を匂わせるような真似をしなければばれる事は無いだろう。今の変装は体格こそ殆ど変わっていないが、外見は兎も角、声まで全くの別人なのだから。
それに加えて、人格と言うものは入っている身体に依存して存在している。人格そのものの強さに応じて個人差は生じるものの、つまる事、身体が持ち得る能力や条件にどうしても影響を受けてしまうのだ。
故に俺はこれの説明をちょっとだけ工夫して、変装状態では「別人の身体に入っている」と錯覚するように仕向けた。これに大人しく引っ張られておけば、自然と普段の自分から遠ざける事に一役買うだろうと睨んでのことである。
最悪、先の俺達を目撃した人が「マグノリア商会に匿われている可能性」について示唆する事はあるかもしれないが、それでもこの手配書に記されている内容から、当時の俺達と完全に照合する事は殆ど不可能と言って良かった。
何せ七聖教の事を恐れてか、イヴの名前や身形の一部の情報が濁されていたのである。イヴの顔写真も使われておらず、俺達を本気でどうにかしようとは考え辛い。そんな内容に留まっていたからだ。
だがしかし、俺は同時に底知れぬ不信感に否まされていた。
「(だがこの手配書が出回っているって事は、紛れもなく王国の中央政府も一躍噛んでるはず。あの王女は何を考えている…?)」
俺達はヴィオラ王女殿下の要請に従って王都に出向いたが、その道中で示し合わせたかのように襲撃を受け、今の状況に陥る羽目となった。所々腑に落ちない点は存在するが、俺だけでなく、二人に於いても王女殿下に対する不信感は募る一方である。
最も、王女殿下本人が国政に携わっていない可能性も無きにしも非ず。しかし『天啓』を受けるような人物が只者である筈も無こ、その可能性は望み薄…とまでは行かないが、かなり低いと言えた。少なくとも表立っては動いていないだけの可能性もあり、今後とも警戒は必須だろう。
「(忘れるな?俺はルディで、フラウはフラウで、キアンはキアンだ。それ以外考えなくていい)」
「(解ってます、油断するつもりも毛頭ありません)」
「(仕方ないよね。知らん顔を続けるよ)」
最も、俺の心配は杞憂なようで、何時に増して同行者二人の目は座っていた。この様子なら不必要に心配しなくても良さそうである。
それはそうと、最優先課題はライセンスについてだ。
迷宮内に入る為、ライセンスを何かしら取得する必要があるのは依然変わらない。しかし現状確固たる当てがある訳では無く、そもそも今の俺達にどんなライセンスが取得出来るのかも不明だった。
「念のために聞いてみるけど、良さげなライセンスに心当たりは?」
「「…」」
俺がさり気なく二人に訊ねてみたが、案の定二人は視線を逸らした。その上で強引に話題転換を図ろうとする。
「うーん、こうなったらもう街の人に聞いた方が早いんじゃない?」
「ですね…昼食を兼ねて聞き取り調査でもしてみましょう」
「(ま、知ってたらこうはなってないわな)」
呆れ半分で項垂れる俺である。但し、現状俺も十分な情報を得られている訳では無いし、二人の意見に賛成ではある。
ただそうなると、何処で情報収集を図るかが重要になるのだが…今回のような目的だと、店主や店員と会話がしやすいカウンター席を設けているお店、それからチェーン店より個人経営の飲食店の方が都合が良さそうだ。
しかし、ここである重要な問題が浮上する訳で…
「俺が食べられる物を売ってる店で、ってなるとかなり限られるよね」
「ああ、そう言えばルディは食事が出来ないんだっけ」
そう、実は俺は食事に難がある。
「飲食」の内「飲」の方には問題は無いのだが、「食」の方に問題があるのだ。
それも全ては俺の身体…と言うより保有している羅神器の都合上、咀嚼において致命的な欠点が生じてしまっているのである。決して歯が欠けている訳でも、口周りに先天的な傷害がある訳でもないのだが、食べ物を噛んで擂り潰す事が出来ない。
なので普段、俺は食事の大半を独自配合の「液体栄養パック」にて摂る事が多い。これを羅神器の鎧の一部分に接続し、点滴の要領で直接体内に栄養を送り込むのだ。
勿論、この事は二人にとっても周知の事実。しかしこれを加味すると、大半の飲食店が候補として残らなくなってしまう。実に忌まわしい体質だ事、何時か二人の方が付き合いきれなくなりそうである。
それはそうと、今は俺の我儘で余計な手間は取らせたくない。
それに、俺だって食事の対策については色々と考えてある。食事を楽しむどころでは無くなると思うけど、已むを得ん。
「食事については何とか出来る…と信じたい」
「それ、大丈夫なんですか?」
「ぶっちゃけ大丈夫じゃない、でも死ぬ訳じゃない。生きていれば何とかなるのが人生ってものさ!」
俺が盛大に豪語する傍で、何がどうなってそんな壮大な話に発展しているのやら…と言ったニュアンスを含む二人のジト目を一身に受ける事になる。しかし気楽に駄弁っている内に辿り着いた、麺料理を提供するお店に入る事となった。
俺は考えた。麺だったら物体の質量と形状を加味して、何とか丸のみでもいけなくはないか?と。
しかし麺の最大の難点は何と言ってもその長さ、飲み込む前に麺を啜り切れず窒息する危険性がある。これを丸飲みだけで攻略しようとすると、相当なスキルとスピードを求められる事だろう。
久方ぶりの無理難題だ、だが攻略法が無い詰みの問題とは一線を画す、絶妙な難易度の難問だ。
そしてお俺を誰だと思っている?これまでも無理難題を吹っ掛けられては乗り越えて来た、そしてそれはこれからも変わらない。
実は俺、こう見えて百戦錬磨のツワモノなのだ。良いだろう、受けて立つ!
「危険なので、無理しないでください」
…はい。そして良い子のみんなも真似しないでください。
それにしても、フラウは気遣いの出来る良い娘だなぁ。
それに比べて全く意に介していないキアンは何なんだろうか?
~~~~~
意を決した俺達一行は、そのまま店内で昼食を摂る事にした。
座席はカウンター席があったのでそちらを選択、俺はフォーのようなスープに浸した簡素な麺料理を選択した。理由は単純明快で、安かったからである。
尚フラウは魚介系のスープパスタ、キアンは油そばのような麺料理を頼んでいた。この店はスープに麺を浸した料理を幅広く取り扱っているようである。
早速実食。俺は麺を一度口に含み、それを魔術…に似た技術を用いて破砕し、それを小分けにして飲み込む手法を選択した。
あまり細かくしないと呑み込めないし、あまり細かくし過ぎると味を損なう。また口内と言うデリケートな場所での行使だった為、綿密な制御が必要で意外と疲れる。
しかし努力の甲斐あってか美味しく頂けた。同時に思いの外料理を味わうのに集中出来ておらず、「何をやってるんだろう?俺」と一人黄昏たのはここだけの話。
「うわぁ…器用な事しますね。それ以前に魔術使えたんですね…」
「ま、ちょっとだけだけどね」
因みに魔術の心得があるらしいフラウは、俺の手法を見て感心していた。そんな彼女もスープパスタを美味しそうに堪能している。魔術の心得が無いキアンもまた、油そばに納得顔で舌鼓を打っていた。
対して俺にはそんな余裕は無く、術の行使と制御に対しただただ必死になっていたのであった。量、少なめにしておいて良かった…
「兄ちゃん達、この店来るの初めてだろ?見ねぇ顔だかんな」
「うん、この街に来るのも初めてなんだ」
「そうか、この街は観光にも力を入れてっからな。思う存分堪能していくと良い」
早速話しかけて来てくれたこの店の店主だが、一見気さくで話しやすい印象を受ける。俺も店主に許しを得て「おっちゃん」呼ばわりをしている程であった。
今は昼時を少し過ぎた時間帯で客も減りつつあったので、この感じならゆっくり話も聞けそうだ。
「ところでさ、おっちゃんは僕達に取得出来そうなライセンスに心当たりはある?」
「ライセンスだぁ?いろんな種類があっからな…用向きにもよるな」
「実は僕達、迷宮に入れるようになりたいんだよ。この国の迷宮は実りが良いって噂だからさ」
今回対話の約束を取り付けた…「魔王ジュラキュリオン」だったか?は、この国に存在する「血契迷宮」なる迷宮の統括者であるらしい。
因みに、この迷宮が実際に実りが良いかどうかは知らない。抑々の話、名前以外の情報は今のところ何も入ってきていないのだから。
「もしかして『黄金迷宮』の事か?確かにあそこはお宝がザックザク出るらしいからな、解らないでもないぜ」
おっちゃんのさり気ない一言で、たった今国内にもう一つの迷宮が存在する事が判った。ただ些細な問題とは言え、おっちゃんは誤解してしまったようである。
「でも黄金迷宮は「災厄級迷宮」でよ。罠や魔物が強い、上級者向けの迷宮って聞いたぜ?兄ちゃんらは戦えんのか?」
「何処までやれるかは分からないけど、三人とも武術の心得はあるよ」
「…え?」
こらキアン、余計な声を漏らすんじゃない。
「んー、戦えんなら『傭兵クラス』か…そう言や、最近『冒険者クラス』っつーライセンスが出来たらしいぜ」
「冒険者クラス?」
おっちゃんの一言で、ふと先日の出来事を思い出す俺。
確か、この街に入る際に協力してくれた四人組が「冒険者」なる肩書を名乗っていたんだっけ。彼らもまた、冒険者ライセンスを有する強者なのかもしれないね。
それよりも、「最近出来た」と言う隠れパワーワードの節々に『天啓』臭を感じるな。偶然かもしれないけど。
「ああ、ほんの三日前くらいに始動した団体「冒険者連合組合」が定めたライセンスらしいぜ。何でも戦闘やら採集やらの幅広い仕事を受け持つそうだ」
うわぁ。凄い怪しい。って言うか最早確定だよねコレ?
そんな雑念を内に秘め、俺はおっちゃんの話に食らいつく。
「傭兵とは違うの?」
「傭兵と違って、戦闘以外にも仕事があるんだと。あと大まかな所属が違うみてーだな、冒険社の簿団体は完全な独立勢力を名乗ってるそうだぜ」
おっちゃんは軽々しく言うけどさ…それ、一歩間違えばテロリスト集団宣言になりかねないんじゃ…
「それがよ、バックっつーかスポンサーつーか…何かとデカい連中が付いてるらしいぜ。勿論、ギャングやマフィア、あとカルト教団とかとは別口なんだと」
「おっちゃん、そんな事良く知ってるね」
「いや、連中が大々的に言い放ってるだけだ。本当のとこは知らねぇ」
相変わらずおっちゃんは大らかだけどさ。でもそれって、却って危険な組織なんじゃ…?
テロどころか、戦争や紛争に発展しかねないのでは?
「ま、出来たばっかだから詳しい事は知んねーな。顔を出すくらいなら良いんじゃねーか?」
「うーん、考えてはおくよ。他だとどうかな?」
「他だと今まで通り、「傭兵クラス」や「採集クラス」、「狩人クラス」とかになんじゃねーか?今のところ、迷宮に入れるライセンスはそんくらいだと思うぜ」
ふむ、この辺りは事前情報と大差ない感じか。取り敢えず現状気になるのは、「冒険者」とやらの実態だな。
ただ余程怪しい組織でなければ、俺達にとっては都合が良さそうだし取得してみるのもありかもしれない。独立勢力と言うのであれば、良い意味であれば余計な柵が少ないと言う事の裏返しでもあるからな。
後は悪い意味でない事を祈るばかりである。
「ありがとう、参考になったよ。一度「冒険者連合組合」にお邪魔してみる事にするよ」
「おうよ。だが危険そうならすぐに逃げろよ?俺の進言が原因で哀しい事になった、なんて事になったら冗談にならねぇからよ」
意外と抜かりないよな、このおっちゃん。まぁ、端からおっちゃんを巻き込むつもりはないけど。
それと余談だが、今回も終始二人はダンマリだった。面倒事を嫌ってるのか、それとも今後こう言う交渉事は俺の担当になる運びかな?案外世渡り上手なのかも、この二人。
その後会計を済ませた俺達は、念の為に「冒険者連合組合」に顔を出してみる事にした。最たる目的は実態調査だが、その結果次第では取得してみるのもやぶさかではない。フラウとキアンの両名も同意見だった。
冒険者連合組合の支部が置かれている建物は、お店から十五分程歩いた場所に佇んでいた。まだ設立して間もないのか、人の出入りは皆無…と言う訳でもないようだが、比較的少ない印象を受ける。
組合側でも各方面で宣伝している筈だが、言って三日目、一週間も経っていないとの事。まだ十分な周知が済んでいないのだろう。
「来たはいいけどさ、本当にルディの懸念通り危ない組織だったらどうするの?」
意外と心配性なキアンである。対して俺は平静そのもの、と言うより割り切っていた。
「相手の出方にもよるから何とも。一先ず入ってみよう」
「ただ設立して数日なら、まだ組織形態が盤石では無い筈です。やり様もあるでしょう」
フラウも俺と似たようなスタンスみたいだが、妙に物騒である。
別に組合と敵対するつもりは無いんだけどなぁ…ここの所、身の危険に晒され過ぎて疲れているのかもしれない。
まあ何はともあれ、入ってみないと何も始まらない。俺達三人は建物の扉を押し開けるのであった。
~冒険者連合組合、ロックス支部~
扉を開けた先には広いロビーがあり、その中央付近の奥の方にカウンターが設置されている。ロビーは一階部分と二階部分に分かれており、一階部分は特にオブジェなども最低限しかないだだっ広い空間になっており、二階付近に商談用と思われる座席が複数並べられているように見受けられる。
しかしまだ設立されて数日と言う事もあり、従業員以外の人間が少ない割に慌ただしく動き回っていた。まだ仕事にも慣れていない様子が伺えた。
因みに、ロビーには俺達以外には二組の集団しか居なかった。どちらも武装しており、戦闘に向きがある連中なのだろう。
取り敢えず、どのようなものか一度話を聞いてみよう。俺達はロビー奥のカウンターに歩み寄った。
「失礼、『冒険者クラス』について話が聞きたく参じたのですが」
「いらっしゃいませ。『冒険者クラス』についての説明をご所望ですね?担当者をお呼びしますので、暫しお待ちくださいませ」
そう言って待つこと数分、俺達の担当と思われる二十代と思わしき従業員が現れ、俺達に向かって一礼する。
「お待たせいたしました。本日お三方の担当を致します、メルリアでございます。二回座席にご案内致しますね」
その女性は思いの外所作が丁寧で、ほんの少し驚かされた。短期間の教育でどうにかなるレベルでは無い、恐らく前職で所作を嗜んでいた人間を引き入れたのだろう。
そのまま俺達はメルリアに案内されるがまま、二階部分の座席に腰を下ろした。
「本日は「冒険者クラス」についての説明をご所望との事でお間違いないでしょうか?」
「はい。聞いたところによると、まだ創立されて三日程だとか」
「おっしゃる通りです。その為ここ数日はこうして説明を求める方々が絶えず」
そう言う彼女の顔は何処か疲れたようだった。話を聞く限り、その仕事内容からガラの悪い連中や血の気の荒い連中も押し寄せてくるのだそう。その心労は計り知れない。
「それで、具体的に言はどう言った向きの代物なのでしょう?現状「傭兵クラスと似て非なるもの」と言う認識はあるのですが」
「あながち間違ってはいません。『冒険者クラス』はある意味『傭兵クラス』の発展版とも取れますから」
メルリアは説明を続ける。「冒険者クラス」とはその名の通り、新たに設定された職業である「冒険者」の資格証明を行う為のライセンスである。
「冒険者は魔物や亜種族との戦闘を中心に受け持ち、その他魔物や亜種族の生息域に存在する各種素材の採集、または確保を基本任務としています。また遺跡や迷宮等の調査や斥候役、有力者や街の護衛任務等も臨時で担う事があります」
「対魔物戦闘メインの何でも屋…に近い職業なのでしょうか?」
「はい、基本的に対人戦闘は受け持ちません。なので冒険者には、大前提として魔物や亜種族との戦闘能力が求められます。その他外部で役に立つ専門知識や特殊技能を携えていたら尚良い、と言う認識で構いません」
魔物とは「迷宮」を起源とする、様々な特殊能力を有する固有種族を指す。その特徴として総じて何らかの「属性」と関連のある存在であり、魔術よりも法術に適性が高い傾向にある。
そして魔物らは、後述する「基本種族」や「固有種族」とは隔絶した進化を果たし、迷宮の内外で独特な生態を有するのが特徴である。またこれらの種族が後天的に魔物に変化する事もあり、「超醒」と言うシステムも相まって無限大の発展性を有する存在なのだそう。
逆に一般的に「人類」や「野生動物」と呼ばれる存在は特定の属性を持たない…厳密には「無属性」と言う分類の属性を有する「幻種」に該当し、この種族は魔術に高い適性を有するのが特徴だ。
対して亜種族とは、「迷宮」を起源としない特定の属性を有する種族の総称を指す。こちらは既に確認されている「6の基本属性」に付随する「基本種族」と、「6以上の固有属性」に付随する「固有種族」に区分される。
一応「幻種」も大枠では「固有種族」に分類されるらししいが、この「幻種」から見た呼称として、魔物に比べて近しい存在だが自分達とは異なる種族、と言う事でこの呼称が定着したようだ。尚、此方の種族も「超醒」するので、これらの区分はあいまいな部分も多く残されている。
「冒険者の基本理念は「人類社会の守護」としています。人類社会の平和を脅かす強力な多種族から、人類や街を守る事が最優先課題として挙げられているんです」
「それは何と言うか、壮大な話ですね…」
「とは言え、何処まで行っても冒険者は人類の大枠からは出ません。出来る事は限られるでしょう」
嘗て「聖種」絡みの『勇者』やら、キアンみたく『英種』やらと言った規格外の存在と同格に扱われる訳では無いようだ。
飽くまでも自分達に出来る範囲内で街や人を守る、これに尽きると考えてよさそうである。
「そしてこの理念に同意し、当組合で資格ありと判断した者に対して『冒険者クラス』を授与します。以降は組合に寄せられた『依頼』に準じて、様々な任務に従事して頂く事を想定しています」
「依頼ですか」
「はい、まだ数は少ないですけどね。今後、冒険者の仕事ぶり次第では増加する事も予想されます」
見てみると、現状一部の大商会や貴族などから、少ないものの組合に依頼が届いていた。
俺も良く知るマグノリア商会、また先に戸籍を買ったザルーダ商会もこれに協賛しているようだ。
只、どれも個人または法人単位の依頼に限定されていた。商会を除き、国家や教団と言った大規模な団体が直接依頼を出しているケースは見受けられない。勿論国家や教団に所属する人間が依頼を出す事もあるようだが、それも全て限定されている。
「あれ?聞いた話によれば、冒険者連合組合は独立勢力を名乗っているとか」
「はい、依頼主は言わばスポンサーです。依頼主から報酬となる金銭と依頼を受け取り、冒険者はこれを遂行し獲得した素材や採集品を組合に提出して貰います。組合は両者の仲介役を担い、依頼主には依頼と金銭のやり取りを基本としつつ、結果報告と冒険者から徴収した物品の提供を行います。対して冒険者には身分を保証する代わりに組合の定めた取り決めに従って頂き、定期的に依頼を受けて頂くと同時に、成功報酬として金銭を支給します」
要するに、冒険者と組合がクライアントとなる訳だ。
それにしてもだ。聞いた感じでは、少なくともすぐさま破綻が生じるような組織形態にはなっていないように思われる。組織の立ち上げにはそこのノウハウがある人物が関わっている可能性はあり、最低限の信用はしても良さそうである。初めの謳い文句からほんの少し疑っていたのだが、杞憂だったようだ。
しかしその仕事柄、冒険者達の中でクライアントの本分を弁えていない者は少なくないだろう。最も、そこは組合側が上手く取り繕うのであろうが。
「ここまでで質問はありますか?」
「いや、簡潔で解り易かったです。強いて言えば…報酬受領時の金銭の受け渡しにおいて、現金での直接取引になるのか、はたまた銀行の口座を介すのかは知りたいところです」
「それは適宜相談の上、ご本人様の希望する手法で対応致します。それにしても理解が早くて助かります、この時点で説明が難航する事も多いのですが…」
案の上であった、まぁ仕事内容を見るに、頭よりも体を使うのが得意な人材が集まり易そうである。納得かな。
「改めてですが、我々組合は希望する方々に「冒険者クラス」のライセンスを発行し、冒険者としての身分証明を確約しつつ、冒険者の皆さんに依頼の斡旋を確約します。その代わり、冒険者の皆さんには冒険者として、複数の義務や幾つかの付帯業務を負って頂くようになります」
「当然ですね。望んで権利を得るのだから、それに付随する義務は放棄出来ないでしょう」
「仰る通りです。そして義務や付帯業務の内容は契約書に記載してあります。しかし心配なさらずとも…冒険者として真っ当に、堅実に、真面目に業務に励んで下されば、問題無く履行可能な内容となっています」
それ、簡単に言う割に難しい内容だと思うのだが…当の冒険者達からしたら。それでも、俺は…どうだろう?物を見てみないと何とも言えないな。
「契約するか否かは兎も角、契約書の内容を拝見しても?」
「構いませんよ、前向きにご検討くださいね」
そう言って、迷いのない俊敏な動きを以て契約書を提示するメルリアさん。この女出来る!しかも相当手馴れているようだ。
でも普段から相手しているのが血の気の荒い連中である事を鑑みると、気が弱かったり押し引きが中途半端だとやっていけないのかもな。
さて、契約書を見てみたのだが…ざっと見た感じ、理不尽な内容は記載されていないように感じる。冒険者として認めるから、余計な事はしないでね、ちゃんと依頼は完遂してね、と言った内容に要約される感じだ。
具体的には以下の通りとなっていた。
~~~~~
・公認ライセンスに該当する「冒険者クラス」を発行する。冒険者は常にこれを携帯しておく事。万が一紛失した場合には再発行も可能だが、組合の定める特定の手続きを踏んでもらう。
・冒険者は必ず、何れかの本部または支部に在籍登録を行う事を義務付ける。登録は組合の支部受付にて行う事が出来、冒険者の自由意思によって移動或いは移籍する事も許可する。
・冒険者は単独での活動も、複数人を「徒党」として登録しての活動も、複数の徒党による一時的な同盟集団「軍団」として登録しての活動も複数の徒党や軍団による集合単位「連盟」として登録しての活動も許可する。尚、何れであっても組合に対し申告を必須条件として定め、本人の同意と自由意思に基づく活動体制を前提とする。
・冒険者は一か月に一回、最低一つは依頼を完遂する事を義務付ける。依頼のランクは問わないが、事前の申告次第では条件を緩和、期限の延長等の臨時措置の実施も可能とする。
・また特定の条件下において、適性ランクの依頼や組合の指定する依頼、特定の冒険者に対する名指しによる「指名依頼」、また特定の条件界において組合が直接発行する「強制依頼」を完遂するよう指示する事がある。原則、強制依頼の拒否は不可能である。
・冒険者全員にランク制度を設ける。個人の実力や依頼完遂の実績に従い、組合が定める基準に従ってランク付けを行う。ランクは最低ランクであるGランク~最高ランクであるUランクの九段階で判断する。特定のランクにおいては昇格試験を実施し、これに合格する事を必須条件とする。
・冒険者は個人情報の一部をライセンスに記載する事を原則とする。尚項目によっては、本人の希望次第では無記載も考慮する事がある。
・冒険者は組合内でライセンスを提示する事により、組合の実施する幾つかのサービスを受ける事が出来る。尚、その都度組合に対し申請する事を前提条件とする。
・冒険者同士のいざこざやトラブルに対し、組合は一切の責任を負わない。冒険者が対外的にいざこざやトラブルを起こした場合、適宜本人に責任を追及する。また依頼の失敗または放棄、或いは定められた期限の超過、依頼完遂における内容の相違については、組合の定める規定に従い個別にペナルティを課すか処分を言い渡す。契約違反や違法取引、犯罪行為についても同様にペナルティを課すか処分を言い渡す。
・本人の意思に従い、冒険者クラスの返納、組合からの脱退も可能とする。但し、組合にて適宜正規の手続きを踏む事を前提条件とする。
~~~~~
と言った所か。
俺だけで判断出来る内容とは思っていないので、二人にも確認してみる。
「(これを見てどう思う?)」
「(うーん、少なくとも違和感のある事は書いてないように思う)」
「(そうですね…組合は冒険者の手綱を握る必要がある訳ですが、かと言って必要以上に縛り付ける意図は感じません)」
キアンもフラウも、大体同意見って感じかな。
しかしそれとは別に、気になる事があるよな?と俺は促してみる。
「(気になる内容はあるけどね…)」
「(確かに、指名依頼とか強制依頼とか、地雷臭がプンプンするよね)」
キアンの言うとおりである。
見れば、指名依頼や強制依頼についても詳細内容の記載があった。
前者は通常の依頼に比べて報酬内容が良くなるが、代わりに難易度が高かったり依頼内容が特殊だったりと例外的な事が多く起こり得るとの事だ。
事前に組合側で審査は行うらしく、その審査を通った際に依頼として発行される事となる。
一応、受けるかどうかは冒険者の判断に委ねられるそうだが、基本的には受けざるを得ない場合が多いと思った方が良い。
後者は特定の災害や緊急の非常事態に際し、組合が冒険者を強制動員する為の名目として発行する以来だそうで、此方は余程正当な理由でもない限り拒否する事が適わない。
これは所謂在籍登録のシステムを応用し適用される物で、例えばここロックス支部で強制依頼が発行された場合、ロックス支部に在籍登録している冒険者は全員強制的に動員される事となる。
しかもこの依頼、報酬が少ないケースや特殊な事例も起こり得るようで、報酬に関しては期待薄と言う認識でいるべきか。どちらかと言えば義務…もとい付帯業務の一つとして捉えた方が良さそうである。
後挙げるならば、ペナルティも気になる所か。状況によって内容は変わる為一概には言えないが、事によっては比較的軽い処分で済む場合もあれば、甚大な損害賠償を請求されたり、また強制的に組合からの追放処分を受けたりする事もあるらしい。
基本的に組合の定める規定に従っておけば回避可能なものではあるが、万が一の事を考えると必ず避けて通れるものでもないように感じる。最も、それは相当な例外か非常事態であるケースが大半であると想定されるが。
冷静に考えて、キアンが居るから油断は出来ない。後地味と指名手配されているのも拙いかもしれない。
変装しているし、自己申告が無ければばれる事も無いと思うが…
「(んー、正直想像を超えるような内容では無かった。メルリアさんに言われたからじゃないけど、前向きに検討してもいい気はする)」
何はともあれ、俺はそう結論付けた。
ザルーダ商会が依頼を出している時点でグレーであるのは否めないが、それでも組合本体が裏側と深く繋がっている訳では無さそうである。寧ろ『天啓』の方が怪しいまであるな。
『天啓』であれば既に巻き込まれているので今更であるし、最悪の想定だった場合はマグノリア商会にでも逃げ込めばいい。全面戦争にでもならない限り、スポンサーの一つであるマグノリア商会と正面切っての戦争にはならない筈である。
「如何いたしましょう?お三方のような聡明な方々であれば、我が組合としても大歓迎ですよ?」
「仮に頭が良くても、腕っぷしが強く無いと務まらないでしょう?」
「逆に言えば、腕っぷしが強いだけでは務まらない仕事内容ともなっています。それに冒険者の仕事は必ずしも戦闘だけと言う訳でもありません。採集や特殊技能を用いた方法で食べていく事も可能かと思われますよ」
ここに来て畳みかけに来たな。メルリアさんは満面の笑みを浮かべているが、何時に増して凄味が増している。
まぁ逆に言えば、俺達の第一印象は比較的良好と見られていると言う事の裏返しでもあるか。
契約書を見る限り、任意での脱退も可能とある。試しに登録してみるのもアリかもしれない。
「(俺は一度取得してみても良いと思っている。二人は?)」
「(私も構いません、大きな問題は無いと思います)」
「(そうだね、試しにやってみるくらいなら良いと思うよ)」
「(了解)…解りました。冒険者の登録をお願いします」
「ありがとうございます!それでは引き続きお付き合いさせて頂きますね」
そう言って満面の笑みを浮かべるメルリアさん。
どうにもしてやられた感は否めないが、どの道迷宮に入るには何かしらのライセンスが必要だ。冒険者クラスが極端な不都合や欠陥のあるライセンスに見受けられない以上、無難な選択だと思う。
こうして、俺達三人は揃って新人冒険者となる事にしたのである。




