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WILD DOWN  作者: plzY.A.
無幻世界編
1/55

第零話:天使

 新星歴12,345年、6月7日、8:09。

 世は第弐拾参神祖「新星(ノヴァ)」の治世。全世界を総べる至高の存在たる『天上神祖』の地位を第弐拾参神祖「新星(ノヴァ)」が(たまわ)り、約一万年程前に、歴史上最も偉大なる英雄「アルテナ=サーガ」の手によって史上初の世界征服が成し遂げられた激動と波乱の治世。

 そんな治世における数字の羅列が美しい、記念すべき日の記念すべき時間。このひと時が真に記念すべき時となったのは他でもない、降されし『天啓』の()る所に起因する。

 この『天啓』は万人に届いたものではない。総数は単位にして(けい)を超える有象無象の中で見ればほんの僅か、1%にも満たない僅かな面々にのみ届いたそれは、結果的に世界全体に対し甚大な影響を(およ)ぼした。


『天啓である。これより10年後の1月1日、神代が開かれる。新たな神話が語られる事となろう。

 故に選ばれし勇志に告ぐ、星より(さずか)りし職務(タスク)を実行し、神話を創造せよ、神代の(いしずえ)を築き上げよ』


 この前置きの後に語られた衝撃の内容は、数多の有力者達を強制的に任地に駆り立てた。そうして世界各地に散った選ばれし有志達…通称「星職者(スターシード)」達は、それぞれの場所で深い爪痕を残していく事となる。

 この物語は、そんな時代の荒波に巻き込まれた「選ばれし者達」の非日常と憂鬱を描く事となる。



~空欄~



 それは突然の出来事だった。何の前触れもなく、目の前の平穏は壊された。

 少年は炎に包まれる村の中、体中にかすり傷を抱えながら必死に逃げまどっていた。とある山中にひっそりと存在する小さな村、住民は二百人程度。人里から離れた場所に位置するささやかな秘境は今、正体不明の外敵から襲撃を受けている真っ最中である。

 少年は状況の一切を呑み込めずにいた。敵が盗賊や野生動物の類ならまだ解る。実際に遭遇した事は無いが、魔物と呼ばれる人に抗えざる脅威でもまだ納得は出来る。またもやその遥か上位の存在もいるらしいが、この場合でも素直に諦める事は可能だろう。しかし今村を襲撃しているのは他でもない、自身が住まう国の正規軍なのだから。


「クソッ!何で…何で僕達がこんな目に!」


 少年は只一人、誰に届く事も無い悲痛の叫びを吐き出しながら走り続けていた。

 

 少年の住まう村は「教祖様」と呼ばれる長いひげを蓄えた壮年の男性が統治しており、彼が実質上の村長として皆を率いている。

 教祖様は非常に温和で穏やかな人であり、村の住民からの信頼も厚く、かく言う少年も彼を人格者だと信じて止まなかった。更に教祖様は「神の奇跡」をその手で引き起こす事が出来、これによって危機から救われた村人も少なくない。


 これまで、少年は教祖様の(もと)穏やかに暮らしていた。昼間は村の女性たちと共に野草や果物の採集や家事などに汗を流し、夜間に大人達は「狩り」に出かけ、偶に数々の金品や宝物、生活必需品や食料物資を持って帰ってくる。

 村は山の深いところに位置し、洞窟を家の代わりにして生活していた。娯楽や道楽にはあまり縁のない環境であったが、思いの外充実感のある生活を送っていた。


 少年には優しい両親と一人の妹がいた。

 父はやや厳つい容姿ではあったものの、それに見合わず面倒見の良い頼れる一家の大黒柱であった。

 母は着飾る事が殆ど無く一見地味な人だったが、それでも少年にとっては何よりも大切で大好きな優しい母親であった。

 妹はまだ小さく、ろくに言葉も覚えていない。

 少年はそんな家族と仲良く穏やかに暮らしていた。


 そう、少年には何も知らなかったのである。


 そこから一体何があったのか、夥しい数の敵が銃器を携え完全装備で村に襲い掛かってきた。そして当の敵は、あの優しい教祖様を「逆賊」と呼称し捲し立てている。その上見つけた村人を手当たり次第に手にかける有様だ。

 そのやり口を見るに、どうやら一人として生きて逃すつもりはないらしい。

 既に少年の知り合いや家族、友達も大半が亡き者にされてしまった。少年の目には生き地獄が映し出され、ほんの微かな敵意と溢れんがばかりの絶望感が涙と共に滲み出る様相を(てい)していた。


 四方八方から悲鳴と断末魔が飛び交っている。しかも周囲は炎に包まれており、逃げ道も限られているように思える。

 既に少年の両親や妹も殺された。少年が家に戻った時には皆既に亡骸(なきがら)と化していた。

 もう、少年には生きる希望が微塵も見いだせないでいた。そして自分もそうしない内に同じ姿にさせられるのであろう。一人絶望感に浸り黄昏(たそが)ていたそんな中、村人の生き残りが少年の事を見つけ出してくれた。近所に住む、エハンスと言う名前の男だ。


「エルル、無事だったか」

「エハンスのおじさん、これは一体…」

「話は後だ、ひとまず俺に着いて来い」

 

 そう言って彼は少年を連れて走り、少しして辿り着いたとある隠し通路の中に招き入れてくれた。村の奥にある岩肌を操作すると入り口が現れ、奥へ続く薄暗い道を一緒に進んでいく。少年は何も知らなかった。まさかこんなものが村の中にあったなんて…

 そして通路を進んでいくと、突き当りの部屋に複数人の村人と教祖様が避難している様子が伺えた。少年の家族の姿こそ見当たらなかった…見当たる筈も無いのだが、生き残った面々自体は思いの外少なくないらしい。見知った顔が多く見受けられた。


「おお、エハンス。エルルを連れて来てくれたか」

「はい教祖様、何とか無事で居てくれました」


 そう言って教祖様や村の住民たちは暖かく少年たちを迎え入れてくれ、そのまま涙を浮かべながら抱擁をしてくれた。まるで本物の家族のようにも見える。少年は訳あって右手が不自由であり、開かないのだがその温もりにひと時の安堵を覚えるのであった。


「エルル、無事でよかった。ところで、お前の家族は?」


 少年は静かにその首を横に振った。教祖様は「そうか…」とだけ呟き、それ以上を追求する事は無かった。しかしこの時、少年は何か得体の知れぬ違和感に気づきつつあった。


「無理もないか…それで、他に生き残りは?」

「他の連中が見つけ出してくれれば若しくは、しかし…」

「むぅ、限界か。お前たちはよくやってくれた。エルルが無事であった事も我らに味方しているぞ」


 教祖様はどこか嬉しそうである。

 何故かは知らないが、教祖様はやけに少年のことを可愛がってくれていた。他の村人と比べても、より一層気にかけてもらえているのはあからさまだ。実は裏で嫉妬ややっかみを受ける事もあったので少年にとって必ずしもいい事ばかりと言う訳でもなかったが、聞けばその一因は少年の不自由な右手にあると言う。

 少年は改めて自身の右拳を見つめる。少年の右手は全ての指が掌と癒着しており、微塵も開かない。そしてその拳の中に、何か固い物を握りしめているような感覚を覚える。

 少年は()しくも聞き手が右手であり、故に私生活で苦労する事も多かった。悩みの種でもあった右手であるが、これを見た教祖様は「神の子」と呼んで少年のことを気にかけてくれているのである。

 嘗て少年は教祖様に相談したことがある。


『教祖様、何で僕の右手は開かないの?』

『それはお前が選ばれし者だからだ。天はお前に試練を与え、天高く羽ばたくことを求めているのだ』


 聞けば教祖様も同様に、幼少期に右手が不自由であったらしい。しかし悟りの境地に至ったことで右手が開かれ、奇跡の力を使う事が出来るようになったと言う。教祖様はこれを「預言者の種」と呼んでいた。

 そして右手の中にあるのがその「預言者の種」であるらしい。自身もそうであるらしいのだが、条件を満たすことでこの右手が開くと「預言者」と呼ばれる人知を超えた人を導く存在になれるとの事だ。


 預言者とはいったい何なのか…これは教祖様自身完全に理解する事は叶わなかったようだ。どうやらそれは、人の理を外れた節理の一つであるようだとの事。理解した実感があったとてそれは単なる思い込みに過ぎず、理解しようとすればする程真理から遠ざかってしまうのだそうだ。だが教祖様は自分なりに吟味した上での解釈を少年に語った事がある。 


『預言者は人としての限界を超え、人智を超越した存在になる事を前提とする。そして人知を超えた力を以て人々を「在るべき形」に導くのが役目なのだ』


 預言者における「在るべき形」とは、必ずしも常識や真理に追随するものばかりでは無いらしい。一見邪道と思える事でも、やがてそれが「在るべき形」を取る事も珍しくない。またその時々によって事細かに姿形を変えるのだそうだ。

 預言者はそうした「在るべき形」を逐一認識し、それを人々に示し与えるメッセンジャーの一種なのではないか。そうして人を教え導いた先に真の「在るべき形」を具現化するに至るのではないか。そうして「在るべき形」を具現化することで真理に限りなく近づく存在となれるのではないか。


 そう語る教祖様は不思議と見た目以上に力強く、そしてより一層大きな存在に見えた気がしたのを覚えている。


 しかし生憎と当時の少年には実感が湧かず、半分は聞き流していた節があった。そもそも押さない少年には教祖様の言っている事の殆どを理解する事が出来なかった。また自分が教祖様のようになれるとは思えない、そんな想いを心の奥底に秘めていたのである。しかし同時にこれがただの空言だとも思っていなかった。

 言葉には形容し難い、謎の説得力がそこにはあったのである。


「教祖様、これはどういう事なのですか?」


 突然、部屋の中にいた幼い少女が教祖様に問いかける。一瞬頭の中から抜けていたが、これは少年にとっても気になる事である。

 ハッとして耳を傾けた。するとどういう訳か、部屋の中に居た大人たちの表情が曇り、口を噤んでいる様子を見せた。得体の知れない違和感、それを改めて感じ取りつつも少年はとにかく教祖様の言葉に耳を傾ける。


「私は天の導きに従い、この村に居を移し、私なりの義を貫き通してきた。しかしそれは国にとっては望んでもいない事であり、故にこうして道を違える事となった。要するに、国は私達を敵とみなしたのだ」

「国は私たちを敵だと思っている、どうして…?」

「お前たちにどう説明した事か。これは我々にとっても仕方のない事だったのだ、しかし…」

「教祖様大変です!隠し部屋が敵軍に見つかってしまいました!」

「誠か⁉」


 突然、教祖様の話を遮って村人の一人が隠し部屋に逃げ込んできた。しかしその背後から喧騒が聞こえる。どうやら既に敵は迫って来ているらしい。図らずも、彼が敵軍を引き連れて来てしまったようだ。

 その村人は愚かにも敵を招き入れてまった訳だが、彼に文句を言う者の姿はなく、少年も腹を括る以外に出来る事がない事を悟った。


 …


 やがて間もなくして、完全武装した正規軍の兵士達が部屋の中に姿を現した。敵は銃器を構え、一斉にこちらに銃口を向けてくる。

 少しの躊躇いもない、洗練された動きである。それと同時に部屋中は絶叫の渦に包まれる。


「こちら第三憲兵中隊、賊の頭領を発見致しました。また生き残りもかなり残っていたようです」

『よくやった、一人たりとも討ち漏らすな!但し、頭領だけは頭部に当てるなよ』

「ハッ!」


 敵の兵士が上司と思わしき誰かと通話を行っている。最早命乞いも許されそうにない、恐るべき手際の速さである。

 

「くっ…これまでかっ!」

「待ってよ!何で僕らが国の軍人様に殺されなきゃいけないんだ!意味分からないよ!」

 

 覚悟を決めた様子の教祖様とは裏腹に、少年は咄嗟に敵の兵士達に問いかけた。やっぱり納得が行かない、意味が分からない。最後の悪足搔きと言わんがばかりに敵兵に問いかけた。

 しかし返事を待つ間もなく、鉄槌は下される。


「黙れ、国内でも有数の盗賊団「夜之帳(ヨルノトバリ)」の残党が!」

「盗賊団?え、何を言ってるの?ねぇ、教祖様も…」

 

 しかし教祖様は唇を噛みしめたまま何も答えない。

 周りの大人達も俯き、口を紡いでいる。


 ー少年は全てを察した。


 そしてその瞬間、ただならぬ轟音と共に部屋中は血飛沫に包まれた。

 大人達が前に出て子供たちを庇おうとするが、それも僅か一瞬で肉塊と化す。そんな大人達の陰に隠れて少年もやり過ごそうとするが、柔らかい肉壁を貫いて敵の銃弾が迫る。


 ー今肩が、今膝が貫かれた。痛い。


 ー今わき腹を、今首筋を銃弾が掠めた。痛い。


 だがこの嘆きも奴らには届く事は無い。


 そして近くの命がまた、そしてまた、立て続けに徒花を咲かせて散っていく。飛び散る血飛沫が返り血となって少年の身体を焦がす。部屋中に響き渡る断末魔が少年の耳と心を突き刺す。


 ー痛い。そしてこれが自分の末路なのか。

 受容し難い現実を横に、無情にも時は過ぎ去って行く。


 …


 やがて束の間の時が過ぎ、轟音は鳴りを潜め、辺り一面は血の海で埋め尽くされた。

 運が良かったのか少年は致命傷を避け、何とか一命を取り留めた。しかし怪我は酷く、足を怪我して真面に歩けないし、怪我の個所が多く出血も激しい。このままではどのみち、出血多量で皆と同じ運命を辿る事となるだろう。自分に残された時間がそう長くない事は、最早誰の目からしてもあからさまであった。


 一先ず、追撃を避ける為に少年は必死に死んだフリを続けた。全身を襲う苦痛にうめき声を上げそうになるも必死に耐え、正真正銘、最後の悪足搔きで時間を稼ぐ。無論、時間を稼いだところでどうにもなりはしないのだが。

 ところが兵士達は油断する事なく、微かな可能性を無くすべく止めの散発を加えている。他にも生き残りは居たようだが、それも結局は同じモノに変えられてしまう。

 本当に抜かりのない事だ、そこまでして僕たちを殺したいんだね…少年は死を覚悟し、全てを諦める事にした。


 …いや、まだだ。少年の心の奥底には、未だ生への渇望が確かに残っていた。ふと何を思ったのだろうか、最後にやっとの思いで絞り出した言葉を聞く事で初めて自覚できたのである。


 ー誰か、助けて。


 少年は驚いた。自分はここまで諦めが悪かったのか、と。

 しかしそんな少年をあざ笑うかのように、何者かが答える。


《その願い、聞き届けよう》


 その時である。丁度少年の居た部分の床が崩落し、そのまま少年は昏く深い穴の中を転がり落ちていった。他に転落に巻き込まれた者は居ない、まるで何かを見計らったかのようなタイミングの出来事である。

 これを見た兵士達も透かさず追撃を加えようとするが、銃弾は外れ、穴の中は少しの光も通さず、また奇妙な事に少年が落ちた直後塞がってしまった為、結局少年に止めを刺す事は出来なかった。

 結局、その部屋の中で村人の生存者が一人もいなくなった後、夜は静まり返り、火は完全に消し去られる事となったのである。


 そう、実は少年の住まう村は盗賊団「夜之帳(ヨルノトバリ)」のアジトであった。この盗賊団は国内でも屈指の規模を誇る盗賊団の一つであり、周辺の広い範囲において数多の殺戮行為や窃盗強姦を繰り返す非人道的な集団であった。国内でも屈指の規模を誇る代表的な盗賊団の一つで、少年達は何も知らされぬまま、その盗賊行為の成果を(かて)に命を繋いでいたのである。

 少年からすれば優しい教祖様だが、実は紛れも無い盗賊団の元締めであり、これら一切の盗賊行為を指示し実行していた。自身が「預言者」として力を行使し、人を導き従える事が出来たが、彼はそれを盗賊団の長として行使した。自らの盗賊としての行いを「天からのお告げ」と称して正当化し、暴虐の余りを尽くした偽善者であった。


 無論、実際にこの盗賊行為は「天からのお告げ」に従って行われた事である。教祖様は「天からのお告げ」を受け、愚直にこれに従った。その結末が「自身の破滅」だとしても、教祖様本人にはこれを回避する術は無い、悲しくもそれが「預言者」と呼ばれる者なのだ。

 運命のままに生き、運命の傀儡として一切の口答えをせず、与えられた役目を遂行する。この教祖様には盗賊として生き、盗賊として淘汰される以外に道は無い。もしかすると教祖様は己が運命を密かに憂い、心のどこかで同じ境遇の少年「エルル」に思いを馳せていたのかもしれない。

 そして少年「エルル」もまた、同様に密命を帯びている事だろう。


 そうした盗賊団の掃討作戦こそが、この事件の顛末であった。

 盗賊団構成員の内、生存者ゼロ、行方不明者一名。

 対する国家直属憲兵団の内、死傷者はゼロ、負傷者多数。


 文句のつけようがない、圧倒的な蹂躙劇であった。



~空欄~



 少年は(くら)い穴の中を転がり落ち続け、それはもう数分にも渉って続く事となった。転がるさなかで体の悲鳴を聞き続けながら、少年はやがて広間と思わしき空間に辿り着いた。


 そこはまるで教会の中を連想させる豪華な意匠で、地下である筈なのにも関わらずステンドグラスから虹色の光が差し部屋を照らす。しかし特定の宗教を連想させるものではなく、特にこれと言った象徴(シンボル)のようなものは存在しない。崇めるような偶像も存在しなかった。

 しかしその中央には台座と思われる正方形の小さなでっぱりが存在し、そこに見慣れない形状の刀が乱雑に突き刺してあった。


 少年は重く冷たい身体を必死に起こしながら辺りを見渡した。

 銃声は微塵も聞こえない。

 そもそも周囲に生物の気配を微塵も感じない。

 それどころか、自身が転がり落ちてきたと思われる穴の入り口が見当たらない。

 それはある種の神隠しの様相を(てい)しているように感じられた。


 そんな中、ふと刀の付近に(ただ)ならぬ気配を感じた。その瞬間、徐に刀が眩く輝きを放つ。

 あまりの光量に目を潰されそうになるも、少年は目を腕で覆い隠しながらこれに目を向けた。不思議とその刀から視線を外せなくなった。まるで何かの意思に引き寄せられているかの如く、自身の重い怪我を意識の片隅に追いやる程の衝撃がそこにはあった。


 やがて暫くして光が収まると、そこにあった筈の刀が姿を消し、代わりに絶世の美少女が瞳を閉じて佇んでいた。

 一目見れば解るが、美少女は明らかに人間の類ではない。

 全身を複数対の翼で覆い、地に足を着くではなく宙に浮いてそこに存在している。これを言い換えるならば「天使」、それもかなり高位の天使であると見受けられる。


 そんな天使はその瞳を開き、何やらぼそぼそと呟き始めた。

 それにしても桃色の髪に深紅の瞳、少年がこれまでに目撃した事のない美しさをその美少女は有している。しかしその瞳は少しの光も反射せず、なのに瞳の奥に閃光のようなものを秘めているようで、よく見ると黒目の奥に光のようなものを確認する事が出来た。

 その姿は美しさの中に何処か秘めたる闇と力が垣間見える、そんな感想を抱かせる。しかし少年は、それら全て含めた上で「よもやこのような美しい少女が実在するものか」と、複雑な感情を通り越して感動しつつあった。


 そんな少年を他所に、美少女は()()()()()言葉を発し始めた。


《『天啓』、実に寝覚めの悪いアラームだ事で。まぁ何時か来ることは解ってたし、それに合わせて『条件を満たす王の器』を呼び出すようにも調整したし、その結果…ふむ、成程ねぇ》


 美少女は大きな欠伸を見せた後、少年を視線で真っ直ぐに捉え、何かを値踏みするように舌なめずりをしている。その光を移さない瞳の奥に、底知れぬ力強さと不気味さを感じさせる。少年は呆気にとられつつも、何とか気を取り直し少女に問いかけた。


 ここで少年は驚く事となる。この少女、手足が無い。と言うか手足が翼の形状を取っている。背中の三対の翼を含めると、合わせて五対の翼を有しているようだ。

 天使…に見えるが、彼女は本当に天使なのだろうか?物語の中に出てくる「魔物(モンスター)」とやらに関係があったりもするのだろうか?


 だが、そんな事より少年は目の前の現実と状況を呑み込めないままでいた。目の前に在る全ては非現実そのものだったのである。

 そんな少年が唯一理解できた事、それは目の前の美少女こそが自分に救いの手を差し伸べてくれたと言うただ一点である。


「ここは…どこ?…君は…誰?」

《ちょいちょい、何そのテンプレみたいな問いかけ?もうちょっとセンスが欲しいなぁ》

 

 少年はそこで初めて我に返り、それと同時に内心イラっとした。ほんの少しだけ、前言を撤回しようとさえ考え始めている。

 助けてくれた事には感謝すべきだ、だがそれを含めて疑ってしまう。

 彼女は本当に天使なのだろうか?やはり世に聞く「魔物(モンスター)」に似た違う何かかもしれない。


 ただそれ以上に怪我の状態が酷い、時たま意識が遠のきそうになる。しかしそれを忘れそうになる程目の前の少女は美しい。少年の内心は実に複雑であった。


《おっといけない、質問に答えないと。初対面で会話が出来ない奴って思われたら不本意だし…私は「天使」、見たまんま》


 そう言って彼女は、指のない右手で横ピースらしきポージングを取る。どうやら彼女は天使らしい、一応、本人が言うには。

 しかし少年は一切反応出来ないまま、ただただ呆気にとられるだけであった。


《あれ、半信半疑って感じ?まぁどうでもいいけど》

「答えに、なって…いるような…いないような…」

《いや、間違いなく答えになっているとも。そしてここも「天使」。もっと言うなら天使たる私が所有する世界、私の体の一部と言ってもいい場所》

「世界…?体の…一部?」

《そゆこと。そしておめでとう、そしてご愁傷様。君はそんな天使と相対してしまった、恐るべき幸運と悪運の持ち主と言う事になる》


 少年は少女の言っている事の殆どを理解する事が出来なかった。頭の中に疑問符が増え続ける一方である。

 しかしそんな少年の様子を知ってか知らずか、少女は少年の下に歩み寄りながら勝手に話を続ける。その時、小刻みに少年の体が震え始めた。


《ここで素朴な疑問なんだが…「天使」とは一体何か》


 少女は満面の笑みを浮かべながら口遊(くちずさ)む。

 そんな少女が歩み寄るに連れて、意に反して少年の体の震えがその勢いを増す。少年は自覚こそなかったが、確かに恐怖の感情を抱いているらしい。但し、「何に」対してなのかは解らない。


《それはズバリ、「天の使い」》

「…」

《本当、言葉ってのも安直だよねぇ。ところで、これが意味する所はお解り?》


 少女が問うが、少年に分かる訳がない、そもそもそれどころではない。少年にはその真意を推察する材料となる情報も足りないし、推察する頭脳を動かす体力も残っていないのだから…

 どうにも、体を震わす体力だけはどこからか絞り出されているようであったが。


《答えはこう。「天使」は必ず、何らかの使命を以て顕現する。何の理由もなく人の前には現れない》


 それがどうした、だから何だと言うのだ。なんて吐き捨てようとしたその時だった。

 少女がそんなことを言っている内に、突然少年を今まで感じた事もないような眠気が襲い始めた。まるで少女の言霊に呼応するかのような絶妙なタイミングで、少年の意識を一気に刈り取っていく。少年の気力が少女の持つ何かに吸い寄せられていくような感覚を覚える。


 寒い、ここまで多くの血を流した影響なのだろうか、この上なく寒い。


 体を震わせすぎた結果の疲労故か、果てしなく寒い。


 しかしそれだけではないような気もする、ただ少年にとってはそれも含めてどうでもいい事のように感じられていた。もう何もかもが、どうでもいい事のように感じ始めてさえいたのである。


《と言う事で、私も天からの使命を受けてここに顕現した。後はもう、解るよねぇ?》


 少女がそう宣言すると同時に、少年の額に手を伸ばすと、そのまま少年の意識は完全に闇の中に葬り去られる事となった。

 少年は知らない、自分が何時再び目覚める事になるのか。

 少年は知らない、自分の身に一体何が起こりつつあるのか。

 少年は知らない、この少女との出会いが、本当の地獄の始まりである事を。



 ~~~~~



 その日、世界各地の選ばれし者のみに下された『天啓』は、それぞれの場所で分断された国や人種、大陸や世界を一瞬にして繋ぎ止める「種」となった。それは星のメッセージを受け取る者の丹念な水やりによって芽吹き、巡り巡って争いや諍い、混乱や波乱の火種となった。


 それでも尚、水やりは行われ続ける。

 例えその芽が背丈を伸ばし、何れ生い茂る(あお)で太陽を包み込もうとも、何れ豊穣なる大地を荒れ果たさんとも、何れ母なる海を干上がらせようとも変わらない。

 それも全ては『天啓』の意思、世界の存亡は『天啓』ただ一つに委ねられるのだ。


 悲しいかな。この虚しい事実を知る者は、ほんの氷山の一角に過ぎない。


 明日の我が身も知らぬ有象無象や、今この時を生きる雑多は、御伽噺(おとぎばなし)の一節に過ぎないと信じている。

 世界各地に残された先人の智慧(ちえ)も時の流れに抗えず、歌として語らう吟遊詩人も子供達の前にしか現れない。

 故に忘れ去られようとしていた…そんな伝説は今宵(こよい)嵐と共に甦り、酷く醜悪(しゅうあく)艶麗(えんれい)な花を咲かす。

 どうも、文章に自身が無い漢。plzY.A.です。

 ここからグダグダと駄文を書き連ねていく事になりますが、どうか末永くお付き合い頂ければ幸いです。

 あとこいつのユーザーネーム「身長140㎝の世界」ですが、間違ってもニコニコ動画で検索してはいけません。飽くまでも自己責任でお願いします<(_ _)>

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